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11 クラースさんの話3

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 翳った表情を微笑みで即座に打ち消し、クラースさんは話の続きを学園での体験談へと切り替えた。

「それでさ。付け焼き刃だらけの本体を制服に押し込んで、いざ出陣! って感じで入学。すっごい不安でいっぱいだった。とにかく万が一にでもオレが疑われないよう、家には帰ってくるなって言われてたし。会うのもダメ、手紙もダメ」
「え、じゃあ初っ端から孤独スタートじゃないですか。気分が落ち込みませんでした?」

「それがさー。そういう気分は数日しか保たなかった。ついていくのに必死すぎて。毎日新しい呪文を教わって、暗記しまくる繰り返しだよ。それだけでもう暴発しそうだったよね。ちゃんと覚えてるか確認するのに試験があるし、その結果は最下位まで見えるところに張り出されるし」
「公開処刑方式ですか。非情かつ残酷極まりない……」

「オレほど教養ない子のほうが珍しいから、マジで最下位スタートだった。順位表、三度見したよ。そりゃあもう焦るよね。休みはしっかりあるんだけど、いつもの休みも長期休みも、全部潰してお勉強! 制服から魔術書まで何もかも無料でありがたいけど、そのときは本気で国王を恨んだよねー」

 食事処を経営しつつ、財産を切り崩しながら生活している『父』を頼りに暮らしている、という設定である。ほぼ孤児院出身の者と同待遇だったクラースさんは、国庫の恩恵を受けていた。しかしそれは努力でお返しできないと、後からむしり取られるものだ。

 暗記地獄で頭を酷使し、その後行われる魔術実技で何度も危険な目に遭いながらも制御のコツを身体で覚え、やっと慣れてきたと思ったらなぜか魔獣に乗るなんて授業も取らされ、また忙しい日々が始まり。とかく何でも全力で取り組む癖がついていたクラースさんは、騎乗の訓練もひたすら繰り返し自分のものにしていった。

 そして秋口に開催される開校記念レースという催しで乗馬未経験者のはずだった彼は、真剣に魔獣を駆り
「やっぱさあ。成績最下位から全速力で駆け上がるのって、劇的ドラマチックに見えるんだろうね。いろんな人が付き合ってくれとか、将来が決まってないならうちに来ないかって誘ってくれるようになった。嬉しかったよ、正直ね。気持ちはすっごくグラついた。でもさ、将来はもう決まってたから。『家業』を手伝うことになるって」

 クラースさんはまた立ち上がり、本棚の方へ向かった。するすると指を這わせ、ある一冊の本を抜いた。



「んー……、この頁だ。これとこれ、違いわかる?」
「わかりませ……ていうかこれ、薬ですか? 見たことない。魔術薬?」

「若い子は知らないか。これは魔薬。魔術薬じゃない。こっちは正規ルートで作られた魔術薬だけど、こっちは非正規ルートで作られた、気分を好くする悪いおクスリ」

 免許を取り学園を出た魔術師が就く職業は多岐にわたる。王宮や、各地要所で戦いと警備のために働く者。人や物を高速で運ぶ飛行師として働く者。

 さらに学校を出て、治療魔術師として働く者。他にも魔道具の研究開発、派遣魔術師。そこからはみ出る形で薬草専門の魔術師という者がいる。

「表向きは薬草の専門店。治療院を通さずとも手に入れられる民間魔術薬は免許があれば調合できる。そこの責任者になることが学園に入る前から決まってた。目立たない、小さな店に見せかけて、裏でこれを作れって指示されてた」
「これ……飲んだらどうなるんですか。一体いくらで売られてるんです?」

「飲んだら……、うーん、オレじゃあ下品な表現しか思いつかないけど、何回セックスしても、精液出なくなっちゃってもまだ元気、って感じかなー。もうビンビン。日が登ろうが月が出ようが、日がな一日ヤリ放題」



 クラースさんは真面目な顔で『でもねー、そのあと気分がガーンと落ち込んで、結局これなしじゃやってけなくなるんだよー、慣れちゃうと量も増えるし。ダメだよ飲んだら。怖いんだよー』と話を続けていたのだが、俺は彼の形の良い唇から出た直接的な表現に思いっきり心臓を刺激され、そのことで頭の中をいっぱいにしてしまっていた。

 顔が怖くて本当に良かった。人生で初めてそう思った。ちょっと眉間にシワを寄せれば、怒りを抑えつつも、真面目に聞いている感じになる。父さん、母さん、ありがとう。俺をこの顔に産んでくれて。

「これの末端価格はねー、当時で1ヴィート金貨一枚。あ、ヴィートっていうのは魔術用語で──」
「ク、クラースさんは使ったことあるんですか、これ」

「えっ、オレ!? ないない、一応勉強はしたからさ。どんなヤバいもんなのかは嫌でも頭に入ってるから。……けど、たまにふと辛くなって、効かせるのが難しい精神干渉魔術を自分にかけたりするよりも、これ飲んじゃえば一気に楽になれるかなって思ったことはあるよねえ」
「それでも飲まなかったんですね。それが正解ですよね。良かったと思います……」

「ダメだよ? ジルくん。興味持ったら。怖いんだよってオレ言ったでしょ?」

 身を乗り出し、上目遣いで俺を見てくるクラースさんとはひとつも目が合わせられなかった。行き場のない感情と目をバシャバシャと泳がせていたら、彼にますます疑いを濃くした視線を寄越されてしまい、非常に参った。

 そうじゃない。そんなもの、飲みたいわけじゃないんです。俺がその、そういう言葉に慣れてないから。いや、慣れてはいるはず。少ないけどそれなりにいた友達と、下品で卑猥な馬鹿話は色々としてきたのだ。

 ただ、あなたに、その。そういう言葉を発されると。やたら恥ずかしくなるんです。この一言が言えなかった。笑い話にもできなかった。余裕がなかった。どう思われるかが異常に気になり過ぎてしまって。

 初心うぶだと思われ、からかわれるのは俺の矜持が許さない。でもクラースさんはそんなことをするような人じゃない。考えられる反応は、微笑ましい子供扱いであろう。

 嫌だ絶対。そういうのも俺の矜持が許さない。じゃあ何なら許すというのだ。何様だ。さっきからワガママ過ぎやしないか。ほら、まだクラースさんに疑われて……いや、欠伸を噛み殺している。うわ、もうこんな時間だ。どう考えても長居し過ぎた。

「す、すみません、クラースさん。こんな夜遅くまで」
「んー……いいんだよー。もうお風呂も入ったし。あとは寝るだけ。まだ眠れないなら一緒に寝るー?」

 はい、と返事をしかけて留まった。何て言って退出したのか覚えがない。クラースさんは微笑んで、目を擦りながら手を振ってくれていた気がする。

 その夜はヤバい夢を見た。俺がなぜか行ったこともない学園にいて、制服を着たクラースさんと…………これ以上は絶対言えない。逆さ吊りにされても、矢を向けられても、剣を首筋に当てられても吐く気はない。











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