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第七話 慎重派なの
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一ノ瀬の家を出る頃には、外はもう真っ暗になっていた。街灯を頼りにして停留所まで歩く道すがら、僕は電話をかける。結果がわかったらかけて、と半ば無理やり交換された連絡先に。
呼び出し音なんていつぶりに聞いただろう。単調な電子音が二・三回鳴ったあと、相手の声がした。
「はい、三虎です」
わざとなのか、いつもこうなのか、三虎はひどく他人行儀にそう言った。
「透坂だけど」
「へえ、かけてこないのかと思ってた」
「ごめん、思ってたより遅くなった」
「ははっ、嘘だよ。透坂は絶対かけてくるって信じてた」
大人しかった三虎の声がいきなり優しさを含み始めた。
これはなんの揺さぶりだ。多分、そう考えている時点で僕の負けだ。
「あの、友達にどうかって話。いいって、一ノ瀬」
正確には一度話してみてもいい、くらいの温度感ではあったが。
「へえ、ちょっと意外。一ノ瀬さんって、かなり警戒心高そうなタイプなのに」
一度見ただけとは言っていたが、三虎の見解はそれなりに妥当なものだった。一ノ瀬は他人を十分に警戒している。ただ今回は、そんな警戒心を押しやってまでも、僕のことを信じたいと思ってくれたというだけのことで。
だからこそ僕は、一ノ瀬と三虎の接触を円満かつ有意義なかたちで終わらせたかった。
「相当信頼されてるんだね、透坂」
「他に頼るところがないんだよ」
「そうかな? 本当に頼るところがない人って、そうそういないと思うけど。別にそれが他人じゃなくても、現実じゃなくても。人間なんてさ、勝手に拠り所を探すものじゃない?」
彼女の鋭い意見に、思わず息を呑む。
多分、三虎は正しい。一ノ瀬には箱舟ノアというもう一つの顔があり、リアスカという居場所がある。おそらく僕がこれ以上関わらなければ、彼女はその空間で好きなだけ生きていけるはずだ。このペースと内容で毎日配信を続けていれば、近い将来、生活費をまるごと稼げる可能性だって少なくないだろう。
僕がしているのは、一ノ瀬の可能性を一つ潰す選択なのかもしれない。
「それでも、僕はいい。一ノ瀬が外に出たがっている限りは、やめないと思う」
少なくとも、あの「会いたい」が消えてしまわないうちは。
「……明日、楽しみにしてる」
そう聞こえてから、反応もできないくらい一瞬のうちに電話は切られた。
明らかに三虎は、まだ何か言いたげなようだった。
彼女が不服そうにしていた理由はなんとなく察しがつく。一ノ瀬が僕の存在に依存しかけているように、僕も一ノ瀬を助けることに依存しているのではないか。三虎の頭に浮かんでいるのは、そういう懸念だろう。
実際、そうなのかもしれない。けれど、あくまで僕が彼女を助けるのは、彼女が現状から抜け出したいと願っているからだ。もし一ノ瀬が途中で心変わりするならば、僕の出番はもうないと胸を張って言える。
彼女が本当に外に出るかどうかを決めるのは、どう転んでも僕ではないのだから。
昨日がよほど睡眠不足だったのか、もしくは今日の睡眠の質が偶然よかったのか、僕という人間にしては珍しく、起床して早々、晴れ晴れとした気分だった。
カーテンの隙間から差し込む光と、ベッドの隅で寝ている白い猫。何も変わらない毎日のようでいて、事実、時間はいつだって不可逆無情に流れていく。
あのころは、外の景色が視界に入るのすら耐えられなかった。いつもカーテンと窓は閉じていて、室内灯の明かりが僕にとっての日の出であり、日没だった。
一ノ瀬は、どうなんだろう。今、彼女は何を持ってして朝を知るのだろう。そんなことを考えていたら、自然と一ノ瀬とのチャット画面を開いていた。
『今日もありがとう』
『ううん、楽しかった』
昨夜、一言ずつだけ交わしたメッセージを読み返す。
簡素なやり取りだ。でも、過不足は感じなかった。それまで散々話していたから、というのもあるだろうけれど。
『おはよう。今日は、昨日より少し遅くなるかもしれない』
一思いに送信ボタンを押して、画面を閉じた。ずっとこのまま、返信を待ってしまいそうな気がしたから。
寝癖をなおして、ネクタイを結ぶ。顔を洗って、多少人間らしい顔つきになったら、深呼吸をして外に出る。意識しないと、やり方を忘れてしまう。
僕はいつだって、日常を保つのに必死だ。
家を出てすぐ、通知音が鳴った。いつもは家を出る前にマナーモードにするけれど、今日はあえて携帯を触らないようにしていたので忘れてしまった。
なんとなく、僕はこの通知の正体を察していた。
『おはよ、透坂の家の近くまで来てるよ』
やっぱり。
三虎かのは、つくづくこういうタイミングが大好きな人間なのだ。こんなに短いメッセージからでも、彼女の、掴みどころのない平坦な口調が脳内再生される。
そもそも僕の家を知る機会がどこであったんだ、という疑問は浮かんだけれど、相手が三虎かのであるならばそんな質問をする意味もあまりないような気がした。彼女は多分、自分の興味に対して妥協を知らない。
『近くってどこ』
『公園、あるじゃん。その入口のところ』
返信のタイミングで、ちょうどその公園が見えてきた。
確かに、言葉通り三虎は入口の柱にもたれ掛かるようにして立っていた。
大きめのマスクをつけ、耳には黒いヘッドホンをしていた。首元には時期尚早とも思える、薄手のマフラーも巻かれている。
普段、デフォルトの制服姿しか目にする機会がないから知らなかったが、彼女は寒がりらしい。これで白い息でも吐いていたら、冬という概念にぴったりな女の子の姿だろうな、と思った。
『見つけた』
送信ボタンを押すと同時に、三虎の肩を軽く叩く。驚いたのか、彼女は少しその場で跳ね上がった。思っていた以上のリアクションに、僕はどこか優越感すら覚えていた。
「おはよ」
三虎はヘッドホンを耳から外して鞄にしまった。その一連の動作をしている間も、僕の方を鋭い眼差しで刺殺せんとばかりに睨みつけていた。僕は故郷の村でも焼いたのか? 普段の自分の行いから逆算したら、あんなの大したことじゃないだろ。
「……あほ」
それだけ呟くと、三虎はすたすたと歩き出した。急いで僕はその隣に駆け寄る。
「こっちだって驚いたんだから、あいこだ」
「驚きのベクトルが違う。和製ホラーとパニック映画をないまぜにして誤魔化すな」
朝から知見の深いツッコミだな。
「それより、なんでわざわざここまで? 三虎の家ってこの辺なの?」
「プライバシーの侵害はやめてください」
「そっくりそのまま返す」
ちら、と三虎はこちらに視線をやった。よかった。さっきのように明確な殺意はもうなさそうだ。今の顔は、こう、お淑やかな殺意だ。
「別に、なんとなく」
「ふうん」
「何その反応」
「いや、変に理由をつけられるより納得がいった。三虎は自分の直感に正直っていうか、そっちの方が合ってる」
僕が言い終わるのと同時に、前方から冷たい風が吹いた。想像以上の寒さに、思わず顔の筋肉が強ばった。
「寒い」
「秋だからね」
三虎が淡々と言ったその言葉で、僕は今日から暦が変わったことを思い出した。
そうか、もう秋なのか。夏が終わった気は少し前からしていたけれど、秋の訪れはいつだって遅れてから感じる。それで、もう戻らない秋の始まりを思ってやるせない気持ちになるのだ。
一ノ瀬は、秋を感じているんだろうか。
いくら家の中とはいえ、肌寒さだったり、外の薄暗さだったり、そういうものから季節の移り変わりを感じて、変容のない自分の生活と対比して、それで、絶望していたりしないだろうか。
冬が来てしまう前に、彼女が外に出られたらいい。本格的に寒くなると、僕ですらまた引きこもりたくなるから。
「今日、ちょっとだけ買い物してから一ノ瀬さんの家向かおうよ」
「買い物って?」
「お近づきの品、みたいな。お菓子とか、そういうやつ」
そんな礼儀正しい言葉が三虎の口から出るなんて、意外だった。作法とか礼儀とか、彼女はそういう暗黙のルールみたいなものを跳ね除けて生きているものとばかり思っていたからだ。
「何その顔」
「正直、意外だなって」
「私が一方的に会いたいんだし、それくらいはする。それにほら、同じ鍋をつつけば親密度は底上げされるものだしね」
「……打算的で助かるよ」
「慎重派なの」
そんな取り留めのないことばかり話しながら歩いていると、あっという間に校門が見えてきた。三虎のペースに合わせていたせいか、またいつもより早く着いてしまったらしい。けれど、
「じゃあ今日もよろしく、透坂古杜くん」
孤高の虎なんて異名が全く見当違いと思えるほど清々しい笑顔の彼女を見ていたら、別にこれも悪くないことなのかもしれない、と思えた。
その日、放課後まで僕たちは一言も喋らなかった。
まあ、いつも通りと言えばそうなのだが、昨日と今日の朝までの密度と比べると、その高低差に違和感みたいなものがあった。もし仮に、これが本来の僕たちの距離なのだとしても。
「そろそろ、行く?」
放課後のチャイムが鳴ってから五分後、クラスメイトの半分ほどが教室から消えたころ、僕は三虎に話しかけた。彼女は何も返さないまま、読みさしの本を閉じて帰り支度を始めた。
少しして、準備を終えた三虎と僕は教室を出た。しかし、彼女は僕の隣を歩こうとはせず、生徒玄関の前まで来たところでようやくこちらに話しかけてきた。
「一ノ瀬さんって何のお菓子が好きとか、知ってる?」
さっきまで黙りこくっていたとは思えないほどの切り替えの早さだった。多少気後れしながらも、僕は記憶を巡る。
「クッキーが好き、かな。それもチョコよりバニラっぽいやつで、しっとり系がいい」
「……やけに詳しいね」
三虎のあからさまな疑念の目がこちらに向けられた。
しまった、という心境を悟られないよう、僕は平静を保つ。
「ちょうど、昨日そういう話になって」
「ふうん。にしても、ちゃんと覚えてるんだね。記憶力いいんだ」
「僕のことはいいだろ」
「それは私が決めること。まあいいや、一ノ瀬さん待たせちゃうし、早く行こ」
ローファーのつま先で地面をトントンと蹴りながら、三虎は首の動きで僕を呼んだ。
「ちょっと、電車乗るよ」
隣に立った僕に、三虎はさらりと告げる。
「え?」
「いいから、早く」
三虎は言いながら僕の袖を引く。
もう、されるがままだった。
呼び出し音なんていつぶりに聞いただろう。単調な電子音が二・三回鳴ったあと、相手の声がした。
「はい、三虎です」
わざとなのか、いつもこうなのか、三虎はひどく他人行儀にそう言った。
「透坂だけど」
「へえ、かけてこないのかと思ってた」
「ごめん、思ってたより遅くなった」
「ははっ、嘘だよ。透坂は絶対かけてくるって信じてた」
大人しかった三虎の声がいきなり優しさを含み始めた。
これはなんの揺さぶりだ。多分、そう考えている時点で僕の負けだ。
「あの、友達にどうかって話。いいって、一ノ瀬」
正確には一度話してみてもいい、くらいの温度感ではあったが。
「へえ、ちょっと意外。一ノ瀬さんって、かなり警戒心高そうなタイプなのに」
一度見ただけとは言っていたが、三虎の見解はそれなりに妥当なものだった。一ノ瀬は他人を十分に警戒している。ただ今回は、そんな警戒心を押しやってまでも、僕のことを信じたいと思ってくれたというだけのことで。
だからこそ僕は、一ノ瀬と三虎の接触を円満かつ有意義なかたちで終わらせたかった。
「相当信頼されてるんだね、透坂」
「他に頼るところがないんだよ」
「そうかな? 本当に頼るところがない人って、そうそういないと思うけど。別にそれが他人じゃなくても、現実じゃなくても。人間なんてさ、勝手に拠り所を探すものじゃない?」
彼女の鋭い意見に、思わず息を呑む。
多分、三虎は正しい。一ノ瀬には箱舟ノアというもう一つの顔があり、リアスカという居場所がある。おそらく僕がこれ以上関わらなければ、彼女はその空間で好きなだけ生きていけるはずだ。このペースと内容で毎日配信を続けていれば、近い将来、生活費をまるごと稼げる可能性だって少なくないだろう。
僕がしているのは、一ノ瀬の可能性を一つ潰す選択なのかもしれない。
「それでも、僕はいい。一ノ瀬が外に出たがっている限りは、やめないと思う」
少なくとも、あの「会いたい」が消えてしまわないうちは。
「……明日、楽しみにしてる」
そう聞こえてから、反応もできないくらい一瞬のうちに電話は切られた。
明らかに三虎は、まだ何か言いたげなようだった。
彼女が不服そうにしていた理由はなんとなく察しがつく。一ノ瀬が僕の存在に依存しかけているように、僕も一ノ瀬を助けることに依存しているのではないか。三虎の頭に浮かんでいるのは、そういう懸念だろう。
実際、そうなのかもしれない。けれど、あくまで僕が彼女を助けるのは、彼女が現状から抜け出したいと願っているからだ。もし一ノ瀬が途中で心変わりするならば、僕の出番はもうないと胸を張って言える。
彼女が本当に外に出るかどうかを決めるのは、どう転んでも僕ではないのだから。
昨日がよほど睡眠不足だったのか、もしくは今日の睡眠の質が偶然よかったのか、僕という人間にしては珍しく、起床して早々、晴れ晴れとした気分だった。
カーテンの隙間から差し込む光と、ベッドの隅で寝ている白い猫。何も変わらない毎日のようでいて、事実、時間はいつだって不可逆無情に流れていく。
あのころは、外の景色が視界に入るのすら耐えられなかった。いつもカーテンと窓は閉じていて、室内灯の明かりが僕にとっての日の出であり、日没だった。
一ノ瀬は、どうなんだろう。今、彼女は何を持ってして朝を知るのだろう。そんなことを考えていたら、自然と一ノ瀬とのチャット画面を開いていた。
『今日もありがとう』
『ううん、楽しかった』
昨夜、一言ずつだけ交わしたメッセージを読み返す。
簡素なやり取りだ。でも、過不足は感じなかった。それまで散々話していたから、というのもあるだろうけれど。
『おはよう。今日は、昨日より少し遅くなるかもしれない』
一思いに送信ボタンを押して、画面を閉じた。ずっとこのまま、返信を待ってしまいそうな気がしたから。
寝癖をなおして、ネクタイを結ぶ。顔を洗って、多少人間らしい顔つきになったら、深呼吸をして外に出る。意識しないと、やり方を忘れてしまう。
僕はいつだって、日常を保つのに必死だ。
家を出てすぐ、通知音が鳴った。いつもは家を出る前にマナーモードにするけれど、今日はあえて携帯を触らないようにしていたので忘れてしまった。
なんとなく、僕はこの通知の正体を察していた。
『おはよ、透坂の家の近くまで来てるよ』
やっぱり。
三虎かのは、つくづくこういうタイミングが大好きな人間なのだ。こんなに短いメッセージからでも、彼女の、掴みどころのない平坦な口調が脳内再生される。
そもそも僕の家を知る機会がどこであったんだ、という疑問は浮かんだけれど、相手が三虎かのであるならばそんな質問をする意味もあまりないような気がした。彼女は多分、自分の興味に対して妥協を知らない。
『近くってどこ』
『公園、あるじゃん。その入口のところ』
返信のタイミングで、ちょうどその公園が見えてきた。
確かに、言葉通り三虎は入口の柱にもたれ掛かるようにして立っていた。
大きめのマスクをつけ、耳には黒いヘッドホンをしていた。首元には時期尚早とも思える、薄手のマフラーも巻かれている。
普段、デフォルトの制服姿しか目にする機会がないから知らなかったが、彼女は寒がりらしい。これで白い息でも吐いていたら、冬という概念にぴったりな女の子の姿だろうな、と思った。
『見つけた』
送信ボタンを押すと同時に、三虎の肩を軽く叩く。驚いたのか、彼女は少しその場で跳ね上がった。思っていた以上のリアクションに、僕はどこか優越感すら覚えていた。
「おはよ」
三虎はヘッドホンを耳から外して鞄にしまった。その一連の動作をしている間も、僕の方を鋭い眼差しで刺殺せんとばかりに睨みつけていた。僕は故郷の村でも焼いたのか? 普段の自分の行いから逆算したら、あんなの大したことじゃないだろ。
「……あほ」
それだけ呟くと、三虎はすたすたと歩き出した。急いで僕はその隣に駆け寄る。
「こっちだって驚いたんだから、あいこだ」
「驚きのベクトルが違う。和製ホラーとパニック映画をないまぜにして誤魔化すな」
朝から知見の深いツッコミだな。
「それより、なんでわざわざここまで? 三虎の家ってこの辺なの?」
「プライバシーの侵害はやめてください」
「そっくりそのまま返す」
ちら、と三虎はこちらに視線をやった。よかった。さっきのように明確な殺意はもうなさそうだ。今の顔は、こう、お淑やかな殺意だ。
「別に、なんとなく」
「ふうん」
「何その反応」
「いや、変に理由をつけられるより納得がいった。三虎は自分の直感に正直っていうか、そっちの方が合ってる」
僕が言い終わるのと同時に、前方から冷たい風が吹いた。想像以上の寒さに、思わず顔の筋肉が強ばった。
「寒い」
「秋だからね」
三虎が淡々と言ったその言葉で、僕は今日から暦が変わったことを思い出した。
そうか、もう秋なのか。夏が終わった気は少し前からしていたけれど、秋の訪れはいつだって遅れてから感じる。それで、もう戻らない秋の始まりを思ってやるせない気持ちになるのだ。
一ノ瀬は、秋を感じているんだろうか。
いくら家の中とはいえ、肌寒さだったり、外の薄暗さだったり、そういうものから季節の移り変わりを感じて、変容のない自分の生活と対比して、それで、絶望していたりしないだろうか。
冬が来てしまう前に、彼女が外に出られたらいい。本格的に寒くなると、僕ですらまた引きこもりたくなるから。
「今日、ちょっとだけ買い物してから一ノ瀬さんの家向かおうよ」
「買い物って?」
「お近づきの品、みたいな。お菓子とか、そういうやつ」
そんな礼儀正しい言葉が三虎の口から出るなんて、意外だった。作法とか礼儀とか、彼女はそういう暗黙のルールみたいなものを跳ね除けて生きているものとばかり思っていたからだ。
「何その顔」
「正直、意外だなって」
「私が一方的に会いたいんだし、それくらいはする。それにほら、同じ鍋をつつけば親密度は底上げされるものだしね」
「……打算的で助かるよ」
「慎重派なの」
そんな取り留めのないことばかり話しながら歩いていると、あっという間に校門が見えてきた。三虎のペースに合わせていたせいか、またいつもより早く着いてしまったらしい。けれど、
「じゃあ今日もよろしく、透坂古杜くん」
孤高の虎なんて異名が全く見当違いと思えるほど清々しい笑顔の彼女を見ていたら、別にこれも悪くないことなのかもしれない、と思えた。
その日、放課後まで僕たちは一言も喋らなかった。
まあ、いつも通りと言えばそうなのだが、昨日と今日の朝までの密度と比べると、その高低差に違和感みたいなものがあった。もし仮に、これが本来の僕たちの距離なのだとしても。
「そろそろ、行く?」
放課後のチャイムが鳴ってから五分後、クラスメイトの半分ほどが教室から消えたころ、僕は三虎に話しかけた。彼女は何も返さないまま、読みさしの本を閉じて帰り支度を始めた。
少しして、準備を終えた三虎と僕は教室を出た。しかし、彼女は僕の隣を歩こうとはせず、生徒玄関の前まで来たところでようやくこちらに話しかけてきた。
「一ノ瀬さんって何のお菓子が好きとか、知ってる?」
さっきまで黙りこくっていたとは思えないほどの切り替えの早さだった。多少気後れしながらも、僕は記憶を巡る。
「クッキーが好き、かな。それもチョコよりバニラっぽいやつで、しっとり系がいい」
「……やけに詳しいね」
三虎のあからさまな疑念の目がこちらに向けられた。
しまった、という心境を悟られないよう、僕は平静を保つ。
「ちょうど、昨日そういう話になって」
「ふうん。にしても、ちゃんと覚えてるんだね。記憶力いいんだ」
「僕のことはいいだろ」
「それは私が決めること。まあいいや、一ノ瀬さん待たせちゃうし、早く行こ」
ローファーのつま先で地面をトントンと蹴りながら、三虎は首の動きで僕を呼んだ。
「ちょっと、電車乗るよ」
隣に立った僕に、三虎はさらりと告げる。
「え?」
「いいから、早く」
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もう、されるがままだった。
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