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一章

3.元神子は悩みがあるようです

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 異世界で生きていくと決めた俺だが、セルデアの願いによって今はこの屋敷に住まわせて貰っていた。
 活用するはずだった神子の力は失ったままであり、セルデアの側にいたかった為にその願いを断る理由はなかった。
 一年限りの居候から、この屋敷の一員という形に変った訳だ。つまり、居候の時のような、ただ本を読んでいた自堕落な生活は許されない。いくらセルデアの恋人とはいえ、俺もある程度は公爵家の役に立たなければならないだろう。
 しかし──

「──やることがない……」 

 ──昔と変わらず、俺は暇を持て余していた。
 砂糖を塗したような今朝の出来事から既に数時間が経過していた。今の俺は、新たな用意された自室におり、そこの木製のテーブルに突っ伏していた。
 新たに用意された部屋は、以前よりもずっと広く豪華だ。正直、この家主の寝室よりも豪華な家具や飾り付けがされてあり、煌びやかだ。正面には俺の背丈の倍以上あるであろう大窓から二つあり、そこから陽光が差し込んでいる。
 その窓からは庭園がよく見え、セルデアとよく話した場所も見えた。

「……やること」

 気が付けば、俺は同じ言葉を繰り返してしまっている。
 ここに戻ってきた時、俺もそれなりに役立とうとした。別段働きたいという訳でもなかったが、客人でなくなった三十過ぎた男が何もせずにいるのは、流石に罪悪感を覚える。
 セルデアに公爵家のために役立ちたいと伝えてから、まず最初に行ったのはセルデアの手伝いだ。
 この世界の文字もある程度は読め、数字の計算も可能だ。ここは現代知識によって、役に立てるのではないかと考えた。
 しかし、セルデアが行っている業務の殆どは領地に関わるものだ。俺は領地内のことも何も知らず、経営学や商学に長けている訳でもない。悪いが俺の知識は、高卒止まりだ。
 幼い頃から領地管理を行っていたセルデアと比べて、俺は圧倒的に知識が足りなかった。
 ならばと、次は身体を動かす仕事で役立つことを考えた。しかし、それに関して立ちふさがるのはセルデアだ。

『私は、貴方に傷付いてほしくない』

 肉体の仕事は大なり小なり危険が伴う。セルデアはそれに対して過剰な反応を示したのだ。しかし、俺にはセルデアがそうした反応を示すのも理解できた。
 化身の愛は重く、執拗で、自身が壊れてしまう程に一途だ。
 そんな性質をもった化身であるセルデアの前で、俺は二回も死にそうになった。他にも幼かった神子時代では、いつ死ぬかわからない俺を一人で見守っていたのだ。セルデアは、失う恐怖を知っている。
 だからこそ、俺は自分の意見を珍しく口にしたセルデアの言葉を無下に出来なかった。
 そして、今の俺に出来ることは、ほぼなくなった。セルデアは「貴方は側にいてくれるだけでいい」と言ってくれた。
 それに対して不満や苛立ちはない。本音をいえば、俺も自堕落に過ごすのは嫌いじゃない。だから公爵家の為に働きたいと言ったのは、ただの建前もある。
 ──俺が、今本当にしたいこと。

『……私のために、貴方が動かなくていい』 

 セルデアの声が頭の中に響く。
 ──俺は、あんな考えを変えてやりたいんだ。

「何かお悩みですか、イクマ様」

 俺の目線の先に、一人の少女が現れる。栗色のぱっちりとした瞳と、ふわりとした亜麻色の髪は、彼女の魅力を最大限まで引き出しており可愛い以外の言葉が見つからない。
 この屋敷のメイドであり、俺の世話役。

「──パーラちゃん。もう掃除は済んだの?」
「はい」

 パーラちゃんは可愛らしい笑顔を俺へ向けてくれた。
 年齢は聞いた所、十六歳だそうだが、彼女は年齢よりもしっかりしている。俺の身の回りの世話はもちろんのこと、屋敷内のことにも関しても一切手は抜かず、その仕事ぶりは完璧だ。
 パーラちゃんがただ可愛いだけの少女ではないことも、知っているが……それには触れずにおこう。

「いつも綺麗してくれるから助かるよ、ありがとう」
「勿体ないお言葉です。それより何か悩んでいるご様子でしたが、大丈夫でしょうか?」
「ええと……」

 流石に一回りは歳が離れているパーラちゃんに向かって、自分が役立たないことに悩んでいる、とは言いづらい。この事に関しては、深刻に悩んでいることでもなかった。
 どう返答するべきかと、考えているとパーラちゃんの瞳が輝く。

「もしかして、旦那様のことを考えておられましたか?」

 パーラちゃんの声は弾んでおり、どこか嬉しそうだ。
 彼女は何故か、最初の方から俺とセルデアが恋人同士の関係であると知っていた。しかし、三十代の男が十代の少女に恋愛相談なんて、できるはずがない。
 悩んでいる内容も、セルデアからは遠からず近からずといったものだ。どう返答するべきか躊躇っていると、先にパーラちゃんが動いた。

「もし私に出来ることがありましたら、いつでもご相談くださいね」

 花が開いたような明るく笑う。決して深く突っ込んでこない辺り、やっぱりパーラちゃんはで出来るメイドさんといえるだろう。
 ここは、恥を捨てて相談するべきかもしれないな。
 パーラちゃんと話し合えば何かいい案が出てくる可能性が感じ、口を開く。

「パーラちゃ」

 俺が口にできたのはそこまでだ。名前を呼び終わる前に部屋の中に強めのノック音が響いたからだ。

「申し訳ありません、イクマ様。至急、お話したいことがございます」
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