24 / 62
第24話 その日、犯罪者がいなくなる
しおりを挟む今日は、久しぶりにメリアの家へと招待された。兵舎暮らしの団員の多い中、彼女は城の近くに小さな一軒家を持っており、そこでひとり暮らしをしている。
「ベイルくん、どうでしたか? シチューの味は」
空になった器を前に、メリアは楽しげに言の葉を投げかける。
「腕を上げたな。昔よりも格段に美味くなってる」
幼馴染みだし、何度もこの家で御馳走してもらうことはあった。彼女の料理の腕は、レストランシェフにも負けていないと思う。薬の調合とか料理とかもだが、そういったレシピ開発の才能があるのだろう。
「えへへ、でも、このレシピはお母さんに教えてもらったんですよ」
「おばさん? 戻ってきたのか?」
「ううん、手紙にレシピが書いてあったんです。ベイルくんにも食べさせてあげなさい、って」
メリアの偉大なる両親は、ここから遠く離れた村で生活している。昔は、この町で一緒に暮らしていたのだが、メリアが自立できるようになると、余所に引っ越して研究に没頭してしまったようだ。
ちなみに、彼女の父の方は真っ当な人。研究所で、メリア母の助手をしていたのだが、気に入られてそのまま結婚させられてしまったとか。
――コンコン。
ふと、幼馴染みとの団らんに、玄関のノックが差し込まれる。
メリアに洗い物を任せて、俺が代わりに応対すると、そこにはフランシェがいた。
「フランシェ……?」
「良い匂いがしますね、夕食中でしたか? 出直しましょうか?」
「終わったところだよ。――おーい、メリア」
俺がメリアを呼ぼうとするのを、フランシェが制する。
「いえ、用があるのはあなたです。城の者に、ここへきていると聞いたので――」
俺はフランシェを招き入れる。メリアは驚いていたようだが、歓迎してくれた。引き続きメリアに洗い物を任せて、俺とフランシェは食卓に向き合い、珈琲を片手に話を始める。
「――で、なんのようだ?」
非番の日に尋ねてくるなんて、きっとなにか大事な話があるのだろう。俺は神妙な顔つきで窺った。
「……単刀直入に言います。私に隠していることはありませんか?」
ドグンと心臓が騒いだ。
「隠していること……だと?」
なんという卑劣な問いかけだ。人間誰しも隠していることはある。仕事でサウナに入ったのに、俺名義のスタンプカードを押してもらうとか。兵舎の食堂で、ご飯を大盛りにしてもらっているとか、そういう小さなコトなら大量にある。
だが、それらをすべて口にしてしまえば、フランシェが気づいていないことまでを懺悔することになる。そんな暴露大会は避けたい。
「――ないな」
冷静な表情でしれっと返答する俺。
「メリアの前だと話しにくいですか? 場所を変えても構いませんよ?」
「構わねぇよ。俺に隠し事なんてないさ」
ピリと空気が張り詰める。フランシェも真剣になっているようだ。しかし、騎士団の総帥様が自ら取り調べるほどの悪事はないはず。
「そうですか? ……例えば、お金に困っているとか……?」
「金? 給料は十分もらっているし、そんなワケが……。――ッ?」
金というキーワードが鼓膜を叩いた瞬間、俺の脳裏が反射するかのように記憶を甦らせる。
――まさか、メリアにプレゼントした素材の件かッ?
142万ゴールドの請求書。
俺はそれを騎士団に提出した。アレは絶対に問題ない。メリアは常日頃から騎士団に貢献しているし、それはフランシェを始めとして誰もが認識しているところだ。
メリアが開発した栄養ドリンクで、騎士たちは連日連夜活力を取り戻しているのである。むしろ142万の研究開発費ぐらい安いものだ。
もちろん、あの請求書をツッコまれることは理解していた。なので、次にコイツ(フランシェ)に会った時にでも、根回しをお願いしようと思っていた。
正当だ。国のための費用だ。見栄を張った俺が悪いとか、そういうのは絶対ない。たぶんない。きっとない
俺は請求書問題に関しては気にしていない。論破対決を繰り広げても無問題。だが、メリアのいるこの場で、その件を持ち出すのは気まずいにもほどがある。
メリアは洗い物をしていて気づいていないが、この話題がヒートアップしてしまえば巻き込む可能性がある。あの支払いが騎士団持ちだとわかれば、メリアは複雑な気持ちになってしまうだろう。
「なるほどな……」
俺は意味ありげに、得心したような言葉を落とす。フランシェも、そんな俺の空気と意図を察したようだった。
「どうやら心当たりがあるようですね」
「どうやら、いらぬ誤解を招いているようだ。しかし、悪いことは言わない。この件は詮索無用だ」
ここはなんとかお引き取り願いたい。とりあえず、なんとかそういう流れに持っていこう。
☆
――どうやら、ベイルも察したようだ。
しかし、フランシェは深慮する。
ベイルほどの人間が、ここまで言葉を濁すなど、なにか重大な問題を抱えているとしか思えない。幼馴染みの前で話をするのが憚るのだから、他人には言えないような悩みなのだろう。
「ベイル、私は騎士団を統括する立場として、心配しているのです。悩み事があれば、なんでも言ってください」
ほんのわずかでもいい。なにか問題の糸口でも掴めれば、あとは王家の権力を使ってどうとでもできる。
「詮索無用と言っただろう」
「しかし、あの件は見過ごすことができません」
断ずると、ベイルの瞳が鋭さを見せた。
「ならば、勇者特権を使うか――」
「――ッ?」
ありとあらゆる法律を無視して、勇者ベイルのわがままを叶える特権。それを142万円の請求如きに使うなど……やはり横領の裏には、とんでもない闇が控えているらしい。
――まさか、ギャングに脅されている?
弱みを握られていて、毎月のように金を要求されているとか。その弱みというモノが、勇者ベイルの威厳と権威を失墜させられるレベルのものだとか。
――これはマズい。
早急に解決しなければ、勇者ベイルはギャングに人生を絡め取られてしまうだろう。
「それほど……ですか。どうやら裏に誰かいるようですね」
「う、裏? そんな――」
言葉を濁しながら、ベイルの視線がわずかにメリアへと向けられた。その眼球の動きをフランシェは見逃さなかった。
――まさか、メリアも絡んでいるのか? ともすれば、ベイルが必死になるのも頷ける。
メリアは、騎士団に――否、ラングリードに必要な存在だ。彼女が開発する薬の数々は、この国になくてはならない存在。
理由は定かではないが、ベイルがメリアを危惧していることはわかった。
「言えないのでしたら結構。勇者特権も使う必要はありません――」
「そうか。助かる。近いうちに、すべてを説明できると思う」
「ご安心を。このフランシェ・ラングリードは、勇者ベイルを信頼しています」
だが、騎士団総帥として、このままなにもせずに帰るわけにもいくまい。少しでも、ベイルの力にならなければなるまい。
フランシェは、合図をするかのようにパンパンと拍手をした。
すると、玄関が開いて、数人の兵士たちが入ってくる。ベイルとメリアは「な、なんだッ?」「ど、どうしたの?」と、困惑していた。
兵士たちは、テーブルや床へとアタッシュケースを並べる。そして、それらを豪快に開いていった。
「こ、これはどういうことだ、フランシェ?」
アタッシュケースの中には、この国の通過である紙幣がギッシリと詰め込まれていた。その金額、約5億ゴールド。フランシェの蓄財の一部である。
決して少ない金額ではないが、ふたりの貢献を考えたら安いものだ。事情を話せないのなら、こちらが察して先手を打った方がいい。これだけの金があれば、当面の問題は解決できるだろう。
「気にしないでください。普段お世話になっているお礼のようなものです。足りなかったら、気軽に相談してください。それでは……」
「いや、こんなの置いていかれてもッ!」
遠慮するベイルだが、お金に困っているのなら、受け取ってもらわなければ困る。フランシェは、兵士たちを率いて彼の家から出て行くのだった。
フランシェが家を出ると、そこにはラングリード軍の兵士たちが大勢控えていた。
その数、約1万人。ベイルの自宅を包囲するかのように待機していた。フランシェが現れると、誰もが背筋を正す。
その中から、騎士団員が一歩前へと出て、真剣な面持ちで窺った。
「フランシェ様。状況は?」
「やはり、ベイルには言えない事情があるようです」
「そうでしたか……。今日のところは、引き下がるしかないようですね」
「否」
フランシェは厳しく否定する。
「ベイルが悩みを抱えているのです。人に言えず、苦しんでいるのです。ならば、仲間である我々が察して、行動し、その悩みを払拭するべきでしょう」
「ですが、その悩みがわからないのでは――」
「人に言えない悩みなら、おそらくギャング絡みでしょう。ゆえに、これから悪党を一掃します」
兵士たちがざわついた。
魔王の脅威ばかりに気を取られ、町の治安が疎かになっていた。ちょうど良い機会だ。フランシェ自ら、この町のギャングを完膚なきまでに駆逐する。
「第三騎士団は北区、第四騎士団は南と東、第五は西のギャング共をそれぞれ壊滅させてください。中央区は、私が受け持ちます。第六騎士団は詐欺の取り締まりを、第七騎士団は流通の不正を調べてください」
「はッ!」
「ギャングの幹部クラスは、生きたまま私の前に連れてきてください。直々に取り調べをします」
ベイルが言わないのなら、そっちの方からたどってみる。そうすれば、解決の糸口も見つかるだろう。
「今日、この日をもって、ラングリードから悪が消える。皆の者、奮闘せよ!」
ラングリード騎士団の雄々しき叫びが、町へと響き渡った。
☆
――翌日にはラングリードからギャングが消えた。
騎士団に討伐されたというのもあるが『この国の騎士団はヤバい』という噂が広がって、町の悪党の類いは、慌てて町を出て行った。一気にクリーンな町となった。
ちなみに、ベイルは翌日にすべてを話してくれた。正直なところ拍子抜けしたのだが、メリアが自信を失っていたことに気づかなかったのは、総帥であるフランシェの落ち度である。
ベイルから返却された、5億ゴールドは、そのままメリアの第二騎士団の運用費へと回し、薬品などの技術開発費用として使ってもらうことにした。
こうして、フランシェの勘違いの結果、ラングリードはさらなる治安の向上と発展を遂げたのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる