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迎え撃つ

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 *リアム*

「白狼の遠吠えだ」

 雪の精霊獣、白狼がリアムに伝えてくる。ミーシャから離れ、見晴らしのいい屋根の上へ昇った。続く遠吠えに耳を傾ける。

 ――カルディア軍が、侵攻をはじめたのか。

 準備はまだ不十分と報告があったはず。予測より早い進軍だ。
 
 降る雪を止めたおかげで遠くまでよく見える。流氷の結界が、いつもより強く発光し、反応していた。

 さすがに国境のようすはここからでは見えない。それでも、カルディアがある方向をリアムは睨んだ。

「リアム、どうしたの?」
 
 バルコニーにいるミーシャが、心配そうにこちらを仰ぎ見ていた。彼女の元へ飛び降りる。

「大丈夫。心配はいらない。中へ入ろう」

 ミーシャの背に手をそえて、部屋の中へ戻った。

「白狼の遠吠えは私も聞こえました。国境でなにかあったんですね」

 心配はかけたくなかったが、真剣な目で見つめてくる。誤魔化すのは無理そうだと、彼女と向かい合う。

「カルディア兵が国境を越え、流氷の結界を渡りはじめたようだ」
「兵の数は?」
「事前の報告によると数千を超えている。それが動いたと思って間違いないだろう」

 ミーシャは静かに息を呑んだ。

「結界が発動し、足止めをしているようだ。今のうちに態勢を整える。ミーシャ、すまない。君はここにいて」
「国境へ向かうのですね」
「ああ、迎え撃つ」

 部屋を出て行こうとしたら、ミーシャに腕を引っ張られた。

「私も連れて行ってください」

 覚悟を決めた表情で自分を見つめる彼女に、目を見張った。
 
 この宮殿は安全とはいえない。オリバーの手がどこまで伸びているかわからないから、カルディアとの国境へは連れて行くつもりだった。しかし……、

「準備がまだ不十分だ。今のままでは、きみを守れない」
「魔力のない私では足手まといでしょうけど、自分の身くらいは自分で守れます。陛下の邪魔にならないように努めます」

 腕を掴む力は強く、熱かった。

「……わかった。いつでも発てるようにミーシャは着替えと準備を。悪いが荷物は最低限で頼む」

 ミーシャは頷くと、さっそく行動に移した。

「ジーンのところへ行ってくる。俺が戻るまで、部屋から出ないように」
「はい」

 リアムは、宰相が寝泊まりしている部屋へと足早に向かった。


「ジーン、起きろ。仕事だ」

 リアムはノックもなしに部屋に入ると、枕を抱きしめ、気持ちよさそうに眠っているジーンを蹴り起こした。

「痛っ、へ? 陛下なんでここに?……まさか、夜這い?」
「するかバカ。カルディアが動いた」

 締まりのない顔をしていたジーンは宰相の顔になった。

「予定より速い、いえ、タイミングが良すぎますね」
「ああ。こっちが先に動く前に仕掛けてきた。敵にこちらの動きが漏れている。情報統制ができていないようだ」

「情報漏洩は、痛手。ときに致命傷を負う。ですが、我々には問題ない。ですよね。氷の英雄、氷の皇帝陛下」

 ジーンは不敵に笑った。

「茶化すな、凍りたいのか?」
「まさか、で。進軍はどの地点からですか?」

「予定通りだ。ここへ向かう最短ルート。敵軍が来るとしたら丸一日というところか。結界が進行を阻むから、もっと遅いだろう」
「他からの侵入でなければ、けっこうです。被害を最小限にできますから」

「そのために穴を作っておいたんだろ」
「ええ。広大な我が領土、国境の要所ごとに戦っていては、被害が大きいのはこちら側。だらだらと疲弊して兵がすり減る籠城戦など、お断りです。いちいち戦っていてはめんどうです」

 敵にわからないようにわざと攻略できそうな地点を作り、誘いこむ。罠にはまったところへ一斉に攻撃を仕掛け、一網打尽にする。それがジーンの戦略の一つだった。

「イライジャは今、なにしている?」
「そういえば、どこでしょう? ミーシャさまの護衛はなさっていないですよね」

 リアムは、眉根を寄せた。

「イライジャを追う。まだ、間に合うかもしれない」
「え。追うって?」
「あいつが向かうとしたら、流氷の結界がある場所だ」
「でしたら南門へ。東門は最近警備を厳重にしたのですが、南は以前のままです」

 リアムは頷くとジーンの部屋を飛び出した。

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