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5.家に帰るまでが遠足です
帰り道②
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「ひっ……!」
びっくりして、小さく悲鳴みたいな声が出る。私は黒崎くんを見上げたまま固まった。
どうしてこの駅にいるんだろう。同じ電車に乗っていたのかな。考えようとしても、疲労で頭がうまく回らない。
「足、痛いの? 靴ずれ?」
黒崎くんは大きく息を吐いて、ちらりと私の足元に目を向けた。
「は、はい……あの、くっ靴が、新しくて……」
なんとか声を絞り出す。はりきって新しい靴で来たことが少し恥ずかしい。
同じように足元に視線を落とし、血の滲んだ靴下や靴を黒崎くんに見られたことに気づいて、私はさっと足をベンチの下に隠した。
「家は、どのあたり?」
「え?」
「北野の家」
聞き返す私に、短くひと言返す。黒崎くんはいつも通り淡々としていて、そばにいるだけでやっぱり緊張してしまう。
彼の質問の意図がよくわからないまま、私はあわてて答えた。
「あ、えっと、み、緑町の3丁目、です」
私を見下ろす深い黒色の瞳がわずかに揺れる。黒崎くんはちょっと考える仕草をしてから、
「送ってく」
「送……」
何でもないことのようにさらりと言われて、言葉の意味がうまく飲み込めない。
「歩ける? 歩けないなら、背負うけど」
送っていく、背負う……。
頭の中で黒崎くんの言葉を繰り返すと、遅れてやってきた理解が、彼に背負われている私の姿を頭の中に描く。
む、無理……っ。
私は、ぶるんと勢いよく首を横ぶりした。
「だっ、大丈夫っ。その、少し休めば、ひ、ひとりで帰れるのでっ」
「同じ町内だし、帰り道だから。その足じゃ無理だろ」
「同じ、町内? あ、え? でも」
「背負うのと腕を貸すの、どっちがいい?」
「え、えっと、背負……う、腕かな……ううん、そ、そうじゃなくて」
いろんな情報がミックスされて、混乱している間にすっかり黒崎くんのペースで話が進む。
「じゃあ、行こう」
さっと手を差し伸べられた時には、送ってもらうことが決定していた。
でも、目の前に出された手を借りていいのかのか、悩んでそこから動けない。この手を無視して自分で立ち上がるのは感じが悪いことはわかるけれど、勇気が出せなかった。
「立てる? 無理?」
まっすぐな眼差しが、じっと私を見つめる。じわじわと頬が熱くなっていく。
黒崎くんにとっては人助けだ。手が触れるのをためらっているなんて言えない。自意識過剰もいいところだ。
「あ、だ、だいじょぶ、です」
ひとり意識している自分が恥ずかしくなって、おそるおそる手を伸ばす。
そして、もうちょっとで手と手が重なると思った瞬間、手首を掴まれてぐいっと引き上げられた。
「きゃっ」
勢いあまって、ドンと黒崎くんの身体にぶつかる。かすかに塩素の匂いがした。
「ひゃ、あ、ご、ごめんなさ……いぃっ」
飛び退くようにすぐに身体を起こすと、かかとに鋭い痛みが走る。バランスをくずして後ろに倒れそうになって、また引き寄せられた。
「ちゃんと持って」
黒崎くんは少しも気にする素振りを見せず、掴んだ私の手をそのまま自分の腕に乗せて、もう反対側の肩に自分と私のリュックをかけた。
うう、恥ずかしい。
何も動じず冷静な黒崎くんに比べて、私だけずっとあわあわしている。顔だって、さっきから火を噴きそうなくらい熱い。
恥ずかしくてたまらなくて、私に合わせてゆっくり歩いてくれる黒崎くんから見えないように俯いて顔を隠した。
ホームにアナウンスが流れ、電車がすべり込んでくる。これから帰宅ラッシュに入る時間帯だ。開いた扉から下りてきた大勢の乗客が、私たちを追い越していく。
その波に飲まれないように、黒崎くんがさりげなくかばってくれていることがわかって、なんだか胸の奥がくすぐったい気がした。
びっくりして、小さく悲鳴みたいな声が出る。私は黒崎くんを見上げたまま固まった。
どうしてこの駅にいるんだろう。同じ電車に乗っていたのかな。考えようとしても、疲労で頭がうまく回らない。
「足、痛いの? 靴ずれ?」
黒崎くんは大きく息を吐いて、ちらりと私の足元に目を向けた。
「は、はい……あの、くっ靴が、新しくて……」
なんとか声を絞り出す。はりきって新しい靴で来たことが少し恥ずかしい。
同じように足元に視線を落とし、血の滲んだ靴下や靴を黒崎くんに見られたことに気づいて、私はさっと足をベンチの下に隠した。
「家は、どのあたり?」
「え?」
「北野の家」
聞き返す私に、短くひと言返す。黒崎くんはいつも通り淡々としていて、そばにいるだけでやっぱり緊張してしまう。
彼の質問の意図がよくわからないまま、私はあわてて答えた。
「あ、えっと、み、緑町の3丁目、です」
私を見下ろす深い黒色の瞳がわずかに揺れる。黒崎くんはちょっと考える仕草をしてから、
「送ってく」
「送……」
何でもないことのようにさらりと言われて、言葉の意味がうまく飲み込めない。
「歩ける? 歩けないなら、背負うけど」
送っていく、背負う……。
頭の中で黒崎くんの言葉を繰り返すと、遅れてやってきた理解が、彼に背負われている私の姿を頭の中に描く。
む、無理……っ。
私は、ぶるんと勢いよく首を横ぶりした。
「だっ、大丈夫っ。その、少し休めば、ひ、ひとりで帰れるのでっ」
「同じ町内だし、帰り道だから。その足じゃ無理だろ」
「同じ、町内? あ、え? でも」
「背負うのと腕を貸すの、どっちがいい?」
「え、えっと、背負……う、腕かな……ううん、そ、そうじゃなくて」
いろんな情報がミックスされて、混乱している間にすっかり黒崎くんのペースで話が進む。
「じゃあ、行こう」
さっと手を差し伸べられた時には、送ってもらうことが決定していた。
でも、目の前に出された手を借りていいのかのか、悩んでそこから動けない。この手を無視して自分で立ち上がるのは感じが悪いことはわかるけれど、勇気が出せなかった。
「立てる? 無理?」
まっすぐな眼差しが、じっと私を見つめる。じわじわと頬が熱くなっていく。
黒崎くんにとっては人助けだ。手が触れるのをためらっているなんて言えない。自意識過剰もいいところだ。
「あ、だ、だいじょぶ、です」
ひとり意識している自分が恥ずかしくなって、おそるおそる手を伸ばす。
そして、もうちょっとで手と手が重なると思った瞬間、手首を掴まれてぐいっと引き上げられた。
「きゃっ」
勢いあまって、ドンと黒崎くんの身体にぶつかる。かすかに塩素の匂いがした。
「ひゃ、あ、ご、ごめんなさ……いぃっ」
飛び退くようにすぐに身体を起こすと、かかとに鋭い痛みが走る。バランスをくずして後ろに倒れそうになって、また引き寄せられた。
「ちゃんと持って」
黒崎くんは少しも気にする素振りを見せず、掴んだ私の手をそのまま自分の腕に乗せて、もう反対側の肩に自分と私のリュックをかけた。
うう、恥ずかしい。
何も動じず冷静な黒崎くんに比べて、私だけずっとあわあわしている。顔だって、さっきから火を噴きそうなくらい熱い。
恥ずかしくてたまらなくて、私に合わせてゆっくり歩いてくれる黒崎くんから見えないように俯いて顔を隠した。
ホームにアナウンスが流れ、電車がすべり込んでくる。これから帰宅ラッシュに入る時間帯だ。開いた扉から下りてきた大勢の乗客が、私たちを追い越していく。
その波に飲まれないように、黒崎くんがさりげなくかばってくれていることがわかって、なんだか胸の奥がくすぐったい気がした。
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