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第二章

12 闇色の

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 船旅は二回目なので、僕が語れることは少ない。
 しかし、今回の船旅は「異常」と言って差し支えなかった。
 出港から二日目以降、魔物がひっきりなしに襲ってくるのだ。
「アイリ、休んでて」
「まだ大丈夫……」
「ギロ、アイリ連れてって。ギロも休んで」
「ラウト様もお休みになってください」
「僕は平気だから」
 クラーケンこそ出なかったが、マーマン、セイレーン、シーモンク、その他巨大な魚介類の姿をした魔物が昼夜問わず船を襲撃してきた。
 僕たち以外にも、例のギロの元仲間や冒険者たちが乗っているが、皆早々に音を上げた。襲撃が急すぎて、交代制を作る間もなかったのだ。
 この場を僕が引き受けて、かれこれ二日寝ていないが、休憩は取れるのでずっと甲板にいる。
 天候は嵐に近いほど荒れていて、雨と海水が体温を奪っていく。魔物の体液は魔物が死ねば同時に消えるから、それで汚れないのが救いだ。
「次が来るよ。ギロ」
「畏まりました。アイリ様、失礼します」
「ちょっ……! 降ろして!」
 ギロがアイリを問答無用で担ぎ上げて船内へ連れて行ってくれた。
 それを見届けてから、魔物が出てくる方へ向かう。
 海面から飛び出してきた魔物を剣で両断した。多分小さめのクラーケンみたいな奴だったと思うが、ろくに見ていない。
 魔物の気配が少し落ち着いたので、ステータスを確認してみる。
 レベルは二百七十になっていた。本当に、どこまで上がるものなのだろうか。
 それとどうやら、レベルが上がる度に僕の体力や魔力が回復している。だから眠らず魔物を倒し続けても疲労感が少ないし、傷も勝手に消えるのだ。
「おい、まさかずっとひとりで戦ってたのか!?」
 大声がして振り向くと、一番最初に撤退した冒険者パーティがいて、リーダーらしき男が僕に呼びかけていた。
「ええ、まあ」
 曖昧に頷いてみせると、パーティの回復魔法使いが僕に回復魔法を掛けた。
「すまなかった。しばらく俺たちでどうにかする。あんたは休んでくれ」
 魔物の気配は近くにない。見張りなら任せられるかな。
「わかった、頼む。危なかったら遠慮せず呼んでくれ」
「呼んでくれって……大した奴だな。俺はアントン、レベル六十だ。あんたは?」
「ラウト。レベルは……二百七十」
 嘘を吐くか誤魔化すか迷ったが、名乗りとレベルを教えられてこちらだけ教えないのは礼を失する。それに、どうせギルドに問い合わせればバレてしまう。
 アントンは目を剥いたが、何も言わなかった。
「よし、ラウト。任せてくれ」

 二日ぶりに船室へ戻ると、ギロがまだ起きていて、お風呂に湯を張ってくれていた。
 戻る途中でこっそりサラマンダを呼び身体を温めてもらったが、お風呂は嬉しい。ありがたく入った。
 お風呂を出ると、ギロが今度はテーブルに温かい食事を運んでいる。
「ギロも休んでってば。自分でできるよ」
「このくらいはさせてください」
 僕に対して常に従順なギロが、やたらと頑固だ。思い詰めているようにも感じる。
「もしかして自分のせいだと思ってる?」
 ギロは給仕の手を一瞬止めて、すぐ再開した。
「私の話をお聞かせしましたよね」
「聞いた。船員さんたちは、こんなことは初めてだって言ってた。つまり……」
「私が呪われているから」
「違う。魔王の影響だよ。それと僕のせいだ」
「そんなはずは」
「理屈は知らないけどね」
 ギロは危うくメインの乗った皿を取り落としそうになった。
「ギロだって自分のせいだという根拠は? 呪いで魔物に襲われるのだったら、オルガノの拠点は壊滅してるだろ」
「あそこは町の中ですから、防護結界魔法が」
「この船にもあるって船員さんが言ってた」
「では、やはり私が」
「ギロを呪ってまで襲う理由は? 僕はこれから魔王を倒しに行く勇者だ。どっちが狙われやすいか、明白だ」
 黙り込んだギロは、尚も自分のせいだという理由を探している。
 その間に僕は、久しぶりの温かい食事を堪能した。
 甲板にいる間はギロが定期的にサンドイッチなどの簡単に食べられるものを持ってきてくれたが、空腹を満たすために事務的に胃に詰め込んでいた。味付けを整える暇もなかっただろう。今はちゃんと暖かくて美味しい。
 僕が食べ始めたことに気づいたギロが、飲み物を用意したり空いた皿を下げたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
「ご馳走様。仮眠するから、ギロも休め」
「命令ですか」
「その方がいいなら、そうする」
「わかりました」
 まだ納得していないが、主人の命令には逆らえない、ということにしたのだろう。ギロは大人しく、割り振られた個室へ下がった。



*****



 ギロに、ラウトを騙すつもりは全くなかった。
 だから真夜中にギロだけが、とある気配を察知して目覚めたのは、偶然が重なったものだった。

 元々、ギロの気配察知はラウトのそれよりも魔物や魔族に対してのみ性能が良い。船をはるか上空から監視する魔族に気づいたのは、自身でも気づかないうちに磨り減っていた気力が睡眠によって回復したためであった。

 ギロは日頃は人の姿をしているが、本性は魔族である。背に翼を隠し持っていた。
 衣服を破りたくなかったので上着を脱ぎ、真っ暗闇の甲板へ出た。
 闇色の翼を広げると、ギロの全身も闇色に染まる。明るい金髪は血の色へ、瞳は白目ごと黒くなった。

「なんだ、お前。人に化けて潜入していたのか? そんな話は聞いていないが」
 相対した魔族からは、魔王に近い気配を感じた。
 魔族は低くひしゃげたような鼻をすん、と蠢かせて、顔を歪める。
「それにしちゃあ人臭いな。ああ、お前が裏切り者か。じゃあここで死ね」
 魔族から発せられたのは、魔力の塊。ギロも同じものを手から放ち、相殺した。
「狙いは何ですか。私だというなら、好きにしてください」
 ギロはラウト達に大切に扱われた結果、素の口調が丁寧語になっていた。
「但し、私の主が狙いだというなら、こちらも容赦しません」
「巫山戯たことを抜かすな、裏切り者がっ!」
 ラウトやアイリが常日頃から鍛錬を怠らないのと同じく、ギロも万が一のことを考えて、自己研鑽していた。
 以前、調査で遭遇した魔族程度ならばひとりで倒せるように。
 ラウトの足を引っ張らないように。
 ラウトを守れるように。

 魔族の渾身の一撃を、左手を振って霧散させ、魔族に肉薄した。
 右手には凝縮した魔力の塊を握っている。
「ま、待」
 無言で魔力の塊を魔族に押し付ける。魔族は悲鳴を上げるまもなく蒸発した。

 しばらくそのまま上空に留まり、周囲に魔物の気配がひとつもないことを確認してから、出てきた時と同じようにこっそりと船室へ戻った。



*****



 仮眠のつもりが、目覚めると朝になっていた。嵐の去った海は穏やかで、船は問題なく航行している。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようギロ。何があった?」
「へっ!? いえ、何も?」
「じゃあその背中の翼は何?」
 船は問題なかったが、朝起きたら従者の背中側、服の裾の隙間から闇色の翼が生えていた。
 僕が翼のことを指摘すると、翼が驚いたようにバサリと広がり、上着を少し破いた。あれは自分の意志じゃないのかな。
 
「あー! 出しっぱなしだったのか……どおりで……」
 ギロは手に持ったお皿を落とさないまま、器用に項垂れた。
「どおりで?」
「いえ、なんでもな……いやその、翼のことは、その……すみません。服も破いてしまって……」
「責めてるわけじゃないんだ。で、何があったの」
 ギロは真夜中に魔族を倒してきたことを白状した。
 告白中にアイリも起きてきて、ギロの背中の翼を見て目を見開き、興味本位でちょいちょいつついてから、テーブルについた。
「もしかして翼出しっぱなしのほうが楽とか?」
「……はい。その、これまで隠している方が普通でしたから気づかなかったのですが、今は、体の中に無理やり押し込んでいた感覚がなくなって……楽、です」
 この中で一番背の高いギロが、一番小さくなっている。
「でも隠しておかないと、騒ぎになっちゃうわね」
「なんとかならないかな。レプラコーン、翼を隠せるアイテムを何か作れないか?」
 テーブルの上に紫色の子猫が出現した。精霊たちは、こうして出る時は小さいサイズで出てきてくれる。レプラコーンはギロの肩に飛び乗ってふんふんと匂いを嗅ぐと、ギロの首にベルト着脱式の首輪を作り、前足をちょん、と乗せた。
 すると翼が消えて、服も翼なんて生えていなかったかのように、背中に垂れ下がった。
「あっ、翼出しっぱなしなのに、非実体化しましたね」
「ありがとう、レプラコーン。それともう一つ、ギロの腕輪を外してくれ」
「ラウト様?」
 レプラコーンはギロの肩から腕を伝って手首にしがみつくと、鼻先で腕輪をつついて消した。
「いいのですか?」
 腕輪はギロの行動を縛る枷だったが、もう必要ないだろう。もっと早く取るべきだった。
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