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一章

18.元神子はわかってほしいそうです

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「お、起きてたのか」
 
 閉じていた目蓋がゆっくりと開いて、紫水晶の瞳を覗かせる。先程の声の主はセルデアだ。
 俺がいることに驚いた様子もない所を見ると、来る前から起きていたのだろう。そうなると俺のした事は、本当にただの不審者だ。
 
「よく入ってきたのが俺だって、わかったな」
「イクマだからわかると言いたいが、実際はラナンの声がしたからわかった」
「ああ」
 
 そういえば、ラナンを懐に入れたままだったと今更ながらに思い出した。ラナンは小さすぎて存在を忘れやすいのが難点だな。変に動いて潰さないようにしなければ。
 寝ていたのなら一目見て黙って帰ろうと思っていたが、セルデアが起きているなら話は変わる。
 そっと指先をセルデアの額へ伸ばす。優しく包帯を撫でながら、下唇を小さく噛んだ。
 
「痛むか?」
「いや、もう痛まない。化身には神の血が混ざっているから自己治癒力も高い。もう治りかけている」
「それは良かった。本当に……良かった」
 
 セルデアは俺が触れても、あの時のように痛みに眉を顰める表情は見せなかった。ざわついていた心が、やっと落ち着いたような気がした。
 ただ、痛くないと強がっているだけという可能性もある。その証拠にセルデアは身体を起こして話そうとしない。多分、今は身体を起こすのも辛いのだろう。
 それでも、強がる余裕があるという事実だけでも俺には良かった。
 
「落馬した時、狼が迫りくる中……貴方が落ち着いて動いてくれて良かった」
 
 セルデアがぽつりと零した言葉は、落馬した時に骸の狼と剣を持って対峙した時の話をしているようだった。その言葉には流石に苦々しい笑みを浮かべる。
 
「あれが落ち着いてって言えるか?」
「あの状況では、もっと感情的な行動に出る可能性もあった。それこそ、突如背を向けて走り出したりしたら……私は間に合わなかった。しかし、イクマはいつも落ち着いて行動してくれる」
「買い被り過ぎだ。俺だって、どうしようもなくなったら大声で騒いで泣き出すぞ」
 
 俺の言葉にセルデアは瞳を大きく見開き、一瞬きょとんした顔を見せる。しかし、すぐにその表情を崩して、眩しそうに目を柔らかく細めた。
 
「っふ、それは少し想像できないな」
 
 自分でも想像できなくて、つられて口許を緩める。俺とセルデアの間に日差しのような温かな雰囲気が漂い、気持ちが落ち着いてくる。
 そして、暫しの沈黙が流れる。それは気まずいものではないが、互いに言葉を探しているような沈黙だ。それは俺にとっては都合の良い間だった。
 俺にはセルデアに伝えたいことがあった。今日の出来事があったからこそ、しっかりとわかって貰いたいことだ。
 
「なあ、セルデア。俺も少しは剣を扱えるんだ」
「……イクマ?」
 
 突然の言葉にセルデアは、困惑したような声を上げた。
 当たり前の反応だ。しかし、これは本当のことだった。
 屋敷にいた時、剣の手解きは受けていた。もちろん才能があるはずもなく、危険だという理由でセルデアにすぐ止められた為、稽古期間も短かった。知っているのは基本程度だ。
 セルデアのように剣を振れるとは思っていない、弱いことには変わらない。
 それでも、しっかりとセルデアに伝えたいことだった。
 セルデアは、俺の言葉の意図が理解できないのか、瞳を丸くしていた。
 
「俺は、お前が思っている程にすぐに死ぬような存在じゃない」
 
 俺は、三十代の男だ。自分の行動には責任を持てると思っている。見守っていないと死んでしまいそうな幼い子供ではない。
 
「──だから、お前はちゃんと自分を大事にしてくれ」
 
 少しでもいい。セルデアに自分自身を大切にしてほしかった。
 あの時、頭から血を流しながら俺を助けようと動いたことに嬉しさよりも恐怖が上回った。
 こいつは、いつか俺のために喜んで死ぬんじゃないかという恐怖だ。
 俺は、誰かのために死ぬなんてごめんだ。セルデアの神堕ちを浄化しにいこうとした時も、死んでもいいと思って向かった訳じゃない。
 これからも、セルデアとずっと生きたいという自分の願いを叶えるためだ。
 
「自分を……?」
 
 セルデアは眉を顰め、言葉が発せられた後も口は小さく開いたままだった。暫し、何も言わずにいたが、不思議そうな顔のまま口を開いた。
 
「──私は、大丈夫だ。イクマ」
「……そうか」
 
 しっかり言い切ったセルデアに、俺は眉を垂らして笑うしか出来なかった。そうやって答えるのは当然だった。
 セルデアの意識の中では、自分を無碍にしているつもりはない。これは根が深い歪みであり、すぐに直せるものではないことは知っていた。
 だからこそ、これ以上セルデアを説得する言葉が上手く見つからなかった。
 それでも、せめて。
 俺は、掌をそっとセルデアの頬へ伸ばした。触れると少し冷たく、手触りはとてもいい。手入れをしているのだろうか、ざらつきなど一切ない肌だった。
 
「なら、今度もし自分が危なくなったら、俺を思い出してくれ。俺がお前のしたことに悲しんでいるのか、笑っているのか。一瞬だけでいい、考えてくれ」
「……わかった」
 
 セルデアはそれにはすぐに頷いた。今はこれでいい。そうやって自分を納得させることにした。
 真正面から目が合うと、セルデアの手も俺の方へ伸ばされる。その手に誘われるように顔を近づける。
 ベッドに手を付いたところで、セルデアの指先が俺の襟髪に触れ、そのまま引き寄せられた。
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