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4.ハードモードなハイキング

飯盒炊爨④

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「きゃ、あ」

 バランスを崩してぐらりと身体が傾く。
 私を振り向く驚いた顔も、揺れるコンロの火も、何かを掴もう伸ばした自分の手も、一瞬の出来事のはずなのにすべてがコマ送りされた映像みたいに見えた。
 交通事故にあったときや危険を感じたときに、目に映る景色や物事がスローモーションのようになるという話は本当なんだ。他人事のように頭に浮かぶ。
 まわりの音も、色も消える。どうすることもできないまま、ゆっくりゆっくり火にかけたお鍋に身体が近づいていく。
 
 あ、ぶつかる……!

 覚悟して目を閉じた瞬間、静寂の中で何かを叫ぶ声が聞こえた気がした。それと同時に、ものすごい力で引き寄せられ、勢いあまってそのまま後ろに倒れ込んだ。
 何が起こったのか、わからなかった。

 熱く、ない……?

 そうっと目を開けて確かめる。手も足も顔も、どこも熱くないし、痛みもない。
 状況がよく理解できずにいると、耳のそばでため息まじりの声がした。

「あっぶね……」

 え……。

 おそるおそる視線を泳がせて、身体にまわるがっしりした腕が目に入る。そこで初めて、自分が尻もちをついたまま後ろから誰かに抱き締められていることに気づいた。

 え、えっと、これは……。 

 目だけを動かして、まわりを見回す。私たちを取り囲むように人が集まってくる。音と色彩が戻ってざわめきが一気に押し寄せてきた。
 身体に回されていた腕からふっと力が抜けて、自由になる。
 仰ぐように振り返って見えたのは、私から離れジャージについた土埃を払いながら立ち上がる黒崎くんだった。

「大丈夫? どこか痛む?」

 黒崎くんが私を覗き込む。

「あ、わ……」

 返事をしようと口を開けると、喉の奥から何かがこみ上げる。歯がカチカチと鳴って、遅れて恐怖を伝えてきた。
 唇から声にならない吐息がもれて、私はそのとき初めて自分が震えていることに気づいた。

「立てる?」

 大きな手のひらが目の前に差し出される。でも、その手を取ろうとしても、身体が震えて手も腕も動かせなかった。
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