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12巻
12-3
「どこにいるかわかるか?」
カイルが声を潜めて尋ねると、キミーは部屋の中に並んでいる十基のかまどを見回す。
【ん~。多分、あのかまどかなぁ?】
キミーが指さしたのは、一番左端のかまどだった。調理の授業でよく使っているかまどである。
じゃあ、あのかまどから見ていくか。
近づいていくと、声がだんだんと大きくなっていく。
一、二匹の声じゃないな。もう少し多い?
この調理室で使われているかまどは、いろいろな料理に対応できるように、煮炊きができる釜とピザ窯が横並びにくっついた形になっていた。
この大きさのかまどだと、だいだい一基につき二、三匹の火の妖精が棲みついている。
それにしても、火の妖精たちが集まっているなんて珍しい。
重なり合う火の妖精たちの声に、俺は首を傾げる。
火の気があるところは限られているので、火の妖精は棲み処を大事にしている。
留守にすると他の火の妖精たちが棲みついてしまうことがあるから、棲み処を捨てる時以外はほとんどそこから離れることもない。
俺は膝をついて、薪をくべる場所を覗き込んだ。
火の気が好きだから、たいていはこういうところに隠れてるんだよね。
煮炊きで使うほうには……いないか。なら、こっちのピザ窯のほうだな。
「開けますね」
横にいたカイルが、窯の扉を開けた。
その瞬間、叫び声と共に小さい何かがこっちに向かって飛び出してくる。
【ひょぁぁぁっ!!】
「うわっ!」
扉の真正面にいた俺は、反射的に頭を下げてそれを避けた。
避けてしまってから、ハッと我に返る。
え? 今、飛んで来たのって……。
顔を上げると、窯の中には四匹の火の妖精たちがいて、ポカンとした顔でこちらを見ている。
【外に行っちゃったよ】
【行っちゃったねぇ】
行っちゃった……って、もしかして火の妖精が!?
思いっきり避けちゃったぞ。どこにいった?
俺がキョロキョロあたりを見回していると、後ろにいたゲッテンバー先生が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの、フィル君。どうかした?」
「あ、いえ。別に、何でもな――ブフッ!」
どうごまかそうかと振り返った俺は、ゲッテンバー先生を見て盛大にむせた。
先生のエプロンにあるハート形の胸ポケットに足がひっかかり、火の妖精が逆さまの状態でぶら下がっていたのだ。
よりにもよって、何であんなところにっ!
咳き込んでいると、ゲッテンバー先生が心配して俺の背中をさする。
「あらまぁ、大変。開けた時に、灰でも吸い込んじゃった? ごめんなさいね。窯の灰掃除が甘かったのかしら」
「だ、大丈夫です」
それよりも、ゲッテンバー先生が動くたびに揺られて、ジタバタもがいている火の妖精のほうが気になる。
「お水飲んだほうがいいかしらね」
そう言って先生が立ち上がると、その拍子に火の妖精の足の引っかかりが外れた。
そのまま勢いで飛ばされて来たところを、俺は両手で受け止める。
「ちょっと待っていてね。今、持って来てあげるわ」
にっこり微笑むゲッテンバー先生の優しさに、俺は頭を下げる。
「す、すみません。ありがとうございます」
カイルは去っていくゲッテンバー先生や、まだ調理室でお菓子を堪能しているイルフォードを窺いつつ、俺にそっと話しかけてくる。
「フィル様。火の妖精の様子はどうですか?」
俺は手のひらの中の火の妖精を改めて見下ろした。
調理室をよく利用するので、全てのかまどの火の妖精たちと仲が良いのだが、初めて見る子だ。
飛ばされた衝撃を覚ますためか頭を振っていたが、痛がったり弱ったりしている様子はなかった。
それを見て、俺は安堵の息を吐く。
「うん。大丈夫そう」
「見えないけど、手の中に火の妖精がいるのか?」
俺の手元を覗きながら、レイが尋ねる。
「うん。窯の中で言い合いしていたみたいだったから、扉を開けたんだけど。開けたら、中から飛び出してきたんだ」
俺が状況を説明すると、その隣でトーマとライラが目を見開く。
「言い合い?」
「喧嘩ってこと?」
「じゃあ、もしかしてかまどの異変って、火の妖精たちが原因なのかしら?」
首を傾げるアリスに、俺は唸りながら火の妖精を見下ろす。
「この子たちがそうかはわからないけど、関わってるのは間違いないだろうね」
精霊のヒスイほど強大な力ではないが、火の妖精は火を操ることができる。
かまどに棲みついている火の妖精と仲良くなると、料理に合わせて火力調節をやってくれたりするんだよね。
かまどは火力調整が難しいから、火の妖精の存在はとても大きい。
【あなたたち喧嘩でもしてたの?】
キミーがカイルの肩から降りてきて、俺の手のひらにいる火の妖精に向かって言う。
しかし、尋ねられた火の妖精は、口をつぐみ拗ねた顔で俯く。
困ったな。できれば先生が戻って来る前に、事情を聞きたいところだけど……。
するとそこへ、二匹の火の妖精がやって来た。
【心配したよぉっ!】
【した!】
そう言って、手のひらにいた火の妖精を両側からぎゅうっと抱きしめる。
この子たちも初めて見る顔だな。
「初めて会うよね。君たちは事情を話せるかな?」
優しく尋ねると、かまどに残っていた火の妖精たちが窯の入り口までやって来て言った。
【事情話せるよ!】
【話せるね!】
誇らしげに言って、胸をポンと叩く。
この子たちは見たことがある。このかまどを使う時、よく調理を手伝ってくれる子たちだ。
言葉を繰り返して話すので、山彦と木霊からとって、心の中で密かに『ひこ』と『こだま』と呼んでいる。
「じゃあ、教えてくれる?」
【いいよ!】
【いいね!】
こだまたちの話をまとめると、手のひらに乗っている三匹の火の妖精たちは、このたび新しく生まれた子たちらしい。
かまどを頻繁に使用して火の気が高まると、新しい火の妖精が生まれる。
しかし、かまどにいられる火の妖精は数が限られているので、もともと棲みついていた火の妖精と力比べをして、負けた者は他へ移るらしい。
【闇の妖精は暗闇や影があればどこでも大丈夫だけど、火の妖精って大変なのね】
話を聞いて、キミーは気の毒そうな顔をする。
「それで、力比べをしていたわけか」
カイルが言うと、こだまたちはこっくりと頷いた。
【ここのかまどが最後だね】
【最後だよ】
しょぼくれた状態から見ると、新しい子たちのほうは全てのかまどの火の妖精と力比べをして負けてしまったようだ。
【生まれたばかりの妖精って、力が上手く使えない子が多いものね】
キミーの言葉に、手のひらにいた火の妖精たちが言う。
【火が強すぎるって】
【中くらいしかできない】
【弱い火しか……】
なるほど。得意な火力が偏っているのか。
かまどの火が強くなったり弱くなったりした理由がわかった。
それに力比べに負けてしまった理由も。
入れ替わるなら、どんな火でも操れないとダメだもんなぁ。
「じゃあ、つまり君たちは棲み処を探しているの?」
コクリと頷く妖精たちに、俺は笑顔になった。
「今、火の妖精が棲んでいないかまどがあるんだよ。皆でそこに来ない?」
寮の裏手に、学校から借りている小屋がある。
その小屋にかまどと暖炉があるのだが、未だ火の妖精が棲みついていないのだ。
料理をする時、火力調整に困っていたんだよね。
ここでは棲める数が限られているから、どの火力も扱えないとダメだろうけど、小屋のかまどなら皆で来てもらって、得意の火力の時に交代してもらえばいい。
俺がそう説明すると、しょぼくれていた妖精たちは途端に笑顔に変わった。
【いっしょに行く】
小さな声だったが、期待に満ちた顔に俺は微笑む。
「うん! 小屋に行こう」
「……小屋って?」
突如として聞こえてきたイルフォードの声に、俺たちはビクゥッと体を震わせた。
振り返ればイルフォードは部屋の入口に立って、小首を傾げてこっちを見ている。
「……すみません。気づくのが遅れました」
イルフォードの登場に、カイルは少し落ち込んでいた。
俺はそんなカイルの肩を、ポンと軽く叩く。
カイルが気づくのが遅れたのも仕方ない。
カイルは耳がいいし気配察知に優れているから、俺よりも先に気がつくことが多い。
ただ、俺もリボン店で遭遇した時に感じたことだけど、イルフォードは派手な外見に反して気配がわかりにくいんだよね。
動きがゆったりと優雅だから、動作の際に立てる音が少ないのかもしれない。
「何度か入口を確認してはいたので、来たのは会話の最後のほうだとは思うんですが……」
カイルの囁きに、俺は小さく唸る。
う~む。いったいどこから会話を聞いていたんだろう。
目の前にやって来たイルフォードに向かって、俺はおそるおそる尋ねる。
「あの……いつからあそこに?」
もしかして妖精たちと会話しているのを、聞いていたのだろうか……。
「君が小屋に行こうって言ったあたり」
ドキドキと答えを待っていた俺たちは、イルフォードの答えにホッと息を吐いた。
じゃあ、妖精たちと話していたのは知らないのか。
「それで……小屋って?」
「あ、えっと、寮の裏手に学校から借りている小屋があるんです。ゲッテンバー先生が戻られたら、皆でそこに行こうかと……」
俺は迷いつつも、正直に話す。
マクベアー先輩から譲り受けた小屋だから、ごまかして話しても何かのきっかけで知られる可能性があるしな。
「行ってみたい。ついて行ってもいい?」
……そうだよね。話題に出たら、気になるよね。
いや、普段だったら全然いいんだ。
でも、これから火の妖精のお引っ越しを考えているからなぁ。
このまま一緒に連れて行ってもいいものか。
一度案内して、火の妖精は後から迎えに来る?
いや、ダメだ。ゲッテンバー先生がいる時じゃないと、調理室が閉まってしまう。
それとも小屋を掃除するからって、イルフォードには日を改めてもらったほうがいいかな。
カイルたちと目配せしつつ悩んでいると、ふとイルフォードが俺の手元に視線を落とした。
「ところで、火の妖精たちとのお話は、終わったの?」
「「えっ!?」」
その件は乗り切ったと思っていた俺たちは、思わず聞き返した。
ど、どういうこと?
俺たちの会話を聞いていなかったはずじゃなかったの?
というか、俺の手を見ているよね。まさか、手の上に乗っている妖精たちが見えてる?
昔に比べると稀だというが、俺やカイルのように妖精を見ることのできる人間もいるらしいし、もしかしたらイルフォードも……?
イルフォードの表情からその質問の意図を読み取ろうとしたが、無表情すぎて全然わからなかった。
すると、ストレートに聞いちゃおうと思ったのか、レイがイルフォードの顔を窺いながら尋ねた。
「あの……イルフォードさんって妖精とか見える人なんですか?」
てっきり『見える』と肯定されるかと思ったが、イルフォードは首を横に振った。
「見えない。けど、彫刻を彫る時、自然の力を感じることがある。ここは火の気が強いから、妖精がいてもおかしくないかなって」
つまり、妖精自体は見えないけど、自然の気を感じることができるのか。
芸術家の人は感性が鋭い人もいるみたいだしなぁ。
……だけど、本当に見えてないのかな?
俺の手元にいる妖精と、目が合っているように見えるんだけど。
あんまりにも凝視するから、妖精たちが怯えてるよ。
「な……何か見えますか?」
「さっきまで君に感じなかった火の気」
……やっぱりわかるんだ。
イルフォードは俺の顔に視線を戻して、首を傾げる。
「これ、火の妖精? 妖精と仲が良いってことは、やっぱり君……小人?」
「……違います」
やっぱりってなんだ。
前も言われたことがあるけど、そんなに俺ってコロボックルに見えるんだろうか。
俺が脱力していると、後ろでレイが噴き出した。
「こ……小人って……くくく」
肩を震わせて笑いをこらえてたって、噴き出した時点で失礼だからね。
そんなレイの隣では、ライラとアリスが口元に手を当て、こちらを見ていた。
「フィル君が小人……」
「きっと可愛い」
お願いだから、小人の俺を想像しないで。
「小人じゃないから」
皆に向けて念を押すと、イルフォードは少し悩むような仕草をした。
「なら、おまじないをするから、火の妖精と仲が良いのか」
「おまじない?」
まさかなと思いながら、俺は聞いてみた。
「もしかして、おまじないって僕が窯の前でやるあれのことですか?」
調理室でのおまじないと言ったら、それくらいしか思い浮かばない。
俺はいつも窯を使う時、中にいる火の妖精に向かって「上手に焼いてね」とお願いをしている。
妖精は基本的にいたずら好きだから、たまに料理を焦がしたり、生焼けにしたりすることがあるんだよね。
でも、先に丁寧にお願いすれば、ちょうど良い火加減で焼いてくれる。
調理の授業を取っている生徒は、皆知っていることなんだけど……。
でも、他校生のイルフォードが知るはずもないよな?
「おまじないのこと、誰かから聞いたんですか?」
トーマも不思議に思ったのか、イルフォードに尋ねる。
「お菓子をくれた先生が話してくれた」
お菓子をくれた先生って……。
「フィル君。遅くなってごめんなさい! お水よぉ!」
そう言って、コップと水瓶を抱えたゲッテンバー先生が部屋に入って来た。
「ゲッテンバー先生……か」
カイルがボソリと呟く。
なるほど、ゲッテンバー先生が出処か。
お菓子を食べるイルフォードの横で、楽しそうに話すゲッテンバー先生の姿が頭に浮かんだ。
先生とイルフォードの共通の話題として、俺の話は出しやすいだろうけど。
他校の生徒にまで広めなくてもいいじゃないか。
俺とカイルは半眼で、ゲッテンバー先生を見上げる。
「どうしたの? 怒ってる? お水を持って来るのが遅れたのにはわけがあるのよ。たっぷり飲めるように、水を瓶に入れていたせいでね。でも、その分、愛情を込めたから!」
焦った様子で、ゲッテンバー先生は水を注いだコップを俺に差し出す。
せっかく持って来てくれたので、コップを受け取り水を飲み干した。
「お水ありがとうございました。美味しかったです」
「いいえ~。どういたしまして」
にこにこ笑顔を返されると、聞きにくいけど……。
「……あの、今聞いたんですが。僕のおまじないのこと、イルフォードさんに話したんですか?」
困り眉で尋ねると、ゲッテンバー先生はハッと息を呑んだ。
「まぁ! ごめんなさい。ダメだった? かまどの火の妖精に向かっておまじないするフィル君のお話、可愛くてお気に入りだったから……。でも、フィル君が嫌ならもう言わないわ!」
お祈りポーズで、俺に向かい真剣な顔で謝る。
「もう広めないならいいですけど……」
「ごめんなさいね。対抗戦の時に、イルフォード君がフィル君の料理を食べたでしょう? フィル君の作る料理は独創的で、とても美味しかったって褒めてくれたからお話が盛り上がっちゃったのよ」
「イルフォードさん、僕の料理を褒めてくれたんですか?」
料理を振る舞った時、リンが美味しくて嬉し泣きするくらい喜んでくれていたのは覚えているけど、イルフォードがそんなふうに思ってくれているとは思わなかった。
本当なのかと俺が顔を向けると、イルフォードはコクリと頷いた。
「料理も、焼き菓子も美味しかった」
焼き菓子とは、対抗戦が終わった翌朝、散歩中に会ったマクベアー先輩とディーンとイルフォードにあげたマフィンのことである。
「屋台のことも聞いた。楽しみ」
そう言って、イルフォードはふわりと笑った。
仮装パーティーもだけど、今回の見学会を相当楽しみにしてくれているみたい。
「皆準備を頑張っているので、楽しみにしていてください」
微笑む俺に、ゲッテンバー先生がグッと力こぶを作る。
「ええ! 皆で頑張らなきゃね! ……でも、かまどはどうしようかしら。ひび割れもないし、見た感じは問題なさそうなのにねぇ」
「あ、そのことですけど……」
もう大丈夫だと言いかけて、口をつぐんだ。
かまどは使えるだろうが、理由はどうしたらいいだろう。
火の妖精のトラブルが解決したから……、なんて言えないもんな。
悩む俺の前で、イルフォードが先に口を開いた。
「もう、大丈夫。この子がおまじないしたから」
「おまじないを? そりゃあ、フィル君のおまじないは、真似した他の子のおまじないよりも強力なのか、一番上手に焼けるけど……」
戸惑うゲッテンバー先生に、レイが手を挙げる。
「先生がいない間俺たちも確認しましたが、かまど自体に問題はなさそうでした。かまど職人ともう一度確認してみて、それでも調子が悪そうだったら、カフェに頼んでみたらどうですか」
おぉ! レイ、ナイスフォロー!
俺は心の中で拍手を送りつつ、それに加勢する。
「もしダメなら下準備はこちらでやって、かまどを使う作業だけカフェでやらせてもらえないか頼みましょう」
俺の提案に、ゲッテンバー先生は考えてから大きく頷いた。
「そうね。授業で使えないと困るし、もう一度かまど職人さんを呼ぶ予定だったもの。確認してから、決めることにするわ」
ゲッテンバー先生の言葉に、ハラハラと様子を見守っていた妖精たちがホッとした顔になる。
「かまどの調子が戻ったら、フィル君のおまじないが効いたと思うわね」
ゲッテンバー先生はそう言って、茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクする。
「き、効くといいですね」
俺はそれにぎこちない笑みで返した。
調理室を後にした俺たちは、火の妖精たちの引っ越しのため小屋へと向かった。
そのメンバーには、イルフォードも含まれている。
こっそり妖精を連れ出したとしても、火の気を感じ取るイルフォードにはごまかせないだろうし、だったら事情を話して、小屋に招待したほうがいいと思ったんだよね。
「火の妖精の引っ越し準備をしてから小屋の中を案内しますので、ちょっと待っていてくださいね」
俺がそう言うと、イルフォードはコクリと頷く。
何を考えているかわからないけど、すごく素直だ。
「なぁ、フィル。その引っ越しの準備って何やるんだ?」
レイの質問に、俺はかまどに視線を向ける。
「火の妖精は火の気があるのを好むから、まずはかまどで薪を燃やそうと思うんだ」
小屋のかまどは適度に使用しているから火の妖精もきっと気に入ってくれるだろうが、引っ越しを確実に成功させるには、かまどで焚いて火の気をもっと高めたほうがいい。
ただ、小屋のかまどを使用する場合は、前もって管理人さんに許可を得る必要があった。
「今、カイルにお願いして、管理人さんにかまどを使う許可をもらってるんだ。だから、カイルが来るまでに薪を組んで、いつでも火がつけられるようにしておこう」
そう言って、俺が薪を手に取った時だった。
小屋の扉が勢いよく開き、肩に黄緑色の小鳥を乗せたカイルが息を切らしながら入って来た。
「フィル様。お待たせしました!」
「え!? 全然待ってないよ! ずいぶん早くない?」
俺たちだって、たった今小屋に着いたばかりである。
管理人さんに話した後、簡易的な書類手続きがあるから時間がかかるはずだよね。
だからこそ、別行動を取ってもらったのだ。
「作業が遅れると、寮の門限ギリギリになってしまうと思いまして」
寮の門限までには、あと一時間半ほどある。
妖精の引っ越し作業にそれほど時間はかからないだろうけど、日が暮れるのも早くなってきたから、それも考えてくれたのかな。
「ありがとう。後片づけまで余裕を持ってできるから助かるよ」
俺が微笑むと、カイルは嬉しそうに頷く。
そんなカイルに、アリスが水の入ったコップを差し出した。
「走って喉が渇いたでしょう。お水をどうぞ」
「ありがとう」
カイルは一気にそれを飲み干し、大きく息をつく。
【私も労ってください!】
カイルの肩にとまっていた小鳥がピョロロロと鳴いて、俺の肩へと移る。
この黄緑色の小鳥は、管理人さんのところのメイラーだ。
メイラーとは鳥の一種で、ボスと召喚契約するとその子分たちもついてくるという、群れで従属するタイプの動物である。
子分が危険を察知して鳴くと、ボスにそれが伝わるんだよね。
小屋で火を扱う時は、何かあったら管理人さんにすぐ連絡がいくようメイラーを貸してくれるのだ。
【私だって一緒に急いで来たんですよ! 置いていかれないよう頑張って!】
自分に労いの言葉がないので、メイラーはすっかりへそを曲げていた。
カイルが声を潜めて尋ねると、キミーは部屋の中に並んでいる十基のかまどを見回す。
【ん~。多分、あのかまどかなぁ?】
キミーが指さしたのは、一番左端のかまどだった。調理の授業でよく使っているかまどである。
じゃあ、あのかまどから見ていくか。
近づいていくと、声がだんだんと大きくなっていく。
一、二匹の声じゃないな。もう少し多い?
この調理室で使われているかまどは、いろいろな料理に対応できるように、煮炊きができる釜とピザ窯が横並びにくっついた形になっていた。
この大きさのかまどだと、だいだい一基につき二、三匹の火の妖精が棲みついている。
それにしても、火の妖精たちが集まっているなんて珍しい。
重なり合う火の妖精たちの声に、俺は首を傾げる。
火の気があるところは限られているので、火の妖精は棲み処を大事にしている。
留守にすると他の火の妖精たちが棲みついてしまうことがあるから、棲み処を捨てる時以外はほとんどそこから離れることもない。
俺は膝をついて、薪をくべる場所を覗き込んだ。
火の気が好きだから、たいていはこういうところに隠れてるんだよね。
煮炊きで使うほうには……いないか。なら、こっちのピザ窯のほうだな。
「開けますね」
横にいたカイルが、窯の扉を開けた。
その瞬間、叫び声と共に小さい何かがこっちに向かって飛び出してくる。
【ひょぁぁぁっ!!】
「うわっ!」
扉の真正面にいた俺は、反射的に頭を下げてそれを避けた。
避けてしまってから、ハッと我に返る。
え? 今、飛んで来たのって……。
顔を上げると、窯の中には四匹の火の妖精たちがいて、ポカンとした顔でこちらを見ている。
【外に行っちゃったよ】
【行っちゃったねぇ】
行っちゃった……って、もしかして火の妖精が!?
思いっきり避けちゃったぞ。どこにいった?
俺がキョロキョロあたりを見回していると、後ろにいたゲッテンバー先生が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの、フィル君。どうかした?」
「あ、いえ。別に、何でもな――ブフッ!」
どうごまかそうかと振り返った俺は、ゲッテンバー先生を見て盛大にむせた。
先生のエプロンにあるハート形の胸ポケットに足がひっかかり、火の妖精が逆さまの状態でぶら下がっていたのだ。
よりにもよって、何であんなところにっ!
咳き込んでいると、ゲッテンバー先生が心配して俺の背中をさする。
「あらまぁ、大変。開けた時に、灰でも吸い込んじゃった? ごめんなさいね。窯の灰掃除が甘かったのかしら」
「だ、大丈夫です」
それよりも、ゲッテンバー先生が動くたびに揺られて、ジタバタもがいている火の妖精のほうが気になる。
「お水飲んだほうがいいかしらね」
そう言って先生が立ち上がると、その拍子に火の妖精の足の引っかかりが外れた。
そのまま勢いで飛ばされて来たところを、俺は両手で受け止める。
「ちょっと待っていてね。今、持って来てあげるわ」
にっこり微笑むゲッテンバー先生の優しさに、俺は頭を下げる。
「す、すみません。ありがとうございます」
カイルは去っていくゲッテンバー先生や、まだ調理室でお菓子を堪能しているイルフォードを窺いつつ、俺にそっと話しかけてくる。
「フィル様。火の妖精の様子はどうですか?」
俺は手のひらの中の火の妖精を改めて見下ろした。
調理室をよく利用するので、全てのかまどの火の妖精たちと仲が良いのだが、初めて見る子だ。
飛ばされた衝撃を覚ますためか頭を振っていたが、痛がったり弱ったりしている様子はなかった。
それを見て、俺は安堵の息を吐く。
「うん。大丈夫そう」
「見えないけど、手の中に火の妖精がいるのか?」
俺の手元を覗きながら、レイが尋ねる。
「うん。窯の中で言い合いしていたみたいだったから、扉を開けたんだけど。開けたら、中から飛び出してきたんだ」
俺が状況を説明すると、その隣でトーマとライラが目を見開く。
「言い合い?」
「喧嘩ってこと?」
「じゃあ、もしかしてかまどの異変って、火の妖精たちが原因なのかしら?」
首を傾げるアリスに、俺は唸りながら火の妖精を見下ろす。
「この子たちがそうかはわからないけど、関わってるのは間違いないだろうね」
精霊のヒスイほど強大な力ではないが、火の妖精は火を操ることができる。
かまどに棲みついている火の妖精と仲良くなると、料理に合わせて火力調節をやってくれたりするんだよね。
かまどは火力調整が難しいから、火の妖精の存在はとても大きい。
【あなたたち喧嘩でもしてたの?】
キミーがカイルの肩から降りてきて、俺の手のひらにいる火の妖精に向かって言う。
しかし、尋ねられた火の妖精は、口をつぐみ拗ねた顔で俯く。
困ったな。できれば先生が戻って来る前に、事情を聞きたいところだけど……。
するとそこへ、二匹の火の妖精がやって来た。
【心配したよぉっ!】
【した!】
そう言って、手のひらにいた火の妖精を両側からぎゅうっと抱きしめる。
この子たちも初めて見る顔だな。
「初めて会うよね。君たちは事情を話せるかな?」
優しく尋ねると、かまどに残っていた火の妖精たちが窯の入り口までやって来て言った。
【事情話せるよ!】
【話せるね!】
誇らしげに言って、胸をポンと叩く。
この子たちは見たことがある。このかまどを使う時、よく調理を手伝ってくれる子たちだ。
言葉を繰り返して話すので、山彦と木霊からとって、心の中で密かに『ひこ』と『こだま』と呼んでいる。
「じゃあ、教えてくれる?」
【いいよ!】
【いいね!】
こだまたちの話をまとめると、手のひらに乗っている三匹の火の妖精たちは、このたび新しく生まれた子たちらしい。
かまどを頻繁に使用して火の気が高まると、新しい火の妖精が生まれる。
しかし、かまどにいられる火の妖精は数が限られているので、もともと棲みついていた火の妖精と力比べをして、負けた者は他へ移るらしい。
【闇の妖精は暗闇や影があればどこでも大丈夫だけど、火の妖精って大変なのね】
話を聞いて、キミーは気の毒そうな顔をする。
「それで、力比べをしていたわけか」
カイルが言うと、こだまたちはこっくりと頷いた。
【ここのかまどが最後だね】
【最後だよ】
しょぼくれた状態から見ると、新しい子たちのほうは全てのかまどの火の妖精と力比べをして負けてしまったようだ。
【生まれたばかりの妖精って、力が上手く使えない子が多いものね】
キミーの言葉に、手のひらにいた火の妖精たちが言う。
【火が強すぎるって】
【中くらいしかできない】
【弱い火しか……】
なるほど。得意な火力が偏っているのか。
かまどの火が強くなったり弱くなったりした理由がわかった。
それに力比べに負けてしまった理由も。
入れ替わるなら、どんな火でも操れないとダメだもんなぁ。
「じゃあ、つまり君たちは棲み処を探しているの?」
コクリと頷く妖精たちに、俺は笑顔になった。
「今、火の妖精が棲んでいないかまどがあるんだよ。皆でそこに来ない?」
寮の裏手に、学校から借りている小屋がある。
その小屋にかまどと暖炉があるのだが、未だ火の妖精が棲みついていないのだ。
料理をする時、火力調整に困っていたんだよね。
ここでは棲める数が限られているから、どの火力も扱えないとダメだろうけど、小屋のかまどなら皆で来てもらって、得意の火力の時に交代してもらえばいい。
俺がそう説明すると、しょぼくれていた妖精たちは途端に笑顔に変わった。
【いっしょに行く】
小さな声だったが、期待に満ちた顔に俺は微笑む。
「うん! 小屋に行こう」
「……小屋って?」
突如として聞こえてきたイルフォードの声に、俺たちはビクゥッと体を震わせた。
振り返ればイルフォードは部屋の入口に立って、小首を傾げてこっちを見ている。
「……すみません。気づくのが遅れました」
イルフォードの登場に、カイルは少し落ち込んでいた。
俺はそんなカイルの肩を、ポンと軽く叩く。
カイルが気づくのが遅れたのも仕方ない。
カイルは耳がいいし気配察知に優れているから、俺よりも先に気がつくことが多い。
ただ、俺もリボン店で遭遇した時に感じたことだけど、イルフォードは派手な外見に反して気配がわかりにくいんだよね。
動きがゆったりと優雅だから、動作の際に立てる音が少ないのかもしれない。
「何度か入口を確認してはいたので、来たのは会話の最後のほうだとは思うんですが……」
カイルの囁きに、俺は小さく唸る。
う~む。いったいどこから会話を聞いていたんだろう。
目の前にやって来たイルフォードに向かって、俺はおそるおそる尋ねる。
「あの……いつからあそこに?」
もしかして妖精たちと会話しているのを、聞いていたのだろうか……。
「君が小屋に行こうって言ったあたり」
ドキドキと答えを待っていた俺たちは、イルフォードの答えにホッと息を吐いた。
じゃあ、妖精たちと話していたのは知らないのか。
「それで……小屋って?」
「あ、えっと、寮の裏手に学校から借りている小屋があるんです。ゲッテンバー先生が戻られたら、皆でそこに行こうかと……」
俺は迷いつつも、正直に話す。
マクベアー先輩から譲り受けた小屋だから、ごまかして話しても何かのきっかけで知られる可能性があるしな。
「行ってみたい。ついて行ってもいい?」
……そうだよね。話題に出たら、気になるよね。
いや、普段だったら全然いいんだ。
でも、これから火の妖精のお引っ越しを考えているからなぁ。
このまま一緒に連れて行ってもいいものか。
一度案内して、火の妖精は後から迎えに来る?
いや、ダメだ。ゲッテンバー先生がいる時じゃないと、調理室が閉まってしまう。
それとも小屋を掃除するからって、イルフォードには日を改めてもらったほうがいいかな。
カイルたちと目配せしつつ悩んでいると、ふとイルフォードが俺の手元に視線を落とした。
「ところで、火の妖精たちとのお話は、終わったの?」
「「えっ!?」」
その件は乗り切ったと思っていた俺たちは、思わず聞き返した。
ど、どういうこと?
俺たちの会話を聞いていなかったはずじゃなかったの?
というか、俺の手を見ているよね。まさか、手の上に乗っている妖精たちが見えてる?
昔に比べると稀だというが、俺やカイルのように妖精を見ることのできる人間もいるらしいし、もしかしたらイルフォードも……?
イルフォードの表情からその質問の意図を読み取ろうとしたが、無表情すぎて全然わからなかった。
すると、ストレートに聞いちゃおうと思ったのか、レイがイルフォードの顔を窺いながら尋ねた。
「あの……イルフォードさんって妖精とか見える人なんですか?」
てっきり『見える』と肯定されるかと思ったが、イルフォードは首を横に振った。
「見えない。けど、彫刻を彫る時、自然の力を感じることがある。ここは火の気が強いから、妖精がいてもおかしくないかなって」
つまり、妖精自体は見えないけど、自然の気を感じることができるのか。
芸術家の人は感性が鋭い人もいるみたいだしなぁ。
……だけど、本当に見えてないのかな?
俺の手元にいる妖精と、目が合っているように見えるんだけど。
あんまりにも凝視するから、妖精たちが怯えてるよ。
「な……何か見えますか?」
「さっきまで君に感じなかった火の気」
……やっぱりわかるんだ。
イルフォードは俺の顔に視線を戻して、首を傾げる。
「これ、火の妖精? 妖精と仲が良いってことは、やっぱり君……小人?」
「……違います」
やっぱりってなんだ。
前も言われたことがあるけど、そんなに俺ってコロボックルに見えるんだろうか。
俺が脱力していると、後ろでレイが噴き出した。
「こ……小人って……くくく」
肩を震わせて笑いをこらえてたって、噴き出した時点で失礼だからね。
そんなレイの隣では、ライラとアリスが口元に手を当て、こちらを見ていた。
「フィル君が小人……」
「きっと可愛い」
お願いだから、小人の俺を想像しないで。
「小人じゃないから」
皆に向けて念を押すと、イルフォードは少し悩むような仕草をした。
「なら、おまじないをするから、火の妖精と仲が良いのか」
「おまじない?」
まさかなと思いながら、俺は聞いてみた。
「もしかして、おまじないって僕が窯の前でやるあれのことですか?」
調理室でのおまじないと言ったら、それくらいしか思い浮かばない。
俺はいつも窯を使う時、中にいる火の妖精に向かって「上手に焼いてね」とお願いをしている。
妖精は基本的にいたずら好きだから、たまに料理を焦がしたり、生焼けにしたりすることがあるんだよね。
でも、先に丁寧にお願いすれば、ちょうど良い火加減で焼いてくれる。
調理の授業を取っている生徒は、皆知っていることなんだけど……。
でも、他校生のイルフォードが知るはずもないよな?
「おまじないのこと、誰かから聞いたんですか?」
トーマも不思議に思ったのか、イルフォードに尋ねる。
「お菓子をくれた先生が話してくれた」
お菓子をくれた先生って……。
「フィル君。遅くなってごめんなさい! お水よぉ!」
そう言って、コップと水瓶を抱えたゲッテンバー先生が部屋に入って来た。
「ゲッテンバー先生……か」
カイルがボソリと呟く。
なるほど、ゲッテンバー先生が出処か。
お菓子を食べるイルフォードの横で、楽しそうに話すゲッテンバー先生の姿が頭に浮かんだ。
先生とイルフォードの共通の話題として、俺の話は出しやすいだろうけど。
他校の生徒にまで広めなくてもいいじゃないか。
俺とカイルは半眼で、ゲッテンバー先生を見上げる。
「どうしたの? 怒ってる? お水を持って来るのが遅れたのにはわけがあるのよ。たっぷり飲めるように、水を瓶に入れていたせいでね。でも、その分、愛情を込めたから!」
焦った様子で、ゲッテンバー先生は水を注いだコップを俺に差し出す。
せっかく持って来てくれたので、コップを受け取り水を飲み干した。
「お水ありがとうございました。美味しかったです」
「いいえ~。どういたしまして」
にこにこ笑顔を返されると、聞きにくいけど……。
「……あの、今聞いたんですが。僕のおまじないのこと、イルフォードさんに話したんですか?」
困り眉で尋ねると、ゲッテンバー先生はハッと息を呑んだ。
「まぁ! ごめんなさい。ダメだった? かまどの火の妖精に向かっておまじないするフィル君のお話、可愛くてお気に入りだったから……。でも、フィル君が嫌ならもう言わないわ!」
お祈りポーズで、俺に向かい真剣な顔で謝る。
「もう広めないならいいですけど……」
「ごめんなさいね。対抗戦の時に、イルフォード君がフィル君の料理を食べたでしょう? フィル君の作る料理は独創的で、とても美味しかったって褒めてくれたからお話が盛り上がっちゃったのよ」
「イルフォードさん、僕の料理を褒めてくれたんですか?」
料理を振る舞った時、リンが美味しくて嬉し泣きするくらい喜んでくれていたのは覚えているけど、イルフォードがそんなふうに思ってくれているとは思わなかった。
本当なのかと俺が顔を向けると、イルフォードはコクリと頷いた。
「料理も、焼き菓子も美味しかった」
焼き菓子とは、対抗戦が終わった翌朝、散歩中に会ったマクベアー先輩とディーンとイルフォードにあげたマフィンのことである。
「屋台のことも聞いた。楽しみ」
そう言って、イルフォードはふわりと笑った。
仮装パーティーもだけど、今回の見学会を相当楽しみにしてくれているみたい。
「皆準備を頑張っているので、楽しみにしていてください」
微笑む俺に、ゲッテンバー先生がグッと力こぶを作る。
「ええ! 皆で頑張らなきゃね! ……でも、かまどはどうしようかしら。ひび割れもないし、見た感じは問題なさそうなのにねぇ」
「あ、そのことですけど……」
もう大丈夫だと言いかけて、口をつぐんだ。
かまどは使えるだろうが、理由はどうしたらいいだろう。
火の妖精のトラブルが解決したから……、なんて言えないもんな。
悩む俺の前で、イルフォードが先に口を開いた。
「もう、大丈夫。この子がおまじないしたから」
「おまじないを? そりゃあ、フィル君のおまじないは、真似した他の子のおまじないよりも強力なのか、一番上手に焼けるけど……」
戸惑うゲッテンバー先生に、レイが手を挙げる。
「先生がいない間俺たちも確認しましたが、かまど自体に問題はなさそうでした。かまど職人ともう一度確認してみて、それでも調子が悪そうだったら、カフェに頼んでみたらどうですか」
おぉ! レイ、ナイスフォロー!
俺は心の中で拍手を送りつつ、それに加勢する。
「もしダメなら下準備はこちらでやって、かまどを使う作業だけカフェでやらせてもらえないか頼みましょう」
俺の提案に、ゲッテンバー先生は考えてから大きく頷いた。
「そうね。授業で使えないと困るし、もう一度かまど職人さんを呼ぶ予定だったもの。確認してから、決めることにするわ」
ゲッテンバー先生の言葉に、ハラハラと様子を見守っていた妖精たちがホッとした顔になる。
「かまどの調子が戻ったら、フィル君のおまじないが効いたと思うわね」
ゲッテンバー先生はそう言って、茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクする。
「き、効くといいですね」
俺はそれにぎこちない笑みで返した。
調理室を後にした俺たちは、火の妖精たちの引っ越しのため小屋へと向かった。
そのメンバーには、イルフォードも含まれている。
こっそり妖精を連れ出したとしても、火の気を感じ取るイルフォードにはごまかせないだろうし、だったら事情を話して、小屋に招待したほうがいいと思ったんだよね。
「火の妖精の引っ越し準備をしてから小屋の中を案内しますので、ちょっと待っていてくださいね」
俺がそう言うと、イルフォードはコクリと頷く。
何を考えているかわからないけど、すごく素直だ。
「なぁ、フィル。その引っ越しの準備って何やるんだ?」
レイの質問に、俺はかまどに視線を向ける。
「火の妖精は火の気があるのを好むから、まずはかまどで薪を燃やそうと思うんだ」
小屋のかまどは適度に使用しているから火の妖精もきっと気に入ってくれるだろうが、引っ越しを確実に成功させるには、かまどで焚いて火の気をもっと高めたほうがいい。
ただ、小屋のかまどを使用する場合は、前もって管理人さんに許可を得る必要があった。
「今、カイルにお願いして、管理人さんにかまどを使う許可をもらってるんだ。だから、カイルが来るまでに薪を組んで、いつでも火がつけられるようにしておこう」
そう言って、俺が薪を手に取った時だった。
小屋の扉が勢いよく開き、肩に黄緑色の小鳥を乗せたカイルが息を切らしながら入って来た。
「フィル様。お待たせしました!」
「え!? 全然待ってないよ! ずいぶん早くない?」
俺たちだって、たった今小屋に着いたばかりである。
管理人さんに話した後、簡易的な書類手続きがあるから時間がかかるはずだよね。
だからこそ、別行動を取ってもらったのだ。
「作業が遅れると、寮の門限ギリギリになってしまうと思いまして」
寮の門限までには、あと一時間半ほどある。
妖精の引っ越し作業にそれほど時間はかからないだろうけど、日が暮れるのも早くなってきたから、それも考えてくれたのかな。
「ありがとう。後片づけまで余裕を持ってできるから助かるよ」
俺が微笑むと、カイルは嬉しそうに頷く。
そんなカイルに、アリスが水の入ったコップを差し出した。
「走って喉が渇いたでしょう。お水をどうぞ」
「ありがとう」
カイルは一気にそれを飲み干し、大きく息をつく。
【私も労ってください!】
カイルの肩にとまっていた小鳥がピョロロロと鳴いて、俺の肩へと移る。
この黄緑色の小鳥は、管理人さんのところのメイラーだ。
メイラーとは鳥の一種で、ボスと召喚契約するとその子分たちもついてくるという、群れで従属するタイプの動物である。
子分が危険を察知して鳴くと、ボスにそれが伝わるんだよね。
小屋で火を扱う時は、何かあったら管理人さんにすぐ連絡がいくようメイラーを貸してくれるのだ。
【私だって一緒に急いで来たんですよ! 置いていかれないよう頑張って!】
自分に労いの言葉がないので、メイラーはすっかりへそを曲げていた。
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