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12.知ってもどうしようもない事実というものもありまして。

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「私も、――貴方に問うてみたかったわ。スヴェン・エルニル・ロード二位魔術師」

「なんだろうか、エリシュカ・アーデルハイド」


 一度目を閉じて気持ちを切り替えたエリシュカは、レーナクロードの一連の計画のおおよそを把握したときから、胸に秘めていた疑問をスヴェンに向けることにした。レーナクロードではなく、彼にしか答えられない問いを。


「魔術師の禁忌を破ってまで、レナクに協力したのは、どうして?」


 魔術師の禁忌――それは暗黙のものとして連綿と魔術を学ぶ者たちに伝えられる、『生物召喚の禁忌』のことである。
 暗黙の、と前置いたように、それを為したからといって何か罰が与えられるということも、魔術師でいられなくなるということもない。
 けれど、それはこれまで、一度も破られたことはなかった。少なくとも、エリシュカの知る限りでは。

 そもそも、魔術を行使することで異世界のものが引き寄せられることがある――その時点で、異世界の生物、あるいは人間に、こちら側の人間たちが興味を持つのは当然といえた。書物という、そこに住まう人間の存在を示唆するものが既に広まっていたのなら尚のこと。
 故に、異世界の存在を認識して以降、魔術によって異世界の物を召喚する方法自体は研究されたし、実際に生き物以外に対しての召喚は行われてきた。他の文明を取り入れ、よりよい暮らしを実現しようとするのは自然な思考だろう。

 その中で、実際に異世界に棲むものを召喚し、人間であればその知識を、言葉の通じない生き物であればその生態を、この世界の発展に役立てようという意見が存在しなかったわけではない。

 けれど、生命あるものとそうでないものとでは、まず召喚に必要となる魔力、そして構成する術式の複雑さが桁違いになる。
 何より――『引き寄せられた』一冊の異世界の本が、生命あるものを召喚することへの抵抗を生み出した。

 そう、『異世界もの』の物語の流行の契機となった本のことである。
 それは、一人の少女が、自身の生まれ育ったのとは違う世界に偶発的に召喚され、そこで知り合った王子と様々な出来事を経て心を通わせるものの、少女が何より家族を大切にする性分だったために、王子と永遠の別れを覚悟して自らの育った世界に帰る――という物語を綴った本だった。
 少女はその物語の中で幾度となく家族を、友人を恋しがり涙したし、行方知れずとなった少女を想う家族の描写もまた読む人の涙を誘う切々とした内容だったりした。

 よって、その本の内容が広まると同時、自然と『異世界人を召喚することは、召喚される本人も、その周囲も不幸にする』という認識もまた広まった。
 普通に考えれば当たり前のことなのだが、そういう具体的な例示がないと思い至らない部分というのは存在するものである。

 勿論、時の王が好奇心からだったり野心からだったりで『異世界人の召喚』を目論み、魔術師たちに命じたことは、長い歴史の中で無かったわけではない。
 それでも異世界人の召喚が行われなかったのは、召喚に必要となる魔力を持ち、複雑極まりない生命あるものの召喚を行えるだけの知識と実力を持つ魔術師が、それに従わなかったからだった。

 始めは、異世界人の召喚を為せる魔術師が、たまたまそういう思想の持ち主であったという、それだけだったのだろう。
 しかし時を経るうち、魔術を学ぶ過程で、それが禁忌であると暗に教え込まれるようになった。
 それを誰が始めたのかはわからない。ただ、多くの魔術師がその教えを受け、更にその魔術師が教え子に伝え、いつしかそれが暗黙の了解として魔術を学ぶ者たちに根付くまでになった。

 だから、もしもレーナクロードが、『国の贄』を異世界人に肩代わりさせるなどということを思いついたとしても、それは計画の時点で頓挫するはずだったのだ。スヴェンが――『異世界人の召喚』を行えるような魔術師が、それに協力しなければ。

 エリシュカの問いを受けて、スヴェンは瞳を瞬かせ、そうして口を開く。


「――僕がその、暗黙のものとして存在していた禁忌に意味を見いだせず、また純粋な好奇心から異世界人の召喚を行った、というのでは答えにならないか」

「その答え方は、それが真実の答えではないと言っているようなものよ」

「確かに、そうか。――それに、恐らく僕だけが、正しく君にそれを伝えられる。レーナクロードは何も言わないだろうから」

「…………?」


 スヴェンにしかわからない胸の裡を訊ねたのだから、スヴェンだけが正確な理由を答えられるのは当然だが――スヴェンの零した言葉は、そういう意味には聞こえなかった。エリシュカは僅かに首を傾げる。


「先程の言い方では、君は誤解しているだろう、エリシュカ・アーデルハイド。そもそも『国の贄』の転嫁のために、『異世界人の召喚』を提案したのは僕だ」


 それは、エリシュカにとって、全く予想していなかった内容――というわけではなかった。

 『国の贄』という不透明な部分の多い役割とその行く末について、レーナクロードが全容を把握するために、もしくはその回避の方法を探るために頼るだろう人物は限られていて、その筆頭こそがスヴェンだったのだから。

 スヴェン・エルニル・ロードは宮廷二位魔術師である。
 彼の上には宮廷一位魔術師――現在はスヴェンの師である人物のみが、その役職についている――がいて、宮廷付き魔術師の筆頭たる称号を与えられている。
 しかし、扱える魔術においても、知識においても、スヴェンは師に比肩する――あるいは師をも超えていると囁かれていた。二位魔術師という立場であるのは、未だ年若いというその一点のみが理由なのだと。
 そしてそれが、決して事実無根の噂ではないことをエリシュカは知っていた。

 だから、魔術のみならず古に失われた不可思議の術ですら再生し会得するのではと言われるほどのスヴェンならば、『国の贄』について何らかの解決策を見いだせるかもしれない、とレーナクロードが考えるのは自然なことではある。
 そうしてレーナクロードが相談した結果、『国の贄』の肩代わり――ひいては『異世界人の召喚』という禁忌について示された可能性はあると思っていた。

 けれど、解決に至るかもしれない策を提示された末に、実行すると決めたのがレーナクロードなら、スヴェンはただの協力者だ。
 だから、多少の責はあるとしても、スヴェンを『協力者』として捉えていた。

 だが、先程のスヴェンの言は、まるで――。


「貴方が、積極的に、この――『国の贄』の肩代わりを『異世界の少女』にさせる策を、レーナクロードに勧めたと言いたいの?」

「肯定する。『それしか方法はない』と言った。だからレーナクロードはこの手段をとった」

「……どうして、」


 無意識に、疑問符が口をついて出た。


(どうして、『それしか方法はない』なんて、――嘘を)


 そう、嘘なのだ。そしてそれが嘘であるということを、スヴェンもまた承知の上でレーナクロードに伝えたのだと、その口ぶりが物語る。


「何故。――わからないか、エリシュカ・アーデルハイド」

「……わからないわ」

「そうだろう。僕と君は、レーナクロードを介して多少お互いを知るのみで、親しいわけではない。だからこそ君は気付かない。……否、勘付きながらも気付かないふりをしている」

「…………なんの、こと」


 『魔術師は見えるものが違う』――それをまざまざと思い知らされる。論理も思考も飛び越えて、真実だけを見透かされる。その感覚に、エリシュカは唇を固く結んだ。


「僕が、異世界の見知らぬ誰かより、君の命を選んだということを。確実性のある手段を以って、君の命を守ろうとしたことを」


 そうして真実ばかりを突きつけるのだ。
 それが、スヴェン・エルニル・ロードという――もしかしたらエッドにも比肩しうる才能を持った、不世出の魔術師だった。


「……貴方がそうまでする理由が、わからないわ。だから、理解ができないだけ」


 理解ができないから、飲み込めない。もしかしたら、と思っても、それを認められない。それだけのことだ。それだけのことを、スヴェンは許さないのだろうけれど。


「単純なことだ。僕はこの世界に生きる人間で、君という人間を知っていて、異世界の誰かについては知らない。そして犠牲になる人間が『見知らぬ異世界の誰か』であれば、僕の周囲で悲しむ人が少ない。僕もまた、何を思うこともない。君がいなくなるのと、『国の贄』を肩代わりできる異世界人がいなくなるのと、どちらがいいかを考えれば、後者だと判じた。それだけのことだ」


 当たり前のことだと言うように、滔々とスヴェンは語った。
 それはとても単純な――知り合いがいなくなることと、そうでない人物がいなくなることの、傷の深さの違いについての、本当に単純な一般的な話で――だからこそ、エリシュカは非難するような言葉を吐くしかできない。


「――それは、人でなしの意見でしょう」

「魔術師なんていうものは、大概が人でなしだ。そこの――『初代王の再来』も、それには同意すると思うが?」


 水を向けられたエッドが「まぁ否定はしませんけどね」といつもの声音で嘯くのにすら、耳を塞いでしまいたいのが正直なところだったけれど、――エリシュカ自身が、そんな自分を許せない。
 だから、ただ背筋を伸ばしてスヴェンを見据える。そうして、吐き捨てるような強さで告げた。


「そんな取捨選択の末に命を救われても、私は胸を張って生きてはいけないわ」

「――それでもいいから生きてほしい、と思う人間のことを、切り捨てるのと同義だとわかっていてもか。エリシュカ・アーデルハイド」

「そうよ」


 言い切る。それこそが、エリシュカの矜持だった。

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