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しおりを挟む過去の思い出に縋って、嘆いている時間はない。
仕事を始める前に、ブーツに履き替える。
つま先を差し入れ、紐をきつく締めなおす。ブーツの縫い目が解れて踵部分から靴下が少し覗いている。
本当ならばすぐに繕うべきなのだが、暖炉の薪がすでに底を突きかけている。
ヒートになればしばらく外に出ることができないし、少しでも早く薪拾いに取り掛かりたかったエリオットは、これくらいなら帰宅してから繕っても大丈夫だろうと、そのまま出かけることにした。
同年代の男性に比べ、体が華奢なエリオットにとって、薪拾いは日々の仕事の中で最も重労働だ。なるべく手頃な大きさの枝を選んで拾うのだが、それでも何往復もしなくてはならない。小枝だけではなく火持ち用に大きなものも必要だ。
幸い、大きな枯れ枝が見つかった。持ち帰って枝を落とせば、焚き付け用の薪にも、火持ち用の大きな薪にもなるだろう。
ただ、エリオットの身長ほどもある大きな枝で、枯れて乾燥しているとは言え、それなりの重さがある。
抱えて運ぶのは到底無理そうだったので、枝に縄を掛け、ずるずる引っ張って運ぶことにした。縄を手に巻き付け、力を込め、足を強く踏ん張る。
ブチッ、と嫌な音がして、ふと足元を見ると、ブーツの底がぱっくり割れ、パカパカと動いている。ブーツの状態を確認すると、靴底がかろうじてつま先部分でぶら下がっていた。
それがとてもみすぼらしく、惨めで、エリオットは泣きたくなった。
普段ならそれぐらいのことで落ち込んだりはしないのに、その日はとても耐えられなかった。
マックスの膝の上でクッキーを食べたことを思い出した所為だろうか。
ヒート前の不安定な心が、エリオットを弱くした。
こんなところで泣いていても、エリオットを慰めてくれる人など一人もいないのに、あふれ出した涙はもう止められなかった。
なんとか小川のほとりまでたどり着くと、力なくしゃがみ込んだ。
一人で生きていくことが、その時はどうしようもなく途方もないことに思えた。
目の前の川に飛び込んで、そのまま水の流れに身を任せてしまいたいと、そんなことまで考えた。
でも結局、エリオットにはそんな勇気はない。そんな勇気があるなら、森で暮らす長い時間の間にとっくにそうしているはずだ。
生きていくのは辛い。でも死んでしまうのも怖かった。
涙はぽたぽたとみすぼらしいブーツに落ちていく。
「…大丈夫かい…? 」
突然、自分のものではない声がして、はっと顔を上げる。
自分以外の声なんて、食糧を運んでくる使用人以外はもう何年も聞いていない。
美しい声だ。落ち着いた声でありながら、優しい柔らかさのある声。
そして、鼻をくすぐる、香しい百合の匂い。
そこには、美しい白百合の花束を抱えた、若い男性が立っていた。
荒れのないすべらかな肌。すっと通った鼻筋。
柔らかなブロンドの髪が、川辺の爽やかな風に揺れている。
ラフな出で立ちではあるものの、シャツもジレもトラウザーズも、知識の無いエリオットでも一見して仕立てが良いものだと分かる。
服の上からでも分かる均整のとれた男性らしい体格でありながら、威圧感はなく、ただそこに立っているだけで、著名な彫刻家が手塩にかけて彫り出した、世紀の大傑作のように思える。
なにより、日の光を反射して輝く黄金の瞳がエリオットの心臓を捉えて離さなかった。
まるで、遠い昔に見た、マックスの瞳のようだ。
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