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第二章

7 魔族と魔王

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 ラウトやシルフの助力を借りたときよりは遅いが、ギロの移動速度は馬より速い。
 大陸中央にある、大陸で一番巨大な山脈の麓に到着したのは、ストリング村を出て半日経過した頃だった。
 リザードレックスの痕跡は、山脈に沿って北上している。
 痕跡を辿って進むにつれ、ギロはあることに気がついた。

 魔王の気配である。

 魔王と直に相対したことはない。しかし、魔王軍の中でも魔王直属の手下は、魔王に近い魔力を纏っていた。
 それと似た気配が濃くなってくる。

 そもそも、魔王のいない大陸であるはずなのに、魔王直属の手下が何体もいたのはおかしい。
 魔王は確かに人の国を攻め滅ぼそうとしているが、まずは自身のいる大陸から落とすはずだ。
 嫌な想像ばかりが先立つが、まだギロ自身の命が脅かされているわけではない。
 ギロは極力気配を消しながら、先を急いだ。

 やがて、山小屋のような建物が見えてきた。
 以前ギロがいた、魔物を材料とした建造物とは違い、ごく普通の木造建築だ。
 リザードレックスの痕跡は、建物で止まっている。
 同じ気配はないが、濃い魔王の気配がする。
 流石に危険だろうか。
 こういうときのためにと持たされたマジックバッグに手をかけた時だった。

「何をしている」

 魔王に近い気配を発する魔族に、背後を取られていた。



*****



 ギロが旅立って二日目。ギロが作り置きしていた料理は、食事の度に食べる分だけ温め直した。
「なんていうか、凄いよね」
「本当。どうやったらこんな料理を作れるのかしら」
 作り置き料理は、後で温め直すことを考慮した品ばかりで、出来立てよりも味が深い。
 その日の昼もアイリと二人で堪能し、後片付けも一緒にやった。
「この料理も教えてもらわなくちゃ」
「もう随分教わったんじゃない? これは教わった中に入ってないの?」
「ええ。メイン料理はギロが作るのが一番美味しいから、私は前菜やデザートなんかを優先的に教わっているの」
「なるほど。それにしても、僕が同じ材料使ってもこうはならないのが不思議なんだよなぁ」
「火加減とか混ぜ具合とか、勘と経験が必要らしいわ」
 料理は奥が深い。
 以前は僕もよく作っていたが、最近は台所から遠ざかっている。
 でも自分で美味しいものが作れたら、楽しいだろうな。
「僕も教わろうかな」
「ええっ」
 何故かアイリが非難の声を上げた。
「何その反応」
「う、ラウトはほら、勇者だし忙しいから……」
 アイリはもごもごと言い訳を口にした。が、言い訳になっていない。
「現在進行系で暇だから、こうして片付けたり、この後もやることなかったりするんだけど」
「じゃ、じゃあ一緒に……どうしたの?」
 アイリが話してくれている最中だというのに、僕の腰に着けている小さなマジックバッグが急を知らせた。
「ギロだ。行ってくる」
「気をつけてね」


 ギロにも同じマジックバッグを持たせた。
 二つのバッグはつながっていて、見た目よりも大きなものが入る。
 例えば、人間とか。
 連絡用に使っていた、バッグ同士の中身が繋がっているものを、スプリガンに頼んで人が入れるサイズに拡張してもらったのだ。
 マジックバッグに片手を突っ込み、入りたいと念じると、身体がするりとバッグに入り込んだ。
 そのままもう一箇所の出入り口を目指して飛び出す。

 外へ出て見たのは、地に落ちている小さなマジックバッグと、その前に立ちはだかる、傷だらけでぼろぼろのギロの姿だった。



*****



「人間? 貴様、どうやって」
 ギロの前方には魔族がいたのだが、ラウトの視界には入っていなかった。
 姿も発した言葉も、見聞きする価値もないということだ。
「危なくなる前に退けと言ったじゃないか」
 ラウトがギロに声をかけると、ギロは安堵のあまりその場に膝をついた。限界だったのだ。
「申し訳ありません……」
「間に合ってよかった。ポーションまだある?」
「はい」
「飲んで待ってて」
「おい、貴様……!?」
 ラウトの両手に突然、剣と盾が出現する。精霊の助力によるものだ。白銀に光る剣が閃いたかとおもうと、切っ先が魔族の喉元に添えられていた。

「お前か。僕の従者をあんなにしたのは」
 静かな声だったが、魔族を、いや仮に相手が魔王であったとしても畏怖させる迫力があった。
 しかし魔族の方も、人間ごときにという気持ちがある。自身が抱いた恐怖心を勘違いだと思い込み、不敵な笑みを浮かべた。
「人間が魔くずれを従者にするだと? おかしなことを言うものだ」
 魔族、という言葉にラウトは眉をひそめる。ギロ本人からは聞いていないことだ。
「僕の質問に答えろ」
「ああそうさ、俺がやった。我が魔王様の拠点をこそこそ嗅ぎ回っていたからな」
「魔王の拠点? 魔王はこの大陸にもいるのか?」
いる・・さ。人間どもは知らずに過ごしているようだがなあ」
 人間は己の知らない情報を与えられると混乱する。それを狙ってわざと情報を与え続けたが、目の前の人間は微塵も隙を見せない。
「魔王は全部で何体いる?」
「さあな。魔族が力を得れば魔王に成れる。俺もそこの奴と……あとはお前でも喰らえば、魔王になれるなあ!」
 焦れた魔族は、ついに彼我の力の差を忘れ本能の警告を無視した。
 巨大な口を更に広げ、喉元の切っ先が身体を斬り裂くのも構わず、ラウトに襲いかかった。
「まだ話が聞きたい。ちょっと大人しくしてくれるか」
 ラウトは剣の柄で魔族の身体を数か所突いて地べたに転がすと、ノームの力を借りて魔族の両手足を尖った岩で串刺しにした。
 魔族からすれば、両手足に痛みが走ったかと思いきや、地面に磔にされていたのだ。何が起きたか理解するのに時間がかかり、声も出なかった。
「現時点、お前の知る限りでいい。魔王は何体いる? 何故魔族や強い魔物が多くなっている?」
 ラウトが淡々と語りかけている間に、高級回復ポーションを飲み傷を癒やしたギロがラウトに近づいた。
「結局、ラウト様のお手を煩わせてしまいましたね」
「ギロがここまでたどり着いてくれたおかげだよ」
「勿体ないお言葉」
 ラウトとギロが何気なく口にしたお互いの名前。それで魔族はようやく、目の前の相手の正体に気づいた。
「ら、ラウト!? 勇者ラウトかっ」
 魔族は手足を動かそうとして足掻いた。ノームの岩はわずかに揺れたが、それだけだった。
「僕のことは聞きたかったら後でいくらでも教えてやるよ。それで、さっきの質問の答えは?」
 ギロと話している時は穏やかな好青年だったというのに、魔族と話すときのラウトは冷徹そのものだ。
「こ、この大陸には今、魔王に成ったのが、五体。魔王の近くにいる魔物は力が強まり、魔族と成る」
 ラウトは溜息をついた。
「どうして人間側は最初に四体しかいないと思い込んだんだ……」
「は、ははっ」
 魔族は嗤い、声高に叫んだ。
「そもそも、魔王が降臨したと誰が人間に伝えたか知っているか!? 魔王自身だ!」
「騙されたってことか」
「そうだ! たった一体倒すだけで調子に乗るような人間風情が、全ての魔王を倒すことなどできぬ!」
 魔族はさらに高々と嗤いながら続けた。
「四体の魔王に目を向けさせている間に魔族と魔王の数を増やし、四体全てを倒したと思い込ませたところへ、別の魔王や魔族が攻め込むのだ! 人間どもはさぞかし混乱し恐怖するだろうなあ!」
 身動きの取れない魔族は自暴自棄になっていた。目の前にいる勇者が、千年前の勇者を遥かに凌ぐ強さを持っていることに、気づいていないのだ。
「つまり、端から根絶やしにしていけばいいのか。うん、方針さえ決まれば、後は……」
「ラウト様。其奴の言う事には嘘が混じっています」
「嘘?」
「はい。最初に現れた魔王は間違いなく四体のみです。増えたのは確かですが、最初の魔王たちほどの力はありません」
 ラウトとギロが会話し始めたのに、魔族は無遠慮に割り込んだ。
「お前、お前もどうだ、そこの勇者を喰えば、他の魔王より遥かに……がふっ!」
 ラウトが魔族の口に剣を突き刺したため、魔族はものが言えなくなった。
「……ラウト様、今のは本当です。私は、人を喰らえば……」
「もしギロがそういうことをどうしてもしたいっていうなら、僕が責任持って止める。こいつ、これ以上の情報持ってるかな?」
「今話した内容ならば、私でも補足できます」
 ラウトはそれを聞くや、魔族に止めを刺した。魔族は核を残して跡形もなく消え去った。
「あの、ラウト様、私は……」
「帰ろう、ギロ。アイリが作り置き料理の作り方、教えて欲しいって」
 ラウトがギロに向けたのは、たった今、大陸最強の魔族を倒した人物とは思えないような、穏やかな笑みだった。
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