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第一章 悠久老師──改め、悠久少女
第五話 空の瓶
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竜胆は申し出を断った。蒼炎の脳裏には皇帝の言葉が浮かび、そっと腰に差した刀に手をやる。
「陛下は手段は問わないとおっしゃいました。そちらが拒絶するなら、私は実力行使も──」
「不老不死の人間相手に武力は意味をなさないわよ?」
竜胆が蒼炎の言葉を遮って言う。
確かに、悠久老師は不死だ。蒼炎は悠久老師の不死身がどういうものか知らない。
しかし、この人が住むには危険過ぎる山に一万年近く住んでいるという事は知っている。
山には常に危険がつきまとう。
天候の変化。落石。凶暴な獣。
自然の世界は人間に決して甘くない。蒼炎とて幾度も野営をした事がある。もちろん、山の中にでも。
だからその恐ろしさは身に染みている。
そんな世界を一万年生き抜く事を可能にした不死身は武力で何とかなるものなのか?
いや、何とかする必要はない。
別案を考える蒼炎の思考を読むように竜胆が言った。
「言っておくけど、私を一時的に動けなくして家捜しをしても無意味よ。確かに手傷を負ったらすぐには動けないし、縛られでもしたらお手上げだけど」
竜胆が両手を上げてお手上げのポーズをする。
その隣で白翔が面白そうに竜胆の仕草を真似していた。
「何故言い切れるのですか?」
「貴方、人の話は最後まで聞くものよ。ちょっと待って」
竜胆はそう言って体を捻ると、背後にある異様に仕切りの多い引出しに手を伸ばした。
そうすると蒼炎に背中を向ける格好になる。
(なんて無用心な……)
蒼炎は半ば呆れた。立場上絶好の機会とも思えたが、いくら不死身でも少女の姿をした相手に背後から襲いかかるのは武人として情けないと思い、また文にすると自分が変態のように思えて来たので、大人しく待つ事にした。
竜胆は迷う事なく、一つの引出しを開け、中から黒地に白い──先程竜胆が摘んでいた花が描かれた小さな瓶を取り出した。それを蒼炎の目の前に置く。
「中を確かめてみて」
そう言われ、蒼炎は栓を抜き、口を手のひらに向けて振った。しかし何も落ちてこない。
「これは、一体……?」
「それが貴方が欲しいと言った秘薬」
「え!?」
蒼炎はもう一度瓶を確かめたが、何も出てこない。瓶を逆さにしてもカランとも言わない。空だ。
竜胆は申し訳無さそうに眉を下げて言った。
「ごめんなさいね。その薬は一年前に全て使いきってしまったの」
家捜しをしても無意味な訳だ。ないものを見つける事なんて出来ない。
「そんな……っ、もう一度作る事はできないんですか!?」
蒼炎は竜胆に詰め寄る。
「作り方を記した書を紛失してしまってね。まぁ私には必要ないものだからいいかなって放置してたのよ」
不老不死の悠久老師。その性質は薬によるものではないようだ。
蒼炎はそれでも諦める訳にはいかず、頼み込む。
「その書はどこで無くしたのですか」
「んー、最後に見たのは白竜州でだったかしら?」
白竜州は天花山から流れる川を挟んで花峰州と隣り合っている州だ。
「白竜州……? 何故、白竜州に?」
「二年前にどうしても白竜州に行かなくてはならない事情があって……その時に持って行った荷物の一部を白竜州にいる知り合いの蔵に預けたから、恐らくは」
「なら、白竜州に行きましょう!」
蒼炎は立ち上がるとそう言って沓に足を引っ掛けた。
「え……いえ、それは構わないけれど……とりあえず沓を脱いだら?」
「何故?」
「もう夜だもの。日が暮れてからの下山は危険だわ。準備もあるし……明日の朝にしましょう」
外を見るといつの間にか日はとっぷりと暮れ、丸い月がぼんやり浮かんでいた。
蒼炎は納得して、沓を脱ぐと座り直した。
竜胆からの申し出もあり、蒼炎は今晩竜胆の家に泊まる事になった。
「陛下は手段は問わないとおっしゃいました。そちらが拒絶するなら、私は実力行使も──」
「不老不死の人間相手に武力は意味をなさないわよ?」
竜胆が蒼炎の言葉を遮って言う。
確かに、悠久老師は不死だ。蒼炎は悠久老師の不死身がどういうものか知らない。
しかし、この人が住むには危険過ぎる山に一万年近く住んでいるという事は知っている。
山には常に危険がつきまとう。
天候の変化。落石。凶暴な獣。
自然の世界は人間に決して甘くない。蒼炎とて幾度も野営をした事がある。もちろん、山の中にでも。
だからその恐ろしさは身に染みている。
そんな世界を一万年生き抜く事を可能にした不死身は武力で何とかなるものなのか?
いや、何とかする必要はない。
別案を考える蒼炎の思考を読むように竜胆が言った。
「言っておくけど、私を一時的に動けなくして家捜しをしても無意味よ。確かに手傷を負ったらすぐには動けないし、縛られでもしたらお手上げだけど」
竜胆が両手を上げてお手上げのポーズをする。
その隣で白翔が面白そうに竜胆の仕草を真似していた。
「何故言い切れるのですか?」
「貴方、人の話は最後まで聞くものよ。ちょっと待って」
竜胆はそう言って体を捻ると、背後にある異様に仕切りの多い引出しに手を伸ばした。
そうすると蒼炎に背中を向ける格好になる。
(なんて無用心な……)
蒼炎は半ば呆れた。立場上絶好の機会とも思えたが、いくら不死身でも少女の姿をした相手に背後から襲いかかるのは武人として情けないと思い、また文にすると自分が変態のように思えて来たので、大人しく待つ事にした。
竜胆は迷う事なく、一つの引出しを開け、中から黒地に白い──先程竜胆が摘んでいた花が描かれた小さな瓶を取り出した。それを蒼炎の目の前に置く。
「中を確かめてみて」
そう言われ、蒼炎は栓を抜き、口を手のひらに向けて振った。しかし何も落ちてこない。
「これは、一体……?」
「それが貴方が欲しいと言った秘薬」
「え!?」
蒼炎はもう一度瓶を確かめたが、何も出てこない。瓶を逆さにしてもカランとも言わない。空だ。
竜胆は申し訳無さそうに眉を下げて言った。
「ごめんなさいね。その薬は一年前に全て使いきってしまったの」
家捜しをしても無意味な訳だ。ないものを見つける事なんて出来ない。
「そんな……っ、もう一度作る事はできないんですか!?」
蒼炎は竜胆に詰め寄る。
「作り方を記した書を紛失してしまってね。まぁ私には必要ないものだからいいかなって放置してたのよ」
不老不死の悠久老師。その性質は薬によるものではないようだ。
蒼炎はそれでも諦める訳にはいかず、頼み込む。
「その書はどこで無くしたのですか」
「んー、最後に見たのは白竜州でだったかしら?」
白竜州は天花山から流れる川を挟んで花峰州と隣り合っている州だ。
「白竜州……? 何故、白竜州に?」
「二年前にどうしても白竜州に行かなくてはならない事情があって……その時に持って行った荷物の一部を白竜州にいる知り合いの蔵に預けたから、恐らくは」
「なら、白竜州に行きましょう!」
蒼炎は立ち上がるとそう言って沓に足を引っ掛けた。
「え……いえ、それは構わないけれど……とりあえず沓を脱いだら?」
「何故?」
「もう夜だもの。日が暮れてからの下山は危険だわ。準備もあるし……明日の朝にしましょう」
外を見るといつの間にか日はとっぷりと暮れ、丸い月がぼんやり浮かんでいた。
蒼炎は納得して、沓を脱ぐと座り直した。
竜胆からの申し出もあり、蒼炎は今晩竜胆の家に泊まる事になった。
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