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28:突然の揉め事

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 ガルバーンが、ここ数日、ちょっとおかしい。ロルフと触りっこをした翌日から、なんだか、ロルフが近づくだけでそわそわと落ち着かない雰囲気になるし、頬にキスをするのも、真っ赤な顔で避けられる。手を繋ごうとしても、さり気なく避けられるし、ロルフはじわじわと不満をつのらせていた。

 ロルフは、ガルバーンが好きだ。好きだから、頬にキスをしたいし、手も繋ぎたい。触りっこも気持ちよかったので、またしたい。ガルバーンも、ロルフのことを好きだと言ってくれたが、ガルバーンはそうじゃないのだろうか。

 ロルフが悶々としながら、野菜を積んだ荷車を押していると、村長の息子が、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「ロルフ。急で悪い。ガルさんと一緒に来てくれ」

「え? 何があったんです?」

「隣村の奴らが来てるんだよ。かなり面倒な事になってる」

「分かりました。ガルを呼んできます」 

「すまん。急いでくれ」

「はい!」


 ロルフは近くの家にお願いして、荷車を預かってもらうと、大急ぎで家に帰った。
 ガルバーンを連れて、村長の家に行けば、村の会合をしたりする広い部屋に、村の男衆と、隣村のまだ30代後半くらいの若い村長と他に数人の男達がいた。なんだか、空気がピリピリしている。

 キリリク村の村長が、ロルフ達に気づくと、困ったように笑って、手招きをした。ロルフは、ガルバーンと一緒に、村長の近くに座った。
 隣村の村長が、ガルバーンをじろじろと見て、小馬鹿にするように、ふんっと鼻で笑った。


「随分と大きな男だな。その分、色々使えそうだ。こんな国の端っこの村に、『勇者』は相応しくない。我が村で暮らすべきだ」

「ガルさんは、既にキリリク村のロルフと結婚しておる。離婚はできぬし、ガルさんもこの村での暮らしを気に入ってくれておる」

「どうだか。『勇者』殿。俺の村に来れば、女が沢山いるぞ。いくらでも好きにすればいい。どうせ、この村でも、女を侍らかしているのだろう。但し、俺の村に住む以上、お前の報奨金は村のものになるがな。魔王を倒したんだ。結構な報奨金を貰っているんだろう? 実際、最近じゃあ、この村は羽振りがいいそうじゃないか。どうせ、『勇者』殿の金を使っているのだろう?」


 ロルフは、プチッと頭のどこかが切れるような音を感じた。ロルフは、素早く動いて対面に座っている隣村の村長の胸ぐらを掴み、思いっきり頭突きをした。


「いぎゃっ!? な、なにをっ」

「言いたいことは色々あるけど、まずはガルに謝罪しろ! それから、村の皆にも! ガルは、毎日朝から晩まで一緒に働いてくれている。村の暮らしがよくなってきたのも、村全体でコツコツ頑張ってきたからだ。ガルの報奨金なんか使っていない。ガルの報奨金は、生命を賭けて闘ったガルだけのものだ! ガルが生命を賭けて闘ってくれたから、今の暮らしがあるんだ! 皆が笑えるようになったのも、全部、全部、ガルが頑張ってくれたからだ! あまり巫山戯た事を抜かすな! 謝れ! ガルと皆に!」

「ぐぅっ、このっ、離せっ!!」

「いっ!?」


 隣村の村長の額が、ロルフの鼻に強くぶつけられた。思わず、胸ぐらを掴んでいた手をゆるめてしまうと、今度は逆にロルフが胸ぐらを掴まれ、鼻を押さえるロルフの頬に向かって、隣村の村長の拳が飛んできた。殴られるっ! と思った次の瞬間、ロルフの身体が背後から抱き寄せられ、隣村の村長の拳を、大きなゴツい手が掴んだ。


「いっ!? いたいいたいいたいいたいっ!!」

「ロルフから汚い手を離せ」

「く、くそぉっ!!」


 ロルフの胸ぐらを掴んでいた隣村の村長の手が離れると、ガルバーンも隣村の村長の拳を離した。どうやら、隣村の村長の拳をめちゃくちゃ強く握りしめていたようだ。隣村の村長が、右手を押さえて、低く呻いている。

 ロルフは、ガルバーンに背後から抱っこされながら、隣村の村長をキツく睨んで、口を開いた。


「ガルと村の皆に謝れ!!」

「くそっ! 誰が謝るか! 『勇者』なんぞ野蛮なだけではないか! 報奨金は、お前なんぞが持っていても意味がない。俺の村に全て寄越せ!」

「断る。俺はもう、キリリク村のガルバーンだ。仮に報奨金を使うことがあっても、それは、ロルフの為、キリリク村の為に使う。それが筋というものだ」

「ちっ。馬鹿がっ! 後悔することになるからなっ!」


 隣村の村長達が、どすどすと部屋から出ていった。
 村長が、疲れた溜め息を吐いて、その場にいた村の男衆に声をかけた。


「皆。べー、するよ。べー!」

「「「「べー!」」」」

「べー! ほら! ガルも! べー! してください! べー!」

「いや、『べー!』ってなんだ。舌を出せばいいのか」

「『べー』って舌を出すと、嫌なものを追い払えるんですよ」

「なるほど。べー!」

「べー! ふんっ! 村長、なんなんです? さっきの」

「話をする前に、鼻の手当をしようね。血が出てるよ。えーと、あ、お爺ちゃん先生と薬師先生。診てやってくださいよ」

「おーう」

「はいはい。やれ。ロルフがあんなに怒っているところを見たのは初めてだわ。どれどれ。あー、こりゃ腫れるな。とりあえず血止めをするか。爺。額の方を見ろ」

「へーい。あー。こりゃ、たんこぶになるな。冷やしておこう。すまん。誰か、冷たい手拭いを持ってきてくれ。鼻の方は……骨に異常はないが、これも腫れるな。冷やしておこう。爺。軟膏は持ってるか」

「家にある」

「取ってこい。爺」

「しょうがねぇな。爺」

「あ、あの、大丈夫です! 薬は後から取りに行きますから!」

「会合はまだ終わらん。というか、今からが本題みたいなもんだ。村を動かす若いのは居たほうがいい。ということで、取ってこい。爺」

「おう。爺」


 お爺ちゃん先生と、薬師の先生は、2人とも、お互いに『爺』呼びしている。これでかなり仲がよくて、よく一緒に酒を飲んだりしているらしい。

 ロルフは、胡座をかいたガルバーンに抱っこされるように座り、すっと立ち上がって、さっさっと歩いて部屋から出る薬師の老爺を見送った。

 村長が、皆の注目を集めるように、パンパンと軽く手を叩いた。


「さて。今後の話をしよう。去年の頭に、隣村の村長が代替わりしてから、随分と酷い。野菜やらを売りに行っても、変ないちゃもんをつけられて、安く買い叩かれることが何度もあった。隣村の機織物も質が悪くなったし、いっそのこと、隣村との直接の売買をやめようかと思うのだよ。売るとしても、街の商人を介してからかね。皆はどう思う?」

「俺ぁ、賛成だ。この間なんかよ、うちの倅がよ、女をいやらしい目で見たって殴られて帰ってきた。女って言ったって、60くらいの婆だぜ? あいにく、うちの倅は、婆をいやらしい目で見るような奇特な性癖してねぇんだわ」

「俺も賛成。隣村の機織物の質が悪くなったのは、女達が、ろくに働かなくなったからだって噂だ。あそこの村は、機織物で稼いでいる。どうも、あの村長と、村の女衆との仲が険悪らしいぜ」

「ふむ……では、反対の意見や、他の意見はあるかね?」

「村長」

「なんだね。ガルさん」

「アレみたいなのは、必ず何か仕掛けてくる。面倒になる前に潰した方がいい。俺が領主に手紙を書く。できたら、最速で送った方がいいんだが」

「それなら、緊急時用の伝書鳩がある。それを使おうかね。なんて送るんだい?」

「村長の変更と実害の調査依頼だ。恐らく、何かしらの迷惑を被ったのは、この村だけではないだろう。単なる勘だが、アレは叩けば埃が出るぞ」

「なるほど。では、頼んでいいかの」

「あぁ」

「では、隣村の動向には、重々気をつけて過ごすように。隣村方面へは、子供達も行かせないようにしておくれ。万が一が無いとも限らない。皆の衆、キリリク村を、そして、キリリク村に住まう全ての者を守るぞ」

「「「「おーー!」」」」


 村の会合が終わり、ロルフは、戻ってきた薬師の老爺に薬を塗られ、ガルバーンにおんぶをされて、部屋を出た。ロルフは、大丈夫だと言い張ったが、ガルバーンが頑として聞かず、結局、ロルフが根負けした。

 ガルバーンにおんぶされて帰っていると、ダラーが近寄ってきて、ロルフを見上げて、ニッと笑った。


「やるじゃねぇか! ロルフ! スカッとしたぜ!」

「おー! よくやった! ロルフ! ちゃんと嫁を守ったな!」

「よっ! 愛妻家!」

「あの大人しいロルフがねぇ。嫁の為なら男を見せるんだなぁ。愛ってすごいねぇ」


 ロルフは、やんややんやと囃されて、照れてしまい、ガルバーンの肩に熱い顔を埋めて隠した。


「ロルフ」

「なんです?」

「格好よかった」

「もぉ! ガルまで!」


 ロルフは、珍しく、クックッと低く喉で笑うガルバーンにおんぶされたまま、2人の家に帰った。
 寝る直前に、ガルバーンがロルフの頬にキスをしてくれた。ロルフは、嬉しくて、嬉しくて、だらしなく笑って、ガルバーンの唇にキスをした。

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