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迫る危機
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中年の隊長はアレクサと名乗った。国境近辺の監視と警護を長くやっているという。
「最近カルディア兵が国境線付近に五千ほど集まっていたんですが、突然、一晩で倍以上に膨れあがり、進軍してきたんです」
ミーシャが妃候補とわかり、アレクサは『魔女さん』というのを止めて話しはじめた。
「カルディア兵は、こちらの忠告を聞かずに流氷の結界の中へ進みました。どうやら川が青白く光っているのは、はったりと思っていたようです」
カルディア国民は、グレシャー帝国民よりも魔力に接する機会がない。王の側近の貴族ですら、見たことがないという者までいるほどだ。
「そのまま強行突破で川を渡ろうして、凍ってしまったのね……」
イライジャは、連れてきた精鋭の騎士団に指示を飛ばした。
「氷の狼に気をつけて、カルディア兵の救助と、国境警備の強化を続けよ」
隊長と騎士団は敬礼をすると、自分の持ち場へと戻っていった。
ミーシャも炎の鳥で救助に向かおうとしたが、イライジャが「ミーシャさまにお話があります」と引き留めた。
「カルディア兵は、オリバー大公殿下の指示で、侵攻を早めました」
ミーシャは目を見開いた。
「どういうことです?」
「オリバー大公殿下はカルディアと通じている。私から情報を受け取り、相手に流しています」
「……え?」
ミーシャは淡々としゃべる彼に詰め寄った。
「あなたは騎団をまとめる立場。陛下の右腕だと聞いております。そんなあなたが敵国に自国の情報を流していたというの?」
「全部じゃありません。真実に嘘を混ぜて情報操作しております。その証拠に、カルディア兵はここのルートで進軍してきました」
あえて情報を流すことで攪乱したという。それでもまだイライジャが信じられなかった。
「あなたが、オリバー大公殿下に接触していたことを、陛下はご存じなのですか?」
「……昨夜、陛下に問われるまで私はお伝えしておりませんでした。ですが、陛下は最初から、ご存じだったようです」
「どうして陛下に内緒で近づいたの?」
「陛下はご自分の叔父を憎んでおります。お伝えするときっと、恨みを晴らしに飛んで行く。それでは陛下のためにならないと思ったからです」
イライジャは、後悔を滲ませながら下を向いた。
「オリバー大公殿下の信頼をまず得たかった。彼の真の目的が知りたかったんです」
「……それで、陛下に黙って近づいて、得るものはあったの?」
ミーシャの問いに、イライジャは真剣な顔で頷いた。
「サファイア魔鉱石についてわかりました。あれは、燃やして壊さないほうがいい」
眉根を寄せながら、ミーシャは背の高いイライジャを見あげた。
「なぜです? 先ほど、あなた自身が氷の狼で危ない目に遭ったというのに?」
「それでも。です」
ミーシャを見つめるイライジャの瞳はどこか切実だった。
「陛下の病を助けると仰ってくれたオリバー大公殿下のお言葉は、本当だと私は今でも思っています」
「陛下の病とサファイア魔鉱石は関係があると?」
イライジャは頷いた。
サファイア魔鉱石はクレアももちろん考えた。しかし、できなかった。
魔鉱石を作るには複雑な条件がそろわなければならない。高温と、高圧、長時間、大量の魔力と精霊獣が必要。
それらすべてが微妙なバランスを保ってやっと魔鉱石は作れる。
「魔鉱石を作るには高温が必要。だけど冷属性のサファイアは数千度の高温に耐えられなかった」
「耐えられなかったって、ミーシャさまよくご存じですね。まるで作ったことがあるような」
イライジャはまだミーシャの正体がクレアだと知らない。
「私は魔女の家系よ! そう、聞いたことがあったの」
苦しい言い訳をしたが、イライジャは「そうですか」と信じた。
「オリバー大公は高温の代わりに絶対零度の環境に長時間サファイア原石をさらし、その上で魔力を大量に注いで作ったそうです。それでもクレアが作った魔鉱石には及ばない。うまく魔力が混ざらないと仰っておりました」
――絶対零度に保って作るなんて、炎の魔女の私には無理ね……。
「混ざらなかった魔力が人に害を及ぼしたのね。それで、偽物魔鉱石を持った兵士は命を削られ、我を忘れた。だけど、それなら魔力がある陛下や私はサファイア魔鉱石を扱えるってこと?」
イライジャは顎に手を置いて黙った。しばらくしてから口を開いた。
「はい、おそらく。陛下は嫌がるでしょうが……今暴れ回っている氷の狼は、オリバー大公殿下が指示を出しているのだと思います。ですが、ただ、反応しているだけ」
「嫌がるかもって、陛下は知らないの?」
「お伝えしたかったのですが、オリバー大公殿下がミーシャさまの魔鉱石を狙っていることを先にお伝えしました。サファイア魔鉱石についてはさっき合流したときに手紙にしたためてお渡ししております」
「わかったわ。今度狼が現れたら、サファイア魔鉱石に触れてみる」
――氷像なのに俊敏だった狼に触れるかは自信がないけれど……。
「すみません。これ以上は詳しくわからないのですが、サファイア魔鉱石が陛下を助けるとオリバー大公殿下は仰っておりました」
今度はミーシャが考え込んだ。
魔鉱石はもともと、リアムの魔力暴走をいなすために必要だった。でも現状、リアムは魔力を消費しすぎで、身体への負荷の方が問題となっている。
――まだ、なにか足りない。大事なピースが欠けている。
「オリバー大公殿下から得た情報はそれだけ?」
イライジャは「まだあります」と答えた。
「氷の宮殿です」
ミーシャは首をかしげた。
「ミーシャさまはアイスジャムをご存じないですよね。流氷が川の流れを堰とめ、水を溢れさせる現象です」
「それって」
「はい。今、まさにここがその危機の一歩手前です。我々が凍った兵士を助けている理由でもありますが、それを邪魔しているのが氷の狼。先ほどサファイア魔鉱石は燃やさないほうがいいと申しましたが、このままも危険です」
「アイスジャムって言うのね。それを危惧して私は一人、ここに来ました。それで、オリバー大公殿下の本当の目的はなんなの?」
「目的は、地下の氷をすべて溶かし、氷の宮殿を崩壊すること」
「……氷の宮殿が崩壊すると、どうなるの?」
「氷の宮殿は氷表の上にあります。その氷が万が一全部溶け、流氷の結界に一気に流れ込めば、融雪洪水が起こります。ここは堰き止められているため、我がグレシャー帝国は氷と水に沈み、……滅ぶでしょう」
「最近カルディア兵が国境線付近に五千ほど集まっていたんですが、突然、一晩で倍以上に膨れあがり、進軍してきたんです」
ミーシャが妃候補とわかり、アレクサは『魔女さん』というのを止めて話しはじめた。
「カルディア兵は、こちらの忠告を聞かずに流氷の結界の中へ進みました。どうやら川が青白く光っているのは、はったりと思っていたようです」
カルディア国民は、グレシャー帝国民よりも魔力に接する機会がない。王の側近の貴族ですら、見たことがないという者までいるほどだ。
「そのまま強行突破で川を渡ろうして、凍ってしまったのね……」
イライジャは、連れてきた精鋭の騎士団に指示を飛ばした。
「氷の狼に気をつけて、カルディア兵の救助と、国境警備の強化を続けよ」
隊長と騎士団は敬礼をすると、自分の持ち場へと戻っていった。
ミーシャも炎の鳥で救助に向かおうとしたが、イライジャが「ミーシャさまにお話があります」と引き留めた。
「カルディア兵は、オリバー大公殿下の指示で、侵攻を早めました」
ミーシャは目を見開いた。
「どういうことです?」
「オリバー大公殿下はカルディアと通じている。私から情報を受け取り、相手に流しています」
「……え?」
ミーシャは淡々としゃべる彼に詰め寄った。
「あなたは騎団をまとめる立場。陛下の右腕だと聞いております。そんなあなたが敵国に自国の情報を流していたというの?」
「全部じゃありません。真実に嘘を混ぜて情報操作しております。その証拠に、カルディア兵はここのルートで進軍してきました」
あえて情報を流すことで攪乱したという。それでもまだイライジャが信じられなかった。
「あなたが、オリバー大公殿下に接触していたことを、陛下はご存じなのですか?」
「……昨夜、陛下に問われるまで私はお伝えしておりませんでした。ですが、陛下は最初から、ご存じだったようです」
「どうして陛下に内緒で近づいたの?」
「陛下はご自分の叔父を憎んでおります。お伝えするときっと、恨みを晴らしに飛んで行く。それでは陛下のためにならないと思ったからです」
イライジャは、後悔を滲ませながら下を向いた。
「オリバー大公殿下の信頼をまず得たかった。彼の真の目的が知りたかったんです」
「……それで、陛下に黙って近づいて、得るものはあったの?」
ミーシャの問いに、イライジャは真剣な顔で頷いた。
「サファイア魔鉱石についてわかりました。あれは、燃やして壊さないほうがいい」
眉根を寄せながら、ミーシャは背の高いイライジャを見あげた。
「なぜです? 先ほど、あなた自身が氷の狼で危ない目に遭ったというのに?」
「それでも。です」
ミーシャを見つめるイライジャの瞳はどこか切実だった。
「陛下の病を助けると仰ってくれたオリバー大公殿下のお言葉は、本当だと私は今でも思っています」
「陛下の病とサファイア魔鉱石は関係があると?」
イライジャは頷いた。
サファイア魔鉱石はクレアももちろん考えた。しかし、できなかった。
魔鉱石を作るには複雑な条件がそろわなければならない。高温と、高圧、長時間、大量の魔力と精霊獣が必要。
それらすべてが微妙なバランスを保ってやっと魔鉱石は作れる。
「魔鉱石を作るには高温が必要。だけど冷属性のサファイアは数千度の高温に耐えられなかった」
「耐えられなかったって、ミーシャさまよくご存じですね。まるで作ったことがあるような」
イライジャはまだミーシャの正体がクレアだと知らない。
「私は魔女の家系よ! そう、聞いたことがあったの」
苦しい言い訳をしたが、イライジャは「そうですか」と信じた。
「オリバー大公は高温の代わりに絶対零度の環境に長時間サファイア原石をさらし、その上で魔力を大量に注いで作ったそうです。それでもクレアが作った魔鉱石には及ばない。うまく魔力が混ざらないと仰っておりました」
――絶対零度に保って作るなんて、炎の魔女の私には無理ね……。
「混ざらなかった魔力が人に害を及ぼしたのね。それで、偽物魔鉱石を持った兵士は命を削られ、我を忘れた。だけど、それなら魔力がある陛下や私はサファイア魔鉱石を扱えるってこと?」
イライジャは顎に手を置いて黙った。しばらくしてから口を開いた。
「はい、おそらく。陛下は嫌がるでしょうが……今暴れ回っている氷の狼は、オリバー大公殿下が指示を出しているのだと思います。ですが、ただ、反応しているだけ」
「嫌がるかもって、陛下は知らないの?」
「お伝えしたかったのですが、オリバー大公殿下がミーシャさまの魔鉱石を狙っていることを先にお伝えしました。サファイア魔鉱石についてはさっき合流したときに手紙にしたためてお渡ししております」
「わかったわ。今度狼が現れたら、サファイア魔鉱石に触れてみる」
――氷像なのに俊敏だった狼に触れるかは自信がないけれど……。
「すみません。これ以上は詳しくわからないのですが、サファイア魔鉱石が陛下を助けるとオリバー大公殿下は仰っておりました」
今度はミーシャが考え込んだ。
魔鉱石はもともと、リアムの魔力暴走をいなすために必要だった。でも現状、リアムは魔力を消費しすぎで、身体への負荷の方が問題となっている。
――まだ、なにか足りない。大事なピースが欠けている。
「オリバー大公殿下から得た情報はそれだけ?」
イライジャは「まだあります」と答えた。
「氷の宮殿です」
ミーシャは首をかしげた。
「ミーシャさまはアイスジャムをご存じないですよね。流氷が川の流れを堰とめ、水を溢れさせる現象です」
「それって」
「はい。今、まさにここがその危機の一歩手前です。我々が凍った兵士を助けている理由でもありますが、それを邪魔しているのが氷の狼。先ほどサファイア魔鉱石は燃やさないほうがいいと申しましたが、このままも危険です」
「アイスジャムって言うのね。それを危惧して私は一人、ここに来ました。それで、オリバー大公殿下の本当の目的はなんなの?」
「目的は、地下の氷をすべて溶かし、氷の宮殿を崩壊すること」
「……氷の宮殿が崩壊すると、どうなるの?」
「氷の宮殿は氷表の上にあります。その氷が万が一全部溶け、流氷の結界に一気に流れ込めば、融雪洪水が起こります。ここは堰き止められているため、我がグレシャー帝国は氷と水に沈み、……滅ぶでしょう」
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