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二部 序章

序章1

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「……おお」

 その光景を前にして、思わず感嘆の声が零れる。
 今俺の前に広がるのは、絨毯のように大きく広がった花畑だ。日差しを全身で受け、生き生きとした色とりどりの花々が、見渡す限り広がっている。
 花は一つ一つ違う種類だというのに、まるで管理されているかのように美しい色どりで並んでいた。鬱蒼とした森を抜けた先にあった光景だったので、その美しさが更に際立っているといっていいだろう。
 花々は吹き抜ける風を受け、小さく揺れる。それだけで花の良い香りが俺の方にも広がってきた。

「どう? 気に入ったでしょ?」

 ここまで案内してきた男──メルディ・サリオ・シューカは淡々と問いかけてきた。俺を見つめる野原のような緑色の瞳には感情が一切宿っていない。空と同色と感じさせる青い髪は普段とは違い、腰まで長い髪を髪紐で一纏めにして結ばれていた。
 メルディは普段と変わらず無表情だ。それなのに、俺の答えがわかっているように見えるのは気のせいだろうか。
 ……相変わらず、何を考えているのかわからないヤツめ。
 正直な話、俺は一目でこの花畑が気に入った。
 元々、花なんてものには興味はない。そんな俺が、ここまで惹かれるとは思ってもみなかった。それほどまでに目の前に広がる花畑は幻想的で、目が奪われる。
 元の世界にはなかったような花も、多く見えるから尚更だ。花の中には仄かに発光しているものや、風が吹く度に色が変わるものなんてのもある。

「ああ。不思議と……気に入ったよ」
「……うん。イクマなら、そう言うと思ってた」

 メルディは俺を見つめ、一瞬だけ眩しそうに目を細めた。珍しい表情をするものだと思いながら、俺が手を伸ばすのは仄かに発光している花だ。

「不思議な花だな」
「それはザディスの花だよ。木の神が作ったやつ。本当は綺麗な音が鳴る花なんだけど、もう鳴らない」
「え、なんでだ?」
「神は、もういないから」

 そう答えたメルディの声は少しだけ弱々しく聞こえた。
 神だけに反応して鳴る花のようだ。俺は発光している花を指先で突くが、音が鳴ったりはしない。
 はるか昔、この世界では当たり前のように神々が存在していた。ある事情によって去ってしまった神たちは、この世界のことを今どう思っているのだろう。
 捨てた世界だと、とうの昔に忘れ去っているのか、それとも未だに戻りたいと願っているのか。
 俺が黙り込んでいるとメルディは突如両手を広げた。そして、そのまま大の字で花畑に寝転がる。
 メルディの寝転がる勢いの良さは、当たり前だが花のことなど考えておらず、花びらが散っていく。
俺はメルディの行動に目を丸くしたが、何をしようとしているのかを察した。

「……オイ、まさか」
「うん。少し寝るね、用が終わったら起こして」
「メルディ!」

 花に埋めれながら寝転がったメルディは、背をくるりと丸める。背中から生える薄羽と整った容姿のせいで、花畑に埋もれると妖精のようにも見える。
 いや、こんな怠惰な妖精は嫌だな。俺の知る妖精は働き者であってほしい。
 自然と溜め息が零れ、呆れから肩を落とす。
 寝ると決めたメルディを起こすのは、かなり労力を消費する。そうなると、今わざわざ起こすのは手間だ。メルディを起こすのは帰りでいいだろう。
 それでも、すぐさま寝るという暴挙に出た男の頬を抓ってやろうかと一歩足を踏み出した。しかし、丁度そこが少しぬかるんでいた。

「うわ、っ」

 ズルッと滑り、勢いよく踏み込んだ足だけ前へ。普通なら踏みとどまる事もできただろうが、今回は腕に抱えているものがあった。そのせいで大きくバランスを崩して、そのまま後ろへと倒れていく。
 まずい、と考えた瞬間、すぐに俺の肩を支え、抱き留める腕があった。

「──イクマ」

 咎めるように俺の名前が呼ばれると同時に、一瞬の浮遊感を覚える。目線を少し斜め後ろに向けると、そこには恐ろしい形相をした男が立っていた。

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