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学園1年生編

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 僕が部屋に篭って約10分後。


「シャーリィイイイィ!!!ここを開けてくれ、俺の話を聞いてくれええええ!!!!」


 ドンドンドンドンッ!!!と、猛烈に扉がノックされる。
 どうやら…自分が何をしたか思い出したようだな?

 ふんだ、知らん!!!女の敵め、聞く話なんてないやい!
 どうせ君は、目の前にいれば誰でも良かったんでしょ?寝惚けて誰彼構わずキスしたんでしょ!?
 今度は君の寝起きにジスランを配置してやる!!彼に熱烈な濃ゆ~いキスを…お゛ぇ。




 …と、言いたいところだが。


「…パスカルがそんな人じゃないって、僕だって分かってるよ…」


 ああ…いっそここで本当に彼を嫌いになれたら…どれだけ楽だった事か。
 何も聞きたくないと、拒絶出来れば…はあ…。


 ゆっくりとベッドから降り、扉に向かう。
 ……なんか急に静かになったな?まさか帰った?



 ガチャ…


「………………………」




「パスカル…貴方…お兄様を手籠にしたって…本当かしらあ…?」

「してないしてない!!!その気はあったが未遂だ!!」

「てめえ…俺の子に何してくれやがった…?」

「え、俺の子?ってゲルシェ先生が何故ここに?」

「マクロン…少しツラ貸せや」

「ナハト様、いや義兄上と呼ぶべきか!?」

「誰がお前の兄かボケえ!!!」

「わ、あわ、あわわわ…!」


 ………パスカルが、ロッティとお父様とラディ兄様に囲まれている…。バジルは少し離れた所でオロオロ回ってる…。
 3人共どす黒いオーラを撒き散らしながら、床に正座する彼を見下ろしている…!情報早いな!!


「…あ、シャーリィ!頼む、話を聞い」

「話なら俺らが聞く。行くぞ!」

「ああああああ!シャーリィイイイ!!!」

 パスカルは僕に気付くも…お父様に引き摺られ去って行った。ラディ兄様も行った。
 ロッティは僕の手を優しく両手で握り…。

「お姉様!!大丈夫?パスカルに何をされたの!?やっぱり私も部屋に入るべきだったわ…!」

「あー…いや、えっと…。寝惚けたパスカルに…キス、されただけ…」

「あ!お嬢様待っ」

 僕がそう言うと…


 ドゴオオォォ…ン


「お、お父様あーーー!!ラディ兄様ーーー!!!」

「ふう…」

 躊躇いなくロッティが、廊下の先にバズーカを放った!!!
 確かにパスカルは吹っ飛ばされろ!!と思ったが…お父様と兄様を巻き込むつもりは無かった!!!
 と思ってたら…煙の向こうから毛玉のセレネがころころ転がって来た。


「シャーリィ…パルはなんかしちゃったか?」

「えっと…うん…」

「そうか…ごめんな、セレネからよく言っておくぞ!」

 どうやらバズーカはセレネが防いだらしい。
 3人は衝撃で吹っ飛ばされはしたが…無傷のようだ。というか…精霊的に、パスカルに攻撃したロッティに怒ってない…!?

「む?怒ってないぞ。セレネは友人同士の戯れに怒る程狭量じゃないぞ!
 それにちゃんと直撃は避けてたしな!」

 戯れってレベルじゃないけど…よかった。セレネはパスカル達の後を追う。僕はルシアンが来るかもしれないので、部屋で待機さ。
 ちなみに壊れた廊下はドワーフ職人に修理してもらう。昨日ロッティと精霊達によって荒らされた部屋も修復済みさ!


「お姉様…パスカルの、その、くっ口付け…嫌だった?バジルに…お姉様は怒って部屋を飛び出したって聞いたから…」

 おおう…ロッティが興味津々そうに聞いてきおった…!普段怖いところがあろうとも、女の子よの~。

「……その、嫌じゃなかったよ。
 僕が怒ってたのは…彼が寝惚けて自分の行動を覚えてないと思ったから…。
 それと、誰かと間違えてやってしまったのかと思ったから」

「(間違いなくセレスタンお嬢様だと認識した上での行為です…と僕が言ってもいいのだろうか?)
 その、失礼ながら…セレスタンお嬢様は、パスカル様がお好き…という事でよろしいのでしょうか?」

 僕は…バジルの問いに頷いた。「誰にも言わないでね…」という言葉と共に。

「はい、決して口外致しません(うーん…グラスの恋は消えたか…)」

 



 その後やって来たルシアンと4人で、撮影に適した場所を探す。別に部屋の中でもいいのに…「正式に送る物だからな」と気合が入っているようだ。
 彼は僕の足元に目をやった。


「それが靴か?歩きにくそうだな…」

「草履だよ!まあ、慣れてないと走るのは無理そうかな」

 漫画とかでさ。草履でむちゃくちゃ走り回ってんの…どうやってんの?って思うよね。草鞋なら紐でギュッと縛れるから分かるけど。
 でも最近って、袴にブーツとか流行ってたりするよね。やってみよっかな?
 

 宮内はいい所が無く、外までやって来た。お、あの噴水の辺りいいかも!
 …しかしルシアンはさっきのアレ、何も言ってこないな…。こっちから言うのもやだし、黙ってよう。

「…よし、じゃあそれ、傘か?差してみよう」

「うん。こうかな?」

「うーん、顔に影が…違う角度で…ってアレ?其方眼鏡は?」

「…………パスカルに、取られた…」

「………………そうか」


 僕は色んなポーズ、角度で撮ってもらった。
 番傘を差したり、扇子を広げてみたり、刀…ミカさんを構えてみたり。
 ロッティと一緒にも撮ったし、精霊達も一緒に写ったぞ!現像楽しみだな~。




 ちなみにパスカルだが、お父様と兄様にこってり絞られたらしい。
 彼はすでに家に送り返されてしまったので、ちゃんと話せなかった…。

 元ラサーニュ伯爵夫人の凶行については…
「夫人の事は残念に思うが…俺はシャーリィを守る事が出来たのなら、それ以上何も言う事は無い」
 ですってよ。この男前があ!!もう、好き!!!

 次にパスカルに会うのは新学期かな…。もうじき冬期休暇も明ける。
 もう二度と学園に通う事は無いと思っていたのに、不思議な感じ。





 ※※※





 次の日の朝僕達は、馬車に乗りお世話になった皇宮を後にする。


 結局僕ら子供達は一切のお咎め無し。

 ここで母…元伯爵夫人の実家である侯爵家の話をしよう。
 僕にとって伯父と祖父に当たる人…彼らも裁判を傍聴者として見ていたので、一応挨拶はした。だが彼らは夫人を気に掛けるばかりで、僕らは好きにしろという感じだったのだ。

 その辺り…夫人との血の繋がりを感じるね。夫人も元伯爵しか見ていなかったから。
 こういうの遺伝したらやだなあ…っていうかすでにロッティ発動してない?僕第一主義で他が見えて無いよね!?ひええ…姉離れさせないと!!?


 だがまあ…連れて帰ろうとした夫人が凶行に走って死亡した事については…思うところはあっただろうが、何も文句は言って来なかった。

 マクロン家から訴えられてもおかしくない事態だし。
 実際パスカルのお祖父様と両親は超怒ってたらしいし。お祖父様とは仲良くないって言ってたけど…ちゃんとパスカルは愛されてる、と思うよ…。

 ただパスカル本人が自分は無事だし、大事にしたくないって考えだからあの事件は公にしない事に決まった。
 直接夫人を殺したのは僕のヨミだけど。侯爵家は僕達に「達者で」という言葉を残しただけだった。
 今後、もうあの家と関わる事も無いだろう…。
 
 
 で、伯父達だけど。元伯爵の所に「お前を信じて嫁がせたのに!!」と殴り込み(面会)に行ったらしい。
 そこで元伯爵は…表情を変えず一言も発さず…正気を失った目でひたすらに伯父達を見据えていたらしい。


 そんな元伯爵もすでに、スティル監獄へと護送されて行った。
 最後まで謝罪はしなかったと言う。僕どころか…ロッティに対しても一言も無く。

 彼が何を考えているかなど、僕は知らん。罪を悔いていようが、未だに「何故私が!」と考えていようが。
 

 もう…僕の親はあの人達じゃないもの。
 これで完全に、元伯爵とも夫人とも縁は切れたのだ。


 


「どうした?」

「んーん、なんでも」

 馬車の中で僕はゲルシェ先生を見つめた。これからはこの人がお父様。お母様は…亡きお父様の妻、イェシカ様。
 お父様とファロさんから少しだけ聞いた、イェシカ様のお話。聞けば聞くほど…素敵な女性だったようで、会ってみたかったなあと思う。

「でも、先生がお父様になってくれたのは嬉しいけど…もう医務室に先生がいないと思うと…寂しいなあ…」

「そうか…ま、先生の私物はお前らで好きに使え」

 お父様って、教師として振る舞っている時は一人称先生なんだよね。それももう聞けないのか…残念。


 ただ…お父様がニヤっと笑ったのが気になる…。
 …あ!その顔陛下にそっくりだ!!普段はあまり似てない兄弟だけど、笑うと同じ顔になるわ!!
 


「それとお前もう寮禁止な!俺が父親になったからには厳しく行くぞ、いつまでも男子寮にいるんじゃあ無い!!!」

「そうよお姉様、私もそう思ってたわ!」

「だよね!でも、どうするの?」

 元伯爵家のタウンハウスは売り払った。新たに学園の近くに公爵家で購入したから…そこを使えとの事。
 僕とロッティ、バジルが寮を出てそこで暮らすのだ。そして週末は本邸に帰るのだ!!
 あんなにも近寄りたくなかった家だが、今は毎日帰りたくて仕方がない。…ふふ!


「そっちにも使用人必要か~…屋敷の管理とお前らの飯作る奴。すぐに見つけるから、待ってろよ」

「はーい」

 楽しく話をしていたら、あっという間に旧ラサーニュ領、新ラウルスペード公爵領にやって来たぞ!
 相変わらず寂れた町並みだが…これからはきっとここも豊かになっていくだろう。



 屋敷は基本そのまま使うが、事前に決めていた通り売れる物は全て売ってある。
 すでに使用人達は私物を持って屋敷を出ている。再就職先は聞いてないが…ちゃんと全員決まっているそうなので安心だ。

 予め依頼しておいたので、僕らの私物を除きすでに屋敷は空っぽだった。歯ブラシ一本残って無いぞ、売れなそうな服や家具は処分してあるし。精々執務室に書類が残ってるくらいか?
 まあロッティはドレスとか全部「いらん!売って!!」と纏めていたが。
 ジスランとか…大事な人から貰った物だけ、愛おしそうに抱き締めていたぞ。


 今日は商人を家に呼び、新たに購入する。あまり広くない庭は、商品ですぐいっぱいだ!
 



「あんま豪華じゃなくていいんだが…」

「いけませんよ、旦那様。ただでさえこのお屋敷は公爵家にしては小さいんですから。
 せめて正面玄関、応接間、客間は不必要な程に豪奢に魅せなくてはいけません」

「めんどくせ…」

 おお、ファロさん仕事モードだね!彼は今後もファルギエールではなく、ファロを名乗り続けるらしい。


「お嬢様、ファロさんではありませんよ。貴女方は私の主なのですから、どうぞ呼び捨てになさってください。ジャンでもバティストでもご自由に」

「じゃ…バティスト?」

「はい」

 彼はにっこりと笑った。
 お父様に、僕達も好きな物を買うよう言われた。でも僕もそんな豪華じゃなくていいし~…ほいほいっと決めて行く。
 服は男物女物半々で。これからは家の中ではサラシしなくていいから…ラクになるわ~。

 そして寝具なのだが…

「もう少し大きなベッドは無いのか?ああ、それでいい。
 布団は…コレ、その大きなクッションも寄越せ!
 む!?このラグはいい、いいぞ!!セレスこれを床に敷くのだ!」

 と…ヘルクリスが仕切っている…。ま、いいけどさ。



 買い物にも疲れたので、少し休憩。購入したばかりのテーブルセットをサロンに運び、新品のソファーに体を預ける。どっこいせっと、ふいー。

 バジルがお茶の準備をしながら、バティストに声を掛けた。

「ジャンさん!!お願いですから、お屋敷内を全裸で出歩かないでくださいよ…!?」

「ありゃりゃ。あたしってばそういうイメージ?」

「「「はい」」」

「オーバン、子供達が辛辣う!!」

「自業自得だドアホ」

 本人は「およよ」と言いながらお茶を淹れる。あー美味しい。


「でもだいじょーぶ!あたしオンオフきっちりするからさー。全裸は自室だけにするって」

 確かに彼はその辺分けそう。仕事も私生活も。今はお仕事オフモードだ。

「服を常に着るという選択は無いの?」

「あたし寝る時基本全裸だから」

 知りたくなかった、どうでもいい情報…!!



 束の間の休憩も終え、夕方には商人は帰って行った。
 夕飯はどうすんのかな?と思っていたら、すでにケータリングを手配済み。流石バティスト仕事が早い!!


「あー…疲れた。忙しい一日だったね…」

「本当ね…。でも私、楽しかったわ」

「はい、僕もです」

 
 忙しかったけど、新生活に向けた準備だもんね。
 ダイニングで3人でまったりしていたら、お父様がやって来た。


「使用人の件なんだが…今後人柄とかを考慮して揃えていく。
 でだ、もう夜だが今日からすでに働いて欲しい人達がいるんだ」

「え。もう来てるの?」

「ああ」


 完全にだらけきっていた僕達は背筋を伸ばした。
 どんな人かな?今度は…使用人達とも、いい関係を築けたらいいなあ…。

「じゃあ、入って来てくれ」


 お父様の声に…まず中年女性が姿を現した。次いで同じくらいの男性、僕と同じ年頃の女の子。家族…?

 ……え、あれ…?最初に入ってきた女性…見覚え、が……?
 その女性は…目に涙を浮かべ、僕に向かって声を掛けてきた。


「………!」

「あ……アイ、シャ…?」

「はい…はい…!!覚えていて…くださったのですね…!
 ああ、こんなに大きくなられて…」

 
 僕が名前を呼ぶと…彼女は破顔し、涙を零した。


 忘れて、なるものか…。僕の、一番の味方だった貴女を…!

 僕とロッティの乳母だったアイシャ。いずれロッティの世話はメイドがするようになっていったけど…僕にはこのアイシャが、6歳になるまでずうっと一緒にいてくれた…!
 家族ごと追い出されてしまって、連絡も取れなくて…もう二度と、会えないのかなって思ってた…。

 僕はバッとお父様を見た。だが彼は…ふっと笑って隣のバティストを親指で指した。それを受けたバティストは…僕にウインクをしてみせる。
 探して、くれたんだ…僕の為に…!!同時に、僕の目からも涙が溢れてきた。

「ア、アイシャあ…!」

「はい…!」

「うあ…あああ、あああああぁぁん!!!」

 僕は彼女に抱き着き…最後に、お別れした時のように泣きじゃくった。彼女も涙ぐみながら、僕の背中を優しくさすってくれた。
 この温かい手…懐かしいなあ。これからはずっと一緒にいられる…!!


 お父様とバティストは優しい目で僕達を見守っていた。
 ロッティとバジルは目に涙を溜め、アイシャ達を迎え入れてくれた。
 アイシャの旦那さんと娘さんは…少し緊張気味だけど、すぐに打ち解けてくれると思う。
 

 こうして僕は…本物の、暖かい家を手に入れたのだった。

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