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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 35

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 腹の奥が甘く痺れる。乳頭を舌先で突つかれ、撫で斬りにされるたびに、電気を通されているみたいだった。
「ああ……っ、」
「こんなところでイけるのですわねえ?才能ですわ、茉世さん。蓮お坊ちゃんにたくさん育ててもらったんですの?医大生でしたわね?いつかはメスを握り、悩める人々を救う手が、茉世さんのこのいやらしいお豆さんを捏ね回したというのですね?この健気で可憐なお豆さんを?」
 椿はブタウサギの手を捨て、茉世の小さな勃起を横取りした。ブタウサギは口淫に必死で、その指遣いについて疎かになっていた。
「ブタ!集中なさい。百戦錬磨の茉世さんをイかせて差し上げて?おもてなしもできませんの?この恥晒し!」
 ブタウサギはエゾモモンガみたいな顔をして、口を開いた。舌を伸ばし、口内を見せながら懸命に突起を嬲る。
「あ……」
 「ごめんなさいねえ、茉世さん」
 椿の指にわずかな力が入る。また異質な痺れを送り込まれ、惰性は赦されない。意地の悪い指であった。柔らかや膨らみに生った実粒は椿の親指と人差し指に覆い隠され、その狭間は迫る壁のようであった。
「あっん……ッ」
「かわいい……蓮お坊ちゃんも、こうしてくれましたの?」
 散々に甚振られた小さな箇所は、じりじりと性感を呼び覚ましながら爛れて疼く。しかしその感覚もすぐに奪われた。人差し指の先で短い距離を掻かれてしまう。
「ゃあ……!」
 腰が動いた。口の端から蜜糸を垂らし、アイスブルーの小袖に染みを作ってしまう。ぷりぷり起き上がり小法師こぼしにされている雛蕾の反対側では、ブタウサギが舌の裏側で最頂部を均していた。
「ふ、あ、あ………っ、あぁ!もう………だ、め………っ」
「茉世さん?オーガズムしまうというの、茉世さん!三途賽川さんずさいかわのお嫁さんともあろう貴女が、蓮お坊ちゃんに敏感に捏ね繰り回されたお乳首をいぢめられて?まだ旦那様のカラダも知らずに、こんな指先で、気をやってしまうというの?茉世さん?ぷりぷりびんびんのお乳首を捏ね捏ねされて、かりかりされて、きゅっきゅと締め付けられて、アクメしてしまうというの?」
 椿は言葉に合わせて指を動かした。腰が揺れる。止められない。走り抜けている。乳頭を嬲られだけ加速している。ゴールテープを切ることしか考えられなくなっていた。
「旦那様はこんなお乳首の敏感な妻を見て、きっと疑心を抱くに違いありませんわね、茉世さん。けれど同時にこうも言えますわ。蓮お坊ちゃんとは性交しませんでしたの、蓮お坊ちゃんはお乳首をいぢめ、舐めしゃぶるだけでしたの、と。旦那様はきっと信じてくれますわ。性交の無い、お乳首不倫でしたと。そして妻の身体を敏感にした蓮お坊ちゃんにやきもちをお焼きになるのですわね。嫉妬はスパイスですもの。競争が男の本能。他の男に手を出されたからと言って見限る男は負犬ですわ。真の男ならば……男尊女卑の世界で、尊ばれる殿方というのは……すでに他の男の垢にまみれた女を清められなければ!男の本能は浮気ですって?戯言ですわ。本当に殿方というのはご自分に甘いのですからねえ。男の本能は競争ですわ。浮気より先にすべきは、他の男の匂いがする妻を抱き、匂いを付け直すことです。負け犬!あら……ごめんなさい。狐はイヌ科ですけれど、そういうつもりじゃなかったのですよ」
「だ、ぁめ………あッんんっ!あっ!」
 茉世はがたがた震えて果てた。夫の揶揄も聞いてはいなかった。淫声を上げた彼女を見て、椿は刺激をやめた。しかしブタウサギはまだ舐めていた。
「も………ゃら、ゃ………っ、だめ、」
「けれども問題は、お乳首不倫のほうが、心が本気になってしまいがちということですわねえ。わたくしにはよく分からないことですから、ここまでお乳首が敏感というのは才能ですわ!わたくしなんて、寒気がしてしまって……わたくしの分も、触らせてくださる?殿方は肉体の浮気のほうを厭うということですけれど、お乳首をいぢめられて、敏感にされてしまったことも重く受け止めますのかしらねえ、茉世さん?けれど実際、お乳首を扱かれてアクメしてしまうのなら、身体の浮気ですわよねえ」
「も……っ、放し………や、あっ、あんんんっ!」
 舐めるのをやめないブタウサギに倣い、椿も指の刺激を再開する。露わになった腰の芯を伝う電流がさらに強まっている。頭の中が擦り切れてしまう。胸がおかしい。脚の間に響く。
「けれども身体の浮気といったって、お乳首をくりくりされても子供はできません!殿方が恐れているのが托卵なのだとしたら、お乳首不倫がどう嫌だというのでしょう?常々、男の誇りだのプライドだの誉だのと口にはしますけれど、お乳首不倫だけならば、托卵の恐れはないはずでございましょう?一体何の本能が刺激されるというのです?お乳首不倫で?確かに、お乳首アクメをキメてしまったら、お乳首をイかせてくれた殿方に心移りをしてしまうのは仕方ありませんわねえ。けれど男ならば!正真正銘の男ならば!論理的で、女よりも優秀で、共感するより解決せよの男ならば!妻がお乳首不倫し、お乳首アクメしたからといってなんだというのです?何故本能的な不安に襲われるのです?茉世さんと蓮お坊ちゃんは性交していないのですものね?それなのに、どうして旦那様が茉世さんを遠ざけましょう?殿方お得意の論理的解決によって、お乳首不倫は無罪ですわ。そうです、無辜むこであるべきなのですわ。真の殿方というものは卑しい女のように、複雑多面的な感受性などありはしませんのですから。しんばあったとして、三途賽川流にいえば、"尊ばれる男"というのはそんな些末なことかかずらうことなく、耐えるのみであるべきなのです。旦那様たちが為さるべきは、子をたくさん拵えることなのですからねえ、茉世さん?旦那様の子を!無責任で無能、かまびすしく卑しい女のお乳首不倫、お乳首アクメなど取るに足らないことだと、一笑に付すのが"尊ばれる"べき男性像というものです。そうでないなら、まだまだ母親の乳から離れることのできないただ口煩いわっぱですわ。きっと大丈夫ですわ、三途賽川のれっきとしたおのこであるならば!陽根の生えて生まれた、論理的解決のできる、勇敢で逞しい、忍耐のお人であるならばねえ!」
 椿は指を止めなかった。ブタウサギを追い払い、唾液の潤滑剤を使って、両胸の雛珠を繰った。
「だ、め………!や、あんんっ!だぇ、やあ!」
 茉世は腰を持ち上げ、がくがく震えた。女を腹に乗せて突き上げる交尾中の男のようであった。奥を激しく突かれている感覚はないが、そうされたときに齎される快楽と似たようなものが起こっている。
「蓮お坊ちゃんも、あんなすました顔をして、あによめのこんな姿を眺めていたのねえ、茉世さん?鑑賞していたのねえ!蝶よ花よとされてきた長男の嫁ですもの。さぞ、魅力的に見えたでしょうねえ!そして世間からいってもこの大きな胸ですもの。大きな胸はお乳首が感じにくいはずですのに、この感度……かわいいですわ、茉世さん?楓さんも、苦心しましたのよ、他の男が茉世さんを狙ってはいやしないかと。そんな子猫みたいな声を出して!茉世さん?楓さんもね、心配していらしったのよ、蓮お坊ちゃんのこと。蓮お坊ちゃんたら、影から貴女のこと、見ていたらしいのよ。その目が嫂ではなく、自分の女を見る目だったって。何か間違いがあれば、すぐに六道月路ろくどうがつじに連れ戻すつもりだからそのつもりでって。楓さんたら、わたくしと茉世さんの仲が良くないと思っていらしっているのよ。わたくしは茉世さんを気持ち良くして差し上げたいだけですのに。茉世さんもわたくしの指でそんな声を出して、憎からず思っているはずですわね?ブタウサちゃんの所為なんですの?」
 きゅい、と先端が摘まれる。視界が真っ白に爆ぜた。身体から離脱したような浮遊感に陥った。
「ああああ!」
 腰を突き上げてしまう。下着のなかが、急激に蒸れた。濡れている。排泄の感覚はなかった。
「あらあら、茉世さん……ブタ!茉世さんの濡れてしまったところを舐めてあげなさい」
 ブタウサギは、茉世のパジャマに手をかける。
「き、汚い、ですから…………!」
 顔が火照った。身体中汗ばむ。意識が朦朧としはじめている。
「大丈夫ですわ。潮吹きしてしまうなんてかわいいのねえ、茉世さん。蓮お坊ちゃんにもさせてもらいましたの?」
 気怠い身体はろくな抵抗もできなかった。下半身は裸に剥かれる。濡れて色を変える下着が恥ずかしかった。
「着替え、……ますから…………!」
 ブタウサギは小さな頭を膝の間に突き入れる。
「お風呂、入れていませんし………」
「大丈夫ですわ。ブタウサギ、ちゃんと舐めて差し上げなさい。おもてなしして!」
 椿の手が、茉世の股ぐらへ伸びた。素門を左右に開かれてしまう。ブタウサギの眼前には牝の複雑怪奇な九皐、肉崖が見えたに違いない。
「あああ……!」
 吐息が敏感な芽吹きを撫でていく。芳醇な匂いが漂う。
「蓮お坊ちゃんは、舐め犬にはなってくれましたの?」
 耳元で椿が訊ねた。くすぐったさが甘い戦慄きに変わる。
「蓮お坊ちゃんは、茉世さんの割れ目を舐めてくださいましたの?お乳首不倫だけ?お乳首不倫で、茉世さんのいやらしい声を聞くだけ聞いて終わりなんですの?蓮お坊ちゃんが、女の股ぐらなんて舐めてくださるはずはありませんものね、茉世さん?舐めてくださいましたの?お乳首アクメの痴態を土産に巣窟に帰り、子作りの模擬実験をしているわけではありませんの?茉世さん。女のアソコの匂いを嗅ぐ殿方は多いものですから、蓮お坊ちゃんも有象無象の男どもと同じというわけですの?いずれにしろ旦那様は赦してくださいますわ。だって性交はしていないのでしょう?蓮お坊ちゃんも性交はしていないと書いていましたもの。身体には触れはしたけれども、誓って性交はしていないって書いていましたわ。そういう書面が来ましたの。楓さんは心配していましたけれど、本当ですのね、茉世さん?性交はしていないのなら、旦那様は赦してくださいますわ。お乳首アクメをさせ、アソコを舐めて子供が拵えられるのなら、女は苦労なんてしませんからね、茉世さん。けれどどうして蓮お坊ちゃんは性交しなかったのでしょう?露見したときに貴女が三途賽川から追放されてしまうから?それとも本当に貴女をモノにするつもりだったとでもいうのかしら。どうなの、茉世さん?」
 椿はブタウサギの頭を押しやって、尖肉に指を添えた。
「ふあっ、」
「答えて、茉世さん。どうなんですの?蓮お坊ちゃんの思惑次第ではわたくし、楓さんにお伝えしなければなりませんわ。茉世さん?蓮お坊ちゃんとのお乳首アクメ不倫は遊びなんですの?本気なんですの?旦那様を愛しているの?本当のところは、誰を愛しているの?」
 芯を持ち、弾力を持った小さな弁を、椿の指先が餅搗きのように搗いた。
「あんっ、あっ!」
「答えて、茉世さん!蓮お坊ちゃんとは遊びね?」
 敏感なつまみを抓られる。
「んッ、遊び、で………す、あんっ」
「よかったわ!よかったですわ、茉世さん!貴女の返答次第では、楓さんは貴女を三途賽川から回収して、蓮お坊ちゃんにくれようだなんて考えかねませんからね!くれよう……?違いますわね!婿にしようと考えていたのですわ!楓さんは、貴女が三途賽川で上手くいかなかったら、あの無愛想スケコマシが義絶されたのをいいことに、貴女のお婿さんにするつもりでしたのよ。姻戚だなんて困りますわ!わたくしは毎日、貴女とあの雪女男みたいなののお乳首合戦を聞かなければならないというのね!赦せないわ、茉世さん。貴女は女の手でもこうして甘い声を出し、潮吹きもでき、陰核を勃起させられるっていうのにねえ!よく育ってくれたわ!茉世さん?」
「もう、だめ!また……っあぁッ!」
 生地でも作るように捏ね回され、とうとう茉世は果ててしまった。椿の肩口に後頭部を預けた。
「かわいい……」





 冷たい感触が心地良かった。目蓋を持ち上げると楓が額に触れていた。
「移動の疲れが出たかな」
 見慣れた微笑に、泣きたくなってしまった。布団を口元まで引っ張り上げる。
「熱を測ろうか」
 体温計を差し出される。
「おじさま……お仕事は……?」
「ボクのことはいいんだよ。夕飯までまだ時間があるから、おやつを食べるといい。プリンを買ってきたよ」
「ありがとうございます」
 楓は苦笑した。
「"ありがとう"なんて要らないよ。養父として当然のことなんだから。君が健康になってくれたら、それがボクにとっては最高のお礼だよ」
 茉世は恥ずかしくなってしまった。体温計が鳴る。38度2分。
「まだ熱があるね」
「ご迷惑をおかけしてすみません……」
「何を言っているんだい。茉世の気にすることじゃないよ。よく食べて、よく休んで。慣れない場所で息苦しく過ごしていたんじゃないかい」
 だが茉世の耳には、楓の厳しい言葉が残っていた。そしてりんの気遣いや、永世との食卓、御園生みそのう瑠璃の優しさが思い起こされた。
「随分、良くしてもらいました」
 冷たく薄い手が頭の上に乗った。
「そう。姉さんにもよく言っておいてあるから、あまり気を揉まないように」
「……はい」
 六道月路椿とは何だったのか。あのような人物であっただろうか。六道月路で暮らしていた頃は、性や性別というものに対して潔癖な思想を持っているのだとばかり思っていた。
「ボクは部屋に戻るよ。何かあったらおいで」
「はい。プリン、いただきますね」
「うん。茉世に美味しく食べてもらうために買ってきたんだから」
 ところが彼女はすぐにプリンにありついたわけではなかった。蒸し暑い布団が冷えるのを待って、再びもぐる。熱だけではない疲労があった。寝過ぎたために頭痛を起こしている。しかし身体は休息を求めていた。楓は布団を肩まで掛け直してから部屋へ向かっていった。
 そして数分経った頃だろうか。襖が開いた。茉世は突っ立っている楓を見遣った。
「おじさま……?」
 雰囲気が違って見えた。かっちりとしたスーツに、編み込み。化粧をして、耳元で輝いているのはピアスである。楓はピアスをしていなかったし、編み込みもしていなかった。仮にものの数分で妙に派手なスーツを着、ピアスを付け、片側半分の髪を編み込んだとして、髪色も違うのである。
「誰……ですか…………?」
 楓に酷似していたが、楓ではないらしき人物は髪を掻いた。答えはない。襖は閉められてしまった。熱によって幻覚をみたらしかった。彼女もうとうとしていた。満足に寝たつもりでいたが、まだ眠ろうとしている。
 また、すぱりと襖が開いた。アイシャドウが濃いために目瞬きがよく分かる。瞳の色にも違和感を覚えた。楓はそういう色味の虹彩ではなかった。カラーコンタクトレンズを嵌めているらしかった。
雪世ゆきよ……?」
「……はい?」
 誰かと勘違いをしているのならば、早急に訂正せねばならないだろう。しかし楓が間違うだろうか。
「おじさま……?」
「おじさま?」
 声に、楓の面影がある。しかし嗄れている。風邪がうつってしまったというのか。そもそも彼は楓なのか。
「楓おじさまでは、ないんですか」
「楓おじさま……?楓は拙宅の兄ですが……」
「楓おじさまの弟さん……?」
 聞いたことがない。楓には姉の椿がいるだけではなかったのか。しかし疑いも警戒も抱けなかった。あまりにも、楓と似通っている。瓜二つである。
「そういう貴方は、雪世さんの知り合いなんですか」
 楓の弟だという、彼によく似た男は、襖の間に挟まれたように豎立じゅりつしている。
「……知り合いに、そういう方は………」
「楓とは、どういう関係なんですか」
「楓さんの、養女です」
 楓によく似た男は頭を抱えた。
「楓に訊いてきます。寝ているところをすみません……」
 ぱすん!と襖が弾かれた。どこか排他的な色を帯びている。茉世は布団から這い出た。楓によく似た男の後を追う。だが四辻になっている通路に差し掛かった途端、横から伸びた腕に引っ張られた。彼女はよろめく。手の主を見ると、エゾモモンガみたいな面構えのブタウサギであった。
「ごめんなさい。わたし、楓おじさまに用があって……」
「お姉ちゃん……」
 目蓋が重そうに開閉した。茉世のパジャマの袖を摘み、うとうとしている。儚げな美男子であった。水滴が落ちていくように目瞬きし、そのうち茉世に抱きついて、動かなくなってしまった。甘い香りがふわ、と漂う。似た匂いを知っている。美容室のトリートメントだ。
「あの……」
 もこもことした部屋着は彼を着痩せさせていた。肌触りのよい布の下に頑丈な骨格を感じる。
「眠い」
 舌っ足らずな喋り口であった。良い抱き枕を見つけたのだろう。立ったまま寝はじめた。茉世に、自身より背の高い男を運ぶ筋力などなかった。そのまま、立った棺に閉じ込められたように、彼女も立ち尽くすしかなかった。
『あの子は雪世さんじゃない。ボクの養女むすめだよ』
『気持ちの悪いことを。源氏物語じゃないんだぞ』
『他意はないよ』
 2つの気配がすぐ傍を通った。
莉世りせくん」
 茉世はブタウサギの腕の中で固まった。
「ああ、茉世もいたの」
 あの男は楓ではなかった。楓が2人いる。
「2人はもう知り合いだったんだね。それより茉世、どうかしたのかい」
 楓が近付いてきた。その肩越しに、楓ではないほうと目が合った。
「い、いえ……ちょっと、退屈になってしまって……」
「ずっと寝ていたものね。ボクが話し相手になるよ」
 茉世は、楓ではないほうの眼差しが恐ろしくなった。顔を背ける。
「大丈夫かい」
 養父の冷たい手が、髪を撫でる。
「はい。けれど、おじさまにはお仕事があるのでしょう。寝られます。わがままを言ってごめんなさい」
 少し冷淡な感じもする切長の目が眇められた。
「全然、わがままなんかじゃないよ。もうすぐ夕飯だからね。ところで茉世、この人を知っているかい?」
 そこでやっと、楓は楓ではないが、楓によく似た男を差した。茉世は躊躇いがちに首を振った。
「ボクの双子の弟で、もみじ。隠していたわけじゃないんだ。帰ってこないから、言う必要がなかっただけで……暫くは海外にいたし……」
「よろしく、茉世ちゃん」
「先程は失礼な態度をとってすみません。茉世と申します」
 彼女は慇懃に頭を下げた。
「よして、よして。ちゃんと言っておかない楓が悪いよ。ごめんね、具合が悪いところを」
 椛は軽快な笑みを浮かべた。笑うと楓に似ていない。
「莉世くんもそろそろ部屋に戻らないと、椿さんが怒るんじゃないかい」
 茉世は人名は莉世というらしいブタウサギを一瞥した。椿との妖しい関係は周知の事実なのか……
「うん……」
 ブタウサギは眠そうに目元を擦った。踵を返し、のそのそと戻っていく。もこもこの部屋着にはフードがついていた。そしてウサギの耳もついている。背の高い少年、或いは妙に幼い青年だった。
「茉世も、行こうか」
 楓の薄く冷たく平たい掌に押され、彼女も部屋へと戻った。
「まだプリンは食べていないようだね。そろそろ夕飯だし、傷んでしまう前に冷やしておくよ。君の名前を書いておいてね」
 ケーキ屋の箱のようなものを認め、楓はいった。茉世はその養父の一挙手一投足を見詰めていた。椛のいっていた「雪世さん」という人物が気になってしまった。しかし訊ねたことで、養父が困るとしたら。養父の機嫌を損ねてしまったら。
 そんなによその家が羨ましいのなら、よその子になれば?
 育ててもらった恩を忘れて!厚かましい!
 茉世は視線を落とした。前の養父の家で言われたことである。そしてそれは正しく思えた。そのとおりだと思った。
 養父が自ら口にしないのならば、訊くべきではないのだろう。
「どうしたの、茉世。どこか具合が悪いのかい」
「い、いいえ。すみません。せっかくプリンを買ってきてくださったのに」
「いいんだよ。ボクが勝手に買ってきただけだから。冷やせばまだ食べられるのだし。久々に帰ってきたのだから、そんな気を遣わないで。ここが君の実家なのだから」
 ふと、後ろめたさが一気に塊となって押し寄せた。楓の耳にも三途賽川の醜態は届いているに違いない。椿もそのようなことを言ってはいなかったか。
「ごめんなさい、おじさま。ごめんなさい」
「熱で弱気になっているね。泣きなさい。気の済むまでね。茉世は強い子なの、ちゃんと分かっているから」
 ベッドに座る茉世の隣に、楓も腰を下ろす。そして彼女の肩を抱き寄せた。
「おじさまの顔に泥を……っ」
「いいよ、君に塗られるのなら最高級の泥パックだよ。ボクの美貌にも磨きがかかるというものさ。安心なさい。自分の好きなように落とせるさ、そんなものは」
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