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闇の巫女レルスアレナ7
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2015/07/05 詠唱を修正。
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少女は、無表情のまま男を見下ろす。
未だ痛みに呻く男は、なんとか立ち上がって逃げようとする。
それは自分が殺されると感じたが故だが……勿論、逃げられるはずも無い。
「鉄杭刺呪」
「ギイッ!」
もう何回目になるかすらも分からない痛み。
何本もの鉄杭が身体を貫いているような痛みに気が狂いそうになるが、幸か不幸か自意識は保ててしまっている。
だからこそ、男は立てないならばと這って逃げようとする。
「鉄杭刺呪」
「ぎああああああっ!」
腕に鉄杭を突き刺されたかのような痛み。
痛い。
痛い。
それでも逃げなければ。
ずりずりと、這うように逃げる男の足にも、鉄杭の痛みが襲い掛かる。
「命の杯。その話が出る度に、大なり小なりの事件が起きました」
少女が記憶する中で一番古い事件は、とある領主による虐殺であった。
命の杯なるものを手に入れたその領主は、罪人の命で杯を満たそうとした。
しかし、当然ながら杯が満たされるはずもなく領主は軽微な罪の者でも死刑にするようになった。
それでも杯は満たされず、領主は「犯罪未遂罪」なる罪で領民を死刑にするようになった。
何故かと領主は考えた。
悩んだ挙句、結局領主は「命の杯なるものは偽物である」という当然の判断には何故か至らなかった。
そこで領主が考え付いたのが、「元より短い人間の命では足りないのではないか」という考えであった。
そこで領主は旅人のシルフィドを言いがかりにも近い罪で捕らえ、処刑するようになった。
だが、それでも当然のように杯は満たされなかった。
ならば、やはり量が足りないのか。
いやいや、質こそが重要なのだろう。
そうやって殺し続けた領主は永遠の命を求めるあまり、狂ったのか。
それとも、元から狂っていたからそんなものに騙されたのか。
今となっては不明だが、やがて虐殺へと至った領主は「退治」された。
しかし、その事件はやがて脚色されて伝えられ……「命の杯」なる霊王国の遺産の噂話が広まるようになった。
シルフィドの命が……というのもその噂の亜種であり、それを信じた馬鹿がこうした事件を起こすこともある。
その度に囁かれるネガティブなイメージはエレメントの評判を落とし続け、それ自体が「呪い」だと言う者すらいる。
「あ、あぐ……」
「そんなに永遠の命とやらが欲しかったですか」
少女は男の前に回りこみ中腰になると、その髪を掴んで顔を持ち上げる。
「た、たすけて……」
「エレメントはそんなくだらない道具を作る種族だと、本気で信じていましたか」
「な、なんでもするからゆるし」
「鉄杭刺呪」
「ギャアアア!」
肩を貫くような痛みに、男が喚く。
少女はその絶叫を無視して、髪を掴んだまま男の顔面を床に叩き付ける。
「うるさいですよ」
「ひ、ひとごろひい……」
「おや、余裕ですね。鉄杭刺呪」
響く絶叫に、少女は表情一つ変えない。
気絶しようとする男の顔面を打ち据えて覚醒させると、少女は男を見据える。
「経験上、貴方のような屑を生かしておくと将来的にロクなことになりません」
大体予想されるパターンとしては逆恨みして仲間を集めるか、あるいは罪をでっちあげて被害者ぶり領主などに訴え出る……といったパターンだろうか。
どのパターンも経験があり、そして大抵は面倒事になっている。
そうしたものは正直御免であり、それを避ける為の解決法も少女は熟知していた。
「これはとても幸いなことですが……この村の住人は、全滅しています」
「え、な……っ」
「ああ、いえ。貴方を含め二人生き残っていましたね。ですがまあ、全員死亡と判断されるでしょう」
少女の言葉の意味を、男は理解する。
一気に青ざめ……痛みを忘れたかのように叫ぶ。
「い、いやだぁっ!」
痛む身体を恐怖が押さえ込み、少女の手を振り払って男は階段へと向かって逃げる。
「鉄杭刺呪」
「ギャアッ!」
足を鉄杭で縫い付けられたかのような痛みに男はバランスを崩し、転ぶ。
「鉄杭刺呪」
「ギイイッ」
恐怖で押さえつけていた痛みが限界を超え、今度こそ男は立てなくなる。
だが、それでも逃げようとして……身体は、一切言う事を聞かない。
「世界を闇が包み、夜が訪れた」
淡々とした言葉は、死刑宣言のようにすら男には聞こえる。
だが、それでも身体は動かない。
「再びの朝の訪れを望む汝に、影法師が闇の中から囁く。嗚呼、嗚呼、楽しき哉。君の悪運もここまでであったと」
ここに居ては死ぬ。
そんな事は理解している。
「すでに此処は夜の世界、闇の国。此処においては影ならざる汝は存在することを許されず。故に、汝の声は響かない。故に、汝の手は触れられない。故に汝は届かない」
暗い部屋が、怖い。
嗜虐心を刺激する暗さが、まるで自分を絡めとる手のように思えてくる。
「故に、汝の姿すら此処では消え行く。それすなわち汝の忘却、汝の消失。初めより定められしことなれば、逆らう事あたわず」
逃げなければ。
少しでも遠くへ。
だが、動かない。
「此処に汝の墓標は無く、此処に汝の証は無い。ただ、闇の底に沈み行け」
叫ぶ。
死にたくないと。
生きたいと。
「影世界の異邦人」
だが、その願いは叶えられない。
這い蹲る男の下に、部屋の暗闇よりも更に深い「黒」が円形を形作る。
「黒」は男を絡めとり、あっさりとその全身を包み込む。
そして……「黒」はすぐに沈みこむように消えていき、そこには何も残らない。
「よかったですね、これで貴方の望みは叶いました」
少女は男の消えた場所へと向けて、そう呟く。
今後ここに調査が入った時、高い確率でビスティアの腹に収まったと判定されるだろうが、上手くいけば行方不明とされるかもしれない。
そうなった時に男を心配してくれる誰かがいれば、「どこかで生きてくれている」と考えてくれるかもしれない。
きっと何処かで生きている。
いつか自分に「心配かけたな」と会いに来るかもしれない。
そうして、その「誰か」の中で永遠になる。
文字通り、「永遠の命」を手に入れるのだ。
……まあ、心配してくれるような「誰か」がいればの話だが。
「さて、残る問題は……と」
少女はそう言って、シルフィドの少女二人を振り返った。
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魔法解説
・鉄杭刺呪
任意の場所に幻の鉄杭を突き刺します。
実際には怪我一つしませんが、痛みは本物同様に作用します。
精神に作用する闇属性の特徴を最もよく現している魔法です。
・影世界の異邦人
影世界の異邦人は、闇属性の中でも特に凶悪な魔法です。
闇属性の中では珍しく肉体にも作用し、閉じ込めた相手を肉体と精神の両面からガリガリと高速で削り殺します。
全てが終わった後には何一つ残りはしません。
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少女は、無表情のまま男を見下ろす。
未だ痛みに呻く男は、なんとか立ち上がって逃げようとする。
それは自分が殺されると感じたが故だが……勿論、逃げられるはずも無い。
「鉄杭刺呪」
「ギイッ!」
もう何回目になるかすらも分からない痛み。
何本もの鉄杭が身体を貫いているような痛みに気が狂いそうになるが、幸か不幸か自意識は保ててしまっている。
だからこそ、男は立てないならばと這って逃げようとする。
「鉄杭刺呪」
「ぎああああああっ!」
腕に鉄杭を突き刺されたかのような痛み。
痛い。
痛い。
それでも逃げなければ。
ずりずりと、這うように逃げる男の足にも、鉄杭の痛みが襲い掛かる。
「命の杯。その話が出る度に、大なり小なりの事件が起きました」
少女が記憶する中で一番古い事件は、とある領主による虐殺であった。
命の杯なるものを手に入れたその領主は、罪人の命で杯を満たそうとした。
しかし、当然ながら杯が満たされるはずもなく領主は軽微な罪の者でも死刑にするようになった。
それでも杯は満たされず、領主は「犯罪未遂罪」なる罪で領民を死刑にするようになった。
何故かと領主は考えた。
悩んだ挙句、結局領主は「命の杯なるものは偽物である」という当然の判断には何故か至らなかった。
そこで領主が考え付いたのが、「元より短い人間の命では足りないのではないか」という考えであった。
そこで領主は旅人のシルフィドを言いがかりにも近い罪で捕らえ、処刑するようになった。
だが、それでも当然のように杯は満たされなかった。
ならば、やはり量が足りないのか。
いやいや、質こそが重要なのだろう。
そうやって殺し続けた領主は永遠の命を求めるあまり、狂ったのか。
それとも、元から狂っていたからそんなものに騙されたのか。
今となっては不明だが、やがて虐殺へと至った領主は「退治」された。
しかし、その事件はやがて脚色されて伝えられ……「命の杯」なる霊王国の遺産の噂話が広まるようになった。
シルフィドの命が……というのもその噂の亜種であり、それを信じた馬鹿がこうした事件を起こすこともある。
その度に囁かれるネガティブなイメージはエレメントの評判を落とし続け、それ自体が「呪い」だと言う者すらいる。
「あ、あぐ……」
「そんなに永遠の命とやらが欲しかったですか」
少女は男の前に回りこみ中腰になると、その髪を掴んで顔を持ち上げる。
「た、たすけて……」
「エレメントはそんなくだらない道具を作る種族だと、本気で信じていましたか」
「な、なんでもするからゆるし」
「鉄杭刺呪」
「ギャアアア!」
肩を貫くような痛みに、男が喚く。
少女はその絶叫を無視して、髪を掴んだまま男の顔面を床に叩き付ける。
「うるさいですよ」
「ひ、ひとごろひい……」
「おや、余裕ですね。鉄杭刺呪」
響く絶叫に、少女は表情一つ変えない。
気絶しようとする男の顔面を打ち据えて覚醒させると、少女は男を見据える。
「経験上、貴方のような屑を生かしておくと将来的にロクなことになりません」
大体予想されるパターンとしては逆恨みして仲間を集めるか、あるいは罪をでっちあげて被害者ぶり領主などに訴え出る……といったパターンだろうか。
どのパターンも経験があり、そして大抵は面倒事になっている。
そうしたものは正直御免であり、それを避ける為の解決法も少女は熟知していた。
「これはとても幸いなことですが……この村の住人は、全滅しています」
「え、な……っ」
「ああ、いえ。貴方を含め二人生き残っていましたね。ですがまあ、全員死亡と判断されるでしょう」
少女の言葉の意味を、男は理解する。
一気に青ざめ……痛みを忘れたかのように叫ぶ。
「い、いやだぁっ!」
痛む身体を恐怖が押さえ込み、少女の手を振り払って男は階段へと向かって逃げる。
「鉄杭刺呪」
「ギャアッ!」
足を鉄杭で縫い付けられたかのような痛みに男はバランスを崩し、転ぶ。
「鉄杭刺呪」
「ギイイッ」
恐怖で押さえつけていた痛みが限界を超え、今度こそ男は立てなくなる。
だが、それでも逃げようとして……身体は、一切言う事を聞かない。
「世界を闇が包み、夜が訪れた」
淡々とした言葉は、死刑宣言のようにすら男には聞こえる。
だが、それでも身体は動かない。
「再びの朝の訪れを望む汝に、影法師が闇の中から囁く。嗚呼、嗚呼、楽しき哉。君の悪運もここまでであったと」
ここに居ては死ぬ。
そんな事は理解している。
「すでに此処は夜の世界、闇の国。此処においては影ならざる汝は存在することを許されず。故に、汝の声は響かない。故に、汝の手は触れられない。故に汝は届かない」
暗い部屋が、怖い。
嗜虐心を刺激する暗さが、まるで自分を絡めとる手のように思えてくる。
「故に、汝の姿すら此処では消え行く。それすなわち汝の忘却、汝の消失。初めより定められしことなれば、逆らう事あたわず」
逃げなければ。
少しでも遠くへ。
だが、動かない。
「此処に汝の墓標は無く、此処に汝の証は無い。ただ、闇の底に沈み行け」
叫ぶ。
死にたくないと。
生きたいと。
「影世界の異邦人」
だが、その願いは叶えられない。
這い蹲る男の下に、部屋の暗闇よりも更に深い「黒」が円形を形作る。
「黒」は男を絡めとり、あっさりとその全身を包み込む。
そして……「黒」はすぐに沈みこむように消えていき、そこには何も残らない。
「よかったですね、これで貴方の望みは叶いました」
少女は男の消えた場所へと向けて、そう呟く。
今後ここに調査が入った時、高い確率でビスティアの腹に収まったと判定されるだろうが、上手くいけば行方不明とされるかもしれない。
そうなった時に男を心配してくれる誰かがいれば、「どこかで生きてくれている」と考えてくれるかもしれない。
きっと何処かで生きている。
いつか自分に「心配かけたな」と会いに来るかもしれない。
そうして、その「誰か」の中で永遠になる。
文字通り、「永遠の命」を手に入れるのだ。
……まあ、心配してくれるような「誰か」がいればの話だが。
「さて、残る問題は……と」
少女はそう言って、シルフィドの少女二人を振り返った。
************************************************
魔法解説
・鉄杭刺呪
任意の場所に幻の鉄杭を突き刺します。
実際には怪我一つしませんが、痛みは本物同様に作用します。
精神に作用する闇属性の特徴を最もよく現している魔法です。
・影世界の異邦人
影世界の異邦人は、闇属性の中でも特に凶悪な魔法です。
闇属性の中では珍しく肉体にも作用し、閉じ込めた相手を肉体と精神の両面からガリガリと高速で削り殺します。
全てが終わった後には何一つ残りはしません。
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