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ローラントVSラング

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やれやれ、またなんでこんなことに……。

ラングは今回の件に自分が巻き込まれるとは夢にも思っておらず、ドアの前で話があらぬ方向に向かっているのをハラハラしながら聞いていたのだ。

そんなラングの思いとは裏腹に、前を行くクリスタはローラントと腕を組み、背筋を伸ばして軽やかに歩いている。

実に楽しそうだ。
何がそんなに楽しいのだろう、私は一向に楽しくないんだが……。

いや、それよりもまずは決闘をなんとかしなければな。
お嬢様的にはきっと私が負けた方がいいのだろう。
しかし、それもなんだか釈然としない。
勝ったら……それこそお二人の仲を引き裂いてしまう………。
そもそも、ローラント様の強さはどれ程なのか。
こればかりは組んでみないとわからないが、この若さで少将まで登り詰めた方が弱いはずはないだろう。
バーグ解放の英雄殿だ、きっとそこそこやるに違いない。

執事になる前、私は情報局の潜入捜査班に在籍し、そこであらゆる武術を叩き込まれ、一人前になり他国に仕事で行く頃には接近戦で私に勝てるものはいなかった。
そして、ある時ファルタリア公国公家にスパイとして入り込み情報を得る任に付き、そこでルイーシャ様に出会ったのだ。
彼女の家庭教師としてザナリア語、アドミリア語、周辺国全ての語学を教えたが、聡明なルイーシャ様はあっという間に語学をマスターし、教えることがなくなった私は母国ザナリアの伝統、文化様々なことを彼女に教えた。
ノイラート様とルイーシャ様の出会いのきっかけを作ったのも私だった。
彼らは程なく結婚し、ルイーシャ様は公国を去ることになるが、この後暫くしてファルタリアという国は世界の地図から姿を消すことになる。
ノイラート様は、不穏な気配を感じ取っていたのだろう。
だから、使えるもの全てを使って彼女を守ろうとしたのだ。
一国の公女を娶るということは、容易いことではなかったろうに。


昔のことをあれこれ思い出してしまうのは、年を取った証拠だな。
何故今、そんなことを思い出したのだろう?

ラングは前を歩く若い二人を見て、遠い昔に同じ光景をみたような既視感に囚われていた。


************


「遠慮しなくていいわよ」

「しないよ。全力で行く」

クリスタはローラントのタイと上着を預かりながら晴れやかに微笑み、彼のシャツのボタンを上から2つ外した。

「とにかくラングは速いから。まぁ、見えていれば問題はないわね。掴んでしまえば………あ、ごめんなさい、余計なことを言ったわ」

「いや、助かるよ。……なぁ、クリスタ」

「なぁに?」

「こんなことになって……その、すまない。ちゃんと言葉で解決するつもりだったのに、結局力尽くなんて」

クリスタは彼の広い胸に手を回し、力を込めてギューッと抱き締めた。
この結果にしたのは自分だ、望んだのは自分だ、あなたのせいではないと抱き締めながら何度も心で繰り返す。

「あなたに祝福を」

背伸びをし彼の首に手をかけ、ゆっくり引き寄せると大きな手がすかさず伸びてきて頬を捉えた。
大きな手がグッと上に向かって重力に逆らい、その瞬間柔らかな感触と熱い吐息がクリスタの唇を包む。

「行ってくる」

「はい」

中央に向かって歩くローラントの背中が、とてつもなく格好良くてクラクラする。
張りつめた空気の中でそんなことを考えているのだから、もうどうしようもない。

そう、どうしようもない……くらい、好き。



***********



ある程度の力量は組んだらわかる。

執事服からボタンのないシャツに着替えたラングは40代前半とは思えない鍛えられた体を露にしてローラントの前に立った。

190くらいか、いや200近くはあるか。
背もあるが、幅も結構ある。
素早そうには見えないが果たして本当にそうか?

目の前の男は、特に表情もなくラングを見ていた。
クリスタを見る目とはまるで違う、慈悲も愛もない悪魔のような目で。

「では、一本勝負で。両者いいか?」

「ああ」

「はい」

クリムはゆっくりとその場から離れていき振り返ると右手を挙げて合図をした。

「はじめっ!」


一瞬にして距離を詰めるラングの攻撃を、大きな体躯とは思えない動きでかわしていくローラント。

なんと、素晴らしい動体視力!

ラングは楽しくなってしまい、随分出していない本気を出していた。
今までこの速さに付いてこれる者はいなかったのだ。

しかし、このままでは埒があかない。
攻撃が当たらないのでは意味がない。

ラングは素早く屈み、フェイントで後ろに回り込みローラントの左腕をひねり拘束した。

…………拘束したと思ったが、彼はその捻られた腕を力で押し戻しそのままラングの手を掴んで投げたのだ。

体が空を舞う感覚があった。
空を舞う刹那、ラングは自身と対戦者との間にある決定的な差に気付いてしまっていた。

一瞬ローラントに掴まれたとき、感じたのは底知れない恐怖のみ。
組んで計れる程度のものではない。
あれは野生の猛獣と同じ類いのものであり、ただ本能で戦闘している。
熊や獅子と戦ったことなどない。
ラングの武術は対人仕様で、人体構造を熟知した上での戦闘だ。
こんな人外相手では…………。

なんなく着地し約5メートル前方でこちらを直視する男を確認する。
この距離ならば、直ぐに詰めて反撃が出来る……のだが、思うように足は動いてくれなかった。
その間にゆっくりとローラントが距離を詰める。
とてもゆっくりと歩いてくる、いや、そう見えただけで実際はそうではなかった。
あっという間に目の前に現れ、右手一本でラングの首を掴んだ。

「うぅ………」

漏れた呻き声はそれ以上出ることはなかった。

そのまま叩き付けられていたら大怪我をしただろうが、意外なことに背中はふわりと地に落ちた。

抵抗出来なかったのは、彼の目が最初と違ってとても優しくなっていたからかもしれない。
その目を凝視したまま背中に感じる冷たい感触に馴染んでいくと、優しい目をした男は消え真っ白な天井だけがラングの視界を支配した。







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