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真の王子は輝きを放つ

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「エバーナ、このタルトはね王領で収穫された木の実を使っているのよ。独特な香りがするけれど私は好きなの。是非召し上がって」
「はい。フロレシア殿下。頂きます」

 俺を挟んで、にこやかな会話が続く。
 やはりというか何というか、俺とエバーナはサロンの中に入った瞬間注目を浴びた。
 そんな状態で緊張するなという方が無理で、席につくと自分の正面の椅子が二つ空いている事に気がついたエバーナの顔色は、青を通り越して真っ白になってしまった。

「今まで頂いた事がない香りですが、とても美味しいですね」
「気に入って貰えて嬉しいわ。これはね、お母様もお気に入りのものなのよ」

 にこやかにフロレシアが説明しているタルトは、前世で言うならピスタチオに近い感じの木の実が使われているが、外見はあれに似ていても香りがちょっと違う。
 独特の香ばしい風味があり、油脂分が多いのか生クリームと合わせるとこってり濃厚なクリームになる。
 この世界は乙女ゲームだからなのか、一部のものだけ前世の世界の様な食べ物になっている。ゲームのイベントで出てくるケーキやタルト、学校の食堂で出されるオムライス等がそうだが、それ以外は俺が知らないだけかもしれないけれど、前世ではなじみの無いものが多い。
   ちなみに米はオムライス以外の食べ方は今のところ見つけられていないし、味噌や醤油もお目に掛かった事がない。しかも、井戸水を使っている様なのにトイレ関係とか風呂とかは完璧に整っている。電気はないけれど、魔力を使用した魔道具が沢山あるので生活に不便はない。
 ただ、交通は馬車が主で、鉄道や車などが無いのが余計にゲームっぽい。

「お兄様はチョコレートのタルトがお気に入りですよね」
「え、そうだね。好んで食べるのはチョコレートの方かな。エバーナはどんな物が好みなのかな」

 テーブルの上には、ミニチュア菓子の様に小さく作られたケーキやタルト等が三段のトレイの上に彩りよく並べられ、その隣の皿には気軽に摘まめそうなクッキー等の焼き菓子、その向かいの更には綺麗にカットされた果物が並んでいる。

 飲み物は紅茶で、こちらは給仕達がタイミング良くカップに注いでくれる。
   お茶会は主役の兄上が来ないまま始められ、俺達と同じテーブルに座っていた母上は、侍女になにやら報告を受け、席を外してしまった。
   すでにお茶会が始まってから四半刻以上は過ぎている。兄上の気が進まないのは分かっているが、まさかサボるつもりなのではと、心配していた時だった。

「レオンハルト殿下がいらっしゃいましたわ」

   近くのテーブルに座っていた令嬢の声に、ドアの方へと振り返るとにこやかに各テーブルの令嬢達の挨拶に右手を軽く上げ答えながら、兄上がこちらに歩いてくるところだった。
 兄上を迎え、着飾った令嬢達が一斉に立ち上がり淑女の礼を始める様子は、まるで映画の一場面の様だ。

「兄上、漸くいらっしゃいましたね」

  テーブルに近づいてきた兄上に、立ち上がり声を掛ける。
   濃紺の上着の襟のところだけ金の縁取りをした略式の礼服を着た兄上は、見惚れる程に格好良すぎて本当に俺は同じ親から産まれたのかと疑いたくなる。
   攻略者の中でも美形と言われていたエルネクトたる俺が見惚れる、レア攻略対象者の兄上。もはやラスボスオーラが漂っている。

「皆待たせたようで悪かったね、母上はどちらにおいでかな。お待たせしたお詫びをしなければ」
「お母様は、少し前に席を外されましたわ」

 フロレシアがにこやかにそう教えると、小さく頷き令嬢達の方に向かい軽く手を挙げ「皆楽にして」と声を掛け席に着いた。

「エバーナ」

 そっと隣に立ったままのエバーナに声を掛けると、安心させるように背中をトントンと軽く触れる。

「兄上、こちらはゴレロフ侯爵家の長女エバーナ・ゴレロフです。あちらに座っているフォルード・ゴレロフが兄です」

 ちらりとフォルードに視線を向けてから、彼の名を告げる。
 気が利いた者なら状況を察して挨拶に来そうだが、彼はどうなんだろう。
 フォルードは兄上と直接話をしたことは無いはず、妹のエバーナの方が先に紹介された事を屈辱と考えてしまえば無視するかもしれない。

「エバーナ・ゴレロフと申します。お会い出来ました事光栄に存じます。どうぞよろしくお願い致します」

 エバーナは本当に美しいお手本の様な礼をしている。令嬢達の視線を集めている兄上を前にして、しっかりした挨拶が出来るのは、ちょっと凄いと思う。

「はじめまして……エバーナ。今日は気軽に楽しんで。エルネクト同様、私とフロレシアとも仲良くなってくれたら嬉しいよ」
「ありがとうございます」

 兄上はエバーナの礼に何故か一瞬だけ視線を天井の方に動かした後、エバーナの名前を呼びそう接げた。そして、一瞬こちらを見て笑う。
 あれはエバーナの右手首を見ての笑みだろう。笑う前の視線はそこにあった。でもエバーナの名前の前に合った一瞬の間はなんだったのだろう。
 そんな俺の疑問は、兄上の笑顔を見た俺達の背後に座る令嬢達が上げた声なき声の気配に霧散した。
 兄上のこういう笑顔はそりゃ貴重だろう。
 なにせ、年頃の令嬢達の誰もが憧れる王子レオンハルトは気軽に声を掛けられる人ではない。
   兄上が夜会で令嬢達に囲まれるのが面倒だと言っていたけれど、あれは文字通り囲まれているだけで、近付いて声を掛けてくる強者はいないらしい。
    それに、学校で級友達と話すことはあっても、一部の人間だけだろう。
 
「二人とも座りなさい。これは母上が最近お気に入りの菓子だ」

  給仕が用意した紅茶を優雅に飲みながら、兄上が二枚のクッキーの間にクリームか何かを挟んだものを薦めてきた。

「少し甘味が強い様だが、何故か甘い紅茶が合うと仰っていたかな」
「これ独特の香りがしますね」
「ああ、桂皮が使われているらしいからね」

  桂皮ってなんだっけと考えて、ああシナモンかと思い出す。姉ちゃんが冬になるとシナモンと生姜を入れたミルクティーをよく飲んでいたし、シナモンロールも得意で良く作っていた。

「桂皮は薬に使われるものだと聞いた事がありますが、お菓子にも使えるのですか、知りませんでした。エバーナ、一つ食べてごらん」

  クッキーの間に挟んであるのはバタークリームだろうか、ちょっとこってりした重めのクリームに干した果物が混ぜてある。

「頂きます」

  さっきよりも緊張した様子で、エバーナは給仕からクッキーを受け取ると一口、口にする。
  茶会はあまり出席した事がないから作法を忘れて自分で取りそうになるけれど、テーブルの側には給仕が付いていてお茶を注いだりお菓子を取ってくれたりする。
   食べたいものを好きなタイミングで好きなだけ皿に取るというのは、こういう場ではありえない。
   話の内容や雰囲気から、誰がお茶のおかわりを欲しているかとか、どのお菓子を食べたいのかを察してさりげなく提供出来ることで給仕の優劣は決まるらしい。
 呼ばれてから慌てて駆け寄る様では駄目なのだ。

「口にあったかな」
「はじめて頂く香りですが、とても美味しいです。甘味は強いですが、確かに甘い紅茶に合うと思います」
「この桂皮、お茶や他のお菓子に加えても合いそうですね。クリームに果物が混ざっていてもこの香りが合うのですから、果物を煮る時に加えてみても面白いのではないでしょうか、例えば林檎とか。それを使ったケーキや甘めのパン等も出来そうですね」

   確かアップルパイとかに使われてたよなと思い出し言ってみる。タルトとかケーキはあるけど、パイは見たことない気がする。俺が食べたことないだけだろうか。
 なんて考えてたら、姉ちゃんが作ったシナモンロールが食べたくなってきた。
 桂皮をお菓子に使うことすら珍しいのだから、シナモンロールなんて勿論存在しないだろう。いくら日本の会社が作った乙女ゲームの世界でも、きっとない。

「エルネクトは面白い発想をするね。このクッキーはね、母上が何か新しいお菓子をと菓子職人に命じて作らせたものなんだよ。エルネクトの提案は伝えておこう」

   母上が新しい菓子をと聞いて、姉ちゃんメモを思い出した。エルネクトルートのだいぶ先のイベントで、菓子作りを競い合うというのがあるのだ。
   その時エバーナも菓子を作るのだが、彼女のものは出来が悪く、ヒロインが優勝する。確かヒロインはその時。

「あ、提案はその……」

   マズイ。そういえばヒロインが作るのが桂皮を使った林檎のタルトなのだ。ヒロインは誰も食べたことのない林檎と桂皮の組み合わせをエルネクトに誉められる。
   ということは、その時までそういうお菓子が存在しないということだ。俺がここで提案して大丈夫なのか?

「どうかしたのか、何か不都合でも」
「折角の菓子職人の努力に、私が横から口を出していいものかと」

   ゲームの事を考えながら話す。
   変えるのはいいのか、悪いのか。でも、あれでヒロインが上がるのはエルネクトの好感度だから、ヒロインが優勝する必要はないのか。
   なら、大丈夫だ。

「お前は優しいね。あの男は職人気質というか探究心の塊という様な人間だから、エルネクトの提案を聞いたら喜ぶ筈だよ。母上の希望の菓子を作ることを喜びとしているからね」
「それならば良いのですが」
「一度会ってみるといい。話しを始めると止まらないが、なかなか面白い男だから」
「よろしいのですか」

   厨房等は王家の人間や貴族が立ち入るべき場所じゃないという認識の人は多いと思うし、貴族の令嬢や夫人が料理を作ったりもしないというのに。いいのだろうか。

「問題などあるわけがないさ、そもそも母上がよく出入りしている場所だからね。そのうちエバーナも伴って行くことになるだろうし」

   エバーナに向かいそう言うと、兄上はパチンと音が鳴りそうな程に完璧なウインクをしてみせた。
   なぜここでウインク。今、多分その瞬間を見たであろう背後の令嬢達から、息を飲む気配と共に小さな悲鳴が上がった気がする。

「エバーナをですか?」
「そうだね。詳しい話は後でね。君はそのつもりでね」
「畏まりました」

   エバーナは、勿論否定なんか出来ないし、俺も勿論出来ない。

「よし、では私は少し交流を深めてこようかな。エルネクト達はゆっくりしていなさい」
「はい」

   兄上が立ち上がり歩き出すのを見送ると、一斉に令嬢達の視線が動き始める。

「兄上が各テーブルを回ったら、その後は自由にしていいから、後で庭を案内しよう。ゴレロフ家のつる薔薇は見事だったけれど、こちらの薔薇園もなかなかだと思うよ」
「ありがとうございます」
「フロレシアも一緒にね」
「はい、お兄様」

   兄上が最初に足を向けたテーブルは、比較的仲が良い従姉妹達が座っている場所だった。本命といえばそうなのだろうか、すでにゲームの設定とずれ始めているから、分からない。
   そして、さっきの俺の発言でまたゲームの設定とずれる。こうしてどんどんずれていけば、エバーナは悪役令嬢にならずにすむだろうか。
    にこやかに話す兄上の姿を眺めながら、そんな事をぼんやり考えていた。
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