水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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奪われたファーストキス

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「ひえっ……な、な、どうしたんですか!?」
「男を知らないから、こうしてのこのこと俺についてきたわけだ。少し勉強させてやる」
「え、まっ……! 碧さん!?」
「服は明日、俺が買ってやるよ。それも貸しに上乗せしておくから」
「いやいや、あのっ……ひゃっ!」

 波音は悲鳴を上げて、碧の手首を掴んだ。太腿ふとももをするりと撫でられ、触れられたところから肌が粟立あわだつ。背負ってもらったときとは触れ方が違う。碧は明確な意思を持って、波音の足を撫で続けた。

 その手を押さえようとしても、力では全く敵わない。波音の体力が回復していないせいもあるだろう。

「やっ……やめてください!」
「ちょっと遊ぶだけだ。最後まではしない」
「それでも、おかしいですよ! こういうのは、好きな人同士がするものじゃないんですか?」
「世の中にはそうじゃないやつもいるってことだ。よかったな。勉強になっただろ?」
「っ……」

 安心や信頼が、恐怖へと変わる。碧が波音を助け、優しくしてくれたのは、自身の過去と重ね合わせたからではないのか。最初から、身体目当てだったのだろうか。

(いやだ……嫌だ!)

 波音は目に涙を浮かべた。相手がどんなに美形で格好いい相手でも、互いに想う気持ちがないのならば、触れてほしくない。そう考えるのは、おかしいのだろうか。

 抵抗も空しく、碧の手は太腿から腰を伝って上っていく。そのままシャツをめくり、水着の上から胸を撫でてそっと揉み始めた。

「やっ……んっ」
「目、閉じろ。俺をお前の好きな『碧兄ちゃん』だと思えばいい」
「ちがっ! 碧兄ちゃんは、こんなことしません!」
「それは、分からないな。男が何を考えているか、お前が知らないだけだ」
「……そんなっ」

 波音の視界が涙で滲む。目の前の男を『碧兄ちゃん』だと思おうとしても、それは現実味に欠ける。なぜなら、もう『碧兄ちゃん』は存在しないのだから。

 溢れた涙の雫が一筋、波音の目尻からこめかみを伝って、胡桃くるみ色の柔らかい髪に消えていく。それを見ていたのか、碧は数秒間波音の顔を眺めた後、不意に波音の唇を奪った。

「んんっ……? んーっ!」

 海岸で触れた唇と同じだ。あの時は息を吹き込んでくれた。人命救助だったから。しかし、今度はそうではない。両手首を頭の上で縫い止められ、波音は抗えなくなっていた。

 そのキスは、強引に押しつけるようなものではなく、碧は波音の唇をじっくりと味わうように食んでいる。映画やテレビドラマで見かけるような、恋人同士のキス。

 海岸での人工呼吸がカウントされないなら、正真正銘、これが波音のファーストキスだった。

 息をしようと口を開けかけると、すかさず碧の舌が滑り込んできた。ぬるりと触れ合う互いの舌に、波音は混乱し、どうしたらいいのか分からず、受け入れるしかない。
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