王子様の白百合

伏見うづら

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男性は、染み一つ無い白いハンカチーフをエリオットに差し出した。

きれいに折りたたまれていて、きっちりとアイロンが掛けられている。
恐る恐る手を伸ばすが、その清潔なハンカチーフに触れた、傷だらけの自分の手が見ていられなくて、慌てて引っ込める。


「…どうしたんだい?」

きっと貴族であろう彼に対して、とても無礼な態度であったにも関わらず、男性は穏やかな様子のまま、むしろエリオットに気遣わしげに声を掛ける。

「…い、いえ、ハンカチを、汚してしまいます…」

とても彼を直視出来なくて、再びエリオットが俯くと、男性はエリオットの手を取り、ハンカチーフの上にそっと置いた。

「君は汚れてなんかいないよ。さぁ、これで涙を拭いて。」

森に来てからこんなに優しい言葉を掛けられたのは初めてで、また涙が溢れ出た。

「…ブーツが壊れてしまったんだね。これは大変だ。」

そう言うと、彼は自分が履いていた靴を脱ぎ、それを揃えてエリオットに差し出した。

「さぁ。サイズは合わないかもしれないが、とりあえずこれを履いて。」

「でも、それでは、お貴族さまの足が汚れてしまいます。」

突然の申し出にエリオットがまごついていると、男性はためらいなく跪き、足に辛うじて纏わりついているだけになっていたブーツを脱がせると、自分の革靴をエリオットの足に差し入れた。

「気にしなくて良い。近くまで馬車で来ているんだ。従者もいるし、すぐに代わりを用意してくれるから。」

状況が上手く呑み込めないエリオットが言葉を返せずにいると男性はふんわりと笑った。

「それに、私のことは“お貴族さま”ではなく、“マキシ”と呼んでもらえると嬉しいな。」

その瞳は、蜂蜜のような甘さを孕んでいて、昔、マックスにかいがいしく世話を焼かれ、甘やかされたことを思い出させた。

「その、マキシさまは、どうしてこのようなところに…?」


マキシは近くまで馬車で来たと言っていたが、馬車が通れるほどの整備された道まではかなり距離がある。人里も遠く、狩猟場でも無いので、マキシのような貴族の青年が来るような場所では無いのだ。


「…。」


エリオットの言葉に、マキシは悲しそうに目を伏せた。

長いまつ毛が彼の頬に影を落としている。

マキシは抱えていた白百合の花束に顔を寄せた。


「…とても、とても大切な子がいたんだけど、その子が亡くなってしまったんだ。」


彼の優しさや美しさに勝手に舞い上がっていた自分の無神経さに、背中が冷たくなっていく。


「…そう、なんですか…」


どう言葉を続けて良いのか分からず、気の利いた事は何も言えなかった。


マキシは小川の辺に跪き、白百合に一つキスを落とすと、花束をそっと川に浮かべた。

白百合は清らかな川の流れに乗って、ゆっくりと流れ、遠ざかっていく。


「…その事実を聞かされたのはつい最近のことなんだ。私は家の事情でしばらく連絡が取れなくてね。やっと色々落ち着いて、その子に会いに行ったら、何年も前に亡くなったと聞かされて…」


マキシは流れていく白百合を見ながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「この川で水遊びをしていて、流されてしまったらしい。…まだほんの子供だったのに。」


普段は穏やかな流れの川だが、雨季には水量が増え、流れが速くなる。
流されたのが子供では、成す術が無かったのかもしれない。


「私は馬鹿だ。あの子の葬儀にも出られず…」


エリオットは何も言わず、黙ってマキシの後ろで手を合わせた。


優しいこの人の大切な子が、せめて安らかに神の身元へ行けるようにと。


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