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144.これだ、これ
しおりを挟むこつん、こつん。
だだっ広い洞窟内に、甲高いヒールの音が反響している。
無機質なのに何故か恐怖感を煽るその音は、こちらへ向けて次第に大きさを増した。
「ヘッセンさん」
私は背後で身構えている老人の名を呼んだ。
「来ます」
そう言った私も急いで音のする方向に身を構えた。
朧げだった相手の輪郭が次第に露わになっていく。
「これは……誰?」
悪魔ようなの翼に悪魔のような尻尾、親御さんが見たら卒倒するような肌を露出したきわどい姿。
それは一見するとコスプレした人間のようだけど、纏っている空気が違う。恐らく彼女は、モンスター。
「遅いわ」
洞窟内に凛とした女性の声が響いた。
高圧的に場を支配するような第一声。
「簡単な命令のつもりだったのに、こんなに時間がかかるなんて」
ぼうっと彼女の背後で炎が走った。
それは壁掛けの松明のように、小さな明かりとなって彼女の周りを照らす。
「これなら私一人でやった方が早かったじゃない」
一歩また一歩、彼女の歩調に合わせるように、オレンジ色の小さな炎がこちらへと近づいていた。
「反省してちょうだい……って、あら?」
そう言って彼女は動きを止めた。
蛇のような怪しい瞳は私を通り越し、後ろにいるヘッセンさんを捉える。
「元の姿に戻っちゃったのね、アナタ」
残念そうに彼女は呟いた。
……ん? 残念そう?
「ヘッセンさん、もしかしてやっぱりあなた、彼女とグルで本当はモンス……」
「ち、違います! 私は彼女など知りません!」
私からの疑惑の視線に、慌てて彼は首を横に振った。
「私は人間です!」
年老いたしゃがれた声が響いた。
「ええ、彼の言葉は間違っていないわ」
肯定したのは彼女だった。
彼女はすうっと細い腕を軽く上げた。
「彼は人間。モンスターに変えられた哀れな、ね」
「一体何を……がっ!」
「!」
パチンという音。
彼女が鳴らした指の音に合わせ、ヘッセンさんが低い呻き声をあげた。
というか、待って、モンスターに変えられたって、それって。
「ぐ、ああ、あああ」
「あ、終わった」
振り返った時には遅かった。
さっきまで人間を主張していたご老人は、再びいつぞやのモンスターへと成り変わっていた。彼の手を縛っていた縄はとうに切れていた。うん、知ってた。知ってたけどさ。
「……っ」
私は全力で逃げ出した。
どうしてこうなった。
ついこの間まで花嫁がどうとか言ってたのに。ガチなモンスターとバトルする展開って。
「んなもん無理に決まってるでしょ! ……って、うぎゃっ」
石につまづいた。
ああなんてベタな展開。ベタはベタでもこれなら白馬に乗った王子様を待つお姫様になった方がマシだ。
目の前にはヘッセンさん(モンスターの姿)。後ろには例の彼女。
こんな事になるなんて。
「こんな展開、私向きじゃない!!!!」
「その通り」
「え」
この聞き覚えのある声は。
「相手と真正面から戦う? そんなの馬鹿馬鹿しい」
「レイズ……様……」
「おい、そこの男。この女の命が惜しければ、今すぐ動きを止めろ」
「……レイズ様、それってもしかして」
それはヘッセンさんをモンスターに変えたアイツではない。私は全く見たことがない新顔の少女、恐らく――
「大切なお前の主なんだろ?」
――あ、やりやがったな、この悪人。
そう言って、レイズ様は少女の首元に剣をあてた。
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