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しおりを挟むお屋敷に帰った夜は、祝いの宴でどんちゃん騒ぎでございました。父上も母上も、それはもう喜んでくださって。良家の子女には相応しくない少しだけ焼けた肌も悪くないとおっしゃってくださいました。
それからのわたくしは、クロ殿たちと過ごした日々のように、できるだけ身分に拘らず、やりたいことをするように致しました。優しい両親も、危なくないことならば良いと、わたくしのすることを見守ってくださいました。
そうしているうちに、あっという間に時間が流れて行きました。半年が過ぎた頃、外に出ることが増えたわたくしに、縁談の話が持ち上がるようになっていました。両親が申し込みがある度に、わたくしにどうするかと尋ねてまいります。わたくしはその度に、うやむやにお返事をしていたのですが、その数が増え、段々と断りづらい心持ちになってきました。
「お嬢さま。また、遠くを見つめていらっしゃるのですね」
そんなある夜、窓辺で月を眺めていたわたくしに、おさとが声をかけてきました。
「ええ……。クロ殿は、いかがお過ごしだろうかと思い出していたのです」
「お嬢さま。また、あの御人にお会いしたいのですか?」
「……ええ。会いたいわ。とても、会いたいわ」
「お嬢さま……」
なぜでしょう。
もうすっかりと元気になれたと思っていましたのに、近頃また、わたくしの胸には寂しさと切なさが込み上げてくるのです。けれどこの感情は、以前のそれとは違っています。どこか懐かしいような、甘いような、けれど悲しいような。無性にクロ殿の物語が聞きたくなったり、あの大きな瞳や、ニヤリと上げる口元を見たいという気持ちになるのです。
あれからうちの家来が、クロ殿に十分なお礼をするため北の地まで行ってくれたのですが、どこにもクロ殿の姿は見つけられなかったと報告してくれました。あそこの村人たちは、わたくしとおさとのことは覚えていたけれど、クロ殿のことは、最初から知らないような話ぶりだったと言うのです。
やはりあのお方は、ただのお人ではなかった。
まるで神様に助けられたようなわたくし。本当なら、初めてあのお方にお会いした一月後、わたくしは熱病に罹り、亡くなるはずだったというのは、本当なのでございましょう……。
わたくしはただ、小さなため息を吐くことしかできず、再び夜空に浮かぶ月を見上げるのでした。
そんな日々を過ごしていたある日、再び引きこもりがちになってきたわたくしを心配した両親が、街でお祭りがあるから行っておいでと進言してくれました。なのでわたくしは、気分転換をしようとおさとと数人の家来を連れて、久しぶりに街へ繰り出して見たのです。
賑やかな音楽を流しながら、踊る旅芸人や、南の国からやって来た商人たちが珍しい品々を並べて売っており、多くの人々が行き交っております。わたくしはゆっくりとそれらを眺めながら歩いておりますと、そんな中心から少し外れた場所に、黒い外套を頭からすっぽりと被った占い師がいるのに気づきました。その姿にクロ殿を重ねたわたくしは、客がなく俯いて座っているその者に近づき声をかけました。
「占い師さま、ひとつわたくしの占いをしてはいただけませぬか」
頭を覆う布から見えた瞳はクロ殿ではなかったし、もっと小柄なその占い師は、答えたその声で老婆だとわかりました。
「よろしゅうございます。何を占って差し上げましょう?」
「そうですね。わたくし、縁談の話がたくさん来ているのです。どなたと結婚すれば良いのか占ってはいただけませんか?」
良家の子女は、誰かの元へ嫁ぐのがお役目のようなものです。わたくしはそろそろどなたかを決めなければなりません。ですからそのような質問をしてみることにしたのです。すると老婆は、驚くことをわたくしに言いました。
「お嬢さま。あなた様を満足させられる殿方は、どこにもおりませぬよ。北に行きなされ。できるだけ早く。お嬢さまの求める者は、この国の一番北の地の、北の山。そこには小さな祠があるでしょう。もうじき死に絶えようとしている龍が眠っております。永い年月を生きた龍でございます。おお、儚き痛ましい龍よ……」
占い師の老婆は、感極まったように両手で顔を覆い、泣き出してしまいました。わたくしは伴の者に支払いを頼むと、急いで屋敷へと戻りました。そうです。もちろん、再び北の地へ行くためです。
両親は難色を示したものの、わたくしの熱心な懇願に、旅を許してくれました。クロ殿に会いたい。いますぐにでも旅立ちたい。そんな思いから、準備が出来次第旅立つことにいたしました。今度の旅は、おさとの体力が持たないだろうと同行を諦めていたところ、おさとが自分の娘を是非連れて行って欲しいと、おふくという娘を紹介してくれました。信用できる母のような侍女が紹介してくれた若き娘は、知的な顔立ちをしており、わたくしのために尽くします、と丁寧に挨拶をしてくれました。そうしてわたくしはおふく達数人の家来を伴に、一週間後にお屋敷を後にしたのです。
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