炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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地下宮殿⑴

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 *リアム*

 リアムは馬を飛ばし、氷の宮殿へ戻ってきた。
 あわただしく右往左往している侍従たちに見つかれば足止めをくらう。リアムは誰にも見つからないように息をひそめ、人気のない場所を通って、ビアンカの後宮に向かう。
 
 主人ビアンカが戦場に向かったためか、後宮に人の気配は感じられない。
   広い庭には、雪がはらりと舞っていた。

 音のない白い世界は心地いい。魔力が満ちていくのを感じていると、庭に大きく空いた穴を見つめた。

「氷も雪もない」

 もう一度、庭を見回した。他はいつもと変わらない積雪量だ。
 泉は大きく、その上に降り積もっていた雪だけがない。

 ーーいったいどこへ。

「考えていても、しかたない」

 石階段が底へと続いている。リアムは、空洞になった泉へ足を踏み入れた。
 数メートル下ると泉の底についた。周りは灰色の石の壁で、横に大きな穴があった。光が届かず、真っ暗だ。

「ウオン!」と鳴いて空から降ってきたのは、いつもノアのそばにいる仔犬サイズの白狼と、ミーシャが操る小さな炎の鳥だった。

「白狼。ノアは?」

 白狼はしっぽをふると、迷うことなく横穴へ入って行った。白い体躯が闇に消える。

 炎の鳥は、リアムの前を飛び回った。

「きみは、前にも来たよな?」

 精霊獣は気まぐれだ。ときどき人に興味を持ち、あっちから近寄ってくることがある。魔力のないものはさわれないが、リアムは炎の鳥にれられる。

 ――『炎の鳥は、フルラ国の魔女しか操れない』と教えてくれた人が、きっと、この先にいる。

「炎の鳥よ。一緒に行ってくれる?」

 淡いピンク色の炎の鳥はリアムの周りを二周すると、白狼が消えた横穴に飛びこんだ。リアムは灯りを失わないように、すぐに追いかけ中へ入った。

 横穴は意外と広く、天井は背の高いリアムでも余裕がある。壁は白い石が埋め込まれ、明らかに人工的に作られていた。ところどころ石が剥がれ落ちていることから、ずいぶん前に造られた物だとリアムは思った。

 道なりに進むと、開けた空間に出た。炎の鳥が飛んでいく。
 天井はとても高く、支える柱は白くて太い。白狼が吠えると音が反響した。

「ここは、氷の宮殿の中央付近あたりか」

 上での地理と歩いた距離、方向から今自分がどこにいるかざっと見当をつける。

「この空間も、普段は隙間なく氷で埋め尽くされているはずなんだが」

 泉の氷を溶かしたのはオリバーで間違いない。氷の宮殿の外で死闘を繰り広げたあと、リアムは流氷の中へ落ちた。そのあいだにここまで氷を溶かしたのだろうと予想をたてる。

 ――氷は完全には溶けていない。床や奥の空間には大きな氷の塊がそのままだ。あいつは、どこにいる? 目的はなんだ?

 オリバーも俺も氷を解かすのは苦手だ。それなのにこの量を溶かしたとなると、よほどの理由があるはず。
 
「リアム。ずいぶん遅かったな。待ちわびたぞ」

 振り返ると暗闇からすっと、ランタンを手に持つオリバーが現われた。傍には、ノアもいる。
 リアムは手に氷の剣を生成し、いつでも攻撃できるように構えた。

「よく言う。人をここから遠ざけておいて。ノア。その男から離れろ」
「まあまあ待て! ここにいるのは王家だけ。せっかくだ。少し、話をしようじゃないか」
「話す? 俺はおまえと話すことなどない」

 不意をつかない限り、オリバーに氷の攻撃は通じない。リアムは一気に間合いを詰めると、剣を振り下ろした。
 
「陛下、待って!」

 ノアが、オリバーを庇うように腕を広げ、前に出た。リアムは攻撃の軌道をぎりぎりで変えた。氷の剣が床にめり込む。

「このおじさん、陛下や父上を助けようとしたんだって」
「俺や兄を?」

 剣を引き抜きながら尋ねると、ノアは頷いた。
 オリバーの顔には胡散臭い笑みが浮かんでいる。本当に話をしたいらしく、攻撃してくるつもりはないようだ。

「俺がここになにをしに来たのか、知りたくないか?」
「イライジャから聞いた。俺の代わりに皇帝になること。そして、この宮殿を滅ぼす気だと」
「皇帝になりたい男が、なんで氷の宮殿を滅ぼそうとするんだろうな?」

 リアムはオリバーの言葉を聞いて黙った。
 
 叔父の目的はなんなのか、ずっと疑問だった。
 イライジャから聞き出したときも、それだけだろうかと頭を過ぎった。

 十六年前。なぜ、フルラ国に攻め入ったのか。クレアを殺そうとした理由や、オリバーがなにを考えているのか、わからない。

『話し合いのテーブルにつく前に、相手を殺してはなにもわからないままでしょ?』 

 ミーシャの言葉を思い出し、リアムはいつでも斬りかかれる間合いを保ちながら「教えろ」と訊いた。

「いいだろう。教えてやる。だがその前におまえに質問だ。リアムは不思議に思わないか? なぜ我々は命を削ってまで民を守らないといけないんだ?」

 オリバーは口角を上げつつも、真剣な目だった。リアムも彼をまっすぐ見据えた。

「クロフォード王家には、人にはない力がある。自分のためではなく、人のために使う力だ」

「グレシャー帝国の王は、人々を導く『希望』だ」

『――力は、自分のためではなく、人のために。そしたらきっと、あなたは、人々を導く希望になる。人を愛し、愛される人になって、幸せな人生を送ってください』

 擦りこみだとリアム自身、自覚している。幼少期にクレアに言われた言葉はずっと、リアムの指針で胸にあり続けている。今後も変えるつもりはなかった。

「王家は、人々の希望?」
「そうだ。弱い者を守る。助ける。それが力ある者の務めだ。人がより豊かに発展するために、誰もが笑って日々を過ごせるように、王族は存在する」

「弱い者を助け、人々の希望になってなんになる。王家の足を引っ張るだけだ」

 オリバーは手を広げた。

「力がある我々は、特別な存在だ。民は、王のためにあり、人は管理されるべきだ」
 
『――リアム。物事を一辺倒に見ては、本質を見抜くことはできない。色んな一面があって、見えている面だけがすべてではない』

 幼いころ、そう教えてくれたのは今、目の前にいるオリバーだ。これが本質なのか、見えている面がすべてなのか、見極めようと思った。

「指導者は必要だ。だが、民は王家のために存在していると考えるのは傲慢だ。おまえのような者は、上に立ってはならない!」

 オリバーはふむと言って、目を細めた。

「私を否定するか、リアム」
「あたりまえだ」

 大げさなため息を吐くと叔父は首を横に振った。
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