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記憶を整理しながら

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「大丈夫だよ。少し疲れていたのかな」

 意識して笑顔を作る。
 急に思い出した前世の記憶、両親と姉の四人家族で暮らしていた。学生生活、幼かった頃、それらが一気に頭の中に流れこんできて、懐かしさで胸が痛くなる。
 家族仲は良かった。大学生の姉ちゃんは乙女ゲーム好きを友達には隠していて、俺しか話す相手がいなかったから、毎日その話しを聞かされてちょっとうんざりしてたけれど、でもそういう毎日も嫌いじゃなかった。
 学校も楽しかった。友達とくだらない会話して、アイドルの誰がいいとか、明日のアニメはとか。
 高三だった俺は受験に向け全力で勉強しなきゃいけないというのに、まだ大丈夫と日々のノルマ分勉強したら後はのんびり暮らしてた。
 前世の記憶を取り戻した今、殿下などと呼ばれている夢を見ているんじゃないかと疑いたくなる。
    けれど。

 前世の最後の記憶は、目の前に迫った来た一台の車。
 あれは夏休みが目前となったある日の事。
 学校帰り、夏休みに勉強せず遊んでたらまずいから、その前に海に行こうなんて友達と盛り上がり、明日詳しい話をしようと言いながら別れた直後だった。
 信号無視の車が、横断歩道を歩く俺をはねた。
 あれが最後の記憶。
 誰かが近寄ってきて、救急車を呼んだと聞こえた。だけど、目を開ける気力すら残ってはいなくて。
 もう家族に会えないなとか、海に行く筈だったのにとか、姉ちゃん俺がいなくなったら誰に乙女ゲームの話するのかなとか考えていた。
 ああ、そうだ。
 俺はあの時死んでしまったんだ。
 殿下ルートの良さを今晩教えてあげるわ。楽しみにしてなさいって言ってたのになあ。なんて事を考えてたからこの世界に転生したのだろうか、違うか。
 もう皆に会えないんだなあと、殿下としての人生も十年過ごしているのだから今更なのに考えて涙が出そうになる。
 だけど、繊細そうなエバーナをこれ以上不安にさせたら可哀相だから、泣いたら駄目だ。

「こちらでお休み下さい。お体が冷えてしまったのではありませんか、膝掛けか何かをお持ちいたします」

 俺をガゼボのベンチに座らせると、エバーナは屋敷の方に向かおうとするから慌てて止める。

「冷えてはいないよ。それよりも話をしよう、君のお兄さんが戻ってくる前に」

 この家の使用人はそんなに優秀では無かったのか、お茶の準備はまだ出来ていないらしく彼が戻ってくる気配はない。
 侯爵家の使用人としてそれはどうなんだという疑問は兎も角、今の俺には都合が良かった。

「お話、兄ではなく私で務まるのであれば」
「君と話しているのは楽しいよ」
「そんな筈ありません。私は何の取り柄もない不出来な娘ですもの」
「そう思うの?  ではなぜ楽しいと思うのかな」

 エバーナは悪役令嬢としてゲームに出てくる。
 俺は攻略対象。
   火の魔法が得意な俺様王子。
 俺様王子は出会った直後はエバーナと仲良くするものの、成長するにつれ自己評価が低い上強い魔力を持っている筈なのに魔法が使えないエバーナに失望し、天真爛漫なヒロインに惹かれていく。
 エバーナにとって、王子は辛かった子供時代に唯一安らぎをくれた存在だった。
 彼が綺麗だと褒めてくれた自分の髪を大切にし、その記憶だけにすがって生きてきた。
 それなのに浮気してエバーナを捨てる王子は酷すぎる。
 それが俺だなんて、いくらゲームの設定でも許せない。

「殿下が楽しいと仰って下さるのは、殿下が優しいからですわ」

 困ったような微笑みを浮かべながらエバーナが答える内容は、ちょっと卑屈だ。
 卑屈というのとは違うのかな、なんだろう自分に肯定的な言動が受け入れられない。そんな感じだろうか。

 エバーナの境遇を考えると、それも無理の無い話だ。
 彼女と兄は、母親が違う。
 彼女の母親は侯爵の恋人だったけれど、身分が低く結婚は出来なかった。
 政略で嫁いできたフォルードの母は、婚約時代から侯爵とは仲が悪かった。
 婚約者である自分を差し置いて恋人を大切にしている侯爵と、仲良く出来るわけがないと俺でも思う。恋人が大事ならいくら政略だとはいえ婚約者を作るなよと言いたくなるのは、俺が前世の記憶を取り戻したばかりだからだろうか。
 恋人がいるのに婚約した侯爵が悪い。だけど、そもそも侯爵と恋人の間に割り込んだのは、フォルードの母の方だった。
 侯爵は若い頃から剣の腕で有名だった。武術大会で何度も優勝している彼に一目惚れしたフォルードの母は、父親に頼んで無理矢理侯爵との婚約を取り付けたのだ。フォルードの母の実家は公爵で派閥的には手を組むのはお互いに利がある話だったらしい。
 公爵家、この国の公爵家は基本王位継承権第二、三位の者が婚姻した場合に検索に臣籍降下的な感じで公爵位の授与が行なわれ、本人没後ひ孫の代までが公爵位を継げ、それ以後は従属爵位を継ぐ事になっている。大抵は孫の代になった辺りで王家の男子が婿入り又は養子となり公爵位を維持する。この場合は継承権が何位かは関係無いし王女が養女又は嫁入りしても公爵位を存続出来た例もある。(当時色々あったらしいが詳しい事は分らない)
 ようは王家に何かあった時のスペア的な感覚で家の地位を残しているのだが、フォルードの母の実家は彼女の兄が家を継ぎ侯爵となっている。 
 話しがそれたけれど、侯爵と侯爵夫人は最初から上手くいくはずのない婚約、結婚だった。
 結婚しても侯爵は恋人と別れられず、子供まで出来てしまった。
 その恋人がエバーナを出産する際に亡くなってしまったのが、エバーナの不幸の始まりだった。
 一夫多妻なんて制度はない、この国では妾を持つ事も宗教上許されていない。
 恋人が産んだ子供はフォルードの母が産んだ子供として届けを出され、この家で彼女は育てられる事になった。
 母親を亡くした可哀相な子供、でも憎い恋敵の子供でもある彼女をフォルードの母は愛する事は無かった。
 優しい言葉を掛ける事もなく、日常生活に気を配る事もない。
 基本は自分の目の届かない離れに放置。
 侯爵が乳母を雇ったり侍女をつけたりはしていたが、仕事で城や領地にいる事が多い侯爵では細かい事には気づけなかった。
 暴力は無くても言葉による虐待をされ育ったエバーナは、自分は何をしても優秀な兄に劣る存在だと思い込まされていたのだ。
 姉ちゃんから話を聞きつつ、設定集という分厚い本を読まされた時はあまりの設定の酷さに絶句した。
 状況を考えたらフォルードの母の気持ちも分らないではないけれど、だからと言ってエバーナに罪はないし、虐待していい理由にもならない。

「僕は結構意地悪だし、優しくもないよ。君のお兄さんは相当苦労していると思うしね」

 実際彼を振り回している自覚はある。
 自分にとって、彼はどうでもいい学友の一人でしかなかった。
 大抵の人間は兄に近付く足がかりとして俺に近付いてくる。彼もそうだと分っていた。
 家庭はどうであれ臣下としては優秀な父親と違い、短慮な彼は兄の側近には向かない。
 俺の気軽な友人として付き合えるかと言えば、彼の性格が災いしてそれも難しい。
 付かず離れず。侯爵家嫡男という立場は蔑ろには出来ないから、せめてその程度の付き合い。
 そのつもりだった。

「兄は殿下を尊敬していると常々申しております。勉強は元より魔法使いとしても優秀だと」
「それは、そうなる様に努力しているけれどね」

 フォルードとエバーナが仲良く会話するなんて事はないだろうから、どういう状況でそういう会話になったのか分らないけれど。
 俺は確かに努力はしていた。
 ゲームの設定では努力嫌いだけれど、天才タイプでなんでも出来る。だからこその俺様王子だった筈だけど。
 今の俺は天才というより、努力型だ。
 なぜかいつも時間に追われている気がして、なにかしていなと落ち着かなかったのだ。
 あの時ああしておけば良かったと、時間は無限にあるなんて事はないのだと何故かいつも焦っていた。
 記憶を取り戻して分る。
 事故で突然死んでしまった前世、やりたい事は沢山あったのに奪われてしまった未来への未練が死ぬ瞬間にあった。
 前世を思い出していなくても、心の奥底にあった無念を忘れていなかったのだ。

「努力なさっているのですね。殿下は素晴らしい方ですね」

 素直にエバーナは俺を賞賛する。
 こんな良い子が虐げられて暮らしているなんて、姉ちゃんが見たら怒り狂う。
 お人良しの前世の両親だって、きっと黙ってはいないだろうし、俺だってそうだ。

「そう思う?」
「はい」
「じゃあ、僕と婚約の話しが出ても断らないって誓ってくれる?」
「え」

 何の因果なのか、エバーナと出会って前世の記憶を取り戻した。
 前世の記憶がなければ、俺はゲームの殿下の様になっていたかもしれないけれど。今の俺は違う。
 
「エバーナ、君に僕の婚約者になって欲しい」

 泣くのを我慢して笑う君を幸せにしたいって、俺様王子ではなく、俺なら幸せに出来るかもしれないってそう思うんだ。
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