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第7章 Staying Voice
12.
しおりを挟む「え、じゃああのひと達、天の奏音の信者さんなの!?」
「どうかな……」
須王が考え込む。
「悪ぃが、皆同じ背広姿でサングラスとはいえ、背格好も似すぎじゃねぇか? 兵隊に条件つけて似たようなの選んでいるというのかよ」
確かに――。
「あたしの記憶がどうであれ、九年前、天使を拉致しようとした黒服の男と、よく似た男が木場の喫茶店で銃を乱射したし」
「それ、頭だけ公園で見つかったという?」
あたしは棗くんに頷いて見せた。
「それね、ちょっと探してみたのよ、九年前そんなお蔵入りになった事件があったのか。地元ではなく警視庁の本部の人間が乗り込むほどなのに、なかったことにされてしまった理由はなにか」
「どうだった?」
あたしは身を乗り出して棗くんに尋ねる。
「ないわ」
「ない?」
「ええ、そんな事件、あなたの地元ではなかったの。九年前の新聞とかをすべて私も目を通して見たわ。だけどない。そんな猟奇殺人のような事件は」
「ええええ!?」
「それと、あなたが拉致されたと訴えたという派出所、公園から駅に向かう間にある一カ所よね?」
「うん、そう」
「そこであなたが話した警官は、どんな感じだった?」
「ええと……凄く若くて、いつもそこにはおじいちゃん警官しかいないから、余計覚えている」
「あなたが話したというのは、学校帰りよね? だから午後五時半から午後七時ぐらいまでの間」
「うん、まさしくそうだね。あの頃はピアノも練習していないから、授業が終わったら真っ直ぐ家に帰れていたから。学校までは電車使って約二十分。五時に大体終わっていたから、早くて五時半だね」
「そう」
棗くんは、美しい顔を少々歪ませて少し考え込む。
「どうかしたの、それが」
「うん。確かめたらね、上原サンが行ったという派出所は、九年前の春……私達が高三に上がってすぐあたりには、別のところに移動していたしていたらしいのよ。駅の裏側のところに」
「え!? だってあたし、秋過ぎてそこに行ったのよ?」
「ちょっとこれ見てくれる?」
棗くんは、自分のスマホを取り出して、写メを見せてくれた。
「これ、あなたの家ね」
「ま、まさか行ってくれたの!?」
「ええ。ああ、仕事柄こういうのは自分の目で見た方が早くて、そこは気にしないで」
棗くんがひとりで行動していたのは、こういうことを秘密裏にやっていたからなのか。
「でも、ガソリン代だって馬鹿にできないし……」
「ああ、そういうことは須王にがっつり請求するから大丈夫。元々こいつが、調べろとうるさい依頼主なの。だからギブ&テイクでね」
「い、依頼したの? いつから?」
「お前のマンションに初めて行った帰りあたりかな。ちょっとやばい空気を感じて、情報網がある棗に……って、それはいいよ。で、棗続き」
「はいはい。いい、上原さん。九年前と風景は違うかもしれないけど、派出所があった道を教えてくれる? 家からどう出た?」
「ええと……門を出て左手に進んで……二本目の道で右に進んで、左手に出る公園を過ぎて右側沿いにあったはず」
棗くんが写真を見せてくれた。
「これが公園。そしてこれが右側にあたる場所だけど……」
「ええと、ここらへん。この松の木を越えてすぐのところで」
「ここね」
「うん、多分ここらへん」
棗くんは、ひとまとめにした書類のうちひとつを取り出した。なにか古い地図のようなもののコピーが貼り付けられている。
「これが九年前の四月の段階。見て。ここらへん……もう派出所はその時にはないわ。でこれが十年前の冬。ここにはあるわね、派出所」
「そんな……」
「須王。あんたも記憶ないでしょう? あんたも入院前からよく公園のブランコに乗る上原サンを見に行ってたんだから」
「棗、お前……っ」
「え、見てたの?」
「……っ」
「須王?」
すると須王はガシガシと頭を掻いて、少し赤い顔をして口を尖らせるようにして頷いた。
……見に来てくれていたんだ。
見られていて恥ずかしいのと、くすぐったい思いが胸中駆け巡る。
同時にその頃のあたしは辛くてたまらなかったから、実に胸中複雑だ。
「ああ、もう。この話はいいだろう!? とにかく俺の記憶にある限りでは、公園の近くに派出所なんてなかったぞ。空き地みたいなのがあった場所じゃねぇかな、そこらへんは」
「空き地!?」
あたしが記憶していた派出所の記憶がとても強くて、空き地のイメージが重ならずに、薄らいでしまう。
固定観念のように、そこには派出所があったとしか思えないあたしの思考。
「これやばいかも。地元なのに、派出所がなくなった記憶がないわ。こう空き地を思い出そうとしても、そこに拉致を相談したお巡りさんがいた建物があったという思い出が強烈過ぎて」
「それとね、上原サン。あなた若い警官と話したといったでしょう?」
「うん」
「移転しても派出所には老齢の警官しかいなかったそうよ。五年前に若い警官は配属されたようだけれど」
「五年前は、あたしこっちに出てきてるわ。その頃には地元に戻ってないし」
「それとね、あなたが会ったという五時半から七時まで、その老齢の警官は自転車で見廻りに出ることが多かったそうよ。だから派出所にずっと居て……ということもちょっと考えにくい」
棗くんの言葉に、あたしは頭を抱えた。
彼の言葉は、どれもあたしの記憶を否定するものだったからだ。
「上原サンは、その天使の件以外に派出所で警官とお話したことがあるの?」
「いや、ないわ。いつも古い一軒家みたいな建物を見ていただけ。たまに自転車乗るところは見ていた」
「外では?」
「自転車乗っていたおじいちゃんお巡りさんに声はかけたことはあるけど」
「昔から?」
「あたし、高校は電車通学させて貰っていたけど、中学までは学校にも休日にも車だったの。だから高校以前にどうだったのかとかってよくわからないんだ。近所の子と遊ぶこともなかったし、幼なじみ……ううん、友達と呼ばれるものもいなかったから」
「あ~ら、高校では随分と取り巻きが多かったと思ったけど?」
「声をかけてくれるから応答はしていたけど、大体が家族のことを聞かれるのが多くて。家族に会いたいために、仲良くしようとするひとが多くて。だからあたし、家族の話抜きで自分のことを話したのは須王が初めてだったの」
「柚……」
「それまではピアノを弾いていた時が、一番ほっと出来ていたかな。大学も家族の話を隠していたんだけれど、どう接していいのかわからないし、世間の話題にも疎いし、黙っていたら気づいたらひとりぼっちで。だから今、棗くんも裕貴くんも小林さんがいて、そしてなんといっても同性でお友達になってくれた奈緒さんがいるのがとっても嬉しくて。いまだどこまでが嫌われないボーダーなのかよくわからないけれど、こんな状況なのに、皆巻き込んでいるのに、あたし的には一番人間関係で恵まれているの」
そう笑うあたしの視界に、気づけば裕貴くんと女帝がいて、驚いた。
「柚……っ」
女帝が須王とは反対側からあたしに抱きついてくる。
「私もあんたが初めての友達だよ。仲良くしてね」
「うん……」
二十六にもなってなにが友達だと青春していると、誰も笑わなかった。
誰もが友達の存在を強く思っているからだ。
須王は棗くんと。
裕貴くんは入院中の遙くんと。
小林さんだって、須王の友達だ。
そんなひと達が集まって、皆が仲良くなるこの奇跡。亜貴はいたけれど、身内以外で自分のことを口に出来るという友達に、あたしは二十六年恵まれてこなかったのだ。
本当に嬉しいよ。
ひとはひとりでは生きられない。
ひとりで生き続けられるほど強くはない。
どんなに銃の扱いに優れていてどんなに身体能力が高くても、須王と棗くんだって苦楽を共にした大親友という相手がいなければ、今頃笑みを見せることもない。
身体は鍛えられても、心は無防備だ。
それを感じないようにしようとしても、どこかで綻びが出る。
その傷を補う存在が友達であり理解者だろう。
そういう存在がいて初めて、前を向ける勇気を持てる。
今なら、そう思えるんだ――。
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