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第二章 王族として、神子として~三年前~
驚愕の真実
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スレイにエディカラード城まで案内してもらい、その日はゆっくり休んだ。次の日にエディカラード王と謁見した。調査が主目的で、王太子たっての依頼で来たとはいえ、王様になんの挨拶もなしってのは失礼になるからね。
エディカラードの王様は、爽やかなイメージのする美情夫といった感じの方だった。というか、スレイをもっと渋く老けさせたらこうなるだろう、というくらいそっくりな容姿だった。エディカラードの人たちがスレイを初めて見た時、騒然となったわけだよね。こんなに似てるんだもん。
「ん?」
エディカラード王との謁見後、謁見の間を後にした私たちだったのだけど、明日の準備のために街への案内をするために城の出入り口まで向かっている途中でスレイが何かに反応したのだ。
「? どうしました、スレイ?」
「いや……今、向かいの通路を横切ったやつ、前にイスペライアのギルドで見たやつにそっくりだったからさ」
「えっ!?」
「イスペライアのギルドというと……ホンロンの王子、ロウ・ホン・シンフォンですか?」
「お前よくフルネームをすらっと口にできるな」
「……今気にするのはそこではないでしょう、スレイ」
「だって一度会って軽く名乗っただけなのに一発で覚えてるとか、さすがエルフだな!」
「──話を戻しますよ、スレイ。間違いなく彼だったのですか?」
それはエルフじゃなくても覚えてると思う。
いつだかの気の抜ける天然ぶりを発揮したスレイに、クルーシスは深いため息を吐き、私はなんとも言えない気分になった。クルーシスの言う通り、なんで今そこにくいつくんだよ、スレイ。
で。その後クルーシスにくどくど小言をもらってたスレイなんだけど。彼はそれに堪えることなく、近くの使用人へと声をかけていた。……ほんとメンタル強いよね、スレイって。
その使用人の話では、どうやら彼──ロウは、エディカラードに留学中のイスペライアの王子たちに会いに来たのだそうだ。到着したのはつい先程らしい。
あれ? ってことはシュディスたち、もうここに来てんの? 以前言ってたスレイの口振りじゃ、彼らが来るのはダンジョン調査後だって話だったのに。
更に詳しく聞いたところ、衝撃の事実を知ることになった。なんと、ここ最近シュディスの体調が思わしくなく、その治療手段を求めてエディカラードへ行く日程を早めたのだと説明を受けたそうだ。イスペライアに留学していたロウまでいるのはシュディスの身を案じてのことだろう。
私は思いもよらぬ話を聞いて、頭が真っ白になった。
病気? シュディスが? なんで? いつからなの? まさか……私がいた時から? シュディスの容態は話に聞いた以上に重いの?
私があの城を出ていく日、シュディスは何も言ってくれなかった。彼が苦しんでる間も、何も知らずに私はネスティアで安全に暮らしてたの……?
「──リア、セシリア!」
「──っ!!」
スレイに肩を強めに揺さぶられ、私は我に還った。どんどん悪い方向へ考えが及んでいた私は、顔が真っ青だったのだろう。そしてまた魔力を暴走させかけていたらしい。スレイの腕に、魔装が起動された状態なのに気づいたからだ。
「スレイ……ごめんなさい。またやらかしそうになったんですね、私………」
「気にすんな。実の兄のように慕ってたやつが重病かもなんて知らされたら、誰だって動揺もするさ」
「シュディス殿下の体調不良、ですか……。───スレイ。シュディス殿下の他に誰がエディカラードに来ているのですか?」
クルーシスはふと考える仕草をしたあと、スレイにそう訊ねた。
「ん? えーっと……シュディス殿下の他には、弟のアルシット殿下と、シュディス殿下の側近のキリア殿の三人のはずだったけど。ロウがいるってことはあいつも留学すんのかな………。それがどうかしたか?」
知らないと言うと思っていた私は、すらすらと答えたスレイに違和感を覚えた。
「なるほど。貴方は最初から『知っていた』のですね」
クルーシスが笑ってない笑顔で断定するように呟くと、スレイは『やべっ!』という顔をした。見間違いじゃなければ冷や汗が凄いことになってる。
おかしいな。ついさっきまで暗い気持ちになってたんだけど。
「な、なに言ってんだよ? ロウがいることは知らなかっただろ?」
「さっき使用人に声をかけた内容が『なんでホンロンの王子まで来ているんだ?』と訊ねてましたよね。あの言い方だと『シュディス殿下方は貴方が私たちにダンジョンの話をしにネスティアへ行くよりも前にエディカラードに来ていた』と取れるのですよ」
「うげ……」
クルーシスの推理にスレイは盛大に顔を顰めた。
「小声で会話してたのになんで聞こえてんだよ、お前……」
「私と契約している闇の精霊が教えてくれましたよ」
「あ? 精霊? ぅお!? 俺の足下の影からなんか出てきた! って、聞いてたの、こいつかぁ……」
クルーシスがそう言ったとたん、影から飛び出してきた闇の精霊にスレイは仰天し、そしてげんなりしていた。
「──で? 話してくれますね? スレイ」
「うー………」
クルーシスが促すと、スレイは唸ったあと、困ったように頭を掻いた。
「はぁー……ルーがそう言うってことは、なんとかできそうな心当たりがあるってことだろ?」
「シュディス殿下が体調を崩している原因が、『私の予想したものならば』ですがね」
「分かった。まずは、アルシット殿下に了解を取ってからにさせてくれ。さすがに勝手に話すってわけにはいかないからさ。なにせ、イスペライアの国家機密だしな。俺が知ったのは国交再開の席でシュディス殿下が倒れたのを目撃したからだったし」
「……っ! そ、それで、今シュディス……殿下は?」
『倒れた』と聞いて心臓が嫌な音を立てた。なんとか持ち直し、スレイにシュディスの現状を訪ねてみた。私の不安を読み取ったのか、そっと頭を撫でながら答えてくれた。
「ん。持参してきたらしい薬を飲んで横になってるよ。……ただ、どうにも薬の効きが悪いみたいでさ。発作が起きるのか、夜も眠れないみたいで。目の下に隈ができてて、顔色が悪いままだな……」
「そう、ですか」
「でもさ、もう大丈夫だよ、セシリア。クルーシスが力になってくれるんだからな!」
「ええ。今スレイが言った話で確信が持てましたしね。簡単にはいかないでしょうが……解決策くらいは提示できるはずです。貴女は部屋に戻っていてください。さすがに貴女を巻き込むことを彼──シュディス殿下は望まないでしょうから」
「うん……」
その後、アルシットに会いに行ったスレイは、『会談の了承を得られた』と説明してくれた。私の同席までは認められなかった。そこに関して文句はなかった。今の私はネスティアの王女なのだから。それでも、会談の結果だけでも教えに来てくれたスレイの心遣いが有り難かった。
それによると、どうやらシュディスの病状はイスペライア王家の血筋にたまに見られる症状らしく、国家機密扱いされた情報なのだとか。
そして特効薬を作るには、特別な材料が必要らしい。そして王家秘伝の術法によって生み出される秘薬によって症状を抑えることができるのだそうだ。
アルシットはイスペライア王家の血が薄かったらしく、なんともないそうだけど、シュディスはイスペライア王家の血が特別濃く現れたそうで。イスペライア王家が特効薬として所持することを義務づけられている秘薬の効果が無くなりつつあるのだと。『見た目にしろ、才能にしろ、あのクズ王とは似ても似つかないのに、血だけは濃いなんて……』とアルシットが悔しげに呟いていたとか。
結局、その日城下へ下りるのは諦め、ダンジョン調査はしばらく見送ることとなった。そのため、買い出しは時間を見てクルーシスとスレイがやってくれるそうだ。
夜、私の身体を案じてくれた侍女が暖めたミルクを持ってきてくれた。毒が入っていないことを証明するために、わざわざ目の前で解毒魔法を使ってくれた。お礼を言って、ゆっくり時間をかけて飲み干した。その侍女は「今日は早めに横になられてはいかがですか?」と提案してきたので、言葉に甘えて横になったんだけど。
横になったはいいものの、眠気はまったく訪れてくれなかった。頭の中ではシュディスのことでぐるぐるしていたから。
知らなかった。シュディスがそんなに苦しんでいたなんて。
夜も眠れないくらいの発作がどれだけ苦しいのかは、前世で経験したからよく分かる。前世の“僕”の症状とシュディスの症状は違うだろうけど、いくら薬を飲んでもよくならない絶望がどれだけ深いのかは想像に難くないだろう。“僕”も死ぬ間際までそう思っていたから。
なによりも悔しいのは、現状、私がなんの力にもなれないていないことだ。シュディスとほとんど接点のないクルーシスでさえ解決策を提示できる知識があるのに。
ネスティアに行くことで、いずれシュディスの力になれることもあるかもなんて思ってたのに。
血の繋がりがなくても兄として慕っているからこそ、ネスティアの王女として公式に恩返しできる機会を探っていたのに。
妹として可愛がってくれた上、危険な状況から逃がしてくれたあの人に私は何も返せないの………?
ぎゅ、と握り拳をつくり、泣くのを必死で堪えた。傷ができたのか爪を立てたところが痛んだけど、心の痛みよりはましだった。私が泣いたってなんにもならない。一番泣きたいのは、弱音を吐きたいくらい辛いのは、シュディスのほうなんだから。
私はベッドから身を起こした。
「駄目だ、眠れない……はぁ。夜風にあたって気を紛らわせよう」
側にかけてあったストールを羽織り、テラスに面した窓の扉を開けて外に出た。
今の季節は初夏といったところで、夜はまだ肌寒い。でも、冷たい夜風に沈んだ気分を吹き飛ばして欲しかった。いっそシュディスに会いに行ってみようか。うん、そうしよう。巻き込みたくないというなら、なにも知らないフリをしよう。移る病気ではなさそうだし、話くらいならできるかもしれない。気分が上向けば、今の状態が好転するかもしれないし。前世でも『病は気から』とよく言われていたじゃないか。
そう決意すると心が幾分か軽くなった。そうすると忘れていた掌の痛みがぶり返してきた。うう。すぐに手当てしなかったことを今後悔してきたよ……
治癒魔法は使えたし、ぱぱっと治そう。そう思って魔力を集中させ、詠唱をしようとした時だった。その穏やかな静寂は唐突に破られた。ざんっという何かの着地音と共に。
(侵入者!?)
背後に何者かが降り立つ気配を感じ、身体が強張った。治癒のための術式を慌てて破棄した。治癒をしている途中に攻撃されたら襲われた時に反撃できない。助けを呼ぶにしても室内に戻らなければ。今の私でも不審者を撃退できるくらいの実力はあるつもりだ。例え叶わなくても、物音に気がつけば誰かが助けに来てくれるはず。
そう覚悟して振り返った私は、とたんに硬直することになった。
「───え?」
私の背後をついて現れた人物が予想だにしない人だったからだ。
そこにいたのは。輝くような金髪と、記憶にあるよりも伸びた身長。碧眼だったはすの眼が、紅玉よりも深い深紅の瞳に染まった青年。
「シュ……ディス……?」
私の呟きに返答が返されることはなかった。彼の顔は造られた人形のように、なんの表情も浮かんでいなかった。ただ、以前とは違う紅い瞳だけが異様に輝いていた。
思いもよらぬその人の唐突な再会と、私の知る彼とはかけ離れた表情に動揺していた私は、あっという間に彼に拘束されてしまった。腕を腰に回され、距離を取ろうにもがっちり掴まれているため、身動きできなかった。
どういうこと……? なんで何も答えてくれないの……? 彼の身に何が起こってるの……!?
ただ、私の混乱はそう長くは続かなかった。
「んっ……!」
「……んちゅ、ん……ちゅ………」
ぴちゃ……ぴちゃ……と言う音と、ぞくぞくとはしる快感に、私は我に還った。いつの間にやら私の掌にシュディスが顔を寄せ、滲んだ血をなめとっていたからだ。私はそれをただ眺めることしかできなかった。なんで抵抗する気も起きなかったのか、自分でも分からなかった。
だからだろう、シュディスが新たな行動に移っているのに気がつくのが遅れた。
空いた片手で顎を掴まれ、そしてシュディスは顔を近づけてきて。
「ちょ……っ! は、離して……! はな───ン……!」
「ん……………」
彼が何をしようとしているのかに気づき、抵抗しようとした私の唇に彼のそれが重なった。自分の血が混ざっているはずの口づけは、なぜだか甘美な味がした。
かつて感じた、背中の『天族の証』が、今度は深紅の輝きを放っていたことを私は気にする余裕もなかった。
エディカラードの王様は、爽やかなイメージのする美情夫といった感じの方だった。というか、スレイをもっと渋く老けさせたらこうなるだろう、というくらいそっくりな容姿だった。エディカラードの人たちがスレイを初めて見た時、騒然となったわけだよね。こんなに似てるんだもん。
「ん?」
エディカラード王との謁見後、謁見の間を後にした私たちだったのだけど、明日の準備のために街への案内をするために城の出入り口まで向かっている途中でスレイが何かに反応したのだ。
「? どうしました、スレイ?」
「いや……今、向かいの通路を横切ったやつ、前にイスペライアのギルドで見たやつにそっくりだったからさ」
「えっ!?」
「イスペライアのギルドというと……ホンロンの王子、ロウ・ホン・シンフォンですか?」
「お前よくフルネームをすらっと口にできるな」
「……今気にするのはそこではないでしょう、スレイ」
「だって一度会って軽く名乗っただけなのに一発で覚えてるとか、さすがエルフだな!」
「──話を戻しますよ、スレイ。間違いなく彼だったのですか?」
それはエルフじゃなくても覚えてると思う。
いつだかの気の抜ける天然ぶりを発揮したスレイに、クルーシスは深いため息を吐き、私はなんとも言えない気分になった。クルーシスの言う通り、なんで今そこにくいつくんだよ、スレイ。
で。その後クルーシスにくどくど小言をもらってたスレイなんだけど。彼はそれに堪えることなく、近くの使用人へと声をかけていた。……ほんとメンタル強いよね、スレイって。
その使用人の話では、どうやら彼──ロウは、エディカラードに留学中のイスペライアの王子たちに会いに来たのだそうだ。到着したのはつい先程らしい。
あれ? ってことはシュディスたち、もうここに来てんの? 以前言ってたスレイの口振りじゃ、彼らが来るのはダンジョン調査後だって話だったのに。
更に詳しく聞いたところ、衝撃の事実を知ることになった。なんと、ここ最近シュディスの体調が思わしくなく、その治療手段を求めてエディカラードへ行く日程を早めたのだと説明を受けたそうだ。イスペライアに留学していたロウまでいるのはシュディスの身を案じてのことだろう。
私は思いもよらぬ話を聞いて、頭が真っ白になった。
病気? シュディスが? なんで? いつからなの? まさか……私がいた時から? シュディスの容態は話に聞いた以上に重いの?
私があの城を出ていく日、シュディスは何も言ってくれなかった。彼が苦しんでる間も、何も知らずに私はネスティアで安全に暮らしてたの……?
「──リア、セシリア!」
「──っ!!」
スレイに肩を強めに揺さぶられ、私は我に還った。どんどん悪い方向へ考えが及んでいた私は、顔が真っ青だったのだろう。そしてまた魔力を暴走させかけていたらしい。スレイの腕に、魔装が起動された状態なのに気づいたからだ。
「スレイ……ごめんなさい。またやらかしそうになったんですね、私………」
「気にすんな。実の兄のように慕ってたやつが重病かもなんて知らされたら、誰だって動揺もするさ」
「シュディス殿下の体調不良、ですか……。───スレイ。シュディス殿下の他に誰がエディカラードに来ているのですか?」
クルーシスはふと考える仕草をしたあと、スレイにそう訊ねた。
「ん? えーっと……シュディス殿下の他には、弟のアルシット殿下と、シュディス殿下の側近のキリア殿の三人のはずだったけど。ロウがいるってことはあいつも留学すんのかな………。それがどうかしたか?」
知らないと言うと思っていた私は、すらすらと答えたスレイに違和感を覚えた。
「なるほど。貴方は最初から『知っていた』のですね」
クルーシスが笑ってない笑顔で断定するように呟くと、スレイは『やべっ!』という顔をした。見間違いじゃなければ冷や汗が凄いことになってる。
おかしいな。ついさっきまで暗い気持ちになってたんだけど。
「な、なに言ってんだよ? ロウがいることは知らなかっただろ?」
「さっき使用人に声をかけた内容が『なんでホンロンの王子まで来ているんだ?』と訊ねてましたよね。あの言い方だと『シュディス殿下方は貴方が私たちにダンジョンの話をしにネスティアへ行くよりも前にエディカラードに来ていた』と取れるのですよ」
「うげ……」
クルーシスの推理にスレイは盛大に顔を顰めた。
「小声で会話してたのになんで聞こえてんだよ、お前……」
「私と契約している闇の精霊が教えてくれましたよ」
「あ? 精霊? ぅお!? 俺の足下の影からなんか出てきた! って、聞いてたの、こいつかぁ……」
クルーシスがそう言ったとたん、影から飛び出してきた闇の精霊にスレイは仰天し、そしてげんなりしていた。
「──で? 話してくれますね? スレイ」
「うー………」
クルーシスが促すと、スレイは唸ったあと、困ったように頭を掻いた。
「はぁー……ルーがそう言うってことは、なんとかできそうな心当たりがあるってことだろ?」
「シュディス殿下が体調を崩している原因が、『私の予想したものならば』ですがね」
「分かった。まずは、アルシット殿下に了解を取ってからにさせてくれ。さすがに勝手に話すってわけにはいかないからさ。なにせ、イスペライアの国家機密だしな。俺が知ったのは国交再開の席でシュディス殿下が倒れたのを目撃したからだったし」
「……っ! そ、それで、今シュディス……殿下は?」
『倒れた』と聞いて心臓が嫌な音を立てた。なんとか持ち直し、スレイにシュディスの現状を訪ねてみた。私の不安を読み取ったのか、そっと頭を撫でながら答えてくれた。
「ん。持参してきたらしい薬を飲んで横になってるよ。……ただ、どうにも薬の効きが悪いみたいでさ。発作が起きるのか、夜も眠れないみたいで。目の下に隈ができてて、顔色が悪いままだな……」
「そう、ですか」
「でもさ、もう大丈夫だよ、セシリア。クルーシスが力になってくれるんだからな!」
「ええ。今スレイが言った話で確信が持てましたしね。簡単にはいかないでしょうが……解決策くらいは提示できるはずです。貴女は部屋に戻っていてください。さすがに貴女を巻き込むことを彼──シュディス殿下は望まないでしょうから」
「うん……」
その後、アルシットに会いに行ったスレイは、『会談の了承を得られた』と説明してくれた。私の同席までは認められなかった。そこに関して文句はなかった。今の私はネスティアの王女なのだから。それでも、会談の結果だけでも教えに来てくれたスレイの心遣いが有り難かった。
それによると、どうやらシュディスの病状はイスペライア王家の血筋にたまに見られる症状らしく、国家機密扱いされた情報なのだとか。
そして特効薬を作るには、特別な材料が必要らしい。そして王家秘伝の術法によって生み出される秘薬によって症状を抑えることができるのだそうだ。
アルシットはイスペライア王家の血が薄かったらしく、なんともないそうだけど、シュディスはイスペライア王家の血が特別濃く現れたそうで。イスペライア王家が特効薬として所持することを義務づけられている秘薬の効果が無くなりつつあるのだと。『見た目にしろ、才能にしろ、あのクズ王とは似ても似つかないのに、血だけは濃いなんて……』とアルシットが悔しげに呟いていたとか。
結局、その日城下へ下りるのは諦め、ダンジョン調査はしばらく見送ることとなった。そのため、買い出しは時間を見てクルーシスとスレイがやってくれるそうだ。
夜、私の身体を案じてくれた侍女が暖めたミルクを持ってきてくれた。毒が入っていないことを証明するために、わざわざ目の前で解毒魔法を使ってくれた。お礼を言って、ゆっくり時間をかけて飲み干した。その侍女は「今日は早めに横になられてはいかがですか?」と提案してきたので、言葉に甘えて横になったんだけど。
横になったはいいものの、眠気はまったく訪れてくれなかった。頭の中ではシュディスのことでぐるぐるしていたから。
知らなかった。シュディスがそんなに苦しんでいたなんて。
夜も眠れないくらいの発作がどれだけ苦しいのかは、前世で経験したからよく分かる。前世の“僕”の症状とシュディスの症状は違うだろうけど、いくら薬を飲んでもよくならない絶望がどれだけ深いのかは想像に難くないだろう。“僕”も死ぬ間際までそう思っていたから。
なによりも悔しいのは、現状、私がなんの力にもなれないていないことだ。シュディスとほとんど接点のないクルーシスでさえ解決策を提示できる知識があるのに。
ネスティアに行くことで、いずれシュディスの力になれることもあるかもなんて思ってたのに。
血の繋がりがなくても兄として慕っているからこそ、ネスティアの王女として公式に恩返しできる機会を探っていたのに。
妹として可愛がってくれた上、危険な状況から逃がしてくれたあの人に私は何も返せないの………?
ぎゅ、と握り拳をつくり、泣くのを必死で堪えた。傷ができたのか爪を立てたところが痛んだけど、心の痛みよりはましだった。私が泣いたってなんにもならない。一番泣きたいのは、弱音を吐きたいくらい辛いのは、シュディスのほうなんだから。
私はベッドから身を起こした。
「駄目だ、眠れない……はぁ。夜風にあたって気を紛らわせよう」
側にかけてあったストールを羽織り、テラスに面した窓の扉を開けて外に出た。
今の季節は初夏といったところで、夜はまだ肌寒い。でも、冷たい夜風に沈んだ気分を吹き飛ばして欲しかった。いっそシュディスに会いに行ってみようか。うん、そうしよう。巻き込みたくないというなら、なにも知らないフリをしよう。移る病気ではなさそうだし、話くらいならできるかもしれない。気分が上向けば、今の状態が好転するかもしれないし。前世でも『病は気から』とよく言われていたじゃないか。
そう決意すると心が幾分か軽くなった。そうすると忘れていた掌の痛みがぶり返してきた。うう。すぐに手当てしなかったことを今後悔してきたよ……
治癒魔法は使えたし、ぱぱっと治そう。そう思って魔力を集中させ、詠唱をしようとした時だった。その穏やかな静寂は唐突に破られた。ざんっという何かの着地音と共に。
(侵入者!?)
背後に何者かが降り立つ気配を感じ、身体が強張った。治癒のための術式を慌てて破棄した。治癒をしている途中に攻撃されたら襲われた時に反撃できない。助けを呼ぶにしても室内に戻らなければ。今の私でも不審者を撃退できるくらいの実力はあるつもりだ。例え叶わなくても、物音に気がつけば誰かが助けに来てくれるはず。
そう覚悟して振り返った私は、とたんに硬直することになった。
「───え?」
私の背後をついて現れた人物が予想だにしない人だったからだ。
そこにいたのは。輝くような金髪と、記憶にあるよりも伸びた身長。碧眼だったはすの眼が、紅玉よりも深い深紅の瞳に染まった青年。
「シュ……ディス……?」
私の呟きに返答が返されることはなかった。彼の顔は造られた人形のように、なんの表情も浮かんでいなかった。ただ、以前とは違う紅い瞳だけが異様に輝いていた。
思いもよらぬその人の唐突な再会と、私の知る彼とはかけ離れた表情に動揺していた私は、あっという間に彼に拘束されてしまった。腕を腰に回され、距離を取ろうにもがっちり掴まれているため、身動きできなかった。
どういうこと……? なんで何も答えてくれないの……? 彼の身に何が起こってるの……!?
ただ、私の混乱はそう長くは続かなかった。
「んっ……!」
「……んちゅ、ん……ちゅ………」
ぴちゃ……ぴちゃ……と言う音と、ぞくぞくとはしる快感に、私は我に還った。いつの間にやら私の掌にシュディスが顔を寄せ、滲んだ血をなめとっていたからだ。私はそれをただ眺めることしかできなかった。なんで抵抗する気も起きなかったのか、自分でも分からなかった。
だからだろう、シュディスが新たな行動に移っているのに気がつくのが遅れた。
空いた片手で顎を掴まれ、そしてシュディスは顔を近づけてきて。
「ちょ……っ! は、離して……! はな───ン……!」
「ん……………」
彼が何をしようとしているのかに気づき、抵抗しようとした私の唇に彼のそれが重なった。自分の血が混ざっているはずの口づけは、なぜだか甘美な味がした。
かつて感じた、背中の『天族の証』が、今度は深紅の輝きを放っていたことを私は気にする余裕もなかった。
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