85 / 224
学園1年生編
68
しおりを挟む僕はその日、実家に泊まった。
この家でこうして眠るのも、最後になるかもしれないから…。
ベッドの上で、ヘルクリスに抱き着きながら考えていたら扉がノックされた。誰だろう…って、決まってるよね。よし、まだサラシは着けてる…。
返事をすると、入って来たのは…ロッティと、バジル。
「ごめんね、お兄様…遅くに。なんだか眠れなくて…」
「うん…僕も。おいで、2人共」
本当は褒められたものじゃ無いけどね。
僕は起き上がり、眼鏡を掛けてベッドの脇に座った。そして両側をぽふぽふ叩き、2人も座らせる。
ヘルクリスは空気を読んで、僕の影の中に消えた。…ありがとう。
ロッティは僕にもたれ掛かり、何も喋らない。
やっぱり…普段強気なロッティも、今の状況はキツいよね。
でも、大丈夫。
「僕が守るよ、絶対に。ロッティも、もちろんバジルも!
ファロさんの資料によると…不正に関与していたのは伯爵のみ。母上も知らなかったみたいだけど…僕、母上は守れない…」
「……いいのよ、私も同じ考えだもの。
お母様は、私達の事を愛してはいないわ。あの人は、お父様しか見ていない。
むしろ…お父様に可愛がられている私の事を、恨んでいると思うの」
「そうなの…!?」
でも、言われてみれば…そうなのかも?もうずっと母上とロクに会話もしてないから…気付かなかった。
その後も、3人でポツポツと話をする。
昔話だったり、最近の出来事だったり。
夜が更けても、眠気が来ない…。
「あ…そういえば、坊ちゃん」
「んー?」
「その…以前仰っていた、大事な秘密とは…まだ、教えてはいただけませんか?」
「……あ。そんな事も言ったね…」
そうだった…いずれ、2人には僕が女だって、明かしてしまうつもりだったんだ…!
その考えは今も変わらないけど…。
うーん…今言っても、いいのかな?まあ平民になるなら、言っておかなきゃね。
でも…僕が家を継ぐ場合。まだ言えないな…。
「………………」
僕が何も言えずにいたら…ロッティが、口を開いた。
「じゃあ私も、秘密を1つ」
「え?」
右側に座るロッティに目を向けた。すると彼女は可愛らしくニッと笑ってウインクした。
「これはバジルとルネも知っているお話。
お兄様に内緒にしていたのは…ルネが、お兄様をびっくりさせたいって言ってたから。
でもこの状況だと…そうも言ってられないのよ。ルネには悪いけど、先にネタばらししちゃうわ」
「ルネちゃんが…?」
なんだろう。僕は前のめりになって続きを促した。
「実はね。近い将来…本当に、あと数年の話。この国でも、女性が爵位継承出来るようになるわ」
「……………え?」
なんて?僕は目をまん丸にした。
いや、だって…じゃ、なんで僕は男装を…え???
「ルネがずっと、働きかけていたのよ。ご両親の全面協力のもとにね。それがやっと実を結びそうなの。
今ヴィヴィエ公爵家って、子供がルネしかいないじゃない?だから彼女が、将来の女公爵になるのよ!
それで…ルネはね、お兄様が伯爵になりたくないの、知ってるの。だから私にだけその話をしてきた。
その法案が可決したら…私が、後を継ぐわ。
もちろんお兄様が望むなら、そのまま貴方が伯爵に」
僕は、口をみっともなく半開きにしたまま動けない。
え、え。え?
ルネちゃんが、ずっと働きかけていた?それはきっと、学園に入学する前から。
じゃあ僕と親しくなったのは無関係。僕の為に法改正をしようとしている訳じゃない。
僕が女に戻っても、伯爵になれるように…ではない。結果的にはそうなったけど。
でも…もしも僕が生まれる前からその法案があれば、僕は男装なんてする必要は無かった。
そして、伯爵は僕なんかではなく、ロッティを後継に指名したに違いない。
「お兄様がずっと勉強を頑張ってきた事は、私達はよく知ってるわ。それに、お兄様なら領民も皆、慕ってくれるって思ってる。
その上で、お兄様が当主を重責だと感じるのなら。私にその責、負わせてくれない?」
そんな風に何も言えない僕の手を、ロッティは優しく両手で包み込んだ。
「お兄様が継ぐのなら、私は精一杯サポートする。
でも自由になりたいなら…私、今からでも勉強頑張るわ!
……あのね、お兄様の好きに生きていいのよ?これまでずっと苦しんで、頑張ってきたんだもの。
お兄様が選んでいいの。私はどっちも尊重する」
ね?と微笑むロッティ。
その提案は…正直言って、嬉しい。
全部捨てて逃げるのは嫌だったけど、ロッティになら任せられる。
でも…
「……その、法案。すぐは無理だよね…?仮にロッティが継ぐとしても、数年は席が空いちゃうから…やっぱり僕が…」
一度継いだら。当主を変えるのは難しい…。
やはり僕がこのまま、男として当主に…なるしか…。
「一応聞くけど、お兄様退学する気でしょ?」
「ほはっ!?」
「やっぱり…」
な…なんで知ってるの!?僕の頭の中読んだ!?ロッティエスパーだった!!?
「ゲルシェ先生から聞いたわ」
「………あんの裏切り者ぉ~…」
なんで言っちゃうかなあ!?こっそり継いじゃえば、ロッティも何も出来ないと思ってたのにい!!
今度はロッティは、僕の頬に両手をあてて…むにむにし始めた。
「私嫌よ?私とバジルはのほほんと学園に通って、お兄様1人に役目を押し付けるなんて」
「僕もですよ、坊ちゃん。その場合は、僕も退学して貴方をサポートします!それはお嬢様も同じ思いです」
「もちろんよ。確かに、私が今すぐ継ぐ事は出来ないわ。なら…お兄様が継ぎたくないなら、やっぱり返還しましょう!
3人でどこか、遠くに行っちゃう?それとも…折角だしファロ様のお部屋、借りる?そこを拠点にしない?
首都にいれば、ルネ達にもいつでも会えるわ!立場は変わっちゃうけど、友情は変わらないわ。ね?グッドアイデア!」
ビシィッ!と親指を立てるロッティとバジル。
それも…いいのかなあ…?もう、全部荷物を下ろしても…いいのかなあ?
僕が無理に継がなくても…いいのかなあ…?
『……………んで…』
………?
『………なん、で…。なんで…!!』
………なんか…頭、痛い…?
「お兄様…どうしたの…?」
「坊ちゃん…酷い顔色です…!」
「や…大丈夫、だから…」
急に頭を抱える僕を、2人が心配そうに覗き込む。
この、頭の中に響く声は………
『…なんで…?僕、ずっと頑張って来たのに…!!嫌だったけど、逃げたかったけど…頑張って、来たつもりだったのに…!!なんで……』
あー…こりゃ、僕の声……?
『…父上は…女性が爵位継承出来るとなった途端に、僕を捨てた…!!僕に継がせる理由が無くなったって!!!ロッティに、全部譲るって…!
僕に与える物は何も無い…ロッティに速やかに継承権を移行させる為に…僕に、成人したら早くこの家から出て行けって…言ったんだよ……!!!
なんで…?なんで、なんで!!?僕は今まで、なんのために頑張って来たの!!?
全部無駄だった、何もかも犠牲にして…なのに!!!!
許せない…父上…それに、僕から全部奪うロッティも……!!!』
響き渡る声は…すっごく苦しそうで、悲しそうで…怒りが、滲んでいる…。
「………………ロッティ、その法案…いつ頃発表される?」
「え…あと2、3年で公表出来るはずって、言ってたわ」
2、3年…今僕らは13歳。
セレスタンとシャルロットが仲違いするのは、15歳…。
……ああ、そっか。
どうして仲のいい兄妹が、急に険悪になったのか…正確には、兄が妹を嫌うようになったのか。
分かった、気がする…。
僕は眼鏡を外し…膝の上に置き、ベッドの上に倒れた。
なんか、力抜けちゃった。色々とどうでもよくなっちゃったわー。
「………あのね、ロッティ、バジル。僕の秘密、聞いてくれる?」
「え…も、もちろんよ!」
「聞いた後、嫌いにならない?僕の事…怒らない?」
「そんな事、絶対にありません!僕達は何があろうと、坊ちゃんの味方です!!!」
バジルは力説しながら僕の眼鏡をテーブルの上に片付けた。
いや…今別に、眼鏡どうでも良くない?バジルは気遣っただけなんだけど…なんか、それすら笑えるわ。箸が転がるのもおかしいって感じ?
「ん…ふふ…っ!実はね、僕、坊ちゃんじゃないよ」
「「え?」」
僕は仰向けに倒れたまま…両手で口元を隠しながらついに言ってしまった。
カミングアウトする時は…超緊張して、重い空気の中告げると思ってたのになあ。
「えへへ…僕ね、女の子なんだよ。お兄様じゃなくてお姉様。坊ちゃんじゃなくて、お嬢様だよ。
……今まで隠してきてごめんなさい。どうしても、言えなくて…ごめんね」
それでも、僕にとっては清水の舞台から飛び降りる勇気で告白したんだが……。
「………あの、2人共…?」
「「…………………」」
あの…何か、アクションくれない?2人は表情すら変えず、僕を見下ろす。
どれくらいそうしていたんだろう。瞬きすらしない彼らが流石に心配になってきたんだが…ふいに、ロッティが動いた。
僕にその手を伸ばし…寝巻きのボタンを、外し始めたのだ。
……………!!!??
「ちょちょちょちょ、ロッティ!?」
僕は慌てて彼女の手を掴むが、止まらん!?何この馬鹿力、ビクともしねえ!!!
僕の抵抗など意に介さず、次々とボタンを外していくううう!!?
結局…全部外されてしまった…。2人は僕のサラシを見ている…。
「バジル…貴方いつまでそうしているつもり……?」
ひいいいい!!いつものロッティの軽やかな声が…!地の底から響くドスの利きすぎた声に変化している…!!
対してバジルは呆けていたが…ロッティの声を聞き、急激に顔を真っ赤に染めて「も、申し訳ございませんっっっ!!!」とこっちに足を向けた状態で床に伏せ、耳を塞いだ。
「あの、ロッティ怒ってる!?ごめんね、騙したかった訳じゃ無いの!」
今度はロッティは、僕のサラシに手を掛けた!!
姉妹とはいえ、恥ずかしいい!!でも、それでロッティの気が済むのなら…!と羞恥に耐え、されるがままに。
そうして確認したロッティは…終始無言のままだった。
終わった後は僕を起き上がらせ服を戻し、自分の掛けていたストールを僕に掛けた。紳士か。
なんで何も…言わないの…?バジルは相変わらず床に伏せているが……横目でなんとか見ようとしてる…。
ど、どうしよう…!ロッティは無表情で…何考えてるのかまっったく読めない…!!
※その頃のシャルロットの脳内
(確かに女の子だった私と同じ膨らみがあった確認しなくても下はついてないでしょうでも双子である私すら今まで知らなかったという事はお兄様改めてお姉様の意思で始めた事じゃないつまり犯人はお父様今までお姉様が時々苦しそうな顔で私を見つめていた時は大体私がジスランや他の男性やお父様からお花なんかの贈り物を頂いた時だからお姉様は私の事が羨ましくて見つめていたに違いないつまり犯人はお父様でも私もお兄様を苦しめていた共犯であると言える)
「あの…ロッティ…?」
怖え。ロッティは無表情で僕の顔を見つめている。誰か助けて。
(ああああああ可愛い可愛い可愛い不安そうな顔で私を見つめるお姉様どちゃくそ可愛いなんで今までこんなに可愛いお姉様を男だと思い込んでいたのかしら?でも今までずっと男の振りを強要されて来たのだから幾度と無く心に傷を負ってきたはずジスランは改めて殺すパンイチでお姉様に飛び付いたパスカルも半殺しにする何よりも全ての元凶であるお父様は絶対に殺す社会的に殺す精神的に殺す肉体的に殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺)
!!!??突然ロッティが…!またも超戦士に!!!!しかもスリーだ!!!すんごい怒ってる…!!!言うんじゃなかった!?
「お、怒らないって、言ったのにいいい!!怒んないでロッティ、やーだーーー!!!」
「…………はっ!?違うわお姉様!お姉様に怒ってる訳じゃ…!!」
「やっぱり怒ってるんじゃあああん!!!」
僕はついに決壊した。わんわん泣く僕と、変身を解除し狼狽えるロッティ。見かねたヨミに起こされたバジルは、どうすればいいのか分からず右往左往。
泣き疲れた僕は…そのまま眠ってしまいましたとさ。子供か…。
※
「ぼ…お嬢様はお眠りになりましたか?」
「ええ…さて、と」
眠ってしまったセレスタンを布団に寝かせ、シャルロットとバジルはソファーに座った。
ヘルクリスはいつも通り布団に潜り、セレスタンの抱き枕になる。
そしてロッティはヨミに声を掛けた。
「精霊様。精霊様は最初から、ご存知でしたか?」
「まあね…ぼくらにとって、性別とかどうでもいい事だけど…」
「………お姉様が男装していた理由、ご存知ですか?」
「ん…父親の、命令。爵位を継がせる為。って聞いた…」
その言葉を聞いたシャルロットは…またも静かに殺気を全身から溢れさせた。
「うーん、シグニも怯えるそのオーラ凄いね…」
そう。強力な魔物であるシグニですら、シャルロットに恐れを抱いている。
それは当然、父親に対する怒り。と、同時に…自分自身に対する怒り。
「……いいえ、自分を責めるのは後よシャルロット。今は、如何にしてお父様を消すか考えるべきだわ」
「そちらは連絡待ちなのでは…いえなんでもありません!」
バジルはシャルロットの鋭い視線に口を閉じた。
彼もセレスタンに関して思うところはあれど、シャルロットがこの状態なので、何も言えないのである。
「(今までお姉様は、沢山傷付いて苦しんで来たに違いない。それも、私のせいで…。
これからは、絶対に守るんだから…!!)」
「(僕のやる事は変わらない。あらゆるものからお2人を守る!
しかし…グラス、お嬢様って…正解じゃないか…)」
2人は決意を新たにし、セレスタンを精霊に任せて部屋を出た。
「というより姉妹なんだから、一緒の布団で寝てもオッケーよね?私やっぱり戻」
「駄目です!!もしも明日の朝、他の使用人に発見されたらどうするおつもりですか!?」
「ちっ…。まあいいわ、これからいくらでも時間はあるもの…」
「(………シャルロットお嬢様から、セレスタンお嬢様をお守りするのが先決だろうか…)」
「…ちょっと」
「「?」」
後ろから声を掛けられ、2人は振り返る。
そこには…暗い廊下に佇むヨミの姿が。
シャルロット達は大分ヨミに慣れてきたが…このような暗い空間では、どうしても恐怖心が沸いてくる。
それでも彼らは臆する事なく、ヨミと対面する。
「…君らは、セレス…シャーリィの味方だね?
絶対に、変わらない。信じて、いいんだね?」
「…はい、変わりません」
「たとえこの国を敵に回そうと、僕達はセレスタン様の味方です」
「そ…。なら…いいものあげる…」
そう言ってヨミが、影から取り出した物とは…
「「こ、これは……!!」」
「それ使って、ちゃんとシャーリィ守ってね…。はいこれ、説明書。じゃ」
2人はそれぞれ渡された物を握り締めた。
そして次の日…ラサーニュ家の屋敷に、終わりがやって来る。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
336
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる