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第二章

6 追跡

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 ストリング村の警戒を強めてから、二十日が経った。
 僕とアイリの特別待機命令は解除されたので、十日ほどそれぞれの自宅で過ごした。
 前回の分も含めてと言わんばかりに、盛大にもてなされた。僕は諦めて家族たちの好きなようにさせた。後で聞いたら、アイリも似たような状況だったとか。
 ツインクを送り届けたらすぐ帰る予定だったのに、結局、拠点へ帰ってくるまでに三十日ほどかかった。


「お許しがいただけるのでしたら、私が調べてまいりましょうか」
 久しぶりのギロの料理を堪能していたら、給仕をしているギロがそんな事を言いだした。
 ギロにはこの三十日の間にあったことを大体伝えてある。
 僕は口の中のものをよく噛んでから飲み込んだ。
「調べるって、もうほかの冒険者が散々調べたんだけど」
「お忘れかも知れませんが、私、元人間の魔物です。人のときと違って、仲間・・の気配や痕跡までたどれるのですよ」
 忘れてはいなかったが、そんな能力があるとは聞いていない。
「じゃあもっと詳しく調べられるってこと?」
「恐らくは」
 言い方は謙虚だったが、自信がありそうだ。
「じゃあお願いするよ。何かあったら……ん? どうしたの?」
 それなら頼もうかと申し出を了承したら、ギロが驚いて固まってしまった。
「いえ、これほどあっさりお許しをいただけるとは思わず」
「できるって言ったじゃないか。僕の生まれ故郷の村に変なことが起きてるのだから、できることは何だってするし、やってもらえるならお願いしたいよ」
「そういうことではなく……はじめからですが、どうして私を信じてくださるのですか? 先程も言いましたが、私は魔物ですよ」
 ギロの作ってくれた料理を美味しくいただきながら、僕はギロの疑問に答える言葉を探した。
「今日もご飯、美味しいよ」
「は? あ、ありがとうございます」
 ちなみにアイリも僕の向かいで、僕とギロの会話を聞きながら料理を美味しそうに食べている。好物のポテトパイはお代わりまでしていた。
「ギロはさ、僕たちに何かするつもりなら、食事に何かすれば済むよね」
「そんなことっ!」
 ギロは元冒険者だったらしいが、料理人を目指していたとしても驚かない。食材の見極め方や調理器具へのこだわり、どれをとっても、素人とは思えない。
 何より、料理中のギロは楽しそうだ。
 そんな人が、食事を冒涜するような行為に手を染めるはずがない。
「ですから、私はこれからラウト様の故郷の近辺に潜むのですよ。他の魔物と通じて、勇者の情報を流すかもしれないじゃないですか」
「別に困らないし、そんな気があるなら今ここで言わないよね」
「困らないって……。はぁ、確かにラウト様のお強さなら、何事も些事ですよね……。わかりました。信頼にお応えすべく、丁寧に仕事いたします」

 こういうことは早く動いた方がいいというので、食事の後すぐに軽く打ち合わせをし、数日分の料理を作り置きして、ギロは旅立った。



*****



 ギロは当初、大いに困惑した。
 魔物化した人間は、魔族に近い強さを得る。ギロは魔物化した経緯こそ例外だったが、強さに例外はなかった。
 そんなギロを、ラウトは一蹴したのだ。それも、圧倒的な強さで。
 身震いした。戦慄した。
 魔物と化してから、自分の命に価値など見いだせなかったが、気がついたら地に膝と手と頭を擦りつけていた。
 畏れを感じただけではなく、この人なら……自分が最悪の事態に陥ってもなんとかしてくれるのではないか。自ら命を絶つ勇気はなく、殺されるのも怖いというのに、勝手にそんな願望を抱いていた。
 事実、その機会はあった。
 しかし機会を与えたのも、ギロの命を赦したのも、ラウト本人であった。
 ラウトの拠点へ連れてこられてから、困惑はさらに深まった。
 身の回りの世話をすると申し出たのは間違いなくギロだが、まさか留守番や料理まで任されるとは思わなかったのだ。
 そもそも同じ人間だとしても、出会ってすぐの相手に全幅の信頼が必要な料理や家の留守番など、なかなか任せられるものではない。
 料理が好きで、冒険者を辞めたら料理人になろうとしていたギロは、つい嬉々として腕をふるった。ラウトとアイリは毎回「美味しい」と喜び、何の疑いもなく完食する。
 料理人が、作ったものを笑顔で平らげてくれる相手に、何をできようか。
 アイリに料理を教えている時、アイリが「すっかり胃袋を掴まれたわ」とこぼしたことがあったが、ギロの方は二人に心を掴まれていた。

 元からラウト達を謀るつもりはないが、あまりに不用心なものだから、思わずやりもしない悪事の企みを告白した。
 ラウトは全く動じず、困らないと断言までした。

 万事を圧倒的な強さで乗り切る自信のあるラウトにも、できないことはある。
 それが、魔物の痕跡を追うことだ。
 足跡や食事跡など、物理的なものではない。魔物が通ったあとには、薄い臭気のように気配が残る。それを辿れるのは、同じ魔物同士だけ。そして魔族と同等の力を持つギロであれば、より詳細に調べることができる。
 ラウトが倒してきたという強い魔物の痕跡を辿り、元を突き止めるのが、今回の目的だ。
 気配は時間が経てば立つほど薄れるので直ぐにでも発ちたかったが、ラウトとアイリの二人に懇願された。
「一日分だけでもいいから、料理を作り置きしてほしい」
 約二時間かけて日持ちする料理を五品ほど作りあげてからの出立となった。


 ラウトの精霊は、ラウトの願いをだいたい叶えてくれる。
 但しラウト本人以外に対する願いの叶え方は、かなり大雑把だ。
 シルフの助力は強すぎるほど効き、半日でストリング村の近くへたどり着けたが、ギロは満身創痍に近いほど身体を痛めた。
「痛たたた……帰りは精霊に頼らず帰ることにしましょう……」
 所謂全身筋肉痛状態の身体をどうにか起こす。
 回復魔法が使えないギロに、ラウト達は何本も高級回復ポーションを持たせた。国から勇者への支援の一部だが、本人たちは殆ど使わないので持て余していたものだ。
 そのうちの一本を、ギロはありがたく飲み干す。全身の痛みや疲労感はあっという間に消え去った。
 すぐに立ち上がり、徒歩で村を目指す。村の中に入るつもりはないが、ラウトとアイリの故郷をひと目見たかった。
 村の入り口には冒険者が気怠そうに立っている。見張りのつもりなのだろう。
 しかしいくら気怠そうでも、腕の立つ冒険者だった。ウロウロと様子をうかがっていたギロは見つかり、声を掛けられた。
「あんた、何してる? 村の人には見えないが」
「ええ、通りすがりです。こんなところに村があったのですね」
 ギロはできるだけ愛想の良い顔を作り、丁寧に応対した。
「知らずに近くへ来たのか? このあたりには最近、強い魔物が多く出たんだ。もうすぐ陽も沈む。危ないから、村に入っておけ」
「あ、いえ、その……はい、ご忠告ありがとうございます」
「宿のことなら心配すんな。そこ真っ直ぐ行くと村の集会所がある。門番に言われたって言えば軽食と寝床くらいは提供してもらえるぞ」
「重ね重ねありがとうございます」
 こうなっては仕方がない。ギロは大人しく村の中へ足を踏み入れた。

 門番に言われた通りにすると、やや大きな民家の広い部屋に案内された。他の者と雑魚寝になるが、確かに寝床はある。食事は手持ちがあったので遠慮したが、希望者には軽食と言うには大きすぎるバゲットサンドが二つ与えられるようだ。
 ギロは毛布を被り早々に眠るふりをして、その状態で魔物の痕跡を追った。
 やや薄まってはいるが、どこからやってきたかくらいは辿れるだろう。
 一通り辿れるとわかって安心すると、そのまま本当に眠り込んでしまった。


 高級ポーションを飲んだとはいえ、シルフの助力による強行軍は思っていたより体力を消耗していたらしい。
 たっぷり眠ってしまったギロは、少々自己嫌悪に陥りながら村をあとにした。
 それから、昨夜辿った痕跡のうち、追いきれなかったものが消えた場所へ向かう。
 ロードアトラスらしい痕跡は薄まりすぎて殆ど追えないが、リザードレックスは数が多く、痕跡もくっきりとしている。
 痕跡は、村の西、大陸の中央から来ていた。

 ラウトからは「少しでも危険だと思ったら引き返せ。自分の身を一番大事にするように」と仰せつかっている。
 だがギロ自身、ロードアトラスやリザードレックスに遅れを取るほど弱いわけではないのだ。
 大丈夫だろうと判断し、痕跡を追って西へと進んだ。
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