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第六話 なっていればいい
しおりを挟む◇ ◇ ◇
「……いや、それは難しいと思う」
端的に言えば、僕は三虎かのの願望を即座に取り下げた。
一ノ瀬がそうそう他の人間と会いたがるとは思えないし、何より僕自身がまだ彼女との相互理解を深めたかった。
結果としてその認識は覆ることになるのだけれど、この時点での僕はそう考えていた。
三虎は、あからさまに不服そうな表情を浮かべていた。
「なんで」
追及しながら三虎は詰め寄る。もう少しで息の揺らぎも伝わってしまいそうな距離だった。
「その、僕が今向き合ってる問題がさ、すごくデリケートなんだよ。関わる人間の頭数をむやみに増やせるようなことじゃなくて……」
三虎は納得したのかしてないのか、いまいちわからない顔をしていた。けれど僕の言っている内容は理解したらしく、少ししてから「わかった」とだけ言った。
「じゃあ、せめてその問題がどんな内容なのかくらい教えて。言える範囲でいいから」
正直、迷った。三虎の言葉通り、僕の裁量で情報を制限するのも手ではあった。もしかするとそうした方がトラブルになる可能性は低いのかもしれない。少なくとも一ノ瀬としては、それがよかったのかもしれない。
「……一ノ瀬踏穂って子に、会ったことある?」
けれど僕は、あらかたを話してしまうことにした。
単純に、今の状況に対して他人のアドバイスが聞きたかったというのもある。そして三虎かのは、アドバイスを求める人材として適任だと思った。
彼女は決して忖度しない。客観的に、論理的に、ある意味デリカシーに欠けた彼女の言葉を、僕は信用している。だから、僕は三虎に一ノ瀬のことを話すのをあまり躊躇わなかった。
……というのは後で考えた建前である。
一番の理由としては、これから先、三虎かのに一ノ瀬とのことが露呈しない自信がなかったからだ。いつか見破られるくらいなら自分から誤解のないように伝えたほうがいいんじゃないかと思った。
ああそうだ、安易だ。
「一ノ瀬さん? ああ、転校初日に、少しだけ」
「……学校、来てたんだ」
「一日だけね。まあその日、透坂休んでたけど」
なるほどどうして記憶にないわけだ。
「それで、僕が直面している問題っていうのが、つまり彼女のことなんだけど……」
僕は記憶の引き出しから丁寧に部品を取り出しながら、ゆっくりと話した。当たり前だが、箱舟ノアに関する情報は一切遮断した。そこだけが僕の守れる、彼女の唯一のプライバシーだから。
一ノ瀬踏穂は引きこもりではあるものの、その現状から脱却したいという思いがあるということ。僕は彼女の手伝いをしたいということ。
そして、僕が元引きこもりであるということ。
「……まあ、透坂がそうだったのはわりと有名だしね。ってか、だからこそ私は興味が沸いたんだけど」
話を聞き終わって、三虎がまず言及したのは僕についてだった。
「前から思ってたけど、三虎は変わり者だよな」
「まあね。正直、一ノ瀬さんのことはあんまり可哀想とも思ってないよ。よく知りもしない人間に同情されるほうが不愉快だろうし。現状、私はあくまで、死んだ魚の目をした魚、透坂古杜に異変をもたらした一ノ瀬踏穂にしか興味がない」
三虎は清々しいほど素直だった。いや、わかってはいたのだけれど、ここまで直球を投げられると逆に打ち損じるというか。何を返したらいいのかわからない。
「それ、ただの死んだ魚じゃないか?」
迷った挙句、的を微妙に逸れた指摘しかできなかった。
「どうしようか」
僕の苦し紛れのスイングを見送って、三虎が呟く。
「どうしようって、何を」
「いや、話を聞いたら諦めるルートに移行しようとしてたんだけど、聞けば聞くほど、俄然気になっちゃって」
予想通りではあった。そもそも、アドバイスでももらえたらいいだなんて思いが少なからず存在していた手前、ここで彼女を突っぱねるのも決まりが悪い。
僕が黙り込んでいると、彼女はなにか思いついた様子で口を開いた。
「じゃあこれは? もし、そういう話を振れる場面があったらでいいんだけど、一ノ瀬さんに女子の友達ができたほうが学校に復帰しやすい、みたいな感じで、どうにか会うきっかけを作れない?」
「……少し下心の隠し方を学んだほうがいい」
動機はともかくとして、三虎の提案自体は至極真っ当なものだ。
一ノ瀬が学校に復帰したところで、そこで関われる人間が死んだ魚一匹ではいたたまれない。せめて同じ変わり者ではあるが、同性の三虎かのが友達なら……。と、そこまで進んだ思考に急ブレーキがかかる。
三虎かのが友達で、大丈夫か……?
「まあ、そうだな。そういう流れにできそうだったら、言ってみるだけ言ってみよう」
自分でもわかるくらい早口で僕は言う。浮かんでしまった疑問符を悟られないように必死だった。
「透坂、今絶対に失礼なこと考えてるよね?」
今日二度目の完全敗北だった。
◇ ◇ ◇
回想を終えた僕は、再び目の前の扉に向かって言葉を投げる。
「三虎は、変わり者だけど賢いやつだよ。少なくとも、無駄に人を傷つけるようなやつじゃない」
「わかった。透坂くんがそこまで言うなら、信じる。……三虎さんのこと何も知らないのに、疑うようなこと言ってごめん」
「仕方ないよ、全然気にしてない」
ある意味で、三虎のことは僕も疑っているわけだし。
結局、三虎が一ノ瀬と話して、そこで何を得たいのか。そういう話には一切ならないまま、今日僕たちは別れた。訊いたところで、きっとはぐらかされていたと思う。
「じゃあ、別の話。一ノ瀬さんは、行きたい場所とかないの?」
「行きたい場所……か」
外の世界に対してなるべくポジティブな思考を向けられるようにするための質問だった。僕は元来からのインドア気質ゆえに引きこもり中もそういうことを考える余地などなかったが、一ノ瀬踏穂はそうじゃない。
正しく言うなれば、箱舟ノアはそうじゃなかった。彼女は配信の中でたまに、昔家族で行った旅行の話や、父親がキャンプ好きだった話をしていた。一ノ瀬の中にも、ノアが語っていたような思い出があるはずだ。僕がそれを実現させてあげられるかどうかはさておいて、少しでもそういう、前向きな記憶を呼び起こしてやることはきっと無意味ではないはずだ。
三分ほど経っただろうか。しばらく黙り込んでいた一ノ瀬が、振り絞るように口を開いた。
「……コンビニ、とか?」
「え?」
思い切り間の抜けた声が出てしまった。今、コンビニって言ったよな?
「コンビニって、あのコンビニだよね」
「うん、好きなんだ」
「僕も、まあ、そりゃ好きだけど」
「ほら、あんまり現実と離れてることって、考えるとつらくなるから。なるべく近いうち、透坂くんとコンビニに行けたらいいなって、それが今の私にとっての最大かな」
僕は想像する。肌寒い夜の中を、一ノ瀬と並んで歩くその光景を。
空気は心底冷えていて、吐く息はひとつと残らず色を持つ。僕たちの行く先、その遠くの方には白い光がぼんやりと見えていて、「透坂くん、見えたよ」。そんなふうに振り返った一ノ瀬は、きっと、心から楽しそうに笑っているのだ。
それは確かに、僕にとっての最大でもあった。
「行くのは夜がいいな。それも真夜中がいい」
「私も」
また僕らは、いつかの話をした。
こうやって、思いつく限りのいつかの話を重ねていけばいい。百個目が出る頃には、一つ目のいつかが現実になっているかもしれない。
なっていればいい。
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