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27. テオ不在の夜

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 夜になっても、クロードは訪ねてこなかった。夜会へ誘うのは諦めたのだろうか。本人も欠席にしたのだろうか。
 屋敷へは帰ったのだろうか、ここの街へとやってきたのは夜会への出席が目的だったのだろうから。

 それとも。

「わたくしを、本当に追いかけてきたのかしら」

 口に出してみる。が、あまり心は動かなかった。今、頭の中を占めているのは新しい居場所にするためのカフェのこと、それからユーゴとクロエのこと。
「お嬢様、今日オクレール公爵様にお会いしたとか?」
 ジョアンが世間話のようにそう話しかけてきた。
「えぇ。人形の新店舗にやってきたわ」
「ユーゴが撃退したんですか?」
「ユーゴに聞いたの?」

 ふふふと笑って、ジョアンは隣の部屋で赤ちゃんを眺めている少年を見つめた。
「ポーリーンを、おじさんが追いかけてきたって。おじさん……ふふふ、社交界きっての伊達男も、子供からしたらおじさんですって!」
「笑いすぎよ……わたくしもジョアンも、そんなに年は変わらないでしょ?」
「4歳違ったら、生まれた子供がユーゴくらいになりますよ!」

 まぁそうかもしれないけれど。
 クロードの顔を見てからちょっと沈みそうになっていた気持ちが、ジョアンの明るさで引き上げられる。

 そういえば。

「テオは?」
「先ほど、外に出ていかれましたけど……行き先をきいてないんです?」

 どこにいったのだろう。
 今日はもうクロードは来ないだろうし、外はすっかり陽が沈んでいる。あとは寝るだけではあるけれど、昼間のことを思うと今夜はテオドールにもここにいてほしかった。
 心細いなんて思っている場合ではないのに。

「ジョアン、わたくし今夜はちょっと遅くまで起きているから、」
「はい、子供たちは私にお任せください! ユーゴ、クロエー! お風呂に入りますよー!」

 一日中元気なジョアンにほっとしながら、ポーリーンはテオドールに渡された契約書を広げた。


 借主の欄にテオドールの自筆のサイン。
 性格を表すような、綺麗な流れるような文字を指でたどる。
(そういえば、クロードは字が下手だったわ)
 手紙を代筆したことも多々あった。そうするたび、妻である自尊心が芽生えたものだ。公爵夫人だった自分。
 公爵夫人ではなくなった今の自分。

 身軽になった今、新しい出会いが自分にもあるだろうか。
 思いつくままにジョアンの得意な軽食やデザートをノートに書き連ねていく。
 ジョアンの意中の人が、カフェに来てくれるお客の中から見つかるだろうか。
 飲み物、グラス、皿、装飾、気の向くままに描いていく。

 クロードも立ち寄るだろうか。
 ユーゴを知る人も、訪れるだろうか。
 
 テオドールにも、良い人が現れるだろうか。

 カタン、とペンを置いて大きく一つ息をついた。
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