エリュシオンでささやいて

奏多

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第10章 Darkness Voice

 11.

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 その時、裕貴くんがアルバムらしき大きな冊子を何冊か重ねて持ってきた。

「なあ、アルバムはすぐに出たんだけれど、遥との写真がねぇんだよ。なんで突然無くなったんだ? イケメンの写真しか持たねぇはずの姉貴達が、全部抜き取りでもしたのか?」

「……そういう話、一切聞いたことがなかったけど」

「じゃあなんでないんだ? 病室で撮った写真もねぇし」 

「なあ、裕貴……」

 冷ややかな声をかけたのは須王だった。

「お前、遥との写真を〝見た〟記憶はあっても、〝撮った〟記憶はあるのか?」

 おかしなことを……そう思えども、須王の表情は真剣だった。

「ど、どういう意味だよ」

「言葉の通りだ。カメラを向けられ、お前が遥と撮影された時の細やかな記憶は思い出せるのか?」

「そ、それは……」

「どういう時にどういう状況で、誰が撮したのか。お前はすべて記憶があるのか?」

「ふ、普通覚えてねぇよ、須王さん。写真自体が記憶の証明じゃないか」

「だったら、その写真が一切見付からねぇのは、どう説明つける?」

 写真が記憶の証明だったら、写真がなければ記憶は証明されない。記憶自体がなかったかもしれない可能性が高くなる。

「家族に決まってるよ。なあ、母ちゃんがばあちゃんか父ちゃんが撮したんだよな?」

「そう言われると……。確かに写真は見た記憶はあるけど、お母さん撮った記憶がないわ。おばあちゃんはカメラを弄れないし、お父さんは警察で忙しいし。お姉ちゃん達は……撮るより撮られる方が好きなの、あんたもわかってるでしょう?」

「じゃあ近所のひととか、遥のお母さんとか……」

「さっちゃんは、携帯もなければカメラも持っていたの見たことないわ」

 さっちゃんというのは、遥くんのお母さんのことらしい。

「おかしいわね、だったら誰が撮ったんだろう、あの写真」

 撮られた記憶があるのに、撮った記憶がない不思議な写真。
 そして、なんで須王はそれを指摘出来るのだろう。

 恐らく病院の時点で、写真を持ち出したのは、それなりの仮説があったからじゃないかと思うんだ。

「大体須王さん、なんでそんなことを思うんだよ」

 あたしも裕貴くんに同意して須王を見る。
 なんで須王はそう思ったのか。

 須王は棗くんの方を向いた。

「裕貴」

 棗くんが代わりに言うのか。
 棗くんも、須王の思考に至っていると?

「あなたさっき、遥の病室の匂い嗅いだかしら?」

「うん。木場の喫茶店の匂いだろ? 俺、なにか嗅いだことあったなと思ってずっと思い出せずにいたんだけど、母ちゃん、いつもこの部屋になにかかけているよね、スプレーみたいの。俺の顔に何度かかけたことあるだろ。やめろっていってもしつこく顔に」

「ああ、〝浄化の奏水〟? ああやるといいんだって。だから娘達にも皆にしてるわよ、新鮮なうちが効果あるというから」

 ジョウカノソウスイってなんですか?

「さっちゃんから貰うのよ。幸せになれる音を聞かせた水で、悪いものを消し去るスプレーなんですって。さらに魔除けの柘榴エキス入りであのいい匂いなのよ。さっちゃんが来るたびにシュッシュしてくれるんですよ」

 ……いや、お母様。お金を払っていないから喜んでそう言っているのかもしれませんが、相当怪しすぎやしませんか?

「母ちゃん。俺初めて聞いたぞ、なんだよその幸せになれる音を聞かせた水って!」

「なんでもこの世には、神様のお告げというものが音で構成されているみたいなのよ。言霊とでも言うらしいけれど、言霊の響きで様々な奇跡を行えるらしいわ、〝天の奏音〟」

「〝天の奏音〟!? やめろってそれ、怪しすぎる……よりによってそれかよ。カルトというより、霊感商法じゃないかよ、それは!」

 その通りだ。
 あたしもぶんぶんと頭を縦に振ってお母様を見る。

「そう?」

「気安く信じるなよ。大体幸せになれるなら、とうのとっくに遥は元気になっているだろう!?」

「まあ……」

 子供が難病だから、あの宗教に走ったと?
 確かに藁にも掴む思いなら、怪しいこともわからなくなるだろうけれど。

「だけどあのおかげで、あんたもイケメン風になったじゃない」

「あんな水のせいじゃないよ、それに風って言うな!」
 
「あら、イケメンというのはこの早瀬さんのようなひとのことを言うのよ」

「須王さんは特別! 神! 超絶すぎるの!」

 親子喧嘩に発展しそうな勢いを、棗くんが遮るように言った。

「ここで〝天の奏音〟が出てくるとは思わなかったけれど、恐らくその匂いを定期的に顔面にかけているのが原因と思われます。……あなた方が遥についての記憶を変えられているのは」

「……変えられているって……」

「確かに遥は存在していた。が、恐らく細かいところが改竄されている。調べれば疑問に思えるささやかなところでも、突き詰めて考えようとしてこなかっただけのこと。記憶の改竄は、過去を変えたわけではない。ただ辻褄合わせをしているだけなので」

「ああ。その改竄されていることに、なにかがある」

 須王も、いつもの口調で続けた。

「たとえば、裕貴家族と遥家族が会った時期。それは幼稚園ではねぇんだろう。つまりそれで……遥の年齢の偽証だ」

「は、はああああ!? 遥と俺は同い年だよ、間違いなく!」

「それを証明出来るものはお前にはねぇんだよ、裕貴」

 それまで黙っていたおばあちゃんが口を開いた。

「なあ、裕貴。撮った者がいないのならば、撮られてないんじゃないかい?」

「ばあちゃん、話題はとっくに進んだよ。俺も母ちゃんも、遥と撮った写真を見た記憶はあるんだって」

「んんん。だけどばあちゃん、ハルカって知らないんだよ。それは裕貴の友達なのかい?」

「ばあちゃん、また忘れたの? 俺達はばあちゃんの耄碌とは違うんだって」

「おばあさんは、遥くんや遥くんのお母さんとお会いになったことは?」

 須王からピンポイントで聞かれたことに、嬉しそうにおばあさんは言った。

「ないねぇ」

「その頃、俺が幼稚園児の頃は、ばあちゃんは一緒に住んでなかったから。それにここに遥の母さん、遊びに来るんだろう?」

「ああ。お母さんはいつも二階に行ってるし、お母さんにはシュッシュしないわ、アレルギー反応がでちゃうひとだから」

 裕貴くんのお母さんが言う。

「そうだ、そういえばもうまもなく、さっちゃんうちに遊びに来るわ」

 途端に場に緊張が走る。


「ここに通して下さい」

 須王が言った。

「俺達も遥くんについてお話をさせて下さい」

「いいと思うけれど……」

 ピンポーン。

 タイミングよく来客を告げるインターホンが鳴った。
 裕貴くんのお母さんが立ち上がって、壁にあるパネルを見て言った。

「さっちゃんだわ。中に通しますよ」

「はい、お願いします」

 裕貴くんのお母さんはひと言ふた言話して、ドアを開けて玄関に赴いたようだ。

 遥くんのお母さん……さっちゃんに聞いてみよう。
 もし須王と棗くんの仮説が正しければ、さっちゃんは意図をもって裕貴くんの家族の記憶を改竄していることになる。匂いを嗅がせてどうやるのかはわからないけれど、恐らくそれは、棗くんがAOPの解明にも繋がるかもしれない。

 すべてはさっちゃんが知っているはずだ――。

 裕貴くんのお母さんの声が大きくなり、二組の足音も大きくなってくる。

 そしてドアが開いた瞬間、甘い匂いがリビングに漂った。
 歩きながらシュッシュしているわけではないだろうし、〝さっちゃん〟自身が漂わせる匂いも、遥くんの病室で嗅いだものと酷似しているのだろうか。
 それでさっちゃんは記憶を失わないということは、やはり匂いを嗅いだ後になにかしないといけないのかもしれない。さすがに嗅覚だけで記憶がなくなるとは考えにくい。

「あら、お客様?」

「ええ、ちょっと遥くんのことについて聞きたいんだって」

 さっちゃんは、若々しい顔立ちで栗毛色の縦巻きをしている、華やかに整った顔立ちをしていた。
 棗くんや女帝と似たような、そしてどことなくあたしの母親にも似ているような――。

 カタカタカタ。

 ……怯えが伝わってくる。
 カタカタと手を震わせているのは須王だった。

「須王?」

 あたしの声で、さっちゃんがこちらを見た。
 目が見開かれる。

 須王は蒼白な顔で立ち上がり、こう言った。


「お袋……っ」

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