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二章

20.元神子は分かったようです

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「――ここで、何をしておられるのですか?」

 メルディの感情の起伏のない声が室内に響いた。メルディは、俺とホロウの間に立ちふさがり、ホロウから視線を離すことをしなかった。二人が静かに見つめ合っている間に、ナイヤやルーカスも追いついてくる。
 ホロウは首を傾げ考えこんでいたが、ふと何か思い出したように見開く。

「……まさか」
「はい。刻の神の息子、メルディです。お久しぶりです――」

 まるで旧知の仲であるような会話に、俺の考えは間違っていなかったのだと確信した。
 元神様が消えさり、瘴気が薄まった。次第に消えていく瘴気によって、変わるのはエルーワだけではない。
 ――それは神々も、同じだ。
 元々神はこの世界を嫌って消えた訳ではない。瘴気が充満している世界から逃げただけ。なら瘴気が薄まれば、この世界に戻ってこようという神がいるのではないだろうか。そう考えついたのは、皮肉にも元神様のおかげだ。

『神が戻ってきている』

 黒い鳥の羽を握りしめたあの時、確かにその言葉が聞こえた。だからこそ、ふと思った。
 そして、その戻ってきた神が最悪にも、元神様のもっとも憎むべき神であったら……瘴気たちはどう動くだろう。
 その恨みが、絶望が、呪いが――その存在を追って暴走する可能性は?
 自分の恋人の魂を持っていき、自身を騙して決して勝てない賭けをさせ、最後には恋人の魂を打ち砕いた……その神が――

「――――夜の神、ホロウ」

 ――夜の神が、この世界に帰ってきたのなら。
 メルディが口にした名前によって辺りは静まり返った。誰もがホロウから目が離せなくなる。
 それに対してホロウは、呆れたような溜息を大きく吐き出した。
 次の瞬間、ホロウの雰囲気は一変する。先ほどまでは無邪気さを感じるあどけないものであったのが、今では感情の読めない大人びたものが漂う。金色の瞳は氷のように冷たく、表情は気怠そうに眉を顰めた。

「まさか、君があの国を離れるとは思っていなかったよ」
「私も驚いています。弱まっているとはいえ、瘴気が残る世界に貴方が来るとは。どういう用件でこちらに降りてこられたのでしょうか」

 驚いている、と語った割にはメルディの表情は相変わらず無表情だ。ただ声色は普段よりも固く、語気が少々荒い。
 ホロウは、メルディの問いかけにただ微笑んだ。しかし、その微笑みに優しさなどは感じられない。

「わかっているだろう? 僕のものを、取り戻しにきただけだよ」
「……」

 僕の、もの?
 俺にはホロウの目的までは理解できていない。しかし、メルディにはわかっているのか、問いかけもせず、ただホロウを見続ける。
 その際、メルディの表情はいつもと変わらない。しかし、なぜだろうか。ホロウを見つめる視線は鋭く、怒りを感じさせる。
 メルディはユヅ君のほうを指差した。

「今すぐ彼に、返してください」
「なぜだい? もらったのは、僕のものだけだ」
「わかっているでしょう。神子たちからあの人の魂だけを引き抜けば、魂は欠ける。欠けた魂は意識を保てない。ユヅは、このままだと目覚めずにやがて衰弱死します」

 死という言葉に、心臓が跳ねる。今も眠り続けるユヅ君へと自然と目が向いた。そして、メルディが言っていた言葉を今更思い出す。
 ――夜の神は執着心が強い。手に入れた魂は絶対に……

「……手放さない」

 思わず声が小さく零れる。
 そうか、ホロウの目的は元神様の恋人の魂だ。一度手に入れた魂であり、元神様によって奪われたものでもある。
 ユヅ君はホロウに、恋人の魂だけを抜かれたのだ。それを取り戻さない限り、ユヅ君は二度と目覚めない。
 そして、こいつの狙いはまだ残っているはずだ。
 ――俺か。
 正確には俺の魂に混ざっている恋人の魂だ。俺は自身の胸の辺りを掴みながら、静かに息を整える。

「そんな怖い顔をしないでおくれ、メルディ」

 ホロウは小さく肩を竦め、ユヅ君が眠るベッドに腰掛ける。
 怖いと言ったメルディの顔には何の変化もない。しかし、いつも飄々としているメルディには珍しく、先程から不思議と怒りを感じられた。

「ユヅには悪いが、今の機会を逃がせばもう僕のものは戻ってこないんだ」

 ホロウの手が眠るユヅ君の頭を撫でる。その手つきは、壊れ物を扱うように優しい。

「本来なら、ここに帰ることすら許されないはずの……僕のもの。僕の不注意で粉々になった可哀想な仔」

 ホロウの瞳がゆっくりとこちらを捉える。正確には彼が見ているのはメルディだ。しかし、メルディの後ろにいる俺はそれを真正面から受けることになる。
 蜂蜜のような黄金の瞳が、瞬きの合間に変化していく。セルデアのように瞳孔が縦長へ変わり、それを細めた。
 それは彼が人ではないことを、再認識させるには十分だった。

「だから、よかったら誰か教えておくれ」

 夜の神は、その体躯に似合わない艶やかな笑みを人間たちに向けた。

「――もう一人の、神子はどこだい」
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