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学園1年生編

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「やっぱり、ラサーニュ君にはあれがなんなのか分かりますか?」

 緊張していた時以上に身体を震わせる僕。そんな僕にルクトル殿下がこっそり近付いてきた。

「この前ラサーニュ君が漢語を書いていたでしょう?あれで思い出したんですよ、宮の宝物庫に眠っていた剣を。
 さっき兄上も言っていたように、数十年前に箏の親善大使がこの国を訪れた際に、贈られた剣です。
 しかし扱える者がいなくて…ずっと仕舞われていたんですよ…ラサーニュ君?」


 大丈夫、聞いてますよ。そっか、この世界における日本は箏って名前の国なのね。言語は漢語と、覚えました。
 返事をする余裕はないけど。刀から目が離せん…!

 あの柄に鍔、鞘…刀身は見えんがあの拵えは完全に日本刀…!!
 ロングソードと長さは近いが形が全然違う。



「かかかか、かあっこいいぃ……!!!」

「へっ?あの剣が?」

 ジスランは戸惑っている。刀の良さが分からない…のか、お前…!?
 ただしジスランだけでなく、会場全体がどよめいている。そうですか見慣れませんよね、でも刀はイイゾ…。
 元日本人としては…欲しいなあ…。




 この国における主な武器は、ロングソードやレイピア。大剣を扱う人もいるが、僕にゃ無理。
 サーベルなんかの片刃剣もあるっちゃあるが…マイナーだし日本刀は初めて見た…あ、「日本」刀じゃないか、箏刀?…カタナでいっか。


 しかし優勝していれば…アレが貰えた…?マジ、で…?



「では陛下」

「うむ」

 ルキウス殿下から、陛下へと手渡される。いいなあ…。

「……!?」

 あれ、ルキウス殿下がこっち見てビクっとした。どしたん?


「(なんだあの顔…?目を輝かせ、涎を垂らさんばかりに口を開いて…欲しかったの、か?)」


 いいなあ、欲しいなあ……!!!でもあれはジェルマン様の物…おねだりしたら、くれないかなあ…!?

 いや…無理だってのは理解しているさ。こんな衆人環視の中陛下より贈られる剣を他者に譲渡するなんて…不敬もいいとこ。欲しかったなあ…!!


 ……欲しかった!!!なああ!!!



 ※



 ルキウスにつられて、皇帝とジェルマンもセレスタンのほうに目を向けた。
 その視線の先には…地面に膝と手をつき絶望するセレスタンの姿があった。彼女にとって刀は、文字通り垂涎の一品なのである。
 その悔しがりようは、先程ジスランにあと一歩及ばず負けた時の比ではなかった。

 もしも周囲に誰も居なければ…彼女はオモチャをねだる子供の如く、仰向けに転がり手足をバタつかせて大声で泣き叫んでいたに違いない。



「ふぐうううぅぅ…!!アレが貰えると分かっていれば、僕は…!
 目潰しでも色仕掛けでもなんでもありとあらゆる手段を使ってジスランに勝ったのにいい…!!」

「セレス、普通に反則だ。そもそも俺にそんな手は…何、色仕掛け…だと…?」

「(色仕掛けは有効そうだな…)」

 ジェルマンは弟であるジスランを見ながらそう思った。当然普段なら効かないだろうが、相手がセレスタンなら話は別。



 なにせジスランの初恋相手がセレスタンであることは…ブラジリエ家で知らぬ者はいないのである。
 その昔ジスランがセレスタンが男である事に一晩中泣いていた時…

『うあああああああん!!!』
『どうした、なにがあった?』
『あ"に"う"え"えええああああ!!!!おれ、おれ…せれすたんとけっこんしたかったああああ"あ"ーーーーー!!!』
『???父上、なにがあったんですか?』
『それがな…』

 伯爵から事情を聞いた屋敷の人々は…笑いを堪えるのが大変だった。笑ってしまえば益々ジスランが泣いてしまうからである。
 その日少年に初恋と失恋が同時に襲ってきたこと…本人達の知らぬ所で今も語り継がれている。


 その後セレスタンが初めてブラジリエ邸に遊びに行った時は…使用人も家族も総出で隠れて見に行ったものだ。
 そして可愛らしいセレスタンの姿に、誰もが「こりゃしょうがないわ~」と納得したのだった。


 そして成長してもまるで男らしくならないセレスタンに…ジスランが未練タラタラなのも周知の事実なのである。

「(いい加減他の令嬢に目を向けてもらいたいものだ…シャルロットなんて良いじゃないか、しっかり者でお似合いだし)」

 それが現在ブラジリエ家の総意なのであった。


 そしてそのセレスタンだが。





「うううう~……!!!」


 蹲って悔しそうに呻き声を漏らしているものだから…刀を渡す側も受け取る側も気まずくて仕方がない。
 その場にいるセレスタン以外の人間は、そんなにいいモンなのかコレ?というのが本音である。


「い"い"な"あ"あ"あぁぁ~…!」


 観客席に座る人々も…声は聞こえなくとも、なんとなくセレスタンがその剣を欲しがっている事に気付く。
 だがどうしようもなく…会場を微妙な空気が流れる。安易に「その子にあげちゃえば?」なんて言えないのである。
 なので彼女を可哀想と思いつつも、見て見ぬふりしか出来ない。
 まあ名無しの3年生(サイカ侯爵の息子)のように、彼女に良い感情を抱いていない者は「ざまあみろ」とか考えているのだが。





「(え、そんな欲しかった?不味い…これなら息子が世話になった礼として、私的にあげればよかった…!)」
 とは皇帝の本音。というか、皇族全員の心の声である。

「(うわあ…彼女が箏に詳しいことは知ってましたが、ここまでとは…!父上にいらんこと言うんじゃなかった…)」
 更にルクトルはそう考えていた。この剣を賞品に、と提案したのは彼である。

「(セレス、そんなに…!くそっ、俺が兄上に勝てていれば!!あとでコッソリ贈ったのに!!)」
 ジスランも悔しそうだ。

「(お兄様…よく聞こえないけど、あの剣が欲しいのね?よし、あとでジェルマン様を急襲しましょう!)」
 シャルロットは物騒な事を計画している。

「(箏、箏国か…。確か船で30日掛かるよな…卒業後行ってみるか…?)」
 ランドールは旅行の計画を立てていた。


 そして…

「(え。これ受け取っていいの?正直そんな価値があると思えないし…欲しいんなら彼にあげたいんだが。
 なんかオレ悪者になった気分…どうしよう…受け取らないと不敬だし…でもそうするとセレスに嫌われそうな気がする…)」

 一番哀れなのは、ジェルマンだった。彼は正々堂々戦い勝利し、褒美として刀を受け取るはずだった。
 受け取るため差し出した手が行き場を失っている。
 皇帝も剣を持ったままで腕をプルプルさせている。



「おいこら、起きろ。迷惑になってるから」

「ぜんぜえ~~~…!」

 誰も身動きが取れぬ状況の中、ゲルシェがセレスタンを持ち上げた。だが彼女は抱えられた猫のように、だらんと伸びている。
 その顔は涙こそ出ていないものの、完全に生気を喪っている。



「……其方の、弛まぬ努力の証として…この剣を贈る…」

「有り難く……」


 セレスタンのほうをチラチラ見ながらも、無理矢理進める2人。

 彼女も自分が間違っている、他人に迷惑をかけていることは重々承知の上なのだが…普段欲が薄い分、本当に欲しい物には執着が凄いのである。


「あ、重いので気を付けるように」

「え。って重ーーーっ!!!?」

 その瞬間、会場が騒ついた。皇帝の手を離れた剣、ジェルマンが受け取った瞬間…危うく落とすところだったのだ。


「へ、陛下…?これは一体…!」

「それは私が説明しよう」

 皇帝に代わり、ルキウスが一歩前に出る。


「記録によると…箏の武器には、魂が宿る事があるという。優れた鍛冶屋の作品に、稀に現れるという現象だ。
 そして自我を持ち、持ち主を己で定める。俄には信じ難い話なのだが」

「何それ優れた刀工の作品に魂が宿るって…超格好いい、妖刀かよ…」

「…………」


 彼女の発言は全員が無視した。


 ルキウスの説明によると、この刀は持つ者によって重さを変化させるという。
 老若男女誰が持っても、「振り回せないがギリギリ持ち運べる重さ」に感じるらしい。

「私がまだ幼い頃、初めて手にした時…重すぎて振れなかったのが悔しくてな。
 数年後再び挑戦したのだが、また同じ結果だった。明らかに筋力は増えているのにも拘らずだ。恐らく、持ち主として認められていないのだろう」

「持つ人によって重さが変わるって、おもかる石かよ……ちょっと違うか」

「………………」


 またも完全無視された。




 ※




 いいなあ…刀いいなあ…!!重くて振れなくてもいいよ、観賞用にするから…壁に飾っとくから…。

 僕はゲルシェ先生に抱えられた状態で、両腕で刀を持つジェルマン様を見ていた。いいなー…僕さっきからそれしか言ってない…。
 しかし箏は、なんでこんな物をこの国に贈ったんだ?気になった僕は、近くにいるルクトル殿下に聞いてみた。


「殿下ー…どうして箏があの刀を贈ったのか、分かります?」

「それが分からないんです。なので「自国の技術をひけらかす為」とか言われています。
 確かに何かしらの魔術が掛かっていると考えたほうが、重さが変わることの説明がつきやすいですし。
 何十年も効果が続いてますから、本当に素晴らしい術です。しかも、誰一人として鞘からあの剣を抜くことが出来ないんですよ」

「そうなんですか…(選ばれし者しか抜けないとか?エクスカリバーかい)」

 もうあの刀は諦めるか…そうだ、勘当されたら箏に行ってみようかな?日本的なら、お米とかあるかも!!おにぎり、餅!つけもの!カレー!!は違うか。
 家も木造かな?普段着は和服だったりして、振袖着てみたい!!移住しちゃおっかな?




「であるから、その…もしかしたら、その剣に相応しい持ち主が何処かにいる可能性もあってだな…」


 はっ、ドワーフ職人が刀造れないかな!?ジェルマン様にちょっと貸してもらって、そっくりに打ってもらおう!材料は…木と鉄?
 と、そんなことを考えていたら…なんかルキウス殿下がこっちチラチラ見てる。なんですか?もう諦めてますって…。


「!そ、そうだな。其方に贈った物ではあるが、真に相応しき者がいるのであれば、その者に渡ったほうがよかろう。其方がよければ、だがな」


 今度は陛下までこっちをチラッと見てる。僕、まだそんなに物欲しそうな顔してるかな…?


「!!!
 はっ。この剣も、扱えぬ私が所持しては腐ってしまうというもの。
 例えば…誰か…相応しい者が現れた場合…畏れながら陛下より賜りしこの剣、譲渡することお許しいただけるでしょうか」

「許そう」


 ……?ジェルマン様まで。なんで3人共こっち横目で見てんの?


「では後で早速…試しに、誰かに渡してみちゃおうかな~…?誰か…相応しそうな、この剣に詳しそうな、すっごい欲しそうな誰か…いないかな~…?」


 …………んんん???


 …はっっっ!!!?



「はいはー…むっ!?」

「後にしろ、まだ陛下の御前だぞ!」

 おっとそうでした。僕が手を挙げてアピールしようとしたら、先生に後ろから口を塞がれた。
 よく分からんが、チャンス到来!?なんか条件満たせば、陛下の許可のもと貰えるってことでしょ!?



「「「(よっし!!あとは適当に理由を付けてあげてしまおう!!)」」」



 その後は恙無く閉会式も終了した。





 ※※※





「………………」

「…………………」


 まだかな?



「…………なあジェイル、何かいるけど…」

「………おう」


 まだかな?ジェルマン様はご友人とお話をされている。

 現在は大会後のパーティーの真っ最中である。パーティーといっても皆制服の気楽な立食パーティーだ。陛下もお帰りになったし。
 そして優勝者のジェルマン様には、色んな人が声を掛けている…はずだった。だが彼の目立たないという生来の気質のせいか、いつものご友人としかお話していない。
 それはともかく…あの目立つ所に置いてある刀、いつ触ってもいいですかね?
 僕は少し離れた場所から、ジェルマン様の動向を観察していた。するとロッティとルネちゃんも面白そうだ、と付き合ってくれている。美味しいご飯食べてていいんだよ?と言っても、そっちには興味が無いらしい。


 まだかな???





「あのぅ、ラサーニュ様?」

「ほっ?…ええと」

「私、隣のクラスの…」
「あっ!!ずるいわ、私だって!」
「少々お話よろしいでしょうか?」
「本日は素晴らしい試合を見せていただきましたわ!」
「やあ君、ちょっといいかな?こちら私の娘なんだが…」
「年上に興味ありませんこと?」


「え、え?えーっと…」

 あんぱんと牛乳とコートとサングラス欲しいなー…とか考えながらストーキングしていたら、なんか一気に令嬢やらその親達から話しかけられた!?
 というか、複数の視線は感じていたが。1人が来たことで、他の人も連鎖して来ちゃったんだな。

 ジスランだって沢山の令嬢に囲まれているしね。…最近ようやく、彼のああいった姿に胸を痛めることがなくなった。
 自分でも驚くけど、「おお、モテてんね~」くらいにしか思わない。

 やっと…吹っ切れることが出来たんだな。最近忙しくて、それどころじゃなかったってのもあるかも。
 こうなると今は、純粋にロッティと結婚しないかな?と思う。お似合いだぞ。

 ただ自分は…次を探そうという気にはなれんなあ。それより今の問題は…。



「今度我が家のお茶会に来てくださらない?」
「とってもお強くいらっしゃるのね!」
「ウチの娘どう?」
「儂の孫超可愛いゾ」
「あ?すっこんでろ老害が」
「黙れ青二才」
「騒がしいわね、あちらでゆっくりお話しません?」

「いや、っとお~…」


 なんてこったい、僕を巡って女の争い(一部おっさん)が勃発してしまったぞ。
 うーん、女の子は可愛くて好きだけど…恋愛対象じゃないのよ、ごめんなさいね?どうやって逃げようかと考えていると。



「彼は私達と先約がございますの、ごめんあそばせ?」

「そうですわ、お兄様はこの後の予定もございますの。お引き取り願いますわ」


 ロッティとルネちゃんが、両側から僕に抱きついてきた。そしておほほほと言いながら移動する。ああ、刀が…!!
 少し歩いた所で、ロッティが足を止めた。その顔は…なんか頬を膨らませて、拗ねてる?

「お兄様があのカタナという物に興味があるのは分かるけど…今だけは、一緒にパーティーを楽しんでくれてもいいんじゃない?」

「……うん!それもそうだね、ごめんね」

 そうだった、折角なんだから…楽しまないとね!


「それとお兄様!準優勝おめでとう、流石私の強くて格好良くて可愛いお兄様だわ!」

「えへ、ありがとう!」


 そのまま僕は彼女達に手を引かれ、ジスラン達友人と合流してパーティーを楽しんだのだった。





「なあ。この後予定がなければ、皆で皇宮に来ないか?
 良ければだが、ブラジリエの兄君も一緒に。兄上やナハトもいるから退屈はしないだろう」

 暫く楽しんでいたら、ルシアンがそう提案して来た。そんなホイホイ遊びに行っていいのかな?と思ったが、いつでも大歓迎だと言ってくれたのだ。

 パーティーも終盤。この後は解散なのだが、親しい人同士で誰かの家に集まる事もある。二次会みたいなもんだね。
 そして明日は休日だし、たまには夜更かしして騒いじゃおう!というノリになりつつある。僕達は考えた末にお邪魔することにした。

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