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悪い魔女がきた

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 国が滅ぶ。その言葉があまりにも衝撃で、ミーシャの心臓が凍りついた。

「……とめないと。洪水なんて起してはならない!」

 こぼれ出たミーシャの声は震えていた。

「ええ。ですが、差し迫っている問題が山積しております」

 イライジャの言うとおりだ。
 カルディア兵の侵攻を止める。氷の狼の対処と凍った人の救助。そして、オリバーの目的阻止を、同時にしなければならない。

「氷の宮殿には一足先に陛下が向かってくださいました。きっと、オリバー大公殿下の暴挙を止めてくれるでしょう。ここの問題がすめば、私も向かいます」

 ――馬で向かったリアムはもう、宮殿に着いているかもしれない。炎の鳥は馬より速い。飛ばせばすぐだけど、急がないと。

「カルディア兵は、ビアンカ皇妃を信じて任せるしかありません」

 ノア皇子に、戻る約束をしたと話す彼女の瞳に曇りはなかった。きっと、グレシャー帝国を裏切り、カルディアにつくようなことはないだろう。監視役ではないが、宰相のジーンも傍にいる。

 ――私は、氷の狼と、洪水をなんとかしなくちゃ。

 ミーシャは握りこぶしを作るとイライジャに向き直った。

「イライジャさま、お願いです。私の作戦に協力してください」
「ミーシャさまの仰せのままに」

 イライジャは胸に手を当てると頭をさげた。
 待機している騎士団と、アレクサ隊長含む、兵の指揮官をイライジャに集めてもらう。
 そのあいだにミーシャは炎の鳥の背に乗り、上空へと昇った。 

 雪雲に接する高度に着くと、あらためて氷と雪の国を眺める。
 流氷の結界はここだけではなく、グレシャー帝国全土を流れている。今いる場所は氷の宮殿から遠く、川幅も広い。

「川下は国境に近いから人の避難はある程度済んでいる。問題は、川上に住む人たちね」
 
 上流に進めばカルディア兵は来ないと思い、そのまま避難していない人がいる可能性が高い。ミーシャは、地形を頭に入れると、イライジャのもとへ急降下して戻った。

「氷の狼をやはり、駆除いたしますか?」

 イライジャはミーシャに駆け寄りながら聞いた。

「駆除はしません。氷の狼は私が引き付けます」

「引き付ける?」とイライジャは困惑の声をあげたが、ミーシャはそのまま説明を続けるため、騎士団と兵の隊長たちに目を向けた。

「この地を守る兵士のみなさんは、引き続き凍ってしまった者の救助を。馬で駆けることができる騎士団の方々は、できるだけたくさんの人に川から離れ、少しでも高い場所へ避難するように声かけと誘導をお願いします」

 それを聞いた兵士はお互いの顔を見合わせ、どよめいた。

「グレシャー帝国は広い。この地域だけでも国民は何十万人といます。避難は簡単ではなく、難しいでしょう」

 戸惑いながらも声をあげた一人の騎士を、ミーシャは見た。

「では、あなたはなにも知らずに、氷と水の中に沈みたいですか?」

 どうせ間に合わないと、あきらめるのは早すぎる。時間が許す限り、最善を尽くすべきだ。

「あなたたちの家族は、私より雪と氷の知識を持っている。洪水が起こると事前に知っていれば、避難できなくてもなにかしら対応できる。違いますか?」

 自分たちで切り抜けられるだろうと、期待と希望を氷の国の人たちに押しつけているかもしれない。それでも、無理だとあきらめるよりはいい。

 ミーシャは、兵士を見回した。

「難しいからこそ一刻も早く避難をさせないと。……宮殿の崩壊はあってはならない。ですが、万が一を想定し、今すぐに行動に移すべきです」

 ――戦場を駆け、カルディア兵を迎え撃つはずの騎士団がいきなり現われ、避難を呼びかければ、人もきっと動いてくれるはず。

「……そうですね。ここでなにもしないより、一人でも多く、避難させましょう」

 声をあげてくれた騎士にミーシャは頷きをかえすと、「避難誘導のときには、こう言って下さい」と言葉を続けた。

。炎で氷を溶かし、洪水を起そうとしているから。と」

 イライジャと騎士たちは、目を見開いた。

「魔女が来たと信憑性を持たせるために私は流氷の結界に近づき、氷の狼を引きつけながら、炎の鳥で国中を飛び回ります。なので上流の結界には近寄らないように」

「それでは、ミーシャさまの評判が悪くなるだけです!」 
「私の評判が悪いのは今さらです。それで人が助かるなら、私はなんと思われようと、かまいません!」

 この国ではオリバー大公殿下は英雄だ。魔女クレアの企みにいち早く気づき、フルラを攻めて戦死したと思っている。その人が生きていて、今度は氷の宮殿を崩壊させようとしていると説明したところで、誰も信じない。

「悪い魔女が、役に立つときが来たわ」

 ミーシャはほほえむと、炎の鳥の背にふたたび乗った。

「時間がありません。さっそく行動に移して。私は結界の上空を飛び回ったあと、氷の宮殿に向かいます。みなさんは『恐ろしい魔女だった』と、たくさんの人に誇張して伝えてくださいね!」

 この国で、リアムの妃として生きていくと決めた。
 寵姫であるミーシャの言動は、彼の評価に影響する。この行動は『悪い魔女』として彼の評判を堕とすだろう。ミーシャはますます、グレシャー帝国民に嫌われる。

 だけど、人々が目の前で死ぬよりはいい。

 ――ナタリーさまの言うとおり、足枷になってみよう。きっと、リアムもわかってくれる。

 覚悟を決めれば簡単で、怖い物はなにもなかった。
 誰になにを言われようと、彼と共に生きていくことに変わりはない。人々がどうしても魔女を拒否するというのなら、その時あらためてリアムと話し合おう。
 
 ミーシャは決意を胸に、白い空に向かって飛び立った。

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