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しおりを挟む前回、この地へ来るまでに、5日間かかったのでございます。
ですがわたくし、頑張りました。少しばかりではございますが、活動的になったことが功を奏したようで、前よりも体力がついたわたくしは、休憩する時間を減らすことができたので、4日目の朝にはこの地へ到着することができました。
占い師のお婆さまがおっしゃった、龍。
わたくしはほぼ確信に近い気持ちで、クロ殿に会いに参りました。
クロ殿と過ごした北の地の更に北にある慎ましい一軒家。伴の者が玄関の扉の前で、「御頼もうします」と何度か声をかけたけれど、返事はなく、誰もいる様子はございませんでした。
わたくしは疲れたため、その家の縁側に腰掛けさせていただき、休息を取ることに致しました。
おふくがサッと薄布を持ってきて敷いてくれます。良く気が利く娘のおふくは、母親と同等の働きをしてくれ、本当に助かりました。わたくしは思います。生まれてこのかた、とても幸せだったのだなぁと。優しい両親、優しく優秀な家来たち、裕福な家。満ち足りた愛。何もかも揃っていました。それなのに、なぜあんなにも悲しく切ない気持ちになったのか。清貧の暮らしをされているここの住人に比べれば、本当に恵まれ過ぎているのにも関わらず。何を不足に思うのか。わたくしのこのわがままな心を持て余して来たあの時と違い、今のわたくしには、なんとなくその答えが見えて来ている気がするのです。
「あぁ……クロ殿。あなた様に、その答えを聞いていただきたいのです」
青空を見上げながら、わたくしは独り言を呟きました。誰からの返事もなく、サワサワと近くの木の葉を揺らしながら、風が通り過ぎて行っただけでございました。
「お嬢さま。長旅でお疲れでございましょう。お茶菓子を持ってまいりました。暖かいお茶をいただきながら、休憩を続けてくださいまし」
おふくがお茶と菓子をわたくしに差し出して来ました。それを見ますと、なんと以前、ここへ来た時におさとが持って来てくれたあのお茶菓子と同じではありませんか。わたくしはクスクスと笑ってしまいました。
「おふく。あなたはやはり、おさとの娘なのですね。……ありがとう。いただきますわ」
おさととおふくの違いは、わたくしがねぎらいの言葉をかけた後の反応なのでございます。
おさとは心から満足という風ににこにこと頬笑み、頷くのが癖でした。けれどもこのおふくは、頬を赤く染めて恥ずかしそうに顔を歪めるのです。そして「勿体なきお言葉です、お嬢さま」と言ってお辞儀をすると、早々にわたくしから逃げてどこかへ行ってしまうのです。私はある時不思議に思い、別の侍女にどうしておふくはあのような態度をなさるのかしら? と問うてみたのでございます。するとその侍女は笑いながら教えてくれたのでございます。
「おふくはお嬢様が大好きで、憧れなのですわ。もちろん私ども家来はみんなそうでございますが、それよりも更に、なのでございます。なぜならおさとさんに、小さな頃からお嬢様の美しさ、無垢さ、清楚さ、可憐さをうんと聞かされていたらしいのですわ。そんなお方が、目の前にいらっしゃるだけで緊張するのだと申しておりました」
だそうです。
おふくの方が、余程わたくしより純情で、可愛らしいと思うのでございます。
こんもりと生い茂った山。その前に流れる細い小川。小鳥の鳴き声。前にクロ殿と積んだ赤いお花。クロ殿がお世話をしていた畑。北の地の自然を眺めて休憩を続けていますと、この家の持ち主を調べ、鍵を受け取って来た家来が戻ってまいりました。
「お嬢さま、お待たせいたしました。この近くに住む住人が、この家の持ち主から管理を任されているらしく、しばし家を借りられるように手続きをしてまいりました。今すぐ、中へお入りいただけますよう、掃除をしてまいりますので、もうしばらくここでご辛抱いただけますか?」
「えぇ。ご苦労様でした。少し休んでからで構いませんよ。わたくしはここで、もうしばらくこの風景を楽しんでおりますから」
「かたじけのうございます。ですが、私は大丈夫です。すぐに、お嬢さまにおくつろぎいただきたいので、失礼いたします」
わたくしの用心棒を兼ねている武人の一人であるこの者は、言い終えるとお辞儀をし、すぐに玄関へ向かおうとしました。けれども何か思いついた様子で立ち止まり、またわたくしの元へ戻って膝まづきました。
「お嬢さま。龍の祠のことも少しだけ耳にしてまいりました。後ほどご報告させていただきます」
そう言って、家来は再びお辞儀をすると、玄関に向かって走って行くのでございました。
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