隣国の王子に溺愛されてしまったので、今さら復縁を迫られても困ります

有賀冬馬

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 カイル様……いえ、カイル王子と共にユージェニア王国の王都にたどり着いてから、もう三年が経った。

 この三年は、私の人生の中で、最も輝いていた時間だった。

 カイル王子は、約束通り、私にたくさんの学びの機会を与えてくれた。私は、王宮の図書館で、毎日、好きなだけ本を読んだ。以前は、ひっそりと読んでいた植物図鑑や歴史書、哲学書……。でも、ここでは、誰にも笑われることはなかった。

「エリスは、本当に熱心だね。そんなに本が好きだったのかい?」

 カイル王子は、いつも優しい眼差しで、私を見てくれた。

「はい。本の中の世界にいると、嫌なことを忘れられるんです」

 そう言うと、彼は私の頭を優しく撫でた。

「これからは、本の中だけじゃなく、この世界で、エリスの好きなことを見つけていけばいい。僕が、君の居場所を作ってあげるから」

 彼の言葉は、私の心を深く温かくしてくれた。

 私は、カイル王子の助言もあって、語学や外交、歴史、そして政治について、熱心に学んだ。それは、侯爵令嬢として、ただお飾りのように生きてきた私にとって、まったく新しい世界だった。

 驚くほど、私の知識はどんどん増えていった。もともと、本を読むのが好きだったからか、学ぶことが、こんなにも楽しいことだなんて、知らなかった。

 私は、いつしか、カイル王子の仕事を手伝うようになっていた。書類の整理をしたり、他国との書簡を翻訳したり……。最初は簡単なことからだったけれど、次第に、もっと重要な仕事も任されるようになった。

 そして、ある日のこと。カイル王子は、私にこう言った。

「エリス。君に、僕の補佐官として、隣国の外交パーティに同行してほしい」

 私は、驚いて目を丸くした。

「私が……ですか?」

「ああ。君の語学力と知識は、もう、僕の補佐官として、十分に通用する。それに、君の鋭い視点と、物事を冷静に判断する力は、僕にとっても、ユージェニア王国にとっても、なくてはならないものだ」

 彼の言葉に、私は胸がいっぱいになった。必要とされている、その喜びを、私は噛み締めた。



 そして、外交パーティの日。

 私は、カイル王子と共に、馬車に乗って、隣国の王都へと向かった。

 三年前、私を追い出した、あの街に。

 馬車が王都に入った瞬間、私は、少しだけ緊張した。もし、誰かに見つかったら……。でも、私の不安とは裏腹に、カイル王子は、いつも通りの優しい笑顔で、私の手を握ってくれた。

「大丈夫。僕がそばにいる」

 その言葉が、私の心を強くしてくれた。

 パーティ会場は、あの日の舞踏会と同じように、きらびやかだった。でも、三年前とは、何もかもが違って見えた。

 私は、カイル王子が選んでくれた、深紅のドレスを身につけていた。それは、決して派手ではないけれど、私の顔色を明るく見せてくれる、美しいドレスだった。

 カイル王子は、私の隣で、堂々とした態度で立っていた。その姿は、私をいつも守ってくれる、頼もしい騎士のようだった。

 パーティが始まると、私はカイル王子の隣で、外交官たちと話をした。難しい政治の話も、今は、以前よりずっと理解できる。

 そんな時だった。

 ふと、視線を感じて、私は顔を上げた。

 そこに立っていたのは、アルベルト・グランディエ侯爵。私の元婚約者。

 彼の隣には、セレスティーヌ大公令嬢がいた。でも、二人の表情は、三年前の華やかな舞踏会の時とは、まったく違っていた。

 セレスティーヌ様は、以前よりも痩せこけていて、その顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。そして、アルベルト様の顔も、どこかやつれて見えた。

 彼は、私の姿に気づいた瞬間、目を見開いて、言葉を失っていた。

 まさか、こんな場所で、私と再会するとは思っていなかったのだろう。

 アルベルト様は、私の隣にいるカイル王子の姿を見て、さらに驚いた顔をしていた。

 私が、隣国の第二王子の隣に立っているなんて、想像もしていなかったのだろう。

 私は、彼の視線から、何もかもを読み取ることができた。彼は、私を「退屈な女」と切り捨てたことを、今、後悔している。セレスティーヌ様との関係がうまくいっていないことも、きっと。

 でも、私は、もう、彼に何も感じなかった。

 悲しみも、怒りも、もう、何も。

 ただ、遠い過去の出来事を、まるで他人のことのように見ている、そんな感覚だった。

 私は、アルベルト様とセレスティーヌ様の視線から、静かに目を逸らした。そして、何事もなかったかのように、カイル王子との会話を続けた。

 私のその態度に、アルベルト様は、焦ったように私に近づいてきた。

「エリス……なのか? 君は、本当にエリスなのか?」

 彼は、信じられない、といった表情で、私に尋ねた。

 私は、一瞬、返事をためらった。でも、もう、昔の私ではない。

 私は、静かに、そして、はっきりと、彼に答えた。

「はい。エリスと申します。ユージェニア王国の、カイル王子の補佐官を務めさせていただいております」

 私の言葉に、アルベルト様の顔色は、さらに悪くなった。

「エリス、君は……どうして、こんな場所に……」

「どうして、とは……。私は、私に相応しい場所を見つけたまでです。以前の私を、退屈だと切り捨てたのは、あなたでしょう?」

 私の言葉は、静かだったけれど、その言葉には、三年分の決意が込められていた。

 アルベルト様は、言葉を失っていた。彼の隣にいたセレスティーヌ様は、私を睨みつけていた。

 私は、もう、何も話すことはない。そう思って、カイル王子の方を向いた。

 カイル王子は、私の頭を優しく撫でて、そして、アルベルト様を、冷たい目で見た。

「無礼な者には、この国の賓客に、軽々しく話しかける資格はない」

 その声は、いつも私に話してくれる、優しい声とはまったく違っていた。まるで、氷のように冷たく、鋭かった。

 私は、彼の隣で、静かに微笑んだ。

 ああ、私は、もう、あの日の「退屈な女」じゃない。

 私は、私を大切にしてくれる人たちの隣で、胸を張って生きている。

 アルベルト様は、私の変化に、そして、カイル王子の言葉に、呆然としていた。

 私は、もう、彼のことなど、何も見ていない。

 ただ、この幸せな日々を、カイル王子と共に、これからも大切にしていきたい。

 そう、心から願っていた。

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