エリュシオンでささやいて

奏多

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第4章 Haunting Voice

 5.

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「これがお前の部屋か……。もっとピンクのふりふりしたのとか、ぬいぐるみとかあるのかと思った。居心地いい」

「あ、ありがとうございます。あたしロリじゃないので」

 出汁を足そうかとも思ったけれど、作り直すことにして、お鍋を洗う。

「OSHIZUKIビルにすげぇロリが入ってくるって知ってた?」

「え、ロリが!?」

 思わず振り返ってしまう。

「どうもそれが、下の会社らしいんだけどよ、ITって本当に胡散臭ぇよな。大体コンピューターを動かしてなんだってんだよ、コンピューターはメインじゃなくてサブ。メインは人工的なものじゃなくて、自分の感性を使えといつも思う」

 辛辣だ。

「別にITだって、頭使っていると思いますよ?」

「たとえば?」

「たとえば……」

 出てこない。

 キーボードをカタカタして、なにをしているのかイメージがつかない。
 下のシークレットムーンで、千絵ちゃんなにをしているって言ってたっけ。

「出てこねぇだろ? コンピューターの奴隷になってなにがいいんだか」

「……個人的な恨みでもあるんですか?」

「別にねぇけど、なんというか本能的に嫌だ。どうせインテリぶってる奴らの集団なんだろうし。虫唾が走る」

「千絵ちゃんは、普通の女の子でしたけどね」

「……案外腹黒かもしれねぇぞ、その女も」

「本当に嫌いなんですね、IT」

「ああ。なぁ、テレビ、つけていい?」

「どうぞ」 

 テレビの音がする。
 早瀬がテーブルの上に置いてあったリモコンで電源を入れたようだ。

 すると最近よく聞く、ある新興宗教の教団のCMソングが流れてくる。

 宗教法人〝天の奏音〟。
 茂顔負けのでっぷりとしたおじさん教主が、どこまで耳朶が伸びるんだ……と言わんばかりの福耳と、菩薩のような笑みを浮かべて曰く、神のお告げというものは必ず声なり音楽なりで構成されているようで、それを解読できるらしい教主が予言をしたとかしないとか。

 よくテレビに出て、ポスターが貼られているこの教団のイメージソングが、CMに流れている……ほのぼのとした、幼稚園児が歌うようなもので、そのインパクトに覚えてしまったのは、教団の思う壺のところなのか。

「……つけた途端これか。これ、長谷耀(はせ よう)が作ったんだよな」

 早瀬の呟きが耳に届く。
  
 長谷耀とは、コンピューターを使った音楽を得意とする、現代音楽で有名なあたし達よりひとつ年上の男性だ。

「耳には残るけど、機械的。怪しい宗教にはうってつけだ。大体お告げがわかるのなら、自分で作れってんだよ。この教団、曲も作れねぇのに音を語るか。よくそんなのを引き受けたものだ」

 そう言って、テレビを切った。

「嫌いなんですか、長谷耀」

「一度、ふたりで映画のイメージサントラの作曲をしたことがある。なにからなにまで俺と合わねぇ。あそこまで合わねぇ音楽家はいねぇな」

 確か、長谷耀の音楽は緻密に計算されているとか聞いたことがある。それに比べて早瀬の音楽は天性の閃き型。衝突はあるだろう。

「それなのに、仲良しのように取材の時に言われて、ふたりでその編集者に噛みついたら、〝息があったコンビ〟とか雑誌に書かれた。それ以来、ふたりの仕事もくるもんだから、共演NG出せば向こうも出してやがるし」

 不機嫌そうだったため、話を変えた。

「そうだ、会議どうなりましたか?」

「ああ……。俺は潰そうとしてるんだが、上に保留にされた。どうしてもエリュシオンのHADESを売り出したいと。また明日も会議だな」

「そうですか。外部委託の広報も大変ですね。どうするんだろう」

「ただHADESプロジェクトは、少しずつ詳細を公開するという形の広報をしていたから、公表していたメンバーは俺の名前くらいしかなかった。後はボーカルさえ決まれば、広報も進んでいく予定だったんだ。まだ期限内とはいえ、お前がボーカルを見つけられないでいたから、不幸中の幸いだ」

「じゃあエリュシオンがなにかしようとしていることは大々的な広告がなされても、詳細は謎のまま、中身をごそっとオリンピアに横取りされて公表された格好ということですか?」

「そうだ。いまのところオリンピアは、楽曲提供・プロジェクト企画……つまり俺に関するところはシークレットとして公表し、俺がリストから選んで部長クラスに渡したという演奏者と、ボーカルのみ公開している。俺の名前を出さなかったのは、俺個人を敵にしたくなかったのか、どうしても引く抜くつもりだったのか、別の目的かは不明だ」
  
 オリンピアがHADESプロジェクトを敢行しようとして、早瀬の存在如何によって、プロジェクトの知名度が変化する。

 早瀬の名前ひとつで売り上げも変わる……それが今の音楽界の常識のようになっており、早瀬を抱え込んだエリュシオンは、大きくなれたのだ。

 朝霞さんが、倒産をきっかけに前社長の教えを覆し、利益を求めるようになったとして、HEDESプロジェクトを盗んだというのなら、やりたかったのはエリュシオンに対する打撃なのか、早瀬個人を引き抜くためなのか、その両方なのかわからない。

 そこらへんの本音も、月曜日聞けるかな。

「……あなたは、エリュシオンに残ってくれるんですか?」

「当然だろう。愛情があるわけではねぇけど、盗まれたところに誰が行くか。俺が横浜で三芳親子を許せなかったのと同じ理屈だ」

 彼は所属会社よりも音楽に誇りを持っている。
 それがあたしには嬉しかった。

「それにエリュシオンには、俺のために単独啖呵切りに行って、貧血でぶっ倒れる無謀なチーフもいて、目を離せられねぇし?」

「……っ」

「なんだかひとり成長して、つらりとして社内の不和も収めてるし? どこでそんなスキル手に入れたんだか」

「黙って下さい!」

 見られていたらしい。

 ……早瀬の音楽のおかげで、あたしも変われる気がするとは、悔しいから言ってやらないけど。
 
「なぁ、これが元気の頃のアキ?」

 ぐつぐつ煮だつお鍋の隣で、ネギを包丁でトントンと切っていると、早瀬に聞かれた。

 振り返ると、あたしがいつも治癒のお祈りしている写真を手にして、テーブルの上で頬杖をついている。

「はい、そう「いい加減言葉遣い、直せ」」

「うん、そう」

 もうひとつのお鍋に入れているお湯が沸騰したから、素麺を入れる。

「……ふぅん? こいつモテる?」

「モテま……モテるみたい。家にも女のひと押しかけてくることがあったから。従妹だと言ったら嫌がらせされて、次に妹と言ったらお菓子くれて餌付けされたから、妹で通したけど」
  
「ふぅん。背、高いの?」

「早瀬より高いよ。バスケしてたらしいから」

「……ふぅん? でさ、朝霞の用はなんだったわけ?」

「え、月曜の……」

 そしてあたしは包丁を持ったまま振り返る。
 質問はするくせにやる気のない返事をしていた早瀬から、突然変わった話題を知れる方法はひとつ。

「ちょっと! ひとのスマホ、なに勝手に見てるのよ!」
 
「ずっと俺の目の前にあったから。見て欲しいのかなって」

「見て欲しいわけじゃないわよ。もう」

 あたしはポケットにスマホをねじ込んだ。

「月曜ってなに?」

「……っ」

「言え。俺に隠さねぇとならない話なのか? ……やっぱり気になるって? あの胡散臭い社長とデートの約束?」

 じとりとした目が向けられる。
 
 それを無視して、素麺を掬いに慌ててキッチンに戻る。

 ……隠せないな、こりゃ。
 話がおかしな方向に進みそうだから、きっちりと言っておくか。

「あたし、月曜の夕食、朝霞さんと食事して話を聞こうと思う。朝霞さん、ちょっとキャラも変わってたから、話を聞いてみたいの。彼食事を誘うタイプじゃないし、なにか意味あると思うのよ。相談に乗って欲しいのかも」

「……。聞いて解決できるわけ?」

「……それは」

「聞いて、やっぱりダメな奴だったらどうするんだ?」

「その時は、敵対するしかないね。はい、お待たせ。出来たよ」

 テーブルに置くと、早瀬が両手を伸ばしてどんぶりではなく、あたしを持ち上げ、彼の膝の上にあたしを置いた。

「ちょ、なに……」

 早瀬は、後ろからあたしを抱きしめるようにして、その美しい顔をあたしの顔の真横に出して、ふぅふぅ息をかけて煮麺を口にした。

「うまいけど……あち」

 そしてあたしのほっぺにキスをして、舌を頬につけてくる。

「な……」

 逃げようとしたあたしの身体はがっちりと早瀬の左手にホールド。
  
「舌火傷したの。俺、ややネコ舌で」

「だったら飲み物……」

「いらね」

 ネコ舌……ネコのようにうあたしの頬を、舌でぺろぺろする早瀬に、うごけないあたしはぎゃあぎゃあ騒いでいると、

「お前の方がネコみたい」

 そう、笑った。
 
「美味いなあ、おまえの作ったの」

 そう言いながら、つるつると麺を啜る早瀬は、あたしを見上げるようにしながら微笑む。

 ……あたし、いつもひとりで作って食べてきた。
 美味しいとかいってくれるひとがいなかったから、正直嬉しくて。

「お、お口にあってよかった」

 照れてしまい、目を泳がせる。

「毎日、食いてぇな」

「きょ、今日限りです」

「嫌だ」

「あなたは美味しいレストランとか知ってるんだから、そっち行って下さい」

「そっちもお前と行くけど、たまにはお前の作ったもの食いたい。お前んちまた来るから、色々作って」

「な、なんであなたに作らないと……」

「言葉遣いが戻る罰」
 
 そう言い放って、また麺をつるつると食べていく。

「あちぃ」

 と思ったら、今度はあたしの耳に舌を這わせて。

「へ、へんな動きしないでっ!!」

「してねぇって。昨日から我慢してるだろ、俺」

 絶対我慢してないよね。

「だから今日も、お前の料理で我慢する」

 今度はネコ舌関係なく、ちゅっとコメカミにキスが来た。

「……月曜、俺も行く」

 何でもないというように、そう言ってまたつるつると麺を食べる。

「はあああ!?」

「……朝霞のガセに乗る方も乗る方だけど、ただ俺を振り回して楽しんでいるわけではねぇ気がするんだ。あいつのあの目は、揶揄ではなくなにか真剣なものがあったから。それがやけに気になる」

「どういうこと?」

「もしかして……俺を使ってなにかをしようとしているのかもしれねぇ」

「なにかとは?」

「例えば、……俺で守ろうとしているのかも。お前なのか、お前と朝霞が働いていた頃のエリュシオンなのか、別物か」

「え……」

「俺が来た時さ、ここの家の前に黒いボックスカーが停まってたんだ。それが俺がベランダから見下ろした時、いなくなった。それも気になってな。はい、冷まして」

 レンゲですくったお汁をあたしに向けるから、反射的にふぅふぅ息をかけて冷ますと、早瀬は飲んだ。
  
「ちょっとなに怖いこと言ってるの。だったらまるで、あたしを狙っているようじゃない! たまたまいなくなっただけでしょう?」

「たまたま、だといいがな。俺も初めて見た車だからなんとも言えねぇが、ナンバープレート……隠してたんだ」

 ぞっとする。
 なにこの展開。

「あたし今までなにもされたことないし、他のひとじゃない?」

「だといいな。……だけどなにか嫌な予感するから、俺これから車で送り迎えしてやる」

「な、いらないわよ、そんなもの」

「大丈夫かどうかは、俺が決める」

 早瀬の顔は真剣だった。

「家にいる時は、戸締まりしてろ。俺以外は絶対開けるんじゃねぇぞ。なにか物音が聞こえたら、俺に連絡すること」

「わかったけど……考えすぎじゃない?」

「だから、それは俺が決めるって。何事も疑ってかかれば、なにか起きるはずのものも起きねぇから」

「うん……」

「朝霞のキャラ崩壊ってどんなの?」

「え、あたしに告るような冗談言ったり。そういうひとじゃなかったの、朝霞さん。女の子は近寄るけど、笑って逃げる感じで。ゲイの噂があったくらいのひとだったから」

「………」

「早瀬?」

「………」

「おーい」

「……ちょっと殺意が」

 物騒な声が聞こえた。

 抜け出るのは今だと身体を動かそうとしたが、失敗。

「確かに、二年ぶりにお前が現われたから、嬉しくて興奮して……というのも考えられる。だけど、それにしては、俺に嘘のメールをするとかガキじみてるし、お前に変態電話するのもねぇさ」

「変態電話って……」

「今まで会っていたのならともかく、ひさしぶりの相手にキャラ崩壊して誰得だ?」

 確かに、昔の朝霞さんは颯爽として凜々しくて……だけど今の朝霞さんは軽い男になってしまっている気がする。
 
 早瀬を振り回して、家にまで来させる意味がわからないし。

「月曜日も、俺がついてくること見越しているのかもしれねぇな」

「そんな……」

「あいつが、アホじゃないのなら」 
  
「……でも変わっちゃったんでしょう、朝霞さん」

「人間、どんなにしても変われねぇ芯の部分がある。お前、昔と同じ部分はどんなところだと感じた?」

「えーと、爽やかな声? キラキラオーラ?」

「……俺のオーラはどんな感じ?」

「え……」

「怒らないから、言ってみな」

「陰湿な、どす黒いオーラ」

 ぺしっと、おでこを手で叩かれた。

「なに!? 怒らないと言ったじゃない」

「いや、なんとなく。俺の手が動いた」

「ひど」

 今だ!!

 腰を上げたが失敗。
 上から覆い被さるようにされて、ますます動けない。

 このぬくぬくといい匂いがする椅子に、どっぷりと浸かりたくないのに。

「朝霞の話だけど、それだけ? 変わってねぇと感じたの」

「うん」

「じゃあ必死に隠さねぇといけない部分があるんだな、きっと」

「隠さないといけない部分?」

「昔を知るお前だから、今の変わった部分を見せたくない。だからあんなちゃらけた動きをしてるんだろう」

「随分と朝霞さん、理解してるね?」

「……やり手なんだよ、オリンピアは。中でも朝霞社長はかなり強引で、ひとを見抜く力が卓越していて、犯罪ぎりぎりのところで脅して押さえつけると聞いたことがある」

「脅す……そんなことしないよ、朝霞さんは。人情派だもの」

 空っぽになったどんぶり。
 だけど離れないコナキジジイは、頬をあたしの頬にすりすりしてくる。

「だからだよ。昔馴染みのお気に入りだからって、やり方があるだろう。まあ……やり方がわからず、馬鹿みてぇな縛り方する奴もいるけどさ」

 早瀬があたしの手を触ってくるから、パンと叩くと、逆に握られ離れない。
 この男は、抵抗すればするだけ力で押さえつける男だ。
   
「考えてみれば、俺を出し抜くのなら俺に連絡してこなければいい。それが嘘をついてまでお前の家に来させた……そこに理由があるとすれば、やはりあの黒いボックスカーが怪しいんだよな。なんで朝霞がそれを知ったのかはわからねぇけど」

 怖いなあ。
 ここ、引っ越したくないんだけどなあ。

 それに――。

「朝霞さんが連絡しなきゃ、こうやって家にあげずにすんだの……いたたっ」

 後ろから回った手が、あたしの頬を横に伸ばした。

「お前、最近なにかしたとか心当たりねぇの?」

「ない」

「即答だな」

 早瀬は笑う。

「……お前、朝霞と働いていた時も、この家?」

「うん」

「その時は、朝霞も含めて会社の男、入れたことあるの? 飲み会とかで酔っ払った奴泊めたり、宅飲みとか……」

「だから、ここには男性は入れたことないの。あ、亜貴は別……いひゃひゃ」

 また頬をひっぱられ、捻られた。

「それ、朝霞も知ってるの?」

「うん。女の先輩……真理絵さんが、社内でそう言ってくれたから、箱入り娘みたいに思われたけど」

 痛いほっぺを摩ろうとしたら、その手も握られた。おまけに指を絡ませてくる。抵抗したら、指を手の甲にそらされあえなく撃沈。
 
「じゃあやっぱり、朝霞は入れないことはわかっていて、俺に電話したというわけか。きっと俺なら入れると……。一体なにがある……?」

 ああ……。
 もうキャパオーバーだ。

 気にしないように喋りまくっていたけれど、この密着度合い勘弁してよ。
 なんで孤高の王様が、コナキジジイなのよ。
  
「あの、もう離れて下さい」

「やだ」

「やだじゃなく」

「やだ」

「あのねぇ!」

「お前の真似」

 そうにやりと笑った早瀬は、あたしの唇を甘噛みしながら、舌を差し入れてあたしの逃げる舌を追いかけてくる。

 捕まって絡み合う舌からは、水音が響いて。
 あたしの部屋の中に、ベリームスクの匂いが充満する。

 あたしの部屋なのに、早瀬の痕跡を強烈に刻み込まれることに、拒絶感と歓喜とが半々となってあたしの胸にうずまく。

 ちゅぱっと音をたてて唇を離した早瀬は、濡れた唇をあたしの耳に押しつけるようにして囁いた。

「お前の匂いがたちこめるこの部屋にいたら、狂いそうになるくらいお前が欲しくなった」

 甘い、欲情したようなハスキーな声。

「今、絶賛理性がフル回転中。だけど暴走しそうで危ねぇな」

「……っ」

「このままなら、お前倒れたの忘れそうになるから帰る」

 いやらしい舌と唇があたしの耳をなぶって。

「早く元気になって生理終えれよ? 来週、金曜の夜からずっと抱き続けるから」

 早瀬の熱さと匂いに、頭がくらくらする。

「その顔……俺が欲しいっていうその顔で、俺に抱かれて。今度は後ろからじゃねぇからな」

 そう言い捨てると、また唇に深いキスをして……銀の糸を繋げたまま、早瀬はあたしをソファに座らせて、首元に吸い付いた。

「痛っ」

「朝霞の思惑がなんであれ、朝霞のところにひとりでは行かせねぇ。いいな、なにかあれば……、いやなにかがなくても、俺を呼べよ。思い出すのは、俺ひとりだけにしろ」

 その強い語調と強い眼差しに息を飲まれて。

「返事」

「……っ」

「ここで、お前抱くか? 血まみれになるのも「わかりました!!」」

 すると早瀬は嬉しそうにくしゃりとして笑うと、「後で電話する」と家から出て行った。


 早瀬がいなくなった部屋にあたしがひとり。

 なんだか寂しくて……あたしは自分自身を抱きしめた。





「あ、棗? ちょっと頼みたいことがあるんだけど。慣れた予感がしてさ、……アングラ(=アンダーグラウンド)の臭いを感じてる。お前が戻ったのも、そのせいなんだろ? だからまた仕事を依頼したい――」

 早瀬の声が闇に溶けた。


 

 
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