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前編

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イリト王国では王国を東エリアと南エリアに分けた騎士団があり、その中でも騎士団を束ねる2人の最強の騎士団長がそれぞれ所属していた。
1人はしなやかな動きで、相手の隙を突いて攻撃して戦に勝利をする貴公子と名高い南エリアの騎士団長と、今回の主人公――ガエル・セルジュ・リュック・アザール騎士団長。

推定2mの身長と、彼の胸板、腕や脚など成人男性3人分が1人になったかのような厚みのある身体。りんごなど片手で潰せるならまだ可愛らしく、人の腕など一掴みで折ってしまうと言われている身長に見合った強靭な身体の持ち主。今年29歳となる彼は、華奢な姿が流行っている王都では結婚相手など見つかるはずもなく、日々仕事にのめり込んでいた。
「団長の顔がもう少し可愛げがあったら、まだマシだったのに」
そう言って茶化すのはイリト王国の二強の1人、戦友または親友という言葉がしっくりくる南を統治する団長だけだが。
『団長の顔を見れば、犯罪を起こす気も失せる』
そんな不名誉な事を言われてはいるが、騎士団長のおかげで犯罪が減るわけでもなく騎士団の仕事は毎日大量に舞い込む。
野蛮な団員が多い職場にしては、珍しく清潔に保たれている漆黒の短髪。泊まりでの仕事もあり討伐遠征での野宿もあるのに、必ず毎日身を清めているのは潔癖でもなんでもなく、団長の並々ならぬ努力の賜物だった。


それは、ある日の事。
『きゃっ!何なのっ!どこの山賊かと思ったわ!』
この世の最高の地位、最高の美貌を持つ神が与えた最高傑作の塊である、イリト王国の第一王女が放った言葉から始まった。
野生の獣の被害が出ていた王国の端に行った討伐が終わり、城へと報告するため登城すると、団長が城に寄った事を聞きつけた王女が、謁見後にガエルを彼女の元に行くように呼び寄せたのだ。数ヶ月にも及ぶ遠征は宿に泊まるわけでもなかったためにお風呂なんてなく、身なりも整えられなかった。しかし、野生の獣による甚大な被害を受けていた農作物を守るために早急な対応が必要で、騎士団長自ら出向いた事で早期解決が出来た。本来なら伝令だけを送れば良かったものの、今回の被害の件は国王陛下直々に頼まれていたために事の顛末も報告するしかなかったのだ。
王女付きの見知った侍女から王女様がお呼びしておりますと言われた時に一度断ろうとしたが、王女が幼い頃に護衛を勤めていた騎士団長は、王女の呼び出しを無碍むげに出来なかった。
「……この身なりでよろしければ」
「……………王女様は大変慈悲深い方ですから、どのような格好をされても受け止めてくださいます」
たっぷりと数分は時が止まったかのように発言した侍女に、苦笑をするしかなかった。それもそうだ、数ヶ月髭も剃れずに生やしっぱなしで、遠征に持って行った軍服の中でも一番綺麗なのを選んだが服も汚れたままだ。いつ獣や盗賊に襲われるかもしれないから、神経を尖らせて過ごしていたためにちゃんと睡眠も取れていないから、目の下は隈が色濃く残る。
――今ここで寝ろと言われたら、寝れる
地方よりも治安の良い王都の中でも、警備も手厚く一番安全な王城なら俺一人床に寝ていても問題ないだろう。確実に不審者だが、俺はそれぐらい疲労困憊していた。それなのに先頭に歩く侍女の後ろをついて行きながら見慣れていた通路を歩くと、ほんの五年前まではここで働いていた事を思い出した。
――あのわがままな王女様と会った時を思い出すな
と。



***************


『初めまして、イリト王国レティシア・モニク・オルガ・モルコ第一王女、私の名はガエル・セルジュ・リュック・アザールと申します、イリト王国の東部を統括する地域の騎士を務めております』
王命により公務を始める12歳になったばかりの王女の護衛を務める事になったガエルは、王への挨拶の後に王女の待つ応接間へと通された。応接間だというのに、騎士団本部の訓練場よりも広い部屋は、白と青い家具中心に置かれていた。ソファーは真っ白で脚までもが白かった。青いローテーブルを挟み向かい合わせに設置されたソファーに、座ってお待ちくださいと言われ腰掛けて座っていた。しばらく待ったのちにやってきたのは、まだ俺の腰の高さしかない小さな王女だった。銀色の髪は長くて、手入れされているのか室内だというのに眩しく感じた。小さな頭と顔、目が溢れそうなほどの灰色が混じった青の大きな瞳だったが、今は眉を寄せて不機嫌そうだ。それもそのはず、大人でも――ましてや子供ならなおさら――誰もがガエルの顔を見たら泣いてしまうほどに、俺の顔は凶悪だからだ。
応接間に座っていた俺は、王女が入ってくると立ち上がり床に膝をついて彼女に挨拶をした。それでも彼女と同じ目線の高さにはならなくて、目線を伏せても少し見下ろす形となってしまったが…こればかりはしょうがない。これ以上身体を縮めたらマナーがなっていないと、ただでさえむさ苦しいと思われている騎士団のイメージが悪くなってしまう。
『…顔をあげて、ガエル殿』
可愛らしい声に聞き惚れていたが、許可を得たので顔を上げたら、スッと背を伸ばした王女と初めて視線があった。
『今日から護衛をしてくれるのよね、レティシアと呼んでいいわ』
『かしこまりました、レティシア王女、しばらくは公務に同行させていただきます』
『ええ、よろしく』
ツンとした態度は王族の威厳があり、まだ小さな子供なのに思わず平伏してしまいそうだった。

それが彼女を護衛始めて5分と待たずに、わがまま三昧の姫に手こずる事になるなんて思いもしなかった。


***************



それから4年間、彼女の護衛として公務に同行していたが、東エリアに突如現れた農作物を荒らす野生の動物の鎮圧と、荒らされた事により職を失った人々が悪事に手を染めて治安が悪くなった地域へ騎士団が派遣されることとなり、護衛の任を解かれた。その鎮圧の腕っ節を買われ、とんとん拍子で騎士団長へと 昇格した俺は、また討伐に行って来たのだが身なりを整えないまま王女へと再会することとなった。

そして、くだん
「きゃっ!何なのっ!どこの山賊かと思ったわ!」
と、彼女の発言となったのだ。

「お目汚し申し訳ございません、レティシア王女、早急な案件だった討伐の報告を国王陛下にいち早くお知らせする必要があり、この身なりのままやって参りました事を理解いたしますようお願いします」
彼女と初めて会った時と同じ応接間に通され、流石に汚れた身体でソファーに座る事を躊躇ったので横に立ち、王女がやってくるのを待った。
ーーやっぱり白いな
訓練所よりも広い応接間の家具の配置は変わらず、白いソファーがそこにある。扉が開いたと同時に小さな悲鳴がして、床に膝を付いてまずは詫びた。すると一目で上等な布を使用したドレスが視界に入り、彼女が俺に近づいた事を知った。そして当たり前だが、もう幼い小さな彼女ではなく、膝をついても彼女の顔は見えなかった。
「顔を上げて、ガエル」
以前よりも少しだけ低くなった彼女の声に顔を上げるのを許可され、顔を上げるとたった五年会わなかっただけで幼さはなくなり美しい女神のような女性がそこにいた。
最後に会った時には波打っていた銀色の髪も真っ直ぐにストレートヘアになって太ももまで伸び、丸い顔だった輪郭も顎のラインが綺麗に小さくなっていた。大きくて溢れてしまいそうな目は少しだけ小さくなったが、俺からしたら相変わらず大きく灰色がかった青い――侍女曰く"美しいベビーブルー"と呼ぶらしい――瞳も美しいままだった。銀色の長いまつ毛が伏せると、庇護欲をそそり守ってあげたくなる。胸元と耳には小粒のアクセサリーを身につけ、穢れのない真っ白なドレスは、ドレスの事をよく知らない俺でも分かるくらい彼女の身体のラインに沿ってデザインされた特別なものだと知る。
「久しぶりね、元気…にしてたみたいだわね」
ふんと冷たい口調は相変わらずだが、王女はまるで離れていた期間がなかったように、当たり前のように3人掛けのソファーへと座った。
「座って、ガエル」
「しかし、ソファーが汚れてしまいますが故、このままで失礼いたします」
ちょっと飲み物をこぼしたレベルじゃないのだ、いくら一番汚れが目立たない服を選んだとはいえ土汚れ――もしかしたら獣の血も付いているかもしれないのだ。彼女のためにあるかのように設置された美しい穢れのない白いソファーに自分が座るわけには…汚すわけにはいかない。
「…そう、まぁ、いいわ、どうしていたのかしら」
そう言って彼女はソファーの背もたれに背中を預けると、俺に向かって近況を尋ねる。
「変わらない日々を過ごして参りました、レティシア王女」
「へーそう、ではこちらへ来てガエル」
そちらから聞いてきたのに興味なさげな返答をされ、この性格だけは変わらないなと心の中で苦笑した。
「…先ほども申し上げた通り、王都に到着してすぐやってきましたので清潔ではありません、王女」
少なくとも変な匂いはしていないと思いたいが、自分の鼻だけじゃ判断がつきかねる。
「……私が来てって言ったら来なさい」
「……かしこまりました」
それなのに、一層声が低くなり機嫌が悪くなったとはっきり分かる彼女の声に、護衛の頃の条件反射のように口が開く。
失礼します、と小声で断りを入れてから、久しぶりだと言うのに、座る彼女と同じ目線になるように癖で彼女の座るソファーの横の床に膝をつけた。
「…何をしてるの、私はもう小さな子供じゃないわ」
ムッと眉を寄せた彼女は、美しくて見惚れてしまう。
「申し訳ありません、つい」
最後に王女とこうして話したのは、まだ成人式も迎えていない五年前の最後の勤務日だったのだ。それから五年か、と懐かしく思っていたが、うわの空だったのが気に入らないのか、イライラとした彼女の声が聞こえてきた。
「信じられないわっ!私の護衛だったくせに、私の成人式にも来なかったし、あなた私を馬鹿にしているのっ!」
「いいえっ!そんな事はごさいません、改めて成人おめでとうございます、レティシア王女様」
「本当にそう思っているが怪しいわ…成人式は二年前に終わっているからね」
床に膝をつけたまま頭を下げると、彼女の冷めた視線が刺さる。

二年前にあった貴族達の成人式には、騎士団長として出席しなければ行けなかったが、いかんせん、かしこまった式は苦手で、討伐と言っては副団長に代理として出席してもらっていた。王女も成人式に出席すると知っていたが、こんなむさ苦しい顔なんか見たくないだろうと、適当な理由をつけて副団長に代理で出席してもらった。祝いの言葉の書かれたカードも花も送ったが、そうじゃないらしい。
『王女様は美しかったです』
成人式に参加した副団長からは、そう言われたが、そうか、としか返せなかったのを覚えている。

「…まぁ、いいわ、ドーラ、説明してちょうだい」
ツンと顎を上にして、腕を組んだ彼女は、扉のそばにいたドーラ――長年彼女の侍女を務めてる、俺を呼び寄せ応接間に案内した同年代の見知った女性――を呼んだ。
「はい、レティシア王女様に代わり、私が説明させていただきます…ガエル騎士団長殿、本日から王女様が外出なさる時は、以前のように護衛として同行していただきます」
「…っ!」
「早速ですが、明日は王女様がお出かけする日ですので、まずはその身なりを整え…」
「ちょっ、ちょっと待っていただいてよろしいでしょうか?」
「…はい、何でしょう」
俺の返事を待たず、どんどん話が進んでいき、慌てて止めるとドーラが何故止めるの?ときょとんと不思議そうな顔をしていた。
「私は今、騎士団長を務めております…いきなり王女様の護衛など無理です…私から引き継いだ王女様の護衛はどうされているのですか?」
「ああ…護衛ならクビにしたわ、生意気な口を私に聞いたから」
「はいっ?」
ドーラに向かって話しかけたのに、どうでもよさそうに王女が返事をした。
「…王女様の機嫌を損ねましたので、お暇させましたわ」
ドーラは頬に手を置いて、ふぅっとため息を吐くのを見ていると、俺は何が起こっているのか分からなくなってきた。
――王女の前でそんな素直にペラペラ喋っていいものなのか…?王族の前だぞ?
「…それでは今までずっと護衛を付けなかったのですか?」
いくら城の中とはいえ、全く危険がないわけではない。そんな事ありえないと、声のトーンが自然と低くなると、途端に王女が慌てだした。
「ちょっ、ちょうど、きょっ…今日の朝っクビにしたのっよ!そっ…そうよっ!今日の朝!そこへ貴方がやって来たって知らせを受けたってわけ」
「…それでしたら…しかし私にも騎士団長の務めがあります、早急に護衛を見繕いますのでお待ち」
「だめよっ!ダメっ!ガエルじゃないとっ!…コホン…いえ、心に負った傷を癒すためには、長い時間一緒にいたガエルが適任よ」
「…心に傷…ですか…?それはクビにされた護衛の方が必要なのでは」
「ガエル殿っ!騎士団長になって随分と上から目線になりましたわねっ、可哀想な王女様に護衛が必要なのをご理解くださいませっ」
思わず口から思ったことがつるりと出ると、俺の言葉を遮ったドーラがハンカチを取り出して目元を拭う…その目元には涙など見えないが。
「…しかし明日となると」
「譲歩してあげる、明日が無理だったら来週でもいいわ」
「王女様…どこの世界に護衛に予定を合わせる人がいるんですかっ!」
急な出来事で明日の予定を頭に浮かべていると、王女が控えめに予定は変更出来ると言い、ドーラがそんな王女を嗜める。
「わかりました、明日…何とかしましょう、しかし毎回の護衛は難しい事を先に言っておきますので」
あえて、ドーラに向かってそう告げると、王女がショックを受けたような表情を浮かべた。
「早急に代わりの護衛を探します」
俺の一言を最後に誰も言葉を発しなくなり、王女はただ俺の顔を見ていた。


「明日はうんとおしゃれをして来てね、まさかその格好で来るわけじゃないわよね…まさかね…そんな見窄みすぼらしい格好で来たら許さないから」
「…おしゃれ…?」
護衛をするのに、動きづらい正装なんかしていられないと思っていたが、いつものわがままな王女に戻り、張り詰めていた部屋の空気が和らいだ。
「ええ、きっと素敵な一日になりますわっ」
「じゃ、明日の朝迎えに来て、今から明日の準備をするから」
そう言って王女はソファーから立ち上がると、俺の返事を待たずに応接間から出て行ってしまったのだった。



――彼女はわがままを言っているのに、ここにいる侍女も他の使用人もにこにこしているのは何なんだ。


ぽつんと一人取り残された俺は、途方に暮れていた。


それからというと、いつ呼ばれるか分からないために、清潔に保つ努力をする事になった。しかし王女に呼ばれるのは、観劇を観に行きたいと行ったり、大自然を見たいと見晴らしの良い場所へ行くなど、別に俺じゃなくても事足りる用事ばかりだった。
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