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二章
2.元神子は不安なようです
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「まず、っ!」
俺が咄嗟に両腕を伸ばして、ユヅ君の身体を支える。ずっしりと重さが腕にかかるが、ユヅ君は軽い方だ。潰されることなく、なんとか支えることが出来た。
その出来事に一瞬、辺りは静まり返る。
「っ、ユヅル様!」
「ユヅ!」
ユヅ君の異変に皆が声を上げるが、俺の腕の中にいるユヅ君の目は閉じられたままだ。
……ダメだ、完全に意識を失っている。咄嗟に呼吸を確認するが、胸は上下に動いている。まだ安心できる状況ではないが、そのことにほっと胸を撫でおろした。
「サリダート公爵! 誰か人を!」
「わかった」
扉を開いたまま固まったセルデアに声をかけると、我に返って外へと走り出す。
俺はユヅ君を抱えながら、胸の中は、妙な気持ち悪さと不安に包まれる。
……いや、ユヅ君は神子の力を使っていた。もしかしたら、いつかの俺のように力の使いすぎで倒れたのかもしれない。
目蓋が閉じられたままのユヅ君を見つめて、息をのむ。願うことならただの疲労であってほしい。
しかし同時に、ユヅ君は倒れるほどに力を使っていなかったはずだと、冷静に判断する自分がいた。無意識に抱きしめる腕の力が強まる。
俺はただ、意識を失ったユヅ君を呆然と眺めていた。
■■■■
セルデアが呼んできた医師は疲労の可能性があると診断した。
俺達はユヅ君をベッドに運んで様子を見る事となった。意識は失っているといっても他に異常はなく、ただ気持ちよく眠っているような様子だった。
そうして、ユヅ君が目覚めるのを全員が待っていたが。
「……何の、異常もございません」
「そんな訳が! 三日も目が覚めないのだぞ!」
そうやって声を荒げているのはルーカスだ。彼の言う通り、ユヅ君は倒れてから三日間、一度も目を開くことはなかった。
いくら疲労だったとしても、ここまで意識が戻らないのはおかしい。
「し、しかし本当に何の異常もなく」
怒鳴られた医師は半泣き状態だ。その必死な様子から見ても彼が嘘をついているようにはみえない。
「……っく! わかった、もう行っていい」
ルーカスも医師が全力を尽くしているとわかっているのだろう。
いまだ苛立った様子ではあるが、医師を素直に解放した。それに対して医師は頭を下げ、逃げるように部屋から出ていった。
「……イクマ、どうだい」
「相変わらず瘴気は見えません。今の俺は力がないので、断言ができませんが瘴気の線は薄いかと思います」
俺は、ユヅ君が寝ているベッドの側に立ちながら視る。しかし、そこに瘴気はない。
少しでも役立てばと、ユヅ君の手を握って祈るが変化はない。ただ繋いだ手からユヅ君の温かい体温を感じることができ、訳もなく安堵した。
今部屋にいるのは、ルーカスと俺、セルデアだけだ。後の面子は泣き止まないホロウを連れ、出て行って貰っている。
ユヅ君が倒れてから、ホロウは完璧に付きっきりになって離れなかった。あそこまでユヅ君に懐いていたのだから当然だ。ただホロウがいると医師も診づらいだろうと、今は席を外して貰っていた。
「ユヅ君」
試しに呼び掛けてみるが、やはり反応がない。
目蓋は閉じられたまま、規則正しい寝息だけが返ってくる。今の状況だけ見ると、本当に寝ているようにしか見えない。
しかし、どんなに声をかけても、動かしても、ユヅ君が起きることはなかった。
「……さすがにこれは、一度メルディ様に相談するべきだな」
「俺もそう思います。ユヅ君を連れて国に戻った方が」
その時、扉を叩く音が室内に響き渡り、俺の言葉を遮った。
一瞬、ホロウ達が戻ってきたのかと考えたが、あまりにも速い。俺が首を傾げていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「我だ。神子の様子を見に来た」
俺は、その声がラティーフのものであるとすぐに気付いた。そして、それはルーカス達も同じようで、全員の視線が扉に向いたまま動けずにいた。
今の俺達にとって、ラティーフは敵なのか味方なのか定かでない状況だ。ただでさえ、ユヅ君は原因不明の昏睡状態にある。一瞬にして、緊迫感が漂う。
「……わざわざ、足をお運び頂いてありがとうございます」
その中で、誰よりも速く動いたのはルーカスだ。扉を開き、ラティーフを中へと招き入れる。しかし、室内に入ってきたのはラティーフだけではなかった。
親衛隊の兵士が三人、ラティーフに追従する形で中へと入ってくる。
親衛隊である彼らは、当たり前だが武装していた。その腰元には僅かに湾曲した刀を帯刀している。それを見た瞬間、セルデアは俺の側に近付く。
「よい。神子が未だに目が覚めないと聞き、見舞いに来ただけだ。楽にしてよい」
ラティーフは、脇目も振らず真っ直ぐにユヅ君が眠るベッドへ向かった。そして、目を開くことのないユヅ君の顔を見つめる。その時、ラティーフのは眉一つ動かさなかった。
「それで、どうするつもりだ?」
ラティーフは踵を返し、ルーカスと向かい合う。
その問いかけは、ユヅ君のことを言っているという事は俺にもわかった。
「陛下、その件でお話があります。このように神子は原因不明の昏睡状態です。この度の訪問は一時中断させて頂き、すぐにでも我が国に神子を連れて帰りたいのです」
「ふむ」
ルーカスの言葉にラティーフは顎に手を添え、考えるような仕草をみせた。
俺としても、どういう言葉が彼の口から出るのか、全く予想できない。何か理由をつけて、駄目だと言われる可能性もゼロではないのだ。
暫しの沈黙の後、ラティーフは口許を緩めた。
俺が咄嗟に両腕を伸ばして、ユヅ君の身体を支える。ずっしりと重さが腕にかかるが、ユヅ君は軽い方だ。潰されることなく、なんとか支えることが出来た。
その出来事に一瞬、辺りは静まり返る。
「っ、ユヅル様!」
「ユヅ!」
ユヅ君の異変に皆が声を上げるが、俺の腕の中にいるユヅ君の目は閉じられたままだ。
……ダメだ、完全に意識を失っている。咄嗟に呼吸を確認するが、胸は上下に動いている。まだ安心できる状況ではないが、そのことにほっと胸を撫でおろした。
「サリダート公爵! 誰か人を!」
「わかった」
扉を開いたまま固まったセルデアに声をかけると、我に返って外へと走り出す。
俺はユヅ君を抱えながら、胸の中は、妙な気持ち悪さと不安に包まれる。
……いや、ユヅ君は神子の力を使っていた。もしかしたら、いつかの俺のように力の使いすぎで倒れたのかもしれない。
目蓋が閉じられたままのユヅ君を見つめて、息をのむ。願うことならただの疲労であってほしい。
しかし同時に、ユヅ君は倒れるほどに力を使っていなかったはずだと、冷静に判断する自分がいた。無意識に抱きしめる腕の力が強まる。
俺はただ、意識を失ったユヅ君を呆然と眺めていた。
■■■■
セルデアが呼んできた医師は疲労の可能性があると診断した。
俺達はユヅ君をベッドに運んで様子を見る事となった。意識は失っているといっても他に異常はなく、ただ気持ちよく眠っているような様子だった。
そうして、ユヅ君が目覚めるのを全員が待っていたが。
「……何の、異常もございません」
「そんな訳が! 三日も目が覚めないのだぞ!」
そうやって声を荒げているのはルーカスだ。彼の言う通り、ユヅ君は倒れてから三日間、一度も目を開くことはなかった。
いくら疲労だったとしても、ここまで意識が戻らないのはおかしい。
「し、しかし本当に何の異常もなく」
怒鳴られた医師は半泣き状態だ。その必死な様子から見ても彼が嘘をついているようにはみえない。
「……っく! わかった、もう行っていい」
ルーカスも医師が全力を尽くしているとわかっているのだろう。
いまだ苛立った様子ではあるが、医師を素直に解放した。それに対して医師は頭を下げ、逃げるように部屋から出ていった。
「……イクマ、どうだい」
「相変わらず瘴気は見えません。今の俺は力がないので、断言ができませんが瘴気の線は薄いかと思います」
俺は、ユヅ君が寝ているベッドの側に立ちながら視る。しかし、そこに瘴気はない。
少しでも役立てばと、ユヅ君の手を握って祈るが変化はない。ただ繋いだ手からユヅ君の温かい体温を感じることができ、訳もなく安堵した。
今部屋にいるのは、ルーカスと俺、セルデアだけだ。後の面子は泣き止まないホロウを連れ、出て行って貰っている。
ユヅ君が倒れてから、ホロウは完璧に付きっきりになって離れなかった。あそこまでユヅ君に懐いていたのだから当然だ。ただホロウがいると医師も診づらいだろうと、今は席を外して貰っていた。
「ユヅ君」
試しに呼び掛けてみるが、やはり反応がない。
目蓋は閉じられたまま、規則正しい寝息だけが返ってくる。今の状況だけ見ると、本当に寝ているようにしか見えない。
しかし、どんなに声をかけても、動かしても、ユヅ君が起きることはなかった。
「……さすがにこれは、一度メルディ様に相談するべきだな」
「俺もそう思います。ユヅ君を連れて国に戻った方が」
その時、扉を叩く音が室内に響き渡り、俺の言葉を遮った。
一瞬、ホロウ達が戻ってきたのかと考えたが、あまりにも速い。俺が首を傾げていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「我だ。神子の様子を見に来た」
俺は、その声がラティーフのものであるとすぐに気付いた。そして、それはルーカス達も同じようで、全員の視線が扉に向いたまま動けずにいた。
今の俺達にとって、ラティーフは敵なのか味方なのか定かでない状況だ。ただでさえ、ユヅ君は原因不明の昏睡状態にある。一瞬にして、緊迫感が漂う。
「……わざわざ、足をお運び頂いてありがとうございます」
その中で、誰よりも速く動いたのはルーカスだ。扉を開き、ラティーフを中へと招き入れる。しかし、室内に入ってきたのはラティーフだけではなかった。
親衛隊の兵士が三人、ラティーフに追従する形で中へと入ってくる。
親衛隊である彼らは、当たり前だが武装していた。その腰元には僅かに湾曲した刀を帯刀している。それを見た瞬間、セルデアは俺の側に近付く。
「よい。神子が未だに目が覚めないと聞き、見舞いに来ただけだ。楽にしてよい」
ラティーフは、脇目も振らず真っ直ぐにユヅ君が眠るベッドへ向かった。そして、目を開くことのないユヅ君の顔を見つめる。その時、ラティーフのは眉一つ動かさなかった。
「それで、どうするつもりだ?」
ラティーフは踵を返し、ルーカスと向かい合う。
その問いかけは、ユヅ君のことを言っているという事は俺にもわかった。
「陛下、その件でお話があります。このように神子は原因不明の昏睡状態です。この度の訪問は一時中断させて頂き、すぐにでも我が国に神子を連れて帰りたいのです」
「ふむ」
ルーカスの言葉にラティーフは顎に手を添え、考えるような仕草をみせた。
俺としても、どういう言葉が彼の口から出るのか、全く予想できない。何か理由をつけて、駄目だと言われる可能性もゼロではないのだ。
暫しの沈黙の後、ラティーフは口許を緩めた。
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