引きこもり王子の優雅な生活と

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引きこもり王子の優雅な生活

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 変わらない平穏な日々は突然終わった。
 城の周りが騒がしい。不安になって、ありったけの荷物を釘打たれた出入り口に置いて塞ぐ。剥がした浴室の扉も上から打ち付けておいた。万一にも無法者が入ってきたらと思うと恐ろしい。火でもかけられたらどうしようと不安になりつつも、石造りだから燃えるのだろうかと悶々とした。
 一階の食材を三階に移動して、いざとなったら一階から二階へ上がる階段を壊してしまおうと算段した。階段がなくても石組に手をかけられれば昇降できるし。

 屋上から下をそっと覗くと、周りに兵士のような人間が五人ほどうろついている。入り口を見つけられないようだ。このまま去っていってくれないかと期待していたら、配給の彼が居合わせてしまった。逃げようとしたところを捕らえられて、地面に叩きつけられる。
 ここから石を投げるか? 彼に当たってしまったらダメだ。背に腹は変えられない。幽閉されて六年あまり、兄の教えを守ってずっと鍛えてきた。
『筋肉は絶対的な味方だ』
 それは何のためか、俺の唯一の領民を守るためだ!!

 ロープの端を屋上の木にひっかけて、外壁を駆け下りるように駆け出した。

「うおおおおおおお!!」

 予想していなかった襲撃に反応できない兵士たちを掴んでは投げ、配給の彼から引き剥がした。倒れていた兵士たちが呻いて倒れている。俺は配給の彼を肩に担いで、外壁を一気に登った。鍛え続けていた筋肉は、俺の期待に応えてくれた。

「ふーっ、ふーっ、こ、ここなら、安全だ」

 そっと配給の彼を屋上の床に下ろすと、面食らった様子の黒瞳が俺を見上げた。人と目を合わせるのは久しぶりだ。

「お、王子、さま?」
「……」

 いけない、俺は自分が異質だと忘れていた。逃げなければという気持ちと、久しぶりのひととの触れ合いが惜しいという気持ちがある。でも怖い、パッと後ろを向いたが、頭が何かに引っかかって動けない。正確には髪が……恐る恐る振り返ると、連れてきてしまった彼が俺の髪を掴んでいた。

「助けてくれてありがと、ございます」
「いや」
「……」
「…………」

 会話の仕方がわからない。彼はいかにもこの国の平均的な容姿で、黒髪に濃茶色の瞳だ。王宮にいた者たちのように俺を嫌悪しているようには見えないが、他人の機微はわからない。幼い頃は両親に好かれていると信じてたぐらい俺の目は節穴だから。

「王子様、最近ナカリホアから兵士が入り込んでくるようになったんです。この辺りは国境に近いから」
「そうか……」

 そうか、じゃないよな。それってダメなやつなんじゃないか?

「おれは王子様を王都にお送りしようと思って来ました」
「無理だ」
「何故です、ここにいては危険です。王様も、王子様に万一のことがあったら」

 打ち捨てられているのを誰よりも知っているだろうに。君が食糧を持ってきてくれなければ、俺は早晩飢え死にするだろう。俺が死んでも誰も責めはしない。

「王都には戻れない。でも知らせは必要だ。君が行ってくれないか」
「え!? そんなことをしたら食糧が」
「一ヶ月ぐらいなら何とかなる。王都まで行って戻ってどれぐらいかかるだろう……」

 話しながら三階に下りて古い紙を取り出した。良いものだったから辛うじて使えそうだ。
 次に一階から炭をもってきて、四苦八苦しながら手紙を書いた。久しぶりに書く自分の名前に、忘れていないことを知った。配給の彼から聞いた内容をしたためて、消えないように書いた面を内側にして丸めて布で包んだ。
 手紙は届かなくてもいい。兵士がうろついているなら彼が危険だ。戻って来なくても良いつもりで手紙を託した。

「これを王子か、王女の誰かに渡して欲しい」
「一ヶ月もつんですね?」
「ああ」
「わかりました。必ず戻ります」
「頼む」

 ずっと話していなかった割に、まともな受け答えができた。話し方を忘れないように姉の曲に合わせて本を朗読していたからだ。一生一人だと分かっていても、誰かと言葉を交わす希望を捨てられなかった。
 望みが叶った。
 ここで兵士たちに突入されて殺されても、彼が生き延びてくれるならいい。
 誰もいなさそうなのを確認して、彼を抱えて屋上から降りた。すぐにまた城に上り、走り去っていく背中をじっと眺めていた。



 彼が去ってからの日常は、それまでと変わらないのに寂しかった。一人だという事実が全身に重くのしかかってくる。屋上の木に話しかけて、答えがないのにがっかりしていた。
 すると、また城のふもとが騒がしくなった。上から覗くと、武装した兵士たちが一階の扉を破ろうとしている。それは困る。俺は石材の一部を掴んで、扉の前にいる兵士に投げつけた。鈍い音を立てて、兵士がひとり潰れた。
 やってしまった。こうなったら一人も逃すわけにいかない。俺は次々と石材を投げた。全員負傷して倒れた。始末を、しなければならない。心臓が破裂しそうだったが、石材を掴んだまま屋上から降りてとどめを刺して回った。

 死屍累々となってしまった城の前をそのままにしておかないから、離れたところに死体を引きずっていって、いい具合に谷を見つけたから全て投げ入れておいた。これで彼が帰ってきても安全だ。そのためだから仕方ない。
 現実味の薄い事態だったから、気持ちが麻痺していたようだった。風呂の使える時期だったから、全てをしっかり洗い流して何事もなかったように眠った。


 雨が降り、風が吹いて、また雨が降り、日差しがどんどん強くなっていった。食材は尽きて、最近は木の実と水だけでしのいでいる。もう彼が戻ってきても、壁を下りて会うことはできないだろう。頑張って蓄えた筋肉も、こうなっては燃費の悪いお荷物だ。
 最後はお世話になった木の栄養になりたい。最後の水を飲んで、俺は木の根元に横たわった。

「腹が減った……」

 切ない気持ちで薄目を開けると、今まで見えなかった位置に木の実を見つけた。そっと手を伸ばして齧ると、今まで食べた中で一番うまかった。

「生きろと言うのか」

 ざあっと風が吹いて、葉ずれの音が鳴る。言葉は交わさなくとも友はいた。

「ありがとう……」

 涙を流して、身体にまだ力があることを確認した。
 外に出て食料を探そう。こんなところで死んでしまったら、戻ってきた彼が気に病むだろう。きょうだいたちが訪ねて来てくれるかもしれない。
 俺はこの城の王だ。情け無い姿を晒してはいけない。外へ——。


 ドンドンドンドン!!


 決意も新たに立ち上がったとき、入り口の扉が激しく叩かれる音が響いた。
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