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学園4年生編

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 ~遡ること3分前~


 僕は倉庫部屋から石鹸を1つ取り、お風呂場に小走りで向かった。
 そしてトントンと扉を叩く。


「ファイ~?僕、セレスタンだけど。石鹸無いでしょ?持って来たよ~」

「…坊ちゃん?ああ、ちょうど困っ……いや坊ちゃん!?」

 んん?なんでびっくりしてるの?

「シャーリィ。男装中って忘れてない?」

 影の中からヨミの声が…忘れとった!!!
 じゃあ今、公子の僕が女性の入浴シーンに乱入しようとしてる!?「いけません、ご無体な~」な感じじゃんか!!


「ち、違うから!ここ、床に置いとくから後で取って!」

「…いえ、丁度よかったです」

 何が!?僕はすぐに立ち去ろうとしたのに、扉が内側から開けられる。いや、女同士だから僕は構わないんだけ、ど…………



 まず視界に入ったのは、水を滴らせているファイの困り顔。次に…胸。
 絶壁だな~、サラシで潰してる僕よりまな板だな~とは思っていたけど…貧乳ってレベルじゃないな?
 そして僕の視線は徐々に下に向かい…石鹸を受け取る為に差し出された手も通り過ぎ……
 


「石鹸ありがとうございます。
 …その。言うタイミング逃してましたけど…ボクはご覧の通り男です。騙したかった訳では…って、坊ちゃん?」



 彼女…いや、彼の言葉は僕の耳には届いていなかった。
 何故なら僕は、彼の顔と下半身を交互に見比べ…あらいやだ、顔に見合わず立派な息子さんをお持ちで…



「…みぎゃああああああああっっっ!!!??」

「あだっ!!?」

 
 僕は右手に持っていた石鹸をファイの額目掛けて全力でぶん投げた。見事クリティカルヒット、同時に扉を足で蹴っ飛ばしてバタンッ!!!と勢いよく閉めた。
 
 扉の向こうから「いてて…な、なんで…」という声が聞こえてくる…早くここから移動しなきゃ…!
 しかし僕はその場にへたり込み動けなくなってしまった…手足だけその場でバタつかせ、わたわたと転がるのみ。
 それを見兼ねたヨミが僕をお姫様抱っこしてくれるが…今、何が起きた…?


「ファイって男だったんだね。セレネだったら匂いで分かったかもしれないけど…ぼくはその辺、視覚の情報に頼るからなあ」

 そう、男の子だった…。アレが…付いてた…!初めて見、いや…そういやバティストのを見た事あったな…忘れてたのに…!!

 顔が熱い、動悸が激しい。頭はフル回転しているのに、体に力が入らない…!
 その時、前方からジェイルを先頭にみんなが走って来るのが見えた。なんて…説明すべきか…?


「男の娘……だっ、た……」

 
 なんとかそれだけ告げると…ロッティは頬を染め、男性陣は神妙な面持ちに。
 僕はヨミに抱かれたまま談話室に戻る。戻ったが…全員俯いた状態でソファーに座り、完全にお通夜モード。お願いだから誰かなんか話して…僕を笑い飛ばして…。



「ただいま帰りました。…あれっ、皆さんどうかしましたか…?」

 そこへバジルとモニクが帰って来た。グラスが彼らに簡潔に説明すると…列席者が2人増えた。


 
 
「上がりました、が…………?」


 そこへ問題のファイ登場。ロッティとモニクは顔を赤くして…視線を逸らしてしまった。
 男性陣は憐れみのような怒りのような視線をファイに向ける。僕もクッションに顔を埋めながら、横目で見る。

 言われてみれば…確かに少年だ。前ルネちゃんに教わった、身体的な男女の違いを意識すればすぐ分かる。
 それより…ガリガリすぎる。さっき体を見た時思ったけど。今までお腹いっぱい食べてこなかったんだろうか?


「お前…男だったんだな」

 代表して声を掛けたのは、年長者で一番冷静そうなデニスだった。
 ファイは眉を下げて、気まずそうに答える。


「はい…これまでにも初対面で間違われる事が多くて、次第にそのままにしておく癖がついてしまって…。
 で、でも、何度も訂正しようと思ったんですが…言い出せず…。
「掃除が終わったら言おう、明日になったら言おう」というのを繰り返し…申し訳ございません…」


 そう言って彼は頭を下げた。確かに彼にも非はあるが……勘違いした僕達にも言えること。彼が自分から「女です」とか言っていれば話は別だけど。
 だから…忘れよう!

「もういいよ。こっちこそ、勝手に勘違いしてゴメン!」

「……………!!?」

 ん?僕が顔の前でぱちんと手を合わせ謝罪すると…ファイは目をまんまるにして驚いている。なんで?
 だがそれも一瞬のこと、彼は目を伏せて俯いてしまった。


「……(まさか、貴族に謝罪される日が来るとはな…)いえ…本当に、申し訳ございません…でした…」

 なんか、すっごい落ち込んでる…まさかアレ?罰せられるとか考えてる!?しないよそんな事!

「そ、す~~~……っだぁ!あのね、僕も実は女なの!僕も騙してたね、お互い様だね!だからあんまり気にしないで!!!」

「「「「「あっ」」」」」

「………………え?」


 僕は少しでも空気を軽くしようとカミングアウトしたのだが…男性陣は声を上げ、ファイもガバッと顔を上げた。
 

「は、はは…ボクなんかの為に、そんな嘘をついていただかなくても…。
 嘘……です、よね……?」

 ファイはキョロキョロと皆の顔を見るが…残念ながら全員悲痛な面持ちで視線を返すばかり。
 ようやく理解したのか、彼は暫く固まったのち……


「………………っ!?!え、え…!!すみませんっっっ!!!お話はまた明日、お休みなさいっ!!」

 急激に顔を赤くして、部屋を出て行ってしまった。話聞きたかった…。
 仕方ない。もう夜も更けていることだし、寝るかーと思い立ち上がると…男性陣が皆、手で目元を覆っている?
 どうしたの?と聞いても、誰も答えてくれない。とにかくロッティとモニクはもう部屋に行かせて…ねえ、なんで皆は涙を堪えているのさ?
 するとようやくジェイルが顔を上げてこう言い放つ。


「……セレス…お前は昔から、たまに残酷だよ……」


 ………なんで!!!?

 


 ※※※




 次の日朝から僕達は領地に向けて出発した。結局ファイから話を聞けていない…そんな彼は今、馬車の中で丸くなってしまっている。
 
 大きい馬車なので6人乗れるのだが、彼は「御者台で、いやもう屋根の上でいいです!」と抵抗していた。なので無理矢理押し込んだんだが…会話出来る雰囲気じゃねえや。



 結局馬車内を形容し難い空気が支配したまま、本邸へと帰るのであった。




「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま。バティスト、皆」

 使用人の皆が出迎えてくれて馬車を降りる。バティストが最後に降りたファイにちらっと視線を向けると…
 ファイはビクッと肩を跳ねさせ、僕の服の裾をつまんだ。怖い?

「…旦那様がお待ちですよ。そちらのファイ少年も、ささどーぞ」

 バティストも怖がらせていると自覚しているのか、にっこり笑ってフランクに接した。ファイはまだ震えているけど…少し、楽になったようだ。




「お帰り。シャーリィ、ロッティ」

「「ただいま、お父様」」

 お父様にハグをして挨拶をする。いやー帰って来た感じするわ~。
 お父様もチラッとファイを見た。そして…


「とりあえず茶ぁ飲むか。バティスト、準備しろ」

「もう出来てんぜ。じゃあサロンにご案内~。
 …シャルロットお嬢様はちと待機ね。人数多いと彼が警戒しちゃうから~」

「仕方ないわね…後で教えてちょうだい」

「かっしこまりました~」

 バティストはロッティに何か耳打ちをしている。そしてお父様、バティスト、ファイ、僕のみサロンに移動した。
 


 まずは喉を潤しひと息つく。あー、馬車は疲れる。
 …あれ?テーブルの上にティーカップが1つ多い。なんで?

「それはお客さんの分だ」

「誰か来るの?」

「ファイの保護者」

 お父様の言葉に…ファイは全身を跳ねさせて危うくティーカップを落とすところだったぞ。なんとか堪えたが。
 彼はそのまま青い顔でカタカタと震えている…って大丈夫!?

 ファイの隣に移動して、彼の肩を抱いた。

「大丈夫、大丈夫だよ。その保護者ってのがどんなか知らないけど…僕が守ってあげるから!」

「………はい……」

 そうやって言い聞かせていたら、次第に彼は落ち着いてきた。よかった…ふう。


「…公爵、様。発言してもよろしいですか?」

「あー、許可とかいらねえからなんでも言いなさい」

「ありがとうございます…その、保護者とは…誰の事でしょうか…?」

「お前の兄」

「に、兄ちゃんがっ!?」

 兄ちゃんですか。それを聞いたファイは、嬉しそうな困ったような顔に。最初は誰を連想したんだろう…?

 バティストがファイの身辺調査をしているのは聞いてたけど、もう終わったんだ。相変わらず仕事早いな~。
 お父様達の態度からして、ファイがどこかの暗殺者だとかスパイとかいう線は薄そうかな。よかった。


「さて…悪いがお前の素性調査をさせてもらった。公爵として、無条件で人間を受け入れる訳にはいかないからな」

「…………はい…」

 お父様がカップをソーサーに置き、静かに話し掛けた。ファイは俯き…僕の手をぎゅっと握る。
 お父様はそんな彼の様子にバツの悪そうな顔をしつつも、手に持った資料に目を落としながら言葉を続ける。
 
「えーと、まずファイってのも偽名だな?肉親は10歳上の兄のみ。
 その兄は現在ここグランツ皇国で就業中。お前は訳あってこの国に来たわけだが…どうして兄でなくセレスタンを頼った?兄と不仲でもあるまい。
 どうしてあの日、わざとセレスタンの前で倒れたんだ?その辺の考えは、直接聞くしかねえからな」

 …そっか。ご両親はいないのか…。
 ファイは暫くの間沈黙を貫いていたが…意を決したように顔を上げた。


「…父はボクが幼い頃亡くなったと聞いています。母は僕と兄を残して失踪したとも。
 当時兄自身まだ子供であったというのに、歩く事もままならなかったボクを守り、育ててくれました。自分の人生を犠牲にしてまで…。
 いずれボクも成長していつまでも兄に頼ってばかりではいられないと思い、とある貴族のお屋敷で働かせていただいていました。兄が、自分の人生を取り戻せるようにと…。

 …兄は今この国で、自分の好きな事を出来ているんです。
 この国で3年就労すればグランツの国籍を得る資格が与えられます。そして戸籍を移せば、自分で家を買ったり部屋を借りられるようになる…その後ボクを呼ぶつもりでした。
 だから…そんな兄に、心配をかけたくなくって…。あと1年、なんです…」

「…兄は長期休暇は毎回国に帰っていただろう。今年の夏だってテノーに帰ったら、お前がいない事に気付くだろうが。
 そこはどうするつもりだったんだ?」

「その前に、兄には会いに行くつもりでした。ちゃんとこの国で働いている姿を見せて、安心させる為にも。
 …お嬢様」

 へっ?なんでここで僕のほうを向く?
 ファイはソファーを降りて床に座り、僕の目を真っ直ぐに見て口を開く。


「さっき公爵様が言ったように、ボクはあなたの前を狙って倒れました。そ、の…兄からよく、あなたの話を聞いていたので…。
 兄が言う通りの人柄なら、倒れている子供を放置出来ないだろう、通報もしないで保護してくれるだろうと思って。
 通報されてもし国に強制送還なんてなったら…そう考えると恐ろしくて…!

 この国に逃げて首都まで来て。アカデミーの前であなたを一目見て、すぐにセレスタン・ラウルスペード様だと分かりました。聞いていた特徴そのままだったので。
 そして遠くから観察して、毎朝同じ時間に同じ道を歩いていらしたので…あの日もその時間を狙ったんです。
 まあ実際手持ちのお金も尽きていたので、空腹で倒れる寸前でしたけど。

 ボクは公爵家で雇ってもらおうと思ったんです。そのために、あなたの優しい心につけ込もうとしました。
 同情を誘って、公爵様を説得してもらおうと…。ボクは今まで苦労してきました、可哀想な子供です。そう思わせる話をいくつか用意していたのに…あなたは何も聞かずにボクを受け入れてくれるし…!

 次第に自分が恥ずかしくなり…あなたを騙そうとした事が苦しくて、このままでは胸を張って兄に会えないと思いました。

 …申し訳ございません。ボクは卑しい平民であるにも関わらず、令嬢であるあなたを欺いていました。
 どのような罰でもお受けします。ですがどうか…兄には累が及ばないよう、お願いいたします。兄は無関係なんです…!」


 ファイは床に手をつき頭を下げた。お父様とバティストの視線が僕に集まる。


 やっぱ狙われてたのか…いやまあ、いいんだけど。そこまでして、その貴族のお屋敷に帰りたくないんだろうし…。
 それに僕、何度も問い正そうとしてましたし。でも彼の中で良い話風になっているので黙っておこう。これで僕も彼を騙した事になっちゃうね。

 僕はファイの前に膝をつき、彼の肩に手を置いてにっこりと笑い掛ける。
 彼が顔を上げると、今にも泣きそうな表情をしている。その姿は見ているこっちも苦しくて…僕は彼を正面からぎゅっと抱き締めた。

 
「…正直に話してくれてありがとうね。大丈夫、君もお兄さんも僕は……ん?」
 
 お父様だって、庇護を求める子供を突き放しはしないよ。騙すったって、損害は一切無いし誰かが傷付いてもいない。強いて言うならば食費が…いや、言うまい。
 だから罰なんて……と。そこまで考えて僕は1つの疑問が浮かぶ。
 

 僕の話を、事前に聞いていた?お兄さんは僕の知り合い?


 ……おい、まさか…!!?


 


 その時。部屋の外から「旦那様、お客様がお見えです」というグラスの声が聞こえてくる。
 お父様が「お通ししなさい」と返せば…暫くの後サロンの扉が開かれ…て…!!


「公爵殿下、姫!申し訳ございません、弟が何かご迷惑をお掛けしたと…!!」

「ゲエェッ!兄ちゃん…!!」

「テオファ!お前なんでここに!?」


 勢い良く入って来たのは…いつもの糸目を開眼し珍しく狼狽えている


「タ…タオフィ先生…!?」


 だった。



「……姫。何故弟と抱き合っていらっしゃるのですか…?王はどうなさったんです…?」
 
 あ。ファイ…いやテオファ?も僕の背中に手を回して、まるで恋人同士のようなハグを…うわわっ!!

 互いに急いで離れると、テオファは僕の後ろに逃げた。なんで!?


「ごめん兄ちゃん!!これには深い訳が…!」

「…話ならいくらでも聞いてやるから。とりあえず姫から離れなさい」

「や、やだ。絶対怒るから…」

「今怒られたいのか!?」

「ままま待って先生、落ち着い、あーーー!!?」


 先生が僕の後ろに回り込もうとすると、テオファが僕を盾に回転して躱す。そのまま僕を軸に、3人でぐるぐると回り…目、目があ…!おえっ。


 ひいいいいい、誰か助けてええ!!!


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