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しおりを挟むその日は、酷い嵐の日でした。
雨粒が窓に激しくあたり、度々雷鳴が轟きました。
その天気を見て、私はとても不安になりました。
.............このような不安は大抵当たるのです。
「こっちに来なさいよ!!!!」
突如、部屋の中へと入って来たフェリシダは鉄格子をガシャガシャとうるさく鳴らし、私を呼びつけました。
彼女は激しい雨のせいで全身びしょ濡れでした。
ですが...........私は気づきました。
彼女の頰を伝う水滴は涙です。
................彼女は目を真っ赤にして泣いていたのです。
私は、こんな嵐の日にフェリシダが来るとは思わず、ヴィーナから借りた本を机の上に置いたままにしていました。
それを素早く机の中にしまい彼女の元へ行こうとしましたが、フェリシダは痺れを切らし鉄格子の鍵を開けて、部屋の奥へと入って来たのです。
ずかずかと入って来たフェリシダは、いきなり私の頰に平手打ちをしました。
今まで散々な暴言を浴びて来ましたが、暴力は初めてだったので、私は驚きで立ち尽くすだけでした。
「とろいのよ!!!私が命令したんだから、早く来なさいよ!!!」
そう言って、彼女は私の髪の毛を思いっきり引っ張ったため、その勢いで私は床に倒れ込みました。
冷たい石畳の床から顔を離し、見上げると彼女は笑みを浮かべていました。
..........涙を零しながら.........。
その表情がとても恐ろしくて、私の体は震え出しました。
「あんたは人間じゃないんだから..........。人間として認められていないんだから..........。だから、どうなったって誰も気にしないのよ!!!」
フェリシダはそう言って、私を叩きました。
叩かれた頰が燃えるように痛み、涙がこぼれました。
「許せない、許せない、なんで私が!!!」
そう言った彼女は使われていない暖炉の火かき棒で、私の背を打ちました。
とても痛くて、痛くて、怖くて........私は声も出せずにただ泣き腫らすだけでした。
「私は美しくて、誰よりも美しいのに、なぜ?..........なぜ、縁談を断られなければならないの!?!?!?」
その言葉で理解しました。
フェリシダと第3皇子の縁談は上手くいかなかった........。
だから、彼女はこんなにも荒れているのだと。
「あんたが厄を引き寄せているのよ。...........そうよ。そうとしか思えない。だって、おかしいもの。名前もない子供がこの屋敷にいることがおかしいもの。奴隷にだって名前はあるわ。あんたはやっっぱり、人間ですらないのよ!!!」
棒で打たれることが、こんなにも苦痛を伴うことを私は初めて知りました。
次第に私の意識は朦朧となり、フェリシダが腕を振り上げるのが何度目かももうわかりませんでした。
..........その時でした。
彼女は突然腕を振り落とすのをやめたのです。
彼女の目線は、開いた机の引き出しに向いていました。
私は焦って本をしまったため、引き出しをしっかり閉めることができていなかったのです。
............彼女が引き出しの中を見るのを止めたかった...........。
けれども、私の体はピクリとも動きませんでした。
「..........なにこれ、本??? あなた、字なんてまともに読めないでしょう??? しかも古代語。......ああ、もしかして絵を鑑賞するものだと思ったの?」
彼女は心底馬鹿にしたような薄ら笑いを顔に浮かべました。
そして、ヴィーナの本をビリビリと破き始めたのです。
「.........や...........め......「なあにー???聞こえなーい」
ヴィーナから借りた本がどんどんと原型を失っていきました。
(ヴィーナの.........大切な本なのに.........)
止めたくても、私の腕は上がりませんでした。
「ちょっと待って、この綺麗な箱はなんなの!?!?!?」
フェリシダは突如大きな声をあげ、持っていたヴィーナの本を部屋の隅に放り投げました。
そして、彼女が引き出しの中から取り上げた黒い箱を見て私は絶望しました。
隠せる場所が少ないので、机の奥にしまっていたのです。
.....................ルーからいただいたネックレスを。
「は??????なに...........この綺麗な宝石がついたネックレス!!!」
フェリシダは箱からネックレスを取り出し、自分の胸に当てました。
彼女がネックレスを乱雑に扱うので、金の鎖部分が擦れる音がして、私はとても嫌な気持ちになりました。
ルーからいただいた大切なネックレスに彼女が触れている事実だけでも........許せませんでした。
それでも、私にはどうすることもできなかったのです。
私は歯を食いしばり、叫び出したくなるのを必死で我慢しました。
そんな私を見たら、フェリシダがもっと喜ぶのは目に見えていたからです。
「.......あんたには勿体無いわね。だって、つけていく場所なんてないでしょう???」
そう言ってフェリシダはにっこりと笑みを浮かべました。
その笑みはルーとは違い、優しさのかけらも含まれてはいません。
「親の形見かは知らないけれど、貰って行くわね???」
そう言い残して、彼女は満足そうに去って行きました。
後に残ったのは静寂と、窓に打ち付ける雨の音。
私の意識はぼんやりとしていて、夢と現実の間を行ったり来たりすることを繰り返していました。
そして、フェリシダが去ってどのくらいの時間が経過したのかはわかりませんが、外がすっかり闇に包まれた頃、窓を激しく叩く音がして私は目を薄く開きました。
窓の外には人影がありました。
まだ意識ははっきりとしていませんでしたが、合図がなったら窓の鍵を開くことが癖づいていたためか鍵を開けることだけはできました。
...................それが幸運でした。
「リア!!!!!!!」
再び床に倒れこむ私の体を、二つの腕が自分の体の方へ引き寄せました。
.....................もう雨は降っていませんでした。
「リア!!リアっ!!」
大きな声で何度も...........ルーが私の名前を呼んでいました。
視界がはっきりしていなくても、ルーが焦ったような表情を浮かべているのがわかりました。
安心させたかったけれど、今自分がどのような表情を浮かべているのかも分からなかったのです。
ですがルーが私の体を抱きしめてくれていたため、暖かい体温を感じ取ることができました。
それが心地よく、背の痛みが少し和らいだような気がしました。
「俺のせいだ...........................っ。俺に力がなかったからだ。..........兄上のような力があれば........、こんなことには..........」
私の頰を水滴が濡らしました。
(...........雨は降っていないのに、どうしてかしら)
でも尋ねる気力はもうありませんでした。
私は再び意識を失いました。
夢の中でもルーの声が聞こえました。
痛くて辛い記憶を全部、ルーの暖かさが塗り替えて幸福な気分に変えてくれるようでした。
私はその心地よい暖かさに身を委ね、深い眠りに落ちました。
..........ですから、
「..........もう鍵は揃っている。.........兄上の元に、急がねば。」
「リア。俺は........やっと.......やっと...........約束を果たすことができる。」
彼のその呟きが私に聞こえることはありませんでした。
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