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側にいてくれてありがとう

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ヴィクトールのいる客間から出たクリスタは夕食の手伝いをしようとキッチンルームに向かおうとしていた。
だが、廊下の角を曲がった途端、大きな黒い影に行く手を遮られる。
影は執拗にクリスタに絡み付いてなかなか離れてはくれなかった。

「ローラント、どうしたの?」

声が掛かるのを待っていたのか、影が少しその力を弛める。
そしてゆるゆるとクリスタの背中を擦りながら小さく呟いた。

「あいつ………なんて?」

「自分で聞いてきなさいよ。あなたはちゃんとヴィクトールと話すべきだと思うわ」

「何を言えばいいのかわからない」

そう言って、ぎゅっと力を入れてクリスタを抱き締める。
体が少し震えていたのは気のせいだろうか……
彼の背中に手を回し同じようにゆるゆると擦る。
震えていたように感じた振動はいつの間にか収まっていた。

「友達でしょ?思っていること全部話したら?」

「………そうだな」

二人は少し体を離しお互いの両の掌を重ね合うと、クリスタは小さく背伸びをし、ローラントは大きく屈み少し長めに唇を重ねた。


************


廊下に射し込む陽は既に大きく傾き、西日が当たる場所だけが赤く燃えている。
ローラントが赤く燃えた扉の前に立ち、三回大きくノックをすると、中から「はい」と小さく返事が聞こえた。

「調子は、どうだ?」

長年の友人であり、戦友である男の前に立つ。
いつも軽口を叩き人を煙に巻くような男は、その片鱗を見せもせず黙ってこちらを見つめていた。

「だいぶ良いよ、胃薬が効いてきてる」

「そうか…………あ、…………の………」

上手く言葉が出てこないローラントを見て、ヴィクトールは深く息を吐き話し始める。

「見事に振られた」

「え?」

「良かったな、お前は愛されてる」

「………………………………」

「どうした?嬉しいだろ?ざまぁみろとか思ってるんだろ?」

「思ってない!!」

突然の大声にヴィクトールは体を強張らせた。
ローラントは震える拳を握りしめ、訥々と絞り出すように話し始める。

「お前が、オレの為にクリスタを選んでくれたこと、感謝している。やるべきことを全部お前に押し付けて何の苦労もせずに彼女と夫婦になった………本当はずっと、悪いと思っていたんだ」

「はっ!止せよ。お前が言うと何か気持ち悪い」

「そうかもしれないが。まぁ、聞け。……ずっとオレの心は死んでいた。誰にも話したことはなかったが、誰と何をしても楽しくないし、嬉しくないし、悲しくもない。…そんなつまらないヤツにずっと付き合ってくれていたのはお前ぐらいのものだ」

ローラントは一歩踏み出し、くるりと向きを変えベッドの端の方に腰かけた。
そこはさっきまでクリスタがいた場所だ。

「………とにかく、何が言いたいかと言うと……だな、側にいてくれて、ありがとう…って……」

「気持ち悪い!!」

必死で振り絞った言葉を完膚なきまでに否定され、ローラントは真っ赤な顔で震えている。

「面白いなぁ……やっぱり。お前をからかうのが一番面白いよ」

こらえ切れなくなったヴィクトールの顔から遂に笑みが溢れだした。

「オレな、ちゃんとクリスタに好きだって伝えられて良かった。振られたけど」

「ああ……」

「まだ諦めないけど」

「……ああ?!」

鬼の形相で振り返ったローラントがとても可笑しくてヴィクトールは腹を抱えて笑った。
つられてローラントも笑う。
その顔は、人生が楽しくない男の顔ではなかった。
心の無かった彼は遂にそれを手にいれたのだ。
ヴィクトールは思う。
彼に心を与え愛を吹き込んだのはクリスタだ。
だが、持てる限りの知力を尽くし彼女をここに連れてきたのは自分だ、と。

そして、彼女がいつか言った言葉を思い出す。

『私をここに連れてきたことを誇っていいわ』

誇っていい。
ヴィクトールは何度も何度も復唱した。


「あ、そうだ、聞きたいことがあるんだけど……」

「何だ?」

「クリスタの人に言いづらい性癖って何??」

「……………………」

何を思い出したのか、ローラントは真っ赤になりベッドの上で悶え始めると、大きな体でゴロゴロと何か一人で呟きながら転がった。

「えーーっと………悪い、もういいよ……」

ヴィクトールはあまりの不気味さに尻込みしてしまった。
そうして、一段落したのか、正気を取り戻したローラントがヴィクトールの肩をガシッと掴み言う。

「骨とかっ………体とかっ……が、好きだって……」

「はぁ………ん?え?お前の骨とか、体とかが?好きなの?」

ヴィクトールの肩を掴んだまま、顔をブンブンと縦に振るローラント。
何だか良くわからないが、ローラントの骨格とか体とかが好きなのか?
これは余程最初に衝撃的なことがあったのだろう、と興味は湧いたが目の前の面倒くさい友人を見てこれ以上話を膨らませない方が無難だろうなと考えるヴィクトールであった。








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