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4:お買い物

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カールは朝日が昇るのと同時に目が覚めた。欠伸を連発しながら、パン一姿から運動しやすい服に着替えると、庭先で筋トレを始めた。日課である。
少しすると、同じような格好をしたセガールもやって来た。
カールは腕立て伏せをしながら、セガールに挨拶をした。


「おはようございまーす」

「おはよう」

「セガールさんも日課ですか?」

「あぁ。義足だから、昔程のことはできないが、習慣が抜けなくてな」

「なるほど」


セガールが義足とは思えない滑らかな歩き方でカールの隣に来て、腕立て伏せをする体勢になった。そのまま、一緒に腕立て伏せをやる。
お互いにいつもの筋トレメニューをこなしたら、先にシャワーを順番に浴びることになった。カールは次の航海まで休みなので、基本的に暇である。この際だから、焼き魚以外の料理も覚えようと、朝食を作るセガールの手伝いを申し出た。
セガールは快く頷いてくれて、予備のエプロンを貸してくれた。今日の買い物で、エプロンも買った方がいいかもしれない。

手際よく野菜や肉を刻み、雑穀粥を作っていくセガールを手伝って、カールもトマトサラダを作った。トマトを洗って切るだけである。昨日、シェリーと一緒に料理をしていて思ったのだが、シェリーには海の男仕様の塩味キツめの味付けが合わないんじゃないだろうか。
一応、そう提案してみると、セガールがキョトンと驚いた顔をした。


「俺の料理を食べてくれなかったのは、味付けがきつ過ぎたからか」

「その可能性があるかと。俺達にはちょっと薄いかな?くらいが、あの子にはちょうどいいかもしれないです」

「……全然気づいてなかった……なるほど。今朝は薄味にしてみる」

「はい。俺達は物足りなかったら黒胡椒かけましょう」

「そうだな」


朝食が出来上がったタイミングで、パジャマ姿のシェリーが降りてきた。眠そうに欠伸を連発している。
カールは台所から顔を出して、シェリーに笑いかけた。


「おはよう。シェリー」

「おはよ。カール」

「朝飯食ったら、髪を結ってやろうか?昔、妹の髪をよく結ってたから、結構上手いぜ?俺」

「ほんと?じゃあお願い」

「はいよー。じゃあ、朝飯にしよう。セガールさん。運びますねー」

「あぁ……シェリー。おはよう」

「……おはよ」


カールはなんとも気まずそうにしている父娘を放っておいて、手早く朝食を居間のテーブルに運んだ。
シェリーが憂鬱そうな顔で、椅子に座った。スプーンを手に取るが、意味もなく雑穀粥をかき混ぜるだけで、食べようとはしない。
カールはそんなシェリーに笑いかけた。


「一口食ってみ?今日はシェリー仕様にしたから」

「私仕様?」

「ものは試しってね」

「えーー……じゃあ、一口だけ……」


シェリーが露骨に嫌そうな顔をしながら、恐る恐るといった様子で、一口雑穀粥を口に含み、驚いたように、目をパシパシさせた。


「……美味しい。カールが作ったの?」

「トマトサラダはね。雑穀粥はパパだよ」

「パパが作る味じゃないわ」

「塩を少し控えてみたんだ。俺もカールも、塩味が濃いものに慣れているが、シェリーはそうじゃないんだろう?今まで気づかなくて悪かった」

「……別に」

「これなら食べれるだろ?」

「うん」


シェリーがパクパクと穀物粥を食べきり、トマトサラダまできっちり完食した。セガールがすごく嬉しそうな顔をしている。

学校へ走って向かうシェリーを2人で見送り、朝食の後片付けと洗濯を手分けして終わらせると、カールはセガールと一緒に家を出た。

丘を降りて街へと向かう。海軍の居留地があり、大きな港があるから、この街は人が多く、活気に溢れている。
カールはセガールと一緒に必要なものを買いながら、のんびり街の喧騒を楽しんでいた。


「えーと、食器類は買ったし、タオルとかも買いましたよね。あとは何がありますかね」

「歯ブラシや髭剃りは?」

「それは家にあったやつを持ってきてます。あ、パジャマを買おうかなぁ。流石に女の子がいる家でパン一で寝るのはマズいですよね」

「駄目だな。服屋に行こう」

「了解であります」


カールは増えた荷物を片手に、セガールと一緒に服屋に向かった。手頃な値段のパジャマとついでに私服もいくつか選び、エプロンも買った。シェリーにもあった方がいいかなぁと思って、シェリー用にもエプロンを買った。シェリーが気にいるかは分からないが、気に入らなければ、今度一緒に買いに来ればいい。

カールは何気なくセガールを見て、ん?と思った。セガールの歩き方が、若干おかしい。ほんの微かなものだが、右足を引き摺っているような気がする。


「セガールさん」

「ん?」

「足の調子が悪いんですか?」

「あー……そろそろ定期検診なんだが、まぁ今回も行けないだろうな」

「いつから行ってないんですか」

「……半年?」

「今すぐ病院に行きましょう。義足のメンテナンスもしてもらわないと」

「……結構時間がかかるぞ」

「夕食の支度までに帰れれば大丈夫です。まだ昼前ですし」

「……すまん。じゃあ、病院に行っていいか?此処から割と近い」

「勿論です。さっさと行きましょう」

「あぁ」


カールはセガールと一緒に病院へと急いだ。病院の待合室で2刻程待っていると、渋い顔をしたセガールが戻ってきた。どうやら医者と技師にこってり絞られたらしい。
昼食時はとうに過ぎており、腹が減っている。
カールはセガールを屋台がある中央広場に誘った。

中央広場には、いつでも屋台が立ち並んている。座って食べられるようにベンチがいくつもあり、カールとセガールは其々好きなものを買って、ベンチに座って食べ始めた。


「後は本屋に寄ったら、俺の買い物はお終いです」

「そうか。今夜は何にするかな」

「肉が食いたいです」

「肉……鶏肉を揚げるか」

「いいですねー。軽めの酒も買って帰ります?」

「あぁ。シェリーにも何か買って帰ろう。今の時期なら苺があるだろうから、苺だな」

「苺が好きなんですか?」

「一番好きなのは葡萄だな。苺はその次くらいだ」

「へぇー。あ、どうせなら苺飴はどうです?生の苺もいいけど、苺飴は屋台でしか売ってないですし」

「それもそうだな。中々一緒に此処まで来ないし、土産に買って帰るか」

「はい」


ちょうど2人とも食べ終わったので、生の苺を飴でコーティングしてある苺飴を買って、家へと向かって歩き始めた。
ちゃんと医者に診てもらい、技師に義足のメンテナンスをしてもらったお陰か、セガールの歩き方がとてもスムーズになっている。多分、荒れていたシェリーを置いて、1人で病院に行けなかったのだろう。
シェリーには気の毒だが、母親がいない生活に早く慣れてもらわないと、セガールが大変である。
セガールとシェリーとの間には、今は大きな壁がある気がする。いきなり壁を壊すことはできないが、壁を少しだけ薄くすることはできそうな気がする。
セガールには、新人時代、ものすごく世話になった。今も居候させてもらっているし、その恩を少しでも返したい。
カールはセガールの歩みに合わせて歩きながら、どうやったら2人の距離が縮まるか、色々と考えてみた。

2人が家に帰り着いたすぐ後に、シェリーが帰ってきた。
とりあえずカールは、セガールにお土産の苺飴をシェリーに渡させた。シェリーは苺飴を見ると、パァッと嬉しそうな顔をした。


「苺飴だ!」

「今日、中央広場にも行ったんだ」

「食べていい?」

「いいぞ」

「シェリー。ミルクいる?」

「いるー!」


鞄をソファーに放り投げて、シェリーがソファーに座り、早速苺飴を食べ始めた。美味しいのだろう。もぐもぐ咀嚼しているシェリーの頬が弛んでいる。そんなシェリーを見て、セガールが嬉しそうに穏やかに笑った。
カールはシェリーにホットミルクを用意して、大人達には珈琲を用意した。
3人で少しの時間まったりとしてから、カールの提案で一緒に洗濯物を取り込んで、畳んだ。

シェリーにシェリー用のエプロンを見せると、シェリーの目が輝いた。黒い布地に白い糸で猫の刺繍がしてあるエプロンである。


「可愛い!」

「だろ?シェリー用のエプロン」

「貰っていいの?」

「勿論。一緒に晩飯作る手伝いしようぜ。ちなみに、俺とお揃いです」

「おじさんがこんな可愛いエプロン着けるの?」

「ギリギリお兄さんです」


カールはシェリーと顔を見合わせて、同時に小さく吹き出した。
シェリーとお揃いのエプロンを着けて台所へ行けば、先に仕込みを始めていたセガールが、カールとシェリーを見て、小さく吹き出して笑った。

この日は3人でわいわい騒ぎながら夕食を作り、シェリー仕様の味付けの料理を、がっつりと食べた。
シェリー仕様の味付けは、濃い味付けに慣れているカール達には少し物足りないが、食べ盛りの子供がしっかり食べてくれる方が余程大事なので、味付けの物足りなさは黒胡椒で誤魔化した。

後片付けも3人でやって、順番に風呂に入ると、少しだけ居間で買ったばかりの本を読んで、其々の部屋に引き上げた。

ベッドの中で、カールは、明日も上手くいきますようにと祈って、穏やかな眠りに落ちた。

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