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学園4年生編

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 ふー…なんとか無事にこの日を迎える事が出来ました。
 ああ、なんて爽やかな朝でしょう!まだ薄暗いけど。凍える寒さなど関係なく、わたくしの心は晴れ晴れとしております。
 小鳥さん達に挨拶をし木刀を持ち、スキップをしながら外に出た。なんなら廊下の途中で小躍りした。


「おはよう、2人共!!」

「おはようございます、お嬢様/シャーリィ様」

 グラスと師匠は先に待っていた。ごっめーん、遅くなっちった☆
 
「……お嬢様、今日のテンションおかしいですよ?」

「おほほほ、そうかしら♡何せ今日は終・業・式!!ですから!」

「「………ああ!」」

 おっと、彼らもピーンときたようね。
 そう…今日でヴィルヘルミーナ殿下との関わりも終わるのだ!!!うう…長かったよう…!家でも散々愚痴っちゃったから、2人も理解を示してくれたぞ。




 ああ…走りながら数ヶ月前を思い出す。

 一番最初は、少那や木華みたいに仲良くなれたらいいなって思ってた。実際に会った彼女はとても美しく、女のわたしでも見惚れてしまった。そして誰に対しても優しく、気さくな方だった。
 そんな魅力的な王女様だから、色んな男性を魅了した。やっぱこうなったか~とは思っていたけれど…。
 でも…婚約者持ちや恋人がいる男性にまで手を出した辺りで、暗雲が垂れ込めてきた。わたしの友人達も…。

 そして…パスカルに狙いを定めた頃、わたしは彼女を敵と認識し始めた。そこであの魔物事件。パスカルの勇姿を見たい♡という理由で、自分を危険に晒した。
 もうその時点で、完全に関わりを断ちたかったのに…何故か今度はわたしをターゲットにした。意味不明。

 まあ…わたしに対していくら胸元バッサバサに広げられても…ねえ。


『セレス様あ♡授業で分からないトコがあったの、教えてくださる?』
『あの…先生に聞いてください』


『セレス様~!私、シャルロットさんに突き飛ばされたのぉ!酷いわ!』だきっ
『………………』ちらっ
『………………』(ぶんぶんと首を横に振る)
『…妹はしていないそうです。何か食い違いでもあったのでしょう(…というか…ロッティだったら…もっと徹底的に潰すと思うし…)』(そっと腕を外す)


『ねーえ、ビビも闇の精霊様と仲良ししたあい♡』
『やだ』(舌を出して中指を立てるヨミ)
『かえれ』(親指を下に向けるメイ)
『やめなさい!!』(2人にアイアンクローをするセレスタン)


『セレス様ってぇ…女の子は全然ダメな人?一度遊んでみたら…ハマっちゃうかもしれませんよ?』はらり
『ごふっ』(速やかに王女の襟を正す)


『うぅん…ビビ、足捻っちゃったあ♡』ちらり
『……どうやったら…太腿を捻るんです…?』



 と…最後は完全に身体を使ってオトしに来ていたよ…。これらをやられたのが、パスカルじゃなくて本当に良かった!ただ…まあ。今後パスカルを誘惑する参考にさせてもらおう。

 とにかく!言っちゃ悪いが…早く帰ってくんないかなってずっと思ってた。それがついに現実に…くう…!
 まあ正確には、明日皇宮でお別れ会的な晩餐会がある。それにはわたしも参加…だがそれで最後さ!
 ノリノリで朝の稽古も終えて、朝食もいっぱい食べて。元気いっぱい家を飛び出した。ロッティとバジルも嬉しそうだし…るんっ♪


「お嬢様。あの…もうじき箏の国王が来るって本当、ですか…?」

「おうさ。きちんと礼服でご対面じゃい!」

「う…はい…」

 出掛けにグラスが耳打ちしてきた。やっぱ気になるよね…。

 わたしは凪陛下と謁見する機会を貰った。その際グラスを紹介しようと思って。もちろんグラス本人の同意を得ているし、お父様とバティストにも相談済み。

 どうやらお父様達は、彼の正体に薄々気付いていたらしい。最初に疑問に思って調べたのはフェイテだとか、すごいな。
 グラスの本名、命というのは王族にしか使われていないのが切っ掛けだったと。それでも命本人の意思を尊重して、皆何事も無いように振る舞っていた。


 だがもう、命は完全に記憶が戻った。その為…過去から逃げるのは、もうやめたらしい。
 問題はどうやって紹介するかだが…いきなり命を出して「死んだはずの弟さんです!」なんて言えるか!!!どう足掻いても詐欺だわ、信じてもらえるわっきゃねー。ああ…DNA鑑定でもあればなあ。
 
 とにかく、まずは命という名は伏せて紹介する。わたしの侍従で、箏出身なんですと。
 でもまあ…なんだか少那も気付いてる風だけどね。上手くいきますように…と祈りながら、わたし達は陛下到着の報を待つのである。



 ※※※



「おはようございますう、セレス様。私、今日でもう終わりなんて…寂しいですう」

「おはようございます、殿下。ソウデスネ、ボクモサビシイデス!」

「(棒読み…可愛い…)」

 パスカルと廊下を歩いていたら、早速登場!生徒会役員のわたし達は終業式も忙しいのだ。サクッと会話を切り上げて逃げた。



 終業式は、タオフィ先生司会のもと進む。

「えー、皆様に悲しいお知らせがあります。こちらのヴィルヘルミーナ・アヌ・セフテンス王女殿下の留学期間が本日付で終了致しました。
 では殿下、最後に挨拶をお願いします!」

「はあい」

 殿下は壇上に立つ。にしても先生…普段と見分けしにくいが超笑顔だ。彼も暇さえあれば付き纏われていたからなあ。まるで相手にしてなかったけど。
 殿下がマイクの前に立つと…一部の男子が泣き出した。女子と男子の大半はシラけた顔をして…うーん始業式との差よ。


「えっとお。とっても短い間だったけど、とっても楽しかったわ、ねっ♡」

「っ!!?」

 うえっ!?なんか今…すんごい寒気したんだけど!?と、鳥肌が…!!なんで今わたしに向かってウインクした!?
 彼女はその後もお世辞にも頭のいいとは言えぬ挨拶をし、壇上から去った。何、考えてんだろう…?怖っ。


 式の終了後、教室でも簡単にお別れを言い合う。取り巻きよ、違う学年・クラスからも来てるけど…先生に怒られるよ?彼らはセフテンスに連れて行かれるのだろうか…中にはそこそこ優秀だったり、侯爵家の息子とかもいる。
 どうすんのかなーと思っていたら…なんと殿下は、彼らにもお別れを言っていた。えええっ!!?


「ごめんねえ、みんな。今のまんまじゃ連れて行けないの。でもでも…近いうちに迎えに来るわ。それまで…良い子で待っててね?」

「「「はーーーい!!!」」」(男泣き)


 ヒエ…っ!なんだろう…可愛らしい笑顔なのに、なんか怖いよう…!!
 わたしは言い知れぬ恐怖を感じ、殿下とは最低限の会話だけで済ませていた。なんとかアタックを躱し続け、後は帰るだけ!だが…



「……ねえ。セレス様…」

「ひ……!」

 僅かな時間、わたしは1人になってしまった。正確にはバジルもいたんだけど…彼は立場が低い。いくら公子のわたしが守ろうとも、だ。
 パスカルは次期会長として、チェスター先輩から色々教わっているし。他の皆も誰かに挨拶する必要があったり、先生に用があったりと忙しくしていた。

 医務室(安全地帯)で集合して帰る予定で…わたし達は階段を下りていた。そこへ…3人の取り巻きを連れた殿下に捕まった…!!
 この3人は最近いつもいるけど、特に殿下のお気に入りなのだろうか。皆爵位は様々だが、とにかく美しい。


「王女殿下…何かご用でしょうか?」

 正直、ここ最近の彼女は怖い。力ずくで迫ってくる時のその目とか。それでも動揺を悟られてはいけない。弱味を見せたらアウトな気がする…!ルシアンにも言われただろう、気を抜くなよセレスタン!!

「ふふ…最後にちょっとお話がしたいだけなのよ。2人きりに…なれませんか?」

「…光栄です、殿下。でも彼らも交えてもよろしいのでは?ご友人の皆様も、殿下と離れたくなさそうですし」

 にっこりと笑ってみせて、バジルの腕を取った。2人きりになったら、なんか変な薬とか嗅がされそう!!!
 だがわたしの抵抗虚しく、彼女は頑なにバジル達の同席を拒否した。だが…ヨミやエア等の、精霊はいいとのこと。
 

 ……それなら、まあ…。
 仕方なく了承すると、バジルは不安そうにわたしを見る。信用無いな、わたし。
 彼女らに連れて行かれ、誰もいない教室まで戻ってきた。取り巻きとバジルは廊下で待機…心配なので彼にメイ、暖炉、ラナ、ノモさんを護衛に付ける。

 そして教室に入るやいなや…彼女は鍵を掛けた。………全てのカーテンが予め閉められている。これで…中の様子は誰にも見えない。
 でもま、相手は丸腰の女性だ。対してわたしには頼もしすぎる精霊もいるし、ミカさんも魔本もある。そんなわたしに襲い掛かる程愚かでもあるまい、本当に話がしたいだけでしょう。



 殿下は教卓に足を組んで座り…妖しい目付きでわたしを見下ろす。念の為距離は空けたまま会話しよう…。

「ねえセレス様…。私…あなたが好きなんです。初めてお会いした時から、ずっと心奪われていましたわ…!」

「……………」

 彼女は脚線美見せつけ作戦はわたしに効かないと判断して教卓から降りた。
 ぐいっと距離を詰めて来て、胸元を広げて…完全に下着見えてますけど。それを押し付けてきて、上目遣いの猫撫で声攻撃を繰り出してきた!!
 殿下って人の懐に入り込むのが上手いんだな。物理でも、精神的な部分でも。


 …そういえば。彼女から告白されたの、初めてだな。それが本心なのかどうか…分からないけれど。わたしはそっと彼女と目を合わせる。


「…この身に余る光栄です、王女殿下。ですが僕は…貴女の気持ちにお応え出来ません。申し訳ございません…」

「……うぅ…どうして…私じゃダメなのかしら…?」

 今度は泣き落としだ…ってあまりに自然に涙を流すものだから、本当に演技なのか心配になってきた。
 もし…本気でわたしを愛してくれたのならば。こちらも真摯に対応すべきだ。


「…貴女を女性として愛せません。何よりわたしは、パスカルを愛しています」

「でも男性同士よ?色々と大変ではなくて?」

「お気遣い感謝致します。ですが…ご心配には及びません」

「セフテンスに一緒に来てくれれば…あなた達も正式に婚姻させてあげられるのよ?」

「……セフテンスって、同性婚認められていましたか…?」

「いいえ。私が女王になったら、その法律をすぐ作ってあげるわ。そして国王のみ重婚を認めるの、そしたらあなたもパスカル様も私の伴侶になるのよ」


 ……たとえ王でも、法律をそんなホイホイ作れないと思うけど。
 ん?国王のみ重婚可って…2人共殿下の夫になったら、わたしとパスカル結婚出来なくない?



 わたしの疑わしい視線など気付いていないのか、その後も彼女は自分と結婚する事のメリットを挙げ連ねる。しかしどれも、心惹かれる条件は無い。
 というか、話しながら脱ぐのやめてくんない?下着に手を掛けた時は全力で止めたわ。


 それは置いといて…わたしは、大事な人達のいるこの国で。パスカルと一緒に生きたいもの!!


「申し訳ございませんが、わたしには地位も名誉もお金も、美しい伴侶も必要無いのです。
 ただ隣にパスカルがいてくれる。わたしだけを見てくれる…それだけで…万物に代え難い宝なんです」


 すでに10分以上無意味な会話をしていた。なのでちょっと苛立ってきて…強めにそう言ってしまった。

 彼女の腕を振り払って明確に拒絶すると…


「う…ううう…!」

「っ!?」

 殿下はボロボロと泣き始めた!?そして…



「う…あああああんっ!!!」

「ちょおおーーーい!!!貴女下着丸出しですよ!?痴女になりたいんですか!?」

 なんと号泣したまま、上はほぼ裸なのにドアに向かった!!鍵を開けている間にわたしのジャケットを羽織らせる事に成功。彼女は外に出て、親衛隊の胸に飛び込んだ。


「いあああああん!!」

「殿下っ!?」

「公子!!貴方、何をされたのですか!?」

「してないしてないマジで!!」

 やば、今頃彼女の狙いが分かった!!
 この状況…衣服を乱した王女。彼女を優しく包み込む親衛隊達。彼らはわたしを一様に、親の仇のような目で睨む。
 殿下ははらはらと泣き続け、細い肩を震わせている。側から見れば…わたしが襲ったみたいじゃねーーーか!!!こうやって既成事実を作って、責任を取らせる気だな!!?


 まあ…わたしは女だから大丈夫だけど。
 もう早く公表してしまおう!!とか考えていたら、殿下達は速やかに去って行った。わたしの…制服も…。

 その場に残されたのは、わたしとバジルと精霊達のみ。互いに顔を見合わせて…


「…帰りましょうか」

「うん…」

「あの女、腹立つ、腹立つ。次は、殺す」

「やめてね…」

 トッピーが不穏な言葉を放っているが…なんとか宥めて、今度こそ医務室に向かった。


 すでに皆揃っていて…どこに行っていたんだ!?と随分と心配をかけてしまったようだ。先程の出来事を話すと怒られたが。
 隙が多すぎる、アレに気を許すな!!何もされていないか、と…皆わたしの身を案じてくれている。

「…ごめんなさい。軽率でした…」

「……全く。多分、いや間違いなく面倒な事になるが…困ったらいつでも俺を頼りなさい」

「はい…兄様…」

 自分が情けない…まんまと罠に掛かって、面倒事を引き寄せて。友人達に慰められながら帰路に着く。



 お父様にも話したらめっちゃ怒られた。けど、何があっても守ってやると言われて…ずっと耐えていた涙腺が決壊してしまった。

「ごめんなさい~~~!!!隙だらけでごめんなさいいい!!意思が弱くてごめんなさいいい~!!!」

「はあ…ほら、もう泣くな。大体なあ…最上級精霊の契約者である以上、本来お前は兄貴よりも立場が上でもいいんだよ。
 小国の王女が何を言ってきても、毅然とした態度でいなさい。難しかったら…ただ背筋を伸ばして立っているだけでいい。後は俺とロッティでフォローするから」

「そうよお姉様!!!相手を舌戦で潰すのは私の得意分野よ、なんなら物理でバラバラにしてあげるわ!!!」

「ううう…お願いねえ、ロッティィ…」

「お願いすんな!!」


 この日はお父様とロッティに縋って泣いた。お陰で、気力と元気の補充完了!!
 明日殿下に何を言われても、「わたしは何もしていません」って言ってやるもん!!


「その意気よお姉様!!」

「「イエイ!!!」」ハイタッチ

「………精霊とロッティの手綱だけは握っておけよ…」




 ※※※




 次の日。気が過去最大級に重い…裁判を思い出す程だ。
 だが今日の晩餐会、参加しない訳にはいかず。昨日の朝とは打って変わって足取り重く皇宮に赴いた。
 お父様も一緒だったが、陛下のとこに顔を出してくると言うので夕方まで別行動。


「よく来たな、実はもうヴィルヘルミーナ殿下は来ていて…」

「うへえ…」

 ルシアンが出迎えと同時に教えてくれた。なるべく顔を合わせたくないので、急いで彼の部屋に避難しようと思ったんだが!!!


「ご機嫌よう、セレス様。今日もいいお天気ね♡」

「ご機嫌よう、殿下…ええ、いい感じに曇ってますね…」


 廊下を歩いていたらエンカウント!普通に話し掛けてくるんだけど、怖いよ!!しかも親衛隊もいる、連れてくんな皇宮にまで!!
 思わず後退るが…ロッティがぎゅっと手を握ってくれた。そうだ、わたしには魔王がついている!それに反対側にはルシアンが、微笑みながらわたしの肩に手を置いた。
 彼らの手の温もり、安心する…。ふっ、小娘なんぞ恐るるに足らず!!!
 
 そうやってわたしは気を引き締めた。さあ、どっからでも掛かってこい!!と、思っていたら…


「え…きゃ、きゃああああっ!!!」

「「「!?」」」

 突然殿下が叫んだ!?そしてこっちを指差し…その先はわたしを通り過ぎ、後ろ。
 フェイテでも、バジルでも、ジェイルでも、ハーヴェイ卿でもない…飛白師匠に…怯えている…?


「何、なんなのその醜い男は!!!やめて、そんな顔をこの私に見せないで!!!」

「あ…っ!申し訳ございません!」

 な…!!?師匠は一瞬傷付いた表情になり、後ろを向いてしまった。
 彼の傷には、確かに初見では怯える人もいる。それでも…少しでも師匠と言葉を交わせば。彼の温かい人柄が分かるのに。
 誰よりも家族想いで、強くて優しくて…脆い人。そんな彼に、なんて酷いことを…!!


「殿下!!!彼は箏より来てくれたわたしの友人です!!今の暴言、撤回していただきたい!!」

「セレス様、何を言っているの?私達のように美しい者が、そんな醜い者を飼っていてはダメよ!それにこの立派な皇宮には似つかわしくないわ、即刻追い出して頂戴」

 彼女はわたしの言葉に、意味の分からない自論で返す。だが師匠を追い出せと言っても誰も動かない。親衛隊が動こうとすれば…ジェイルとハーヴェイ卿、ついでにヨミが睨み付けてその場に縫い付ける。
 くそ…今日は凪陛下もいらっしゃる予定だと聞いたから、師匠も連れて来たのだ。まさかこんな事になるなんて…!


「……もう結構です。貴女はそこで喚いていればいい。
 行こ、飛白。貴方はここにいていい人なの、だからそんな顔しないで…」

「……セレス様…」

 師匠は泣きそうな表情だ…早くここから移動したい。彼の腕を取って踵を返し、多少遠回りになるけど別ルートでルシアンの部屋を目指そうとしたら…


「あ…少那…?」

「…………………」

 目の前に、見た事のない険しい表情の少那が立っていたのだ。どうやら全て聞いていたらしくて…戸惑うわたし達の横を通り過ぎ、殿下の前に出た。


「ヴィルヘルミーナ殿下。彼は私の忠臣であり、幼い頃より兄のように思っている人物です。彼への侮辱、撤回していただきます」


 彼は聞いた事もないような低い声で言った。これは…ブチ切れてないかね…!?
 だがヴィルヘルミーナ殿下は怯まない。それどころか親衛隊と一緒になって、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべている。


「兄?ああ…もしかして、死んだ王太子と重ねているのかしら?」

「な…!!」

「殿下っ!!!」

 わたしは思わず叫んでしまった。なんで、彼女がそれを知っているの!?
 と聞くまでもなく、向こうからベラベラ喋ってくれたのだが。どうやら箏の剣士の中に、彼女の誘惑に乗ってしまった愚か者がいたらしい…。
 その剣士は彼女の身体に溺れ、少那に関する情報を漏らしたのだとか。恐らく殿下は少那の弱いところを突き、そこに入り込もうとしていたのだろう。


「そしたら何?あなた、女性恐怖症なんですって?しかも犯罪者の子供だって言うじゃない、よく堂々と王族を名乗れるわね」

「………………」

「何を…っぐ!?」

 少那は歯を食いしばり拳を握り、俯いてしまった。咫岐が反論しようとするも、フェイテが取り押さえる。今従者である彼が口を出しては、王女の暴言を助長させるだけだ。

 代わりにわたしとルシアンが前に出る。少那の固く握られた手を解き、両手で優しく包む。
 彼は今にも泣きそうな表情……こんな顔をさせた王女…許さない…!!
 ルシアンも同じ気持ちだろう、少那の事情は知らないだろうが…王女を睨み付けて口を開いた。


「貴女の発言は箏の王族に対する侮辱だ。ただの子供の口喧嘩とは違う、その点は理解しているのか?」

「違いますわ、私はその方が王族に相応しくないと言っているだけ。
 彼の母親と姉は、王妃と王太子を殺した大罪人なのでしょう?それなのに王族に籍を置いておくなんて…厚かましいったらありゃしないわ」

「それを侮辱だと言っているのです。誰がなんと言おうと少那は箏の王子で、わたしとルシアンの友人です!!」


 わたし達が何を言おうと、彼女は少那を貶める発言をやめない。ここは皇宮の出入り口にも近い廊下だ、人目も多い。
 これ以上、少那を好奇の視線に晒したくない。自分は王族に相応しくないなんて…彼が最も苦慮している事柄なんだから!!

 そこへ痺れを切らしたルシアンが、無表情の冷たい声色で言い放つ。


「ヴィルヘルミーナ・アヌ・セフテンス。貴女の発言は箏国及びグランツ皇国に対する侮辱行為とみなす。
 これより先は王を交えての会談となろう、速やかに国へ帰りなさい」

「な…ルシアン殿下、何故そのような事を仰るのですか!?」

「黙りなさい。少那を蔑めるという事は、私と公子に対する挑発行為と受け取る。そこのお前らもだ、皇国に貴様らの居場所は無いと思え」

「「「え…」」」

 皇子に実質追放処分を言い渡された3人は、目に見えて焦っている。だが自分達には王女がいてくれるから大丈夫だと思っているのだろう、強気な姿勢を崩さない。
 ここで心を入れ替えて、誠心誠意謝罪をしていればよかったものを…。


 ヴィルヘルミーナ殿下は目を潤ませて、ルシアンにそっと寄り添った。


「どうしてそのように酷いことを言うのですか?私はただ…罪人に誑かされてしまっている貴方達をお助けしたいだけですのに…」

 静かに涙を流し、まるで悲劇のヒロインのように振る舞う姿に…吐き気がする。
 少那を嘲りわたしとルシアンに媚びる姿に、わたしの堪忍袋の緒が切れそう。少那はわたしが支えているけれど、青い顔で今にも倒れてしまいそう。


 いい加減にしろ!!そう叫んでやろうと口を開こうとした、瞬間。




「先程から黙って聞いていれば…好き勝手言ってくれる。
 おれの敬愛する主人及びそのご友人、そして可愛い弟。更には箏の刀でありおれの師匠を貶める…覚悟は出来ているんだろうな…?」



 後ろからカツカツと靴音を鳴らし…グラスが、真っ直ぐに歩いて来る。
 周囲はそれなりに騒然としていたのだが、彼の登場と同時に静まり返った。

 礼服に身を包んだ彼は、穏やかながらも確かな威厳を放っている。
 

「グラス…」


 わたしが呆然と名を呼べば、彼は微笑んでくれた。さあ…貴方の答えを、聞かせて。



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