25 / 69
第3章 魔法学院入学、“ゲーム”が始まりました
閑話 攻略対象者たちの作戦会議
しおりを挟む
※この話はエルフィン視点です。
それは、地の精霊クレイシェスとの邂逅から間もなくのこと─────
──────────ストランディスタ王宮・エルフィンの執務室──────────
「長期休暇中だというのに、集まってもらってすまないな」
シンフォニウム魔法学院に入学して半年───。
一週間程前から長期休暇に入り、時間が取れるようになってから、私──エルフィンは、ユフィリアが言っていた“乙女ゲーム”の攻略対象者と呼ばれている(私も含まれるが)面々を呼び出した。
ちなみにこの国は、春と秋の間隔は短く、夏と冬は長い。そのため、長期休暇は夏の一番暑い時期と決められている。
「いえ、例の件のことを話し合うのだと聞いていましたから」
そう言ったのはユフィリアの腹違いの弟で、ハルディオン公爵子息のルティウスだ。
「ボクと殿下だけではなく、全員で情報を共有しておいた方がいいかですから。それこそ、来年は何があるか分かりませんからね」
真剣な表情で今後を示唆するのは、シンフォニウム魔法学院教師で、クレイシス侯爵子息のデュオ。
「というか、みんな何のことだか理解してるんだ………?」
そう言って、顔を引き攣らせて私たちを見回しているのは、地の精霊クレイシェスだ。フライベルという姓は、人の世で擬態するための仮の名らしい。──“クレイシェス”という名前だから、“クーシェ”なのか。愛称をそのまま人間としての名前で名乗っている、ということなのだろう。今回の集まりは意思確認と、クーシェに我々が聞きたいことを質問する、という主旨だ。
「まぁ……な。ユフィリアと初めて会った時に、“前世の記憶”というのを聞いていたからな」
「!………そう、だったね。ボクもまさかあんな形で宝珠が彼女の元に戻るなんて───」
どうやら、私たちの様子をこいつは精霊界から視ていたらしい。そして……彼女の元に戻るという言葉の意味は───
「───やはりそうなのか」
クーシェの呟きを聞いて、出来れば当たって欲しくは無かった推測が確信に変わった。
「ユフィリアは……ラピスフィア……………なのか」
「───うん………精霊としての記憶も能力も戻ってはいないから、キミたちは信じられないかもしれないけど………」
「あの魔力量でも不完全なのか!?」
私の推測をクーシェが肯定したところで、デュオが驚きの声をあげた。それはまあ、驚くよな。みんなを呼ぶにあたってクーシェからある程度話を聞いていた私も、複雑な心境だからな。
余談だが、その際クーシェは自分が攻略対象だと知らなかったようで、『え!?ボク隠しキャラ!?』なんて叫んでいた。なんでそこは知らないんだ、お前。
「姉上の足の障害もそれが理由ですか?」
「おそらくはね。まだ精霊核が馴染みきってないんだと思う。その証拠に精霊核、剥き出しのままでしょう?」
「あれは、そういう理由でだったのですか………てっきり実験台にされた弊害だとばかり───」
「うん。ボクたちも予想外だったんだよ。実験なんてやらかすとはね………」
ルティウスの質問に迷いなく答えてから、彼は自分の考えを付け加えた。─────ボクたち?
「ラピスフィアが消えた後に残された宝珠、とこの国では伝えられていたが……そこは間違いはないのか」
「うん、それは間違ってないよ。正確にいうと、あれはラピスフィアの力と記憶を封じ込めた核だからね」
「力と記憶?」
「あの時、彼女は疲弊した身体を押して大規模な浄化と結界の構築を行った反動で、深刻なダメージを負ったんだ……………だから、魂と精霊核とに分かつことで、彼女の命だけは守ろうとしたんだよ、スフィアラ様が……ね」
そこも伝承と同じか。間違って伝わっていなくて幸いだとは思うが……クーシェ、辛そうだな。当時のことを思い出したのだろう。
──────────ん?
「スフィアラ………?後に精霊王になった、という?」
「うん、そうだよ。ボクの主」
「伝承とは違う部分がありましたが………」
「ん?どこの部分?」
「闇の精霊がラピスフィアの命を守るために、魂と精霊核に分けたと言った部分だよ」
「あ、そこか。実はね、スフィアラ様とラピスフィアは双子精霊なんだよ。ラピスフィアを助けたい一心で、魂だけを別世界に転生させたんだ。ところが転生した彼女は、天寿を全うすることなく死んでしまった。だから、慌ててこの世界に呼び戻したんだ──ボクがミスしちゃって、ユフィリアに転生させちゃったんだけど……………」
「!!そんな事情があったとはな………。精霊側でのみ伝わっていたわけか。ところで────」
「?どうかしたの?」
クーシェに私、ルティウス、デュオ、私の順で聞いた形だ。そこはともかく。
「シグルドはどこだ?」
「「…………………あれ?」」
ルティウスとデュオは、はっとして周りを見渡す。そして首を傾げる。うん、私の目がおかしかったわけじゃないよな?あいつ、初めからいないよな?
「クーシェ」
「……………」
「お前、今アーティケウス伯爵家で世話になってるんだよな?」
「うん……………」
「シグルドと一緒じゃなかったのか?」
「この執務室に来る直前まではね………」
「で?」
「…………笑顔が冷たいよ、エルフィン………」
「この集まりの主旨、あいつにも伝えたはずなんだがな………?」
「…………あのね、エルフィン。あいつの見解はもう聞いてあるんだ」
「なに?」
「あいつのことだから、難しい話し合いなんて、集中力保たないでしょ?だから、今日の話は後で噛み砕いて教えようと─────」
「───私が悪かった。……………確かに保たないな、あいつ」
まだ出会って一年とはいえ、クーシェは私たちと同じ域に──シグルドの性質を熟知しているらしかった。
「で………シグルドの答えは?」
「『オレの主を害そうとするヤツなんて嫌いだ!!恋?あり得ないだろ』だって」
「ああ………うん。あいつならそうなるよな………」
「脳筋ですしね、彼」
「そもそも、シグルドはユフィリア様に忠誠を誓ってるからね。その時点で“ヒロイン”は彼を攻略不可にはなってたから、問題ないだろうな、とは思ってたけど………」
“ヒロイン”とやらに言いくるめられやしないか、と心配はしていたが、その言葉通りなら、大丈夫だろうな。クーシェだって側にいるだろうから、フォローも問題ないだろうし。
「そうなれば、この場にいるみんなに改めて問おう。“ヒロイン”とやらと恋に落ちる可能性はあるか?」
「あり得ないでしょう、姉上を死に追いやるかもしれない人なのでしょう?僕にとってはむしろ敵です」
「ボクもあり得ないです。ボクは“前世の記憶”がある分、アレの質の悪さはよく知っています。アレに恋するとか想像したくもないです」
「ボクもあり得ないかな。ボクはマクスウェル様の命というのもあるけど、ラピスフィアが覚醒するまで守るために来たんだ。ボク自身の意思でね。幸せになって欲しいのに、それを邪魔する奴に恋心なんて抱くはずないよ」
「まぁ、予想していた通りだな」
「エルフィンは?」
「クーシェ。分かっていて聞くか?」
「そりゃそうだけどさ。ボクらだけじゃなく、エルフィン自身の言葉も聞きたいんだよ」
「そうだな………天地がひっくり返ってもあり得ないな。第一、私にはユフィリアという最愛の婚約者がいるんだ。ユフィリア以外の相手など、考えられない。あいつが起こそうとしている破滅フラグとやらは全力で叩き潰す」
私たちみんなの総意は、やはり“ヒロイン”とやらとの間に恋など芽生えるはずがない、というものだった。何かの拍子でユフィリアに聞かれたら、『アレと恋に落ちるとかあり得ない』と答えよう、と思った。
※※※※※※※※※※※
「ねぇ、エルフィン」
「何だ?」
「………怒らないの?ボクのミスで───」
「ああ、そのことか。ユフィリアやデュオの前世の話を聞いていなければ、そうだっただろうな」
「?デュオ……………?あ!!キミ、もしかして、ユフィリアの前世、美琴の弟!?」
クーシェはデュオをみて、はっとしたようだ。よく気づいたな。───もしかして、こいつ、人の転生の管理をしているのか?クーシェに視線を向けられたデュオは、苦笑しつつも答えた。
「……そうだよ。ただ、美琴姉さんとはほとんど話したことは無いけどね……」
「………でも、仇は討ってただろう?」
「っ!知ってるのか………?」
「ボクの精霊としての役目はね、この世界において、亡くなった人が次に何処に転生するかを決めることなんだ。キミは元々、この世界に転生予定だった。まさか前世の記憶を取り戻すとは思ってなかったけど。その時に、過去を視たんだよ」
「そう、か………」
「キミ、成人した後刑事になってたよね。そして、犯罪を重ねては揉み消していた家族──志岐森の者たち──を逮捕した。たしか、あの世界において警察って、身内に犯罪歴があると警官になれないんだよね」
「ああ、そうだ。実に自己中心的な理由で刑事になったんだ。ボクのことを気に入って、(ボクが帰る家なんてないって言ったら)高校の学園長が養子にしてくれたから、姓が変わって、警察学校の試験に合格し、刑事になれたんだ。あの人たちが逮捕されれば、ボクのとの血縁関係だって明らかになるしな。刑事ではいられなくなる。でも、それでも構わなかった。刑事を辞めることになったあと、義父さんに『仕方がない奴だなぁ、お前は』って笑いながらそう言われたよ。ボクは美琴姉さんと未來姉さんを助けてあげられなかった。だからせめて、あの人たちに罪を償わせることで、二人の死に報いたかったんだ………」
デュオ──前世の琉生は──ずっと悔やんでいたらしい。物陰からみていることしか出来なかった姉を救えなかったことを。だからこそ、生まれ変わったあとも、転生した美琴を守ろうと必死だったのだろう。
そしてクーシェは、前世の悲運的な最期を見て、今度こそ彼女が完全に回復する時まで時間を稼ごうとラピスフィアをこの世界に転生させ直していたようだ。その過程で、美琴(ラピスフィア)をユフィリアへ転生させてしまった、というわけのようだ。───もし他の貴族令嬢に転生していたら、彼女──もちろんユフィリアのことだ──には会えなかったかもしれないと思うと、寧ろクーシェのミスとやらには感謝している。ユフィリアに破滅の運命が待っていると言うのなら、それを変えていけばいい(いや、変えてみせる)そう思えたからだ。
「クーシェ」
「ん?」
「お前、他にも転生に関わった奴はいるか?」
「…………もしかして、キミたちのいう“ヒロイン”に生まれた子のこと?」
「そうだ」
「───その子のことなら、ボクじゃないよ」
「なに?違うのか?だって、アレの前世は───」
「うん、それは知ってる。当初は、前世の“乙女ゲーム”を参考にして、せめて人間であるうちに幸せな一生を体験させてあげたくて、ラピスフィアをヒロインに転生させようとしてたんだよ。ヒロインの裏設定、宝珠の神子以外にもう一つあったからね」
「あ!あれか!」
「なんだ、デュオ」
「それ、未來姉さんも言ってました。たしか、真相解明ルートに入ると、実はヒロインはフェルヴィティール公爵家の次期当主──王妃様の兄君です──が身分違いで泣く泣く別れた修道女──その後、その修道女は他の男性と結婚したというものです──との間に生まれた子供だと判明………する………はず………………………ん?」
ゲーム情報語っていたデュオだが、最後の方で何かに気づいた。まぁ、私たちも気付いたが。
「…………………………なぁ、ルティウス」
「…………………………なんでしょうか、殿下」
「何処かで聞いた話に似てないか?肝心な部分は違うが」
「奇遇ですね、殿下。僕もそう思いました」
なんとも言えない沈黙が落ちた。私は自分の髪をぐしゃぐしゃしながら、呟いた。
「母上め………このことを知っていたな。だから、あっさりユフィリアをフェルヴィティール家の養女に出来たんだ。その次期当主──ユリウスといったな──にとっては、かつて愛した女性の忘れ形見だ。喜んで迎えただろうな。さすがに、ゲームどうこうは知らないだろうが───」
「姉上は──」
「まず知らんな。おそらくあいつは、“ヒロイン”の方がそうだと思っているだろう。───ああ、ルティウス、お前とユフィリアは間違いなく血は繋がっているからな」
「え?でも………父親は違うのでしょう?」
「お前の母親──メディーテュア公爵夫人は、現フェルヴィティール公爵の長兄の娘だからな。その長兄は、かつて先代が亡くなった際、『弟の方が当主に相応しい』と言って家を出たらしい。その後、ある伯爵家の婿養子になったそうだ」
「そう、ですか………なんの関係もないんじゃいかって少し怖くなりました……………というか、殿下調べたんですか」
「………調べたのはエドガーやヴァイスだがな。貴族間では、近親婚は珍しくはない。私とユフィリアの婚約も、問題無しと判断されたのだろう」
ルティウスにとっては、大切な姉との繋がりが絶たれたようで、恐怖を感じたのだろう。もう少し言葉を選ぶべきだったと、反省した。
「すまない、ルティウス。もっと言葉を選ぶべきだった。お前を傷つけるつもりはなかったんだ」
「ボクも………!ごめん、ルティウス。前世はともかく、今世はユフィリア様と血の繋がりがないボクが気づくべきだった」
「それを言ったら、そもそもの原因はボクだよ。ごめんね、ルティウス」
口々に謝る私たちをみて、ルティウスはというと─────呆れていた。
「……………あのですね、みなさん。僕は別に責めるつもりも、傷ついてるわけでもありませんよ。例え親戚筋だったとしても、僕にとって、彼女は姉上以外の何者でもないんですよ?」
私たちが思っていた以上に、ルティウスは強かったようだ。ここにシグルドがいても、──ルティウスの言葉を取る形で──同じことを言ったに違いない。
「話を戻すけど───ボクがミスしちゃった後、ボク、マクスウェル様から転生の管理をする役目を解かれたから、その後は知らないんだよ」
「それで、今はラピスフィア──ユフィリアの警護のためにここにいるわけか」
「うん。だから、ボクの後任になった精霊がやっちゃったんだと思う」
クーシェのその言葉で、その精霊に軽く殺意が湧いた。クーシェ以外の全員こう思ったことだろう。──────余計なことをしやがって……………!と。
───────────半年後・シンフォニウム魔法学院学生寮──────────
「何か、他に、弁明は、ありますか?」
「…………………………すまなかった……………」
地を這うようなくらい、低くなったルティウスの怒りの声を聞きながら、私は素直に頭を下げた。一言一言区切って言っているあたり、彼の怒りの深さが分かろうものだ。自分でもやり過ぎた自覚はあるので、反論も出来ない。
生徒会主催のダンスパーティーの終盤、学院長からダンスパーティーのラストダンスを踊って欲しいと言われ、ユフィを誘い踊ったまではよかった。ルティウスから飲み物を差し入れられ、程よく疲れた身体に、清涼感のあるフルーツジュースは染み渡った。ユフィと踊れた高揚感を引き摺ったままの私は、ジュースを飲んでいる彼女をみて、つい調子に乗った。その結果、ユフィにいらぬ怪我を負わせてしまったのだから、ルティウスの怒りも最もだった。
「─────今度あのようなことをするのなら、人前ではなく、人払いのできる部屋で、少なくとも、姉上の了承を得てからにしてください」
「……………分かった。以後気を付ける」
「本当にお気をつけください。そうでなくても、アレが姉上を逆恨みしているのですから」
「ああ。ユフィの守りを万全にした上で、敢えてあちらを煽っているのだからな。そのことにも気を付けなければな」
ルティウスが怒っている本当の相手は、目の前にいながら彼女を守りきれなかった自分自身なのだろう。
「なあ、エルフィン。一体何があったんだ?トラブルを起こした馬鹿がいるっていうから、回収にきたらお前と主──ユフィリア様はいなくなってるし、ルティウスとデュオは殺気立ってるし、なんか喚いてる女がいるしで、訳が分からないんだが」
シグルドは何故この場に連れてこられたのか、不思議に思っているようだ。……………まあ、クーシェに『とりあえず、シグルドも連れてきてくれ』としか言ってないからな。
「ユフィのことで、お前にも伝えておきたいことがあったからな」
「主の?」
途端に戸惑いが消えて、雰囲気が鋭くなった。
「ああ。あと、今お前が言った喚いていた女生徒についてもな」
「そいつも主の話と関係あるのか?」
「というより、今後アレがユフィを害する危険が高くなる」
「何!?」
「シグルド、落ち着いて。ボクらがそれを未然に防げばいいんだから」
殺気立ったシグルドを、クーシェは上手く宥めた。シグルドの殺気が消えたな、まだ不機嫌なままだが。“自分に足りないもの”を持っている、と無自覚に感じているのか、シグルドはクーシェに対しては素直だ。クーシェはクーシェで、“自分にはないもの”をシグルドの中に見たのかもしれないな。だからだろう、この二人は大概一緒にいる。
「話を纏めると、今回懲罰室へ入らせた生徒──ウィアナ・キューレというんだが、彼女は自分が物事の中心にいると思い込んでいる」
「結局、アレの処分は軽くしましたからね。大方、自分は“特別な存在”だからとか思ってますよ、間違いなく」
私が話初めて、そう吐き捨てたのはデュオだ。表情に嫌悪感を隠しもしていない。当たり前だがな。彼は、イベント通りの台詞をウィアナに聞かせた。おそらく、今は『デュオが助けにきてくれる』とか思っているに違いない。とんだ勘違いだが。
「シグルドはクーシェから聞いているな?例の件について」
「!あー、ユフィリア様がやるだろう嫌がらせをオレたちが阻止するってやつか?」
「ああ。その嫌がらせの相手が、今言ったウィアナだ」
「ん?なんか前にクーシェから聞いた話と同じ奴か?たしか、“ヒロイン”って奴を好きになるか?って質問の」
「そうだ。イベントでは、必ずと言っていいほどゲームの『ユフィリア』が『ウィアナ』へ質の悪い嫌がらせを仕掛けるらしい」
「ユフィリア様はそんなことしない!!」
「話を最後まで聞け、シグルド。ゲームの『ユフィリア』がと言っただろうが。現実のあいつは、性格的にそこまでは出来ないだろう。精々、相手の至らない所を厳しく突くとかくらいだろうな」
そうだ。ユフィ本人は、破滅フラグ(今は婚約破棄か、追放エンドを目指しているらしい)を立てるために嫌がらせをする、と言っていたが、例え相手がアレだろうとも、怪我を負わせるような真似は出来ないだろう。(きっと、地道な嫌がらせを重ねて、私に愛想を尽かせるのが目的だな)あっちの方は何の躊躇いもなくユフィに怪我を負わせてくれたが。むしろあいつ──ウィアナの方が、“悪役”にしかみえないんだが。
「クーシェとの話で、宝珠がユフィに馴染むまでに掛かる時間は、およそ一年だと予測できた。そして、デュオから聞いたゲームイベントも、全て終わるのに一年は掛かるそうだ」
そこで言葉を切って、デュオを見た。デュオは頷き、私から言葉を引き継いだ。
「当初の魔術師団の見解では、ユフィリア様は半精霊となっている状態だ、となっています。クーシェから話を聞くまでは、実験の影響だと思われていましたが、『光の精霊ラピスフィア』としての覚醒が始まっているためのようです」
デュオの言葉が終わるのを待って、私は口を開いた。
「“ゲーム”が何かの形で終わらない限り、ウィアナはユフィに絡むのを止めないだろう。ユフィだとて、私たちの幸せのために、破滅の運命に殉じる覚悟のようだしな」
私のその言葉に、みんな口々にそれぞれの想いを語った。
「させませんよ、破滅なんて。前世でボクも、未來姉さんも、あれだけ後悔しましたからね。今度こそは守り抜きます」
「僕だってそうです。姉上に会えて、弟として甘えさせてくれたから──“心”を守ってくれたから──こそ、今の僕がある。今度は、僕がそれを返す番です」
「オレも、ユフィリア様に会えたからこそ、“未来の自分”を──騎士となった先はどうあるべきなのかを気付くことが出来たんだ。ユフィリア様は、心からの忠誠を捧げることの出来る唯一の方だ」
「ボクは、あくまでラピスフィアが覚醒するまでは──って思ってたんだけど………彼女が幸せになるまでを見届けてからマクスウェル様に報告するのも、悪くないかなって思えてきてる。それに………得難い友人たちが出来たんだ、そのみんなのために頑張るのもいいかな」
「私もそうだな。ユフィと出会えたからこそ、誰かを愛することの尊さと、暖かさを知ることが出来た。前にも言ったが、ユフィ以外の相手など、想像出来ないし、したくもない。今日のような失敗をしない為にも、ゆっくりと距離を縮めて行こうと思う。─────だからこそ、アレの好きにはさせん」
私の最後の言葉に、全員が頷く。
イベントをこなしつつ、破滅フラグを叩き折る。
───退屈していたあの頃とは違い、充実した日々を与えてくれたユフィ。必ず彼女は護る。そして、自然と彼女に私の想いを受け入れて欲しい、そう思う。
クーシェ曰く、マクスウェルが言うには、ラピスフィアとしての覚醒を促すためにも、ウィアナとの対立というか、関わりは必要悪らしい。そのために、何をやってもウィアナへの処罰は出来る限り軽くするように、と学院の教師陣には伝えてある。
ウィアナへの断罪は、一年後。本当の“ヒロイン”はユフィの方なのだと、その時ウィアナは知ることになるだろう。
それは、地の精霊クレイシェスとの邂逅から間もなくのこと─────
──────────ストランディスタ王宮・エルフィンの執務室──────────
「長期休暇中だというのに、集まってもらってすまないな」
シンフォニウム魔法学院に入学して半年───。
一週間程前から長期休暇に入り、時間が取れるようになってから、私──エルフィンは、ユフィリアが言っていた“乙女ゲーム”の攻略対象者と呼ばれている(私も含まれるが)面々を呼び出した。
ちなみにこの国は、春と秋の間隔は短く、夏と冬は長い。そのため、長期休暇は夏の一番暑い時期と決められている。
「いえ、例の件のことを話し合うのだと聞いていましたから」
そう言ったのはユフィリアの腹違いの弟で、ハルディオン公爵子息のルティウスだ。
「ボクと殿下だけではなく、全員で情報を共有しておいた方がいいかですから。それこそ、来年は何があるか分かりませんからね」
真剣な表情で今後を示唆するのは、シンフォニウム魔法学院教師で、クレイシス侯爵子息のデュオ。
「というか、みんな何のことだか理解してるんだ………?」
そう言って、顔を引き攣らせて私たちを見回しているのは、地の精霊クレイシェスだ。フライベルという姓は、人の世で擬態するための仮の名らしい。──“クレイシェス”という名前だから、“クーシェ”なのか。愛称をそのまま人間としての名前で名乗っている、ということなのだろう。今回の集まりは意思確認と、クーシェに我々が聞きたいことを質問する、という主旨だ。
「まぁ……な。ユフィリアと初めて会った時に、“前世の記憶”というのを聞いていたからな」
「!………そう、だったね。ボクもまさかあんな形で宝珠が彼女の元に戻るなんて───」
どうやら、私たちの様子をこいつは精霊界から視ていたらしい。そして……彼女の元に戻るという言葉の意味は───
「───やはりそうなのか」
クーシェの呟きを聞いて、出来れば当たって欲しくは無かった推測が確信に変わった。
「ユフィリアは……ラピスフィア……………なのか」
「───うん………精霊としての記憶も能力も戻ってはいないから、キミたちは信じられないかもしれないけど………」
「あの魔力量でも不完全なのか!?」
私の推測をクーシェが肯定したところで、デュオが驚きの声をあげた。それはまあ、驚くよな。みんなを呼ぶにあたってクーシェからある程度話を聞いていた私も、複雑な心境だからな。
余談だが、その際クーシェは自分が攻略対象だと知らなかったようで、『え!?ボク隠しキャラ!?』なんて叫んでいた。なんでそこは知らないんだ、お前。
「姉上の足の障害もそれが理由ですか?」
「おそらくはね。まだ精霊核が馴染みきってないんだと思う。その証拠に精霊核、剥き出しのままでしょう?」
「あれは、そういう理由でだったのですか………てっきり実験台にされた弊害だとばかり───」
「うん。ボクたちも予想外だったんだよ。実験なんてやらかすとはね………」
ルティウスの質問に迷いなく答えてから、彼は自分の考えを付け加えた。─────ボクたち?
「ラピスフィアが消えた後に残された宝珠、とこの国では伝えられていたが……そこは間違いはないのか」
「うん、それは間違ってないよ。正確にいうと、あれはラピスフィアの力と記憶を封じ込めた核だからね」
「力と記憶?」
「あの時、彼女は疲弊した身体を押して大規模な浄化と結界の構築を行った反動で、深刻なダメージを負ったんだ……………だから、魂と精霊核とに分かつことで、彼女の命だけは守ろうとしたんだよ、スフィアラ様が……ね」
そこも伝承と同じか。間違って伝わっていなくて幸いだとは思うが……クーシェ、辛そうだな。当時のことを思い出したのだろう。
──────────ん?
「スフィアラ………?後に精霊王になった、という?」
「うん、そうだよ。ボクの主」
「伝承とは違う部分がありましたが………」
「ん?どこの部分?」
「闇の精霊がラピスフィアの命を守るために、魂と精霊核に分けたと言った部分だよ」
「あ、そこか。実はね、スフィアラ様とラピスフィアは双子精霊なんだよ。ラピスフィアを助けたい一心で、魂だけを別世界に転生させたんだ。ところが転生した彼女は、天寿を全うすることなく死んでしまった。だから、慌ててこの世界に呼び戻したんだ──ボクがミスしちゃって、ユフィリアに転生させちゃったんだけど……………」
「!!そんな事情があったとはな………。精霊側でのみ伝わっていたわけか。ところで────」
「?どうかしたの?」
クーシェに私、ルティウス、デュオ、私の順で聞いた形だ。そこはともかく。
「シグルドはどこだ?」
「「…………………あれ?」」
ルティウスとデュオは、はっとして周りを見渡す。そして首を傾げる。うん、私の目がおかしかったわけじゃないよな?あいつ、初めからいないよな?
「クーシェ」
「……………」
「お前、今アーティケウス伯爵家で世話になってるんだよな?」
「うん……………」
「シグルドと一緒じゃなかったのか?」
「この執務室に来る直前まではね………」
「で?」
「…………笑顔が冷たいよ、エルフィン………」
「この集まりの主旨、あいつにも伝えたはずなんだがな………?」
「…………あのね、エルフィン。あいつの見解はもう聞いてあるんだ」
「なに?」
「あいつのことだから、難しい話し合いなんて、集中力保たないでしょ?だから、今日の話は後で噛み砕いて教えようと─────」
「───私が悪かった。……………確かに保たないな、あいつ」
まだ出会って一年とはいえ、クーシェは私たちと同じ域に──シグルドの性質を熟知しているらしかった。
「で………シグルドの答えは?」
「『オレの主を害そうとするヤツなんて嫌いだ!!恋?あり得ないだろ』だって」
「ああ………うん。あいつならそうなるよな………」
「脳筋ですしね、彼」
「そもそも、シグルドはユフィリア様に忠誠を誓ってるからね。その時点で“ヒロイン”は彼を攻略不可にはなってたから、問題ないだろうな、とは思ってたけど………」
“ヒロイン”とやらに言いくるめられやしないか、と心配はしていたが、その言葉通りなら、大丈夫だろうな。クーシェだって側にいるだろうから、フォローも問題ないだろうし。
「そうなれば、この場にいるみんなに改めて問おう。“ヒロイン”とやらと恋に落ちる可能性はあるか?」
「あり得ないでしょう、姉上を死に追いやるかもしれない人なのでしょう?僕にとってはむしろ敵です」
「ボクもあり得ないです。ボクは“前世の記憶”がある分、アレの質の悪さはよく知っています。アレに恋するとか想像したくもないです」
「ボクもあり得ないかな。ボクはマクスウェル様の命というのもあるけど、ラピスフィアが覚醒するまで守るために来たんだ。ボク自身の意思でね。幸せになって欲しいのに、それを邪魔する奴に恋心なんて抱くはずないよ」
「まぁ、予想していた通りだな」
「エルフィンは?」
「クーシェ。分かっていて聞くか?」
「そりゃそうだけどさ。ボクらだけじゃなく、エルフィン自身の言葉も聞きたいんだよ」
「そうだな………天地がひっくり返ってもあり得ないな。第一、私にはユフィリアという最愛の婚約者がいるんだ。ユフィリア以外の相手など、考えられない。あいつが起こそうとしている破滅フラグとやらは全力で叩き潰す」
私たちみんなの総意は、やはり“ヒロイン”とやらとの間に恋など芽生えるはずがない、というものだった。何かの拍子でユフィリアに聞かれたら、『アレと恋に落ちるとかあり得ない』と答えよう、と思った。
※※※※※※※※※※※
「ねぇ、エルフィン」
「何だ?」
「………怒らないの?ボクのミスで───」
「ああ、そのことか。ユフィリアやデュオの前世の話を聞いていなければ、そうだっただろうな」
「?デュオ……………?あ!!キミ、もしかして、ユフィリアの前世、美琴の弟!?」
クーシェはデュオをみて、はっとしたようだ。よく気づいたな。───もしかして、こいつ、人の転生の管理をしているのか?クーシェに視線を向けられたデュオは、苦笑しつつも答えた。
「……そうだよ。ただ、美琴姉さんとはほとんど話したことは無いけどね……」
「………でも、仇は討ってただろう?」
「っ!知ってるのか………?」
「ボクの精霊としての役目はね、この世界において、亡くなった人が次に何処に転生するかを決めることなんだ。キミは元々、この世界に転生予定だった。まさか前世の記憶を取り戻すとは思ってなかったけど。その時に、過去を視たんだよ」
「そう、か………」
「キミ、成人した後刑事になってたよね。そして、犯罪を重ねては揉み消していた家族──志岐森の者たち──を逮捕した。たしか、あの世界において警察って、身内に犯罪歴があると警官になれないんだよね」
「ああ、そうだ。実に自己中心的な理由で刑事になったんだ。ボクのことを気に入って、(ボクが帰る家なんてないって言ったら)高校の学園長が養子にしてくれたから、姓が変わって、警察学校の試験に合格し、刑事になれたんだ。あの人たちが逮捕されれば、ボクのとの血縁関係だって明らかになるしな。刑事ではいられなくなる。でも、それでも構わなかった。刑事を辞めることになったあと、義父さんに『仕方がない奴だなぁ、お前は』って笑いながらそう言われたよ。ボクは美琴姉さんと未來姉さんを助けてあげられなかった。だからせめて、あの人たちに罪を償わせることで、二人の死に報いたかったんだ………」
デュオ──前世の琉生は──ずっと悔やんでいたらしい。物陰からみていることしか出来なかった姉を救えなかったことを。だからこそ、生まれ変わったあとも、転生した美琴を守ろうと必死だったのだろう。
そしてクーシェは、前世の悲運的な最期を見て、今度こそ彼女が完全に回復する時まで時間を稼ごうとラピスフィアをこの世界に転生させ直していたようだ。その過程で、美琴(ラピスフィア)をユフィリアへ転生させてしまった、というわけのようだ。───もし他の貴族令嬢に転生していたら、彼女──もちろんユフィリアのことだ──には会えなかったかもしれないと思うと、寧ろクーシェのミスとやらには感謝している。ユフィリアに破滅の運命が待っていると言うのなら、それを変えていけばいい(いや、変えてみせる)そう思えたからだ。
「クーシェ」
「ん?」
「お前、他にも転生に関わった奴はいるか?」
「…………もしかして、キミたちのいう“ヒロイン”に生まれた子のこと?」
「そうだ」
「───その子のことなら、ボクじゃないよ」
「なに?違うのか?だって、アレの前世は───」
「うん、それは知ってる。当初は、前世の“乙女ゲーム”を参考にして、せめて人間であるうちに幸せな一生を体験させてあげたくて、ラピスフィアをヒロインに転生させようとしてたんだよ。ヒロインの裏設定、宝珠の神子以外にもう一つあったからね」
「あ!あれか!」
「なんだ、デュオ」
「それ、未來姉さんも言ってました。たしか、真相解明ルートに入ると、実はヒロインはフェルヴィティール公爵家の次期当主──王妃様の兄君です──が身分違いで泣く泣く別れた修道女──その後、その修道女は他の男性と結婚したというものです──との間に生まれた子供だと判明………する………はず………………………ん?」
ゲーム情報語っていたデュオだが、最後の方で何かに気づいた。まぁ、私たちも気付いたが。
「…………………………なぁ、ルティウス」
「…………………………なんでしょうか、殿下」
「何処かで聞いた話に似てないか?肝心な部分は違うが」
「奇遇ですね、殿下。僕もそう思いました」
なんとも言えない沈黙が落ちた。私は自分の髪をぐしゃぐしゃしながら、呟いた。
「母上め………このことを知っていたな。だから、あっさりユフィリアをフェルヴィティール家の養女に出来たんだ。その次期当主──ユリウスといったな──にとっては、かつて愛した女性の忘れ形見だ。喜んで迎えただろうな。さすがに、ゲームどうこうは知らないだろうが───」
「姉上は──」
「まず知らんな。おそらくあいつは、“ヒロイン”の方がそうだと思っているだろう。───ああ、ルティウス、お前とユフィリアは間違いなく血は繋がっているからな」
「え?でも………父親は違うのでしょう?」
「お前の母親──メディーテュア公爵夫人は、現フェルヴィティール公爵の長兄の娘だからな。その長兄は、かつて先代が亡くなった際、『弟の方が当主に相応しい』と言って家を出たらしい。その後、ある伯爵家の婿養子になったそうだ」
「そう、ですか………なんの関係もないんじゃいかって少し怖くなりました……………というか、殿下調べたんですか」
「………調べたのはエドガーやヴァイスだがな。貴族間では、近親婚は珍しくはない。私とユフィリアの婚約も、問題無しと判断されたのだろう」
ルティウスにとっては、大切な姉との繋がりが絶たれたようで、恐怖を感じたのだろう。もう少し言葉を選ぶべきだったと、反省した。
「すまない、ルティウス。もっと言葉を選ぶべきだった。お前を傷つけるつもりはなかったんだ」
「ボクも………!ごめん、ルティウス。前世はともかく、今世はユフィリア様と血の繋がりがないボクが気づくべきだった」
「それを言ったら、そもそもの原因はボクだよ。ごめんね、ルティウス」
口々に謝る私たちをみて、ルティウスはというと─────呆れていた。
「……………あのですね、みなさん。僕は別に責めるつもりも、傷ついてるわけでもありませんよ。例え親戚筋だったとしても、僕にとって、彼女は姉上以外の何者でもないんですよ?」
私たちが思っていた以上に、ルティウスは強かったようだ。ここにシグルドがいても、──ルティウスの言葉を取る形で──同じことを言ったに違いない。
「話を戻すけど───ボクがミスしちゃった後、ボク、マクスウェル様から転生の管理をする役目を解かれたから、その後は知らないんだよ」
「それで、今はラピスフィア──ユフィリアの警護のためにここにいるわけか」
「うん。だから、ボクの後任になった精霊がやっちゃったんだと思う」
クーシェのその言葉で、その精霊に軽く殺意が湧いた。クーシェ以外の全員こう思ったことだろう。──────余計なことをしやがって……………!と。
───────────半年後・シンフォニウム魔法学院学生寮──────────
「何か、他に、弁明は、ありますか?」
「…………………………すまなかった……………」
地を這うようなくらい、低くなったルティウスの怒りの声を聞きながら、私は素直に頭を下げた。一言一言区切って言っているあたり、彼の怒りの深さが分かろうものだ。自分でもやり過ぎた自覚はあるので、反論も出来ない。
生徒会主催のダンスパーティーの終盤、学院長からダンスパーティーのラストダンスを踊って欲しいと言われ、ユフィを誘い踊ったまではよかった。ルティウスから飲み物を差し入れられ、程よく疲れた身体に、清涼感のあるフルーツジュースは染み渡った。ユフィと踊れた高揚感を引き摺ったままの私は、ジュースを飲んでいる彼女をみて、つい調子に乗った。その結果、ユフィにいらぬ怪我を負わせてしまったのだから、ルティウスの怒りも最もだった。
「─────今度あのようなことをするのなら、人前ではなく、人払いのできる部屋で、少なくとも、姉上の了承を得てからにしてください」
「……………分かった。以後気を付ける」
「本当にお気をつけください。そうでなくても、アレが姉上を逆恨みしているのですから」
「ああ。ユフィの守りを万全にした上で、敢えてあちらを煽っているのだからな。そのことにも気を付けなければな」
ルティウスが怒っている本当の相手は、目の前にいながら彼女を守りきれなかった自分自身なのだろう。
「なあ、エルフィン。一体何があったんだ?トラブルを起こした馬鹿がいるっていうから、回収にきたらお前と主──ユフィリア様はいなくなってるし、ルティウスとデュオは殺気立ってるし、なんか喚いてる女がいるしで、訳が分からないんだが」
シグルドは何故この場に連れてこられたのか、不思議に思っているようだ。……………まあ、クーシェに『とりあえず、シグルドも連れてきてくれ』としか言ってないからな。
「ユフィのことで、お前にも伝えておきたいことがあったからな」
「主の?」
途端に戸惑いが消えて、雰囲気が鋭くなった。
「ああ。あと、今お前が言った喚いていた女生徒についてもな」
「そいつも主の話と関係あるのか?」
「というより、今後アレがユフィを害する危険が高くなる」
「何!?」
「シグルド、落ち着いて。ボクらがそれを未然に防げばいいんだから」
殺気立ったシグルドを、クーシェは上手く宥めた。シグルドの殺気が消えたな、まだ不機嫌なままだが。“自分に足りないもの”を持っている、と無自覚に感じているのか、シグルドはクーシェに対しては素直だ。クーシェはクーシェで、“自分にはないもの”をシグルドの中に見たのかもしれないな。だからだろう、この二人は大概一緒にいる。
「話を纏めると、今回懲罰室へ入らせた生徒──ウィアナ・キューレというんだが、彼女は自分が物事の中心にいると思い込んでいる」
「結局、アレの処分は軽くしましたからね。大方、自分は“特別な存在”だからとか思ってますよ、間違いなく」
私が話初めて、そう吐き捨てたのはデュオだ。表情に嫌悪感を隠しもしていない。当たり前だがな。彼は、イベント通りの台詞をウィアナに聞かせた。おそらく、今は『デュオが助けにきてくれる』とか思っているに違いない。とんだ勘違いだが。
「シグルドはクーシェから聞いているな?例の件について」
「!あー、ユフィリア様がやるだろう嫌がらせをオレたちが阻止するってやつか?」
「ああ。その嫌がらせの相手が、今言ったウィアナだ」
「ん?なんか前にクーシェから聞いた話と同じ奴か?たしか、“ヒロイン”って奴を好きになるか?って質問の」
「そうだ。イベントでは、必ずと言っていいほどゲームの『ユフィリア』が『ウィアナ』へ質の悪い嫌がらせを仕掛けるらしい」
「ユフィリア様はそんなことしない!!」
「話を最後まで聞け、シグルド。ゲームの『ユフィリア』がと言っただろうが。現実のあいつは、性格的にそこまでは出来ないだろう。精々、相手の至らない所を厳しく突くとかくらいだろうな」
そうだ。ユフィ本人は、破滅フラグ(今は婚約破棄か、追放エンドを目指しているらしい)を立てるために嫌がらせをする、と言っていたが、例え相手がアレだろうとも、怪我を負わせるような真似は出来ないだろう。(きっと、地道な嫌がらせを重ねて、私に愛想を尽かせるのが目的だな)あっちの方は何の躊躇いもなくユフィに怪我を負わせてくれたが。むしろあいつ──ウィアナの方が、“悪役”にしかみえないんだが。
「クーシェとの話で、宝珠がユフィに馴染むまでに掛かる時間は、およそ一年だと予測できた。そして、デュオから聞いたゲームイベントも、全て終わるのに一年は掛かるそうだ」
そこで言葉を切って、デュオを見た。デュオは頷き、私から言葉を引き継いだ。
「当初の魔術師団の見解では、ユフィリア様は半精霊となっている状態だ、となっています。クーシェから話を聞くまでは、実験の影響だと思われていましたが、『光の精霊ラピスフィア』としての覚醒が始まっているためのようです」
デュオの言葉が終わるのを待って、私は口を開いた。
「“ゲーム”が何かの形で終わらない限り、ウィアナはユフィに絡むのを止めないだろう。ユフィだとて、私たちの幸せのために、破滅の運命に殉じる覚悟のようだしな」
私のその言葉に、みんな口々にそれぞれの想いを語った。
「させませんよ、破滅なんて。前世でボクも、未來姉さんも、あれだけ後悔しましたからね。今度こそは守り抜きます」
「僕だってそうです。姉上に会えて、弟として甘えさせてくれたから──“心”を守ってくれたから──こそ、今の僕がある。今度は、僕がそれを返す番です」
「オレも、ユフィリア様に会えたからこそ、“未来の自分”を──騎士となった先はどうあるべきなのかを気付くことが出来たんだ。ユフィリア様は、心からの忠誠を捧げることの出来る唯一の方だ」
「ボクは、あくまでラピスフィアが覚醒するまでは──って思ってたんだけど………彼女が幸せになるまでを見届けてからマクスウェル様に報告するのも、悪くないかなって思えてきてる。それに………得難い友人たちが出来たんだ、そのみんなのために頑張るのもいいかな」
「私もそうだな。ユフィと出会えたからこそ、誰かを愛することの尊さと、暖かさを知ることが出来た。前にも言ったが、ユフィ以外の相手など、想像出来ないし、したくもない。今日のような失敗をしない為にも、ゆっくりと距離を縮めて行こうと思う。─────だからこそ、アレの好きにはさせん」
私の最後の言葉に、全員が頷く。
イベントをこなしつつ、破滅フラグを叩き折る。
───退屈していたあの頃とは違い、充実した日々を与えてくれたユフィ。必ず彼女は護る。そして、自然と彼女に私の想いを受け入れて欲しい、そう思う。
クーシェ曰く、マクスウェルが言うには、ラピスフィアとしての覚醒を促すためにも、ウィアナとの対立というか、関わりは必要悪らしい。そのために、何をやってもウィアナへの処罰は出来る限り軽くするように、と学院の教師陣には伝えてある。
ウィアナへの断罪は、一年後。本当の“ヒロイン”はユフィの方なのだと、その時ウィアナは知ることになるだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8,150
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。